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虎の餌付け開始

 一体、いつまでに遊佐さんを授業に出させればいいのかは聞いてない。

 聞かされても困るけど。

 ただ長引かせたくはない。


 優香に追い立てられるようにして、朝のHRが始まる前、屋上に向かう。

 遊佐さんはもう学校に来ていた。


「おっ、やっと来たか」


 こっちこっち、と手を振る。


「遊佐さん、何で私を待ってるんですか?」

「だって、楽しーから」


 私は楽しくない!

 でも、私なんて遊佐さんにとっては天から降ってきたおもちゃみたいなものなのかも……


「説得される気、あります?」

「さぁな」


 ガックリ、項垂れる。

 予想はしてたけど、あんまりだ。


「そう簡単に折れたら男じゃねーだろ」


 男の美学とかプライドとか捨てて下さいよ、留年してるんですから!

 なんて、言えるわけもないし。



「遊佐さんはどうして授業に出ないんですか?」

「めんどくせーから」


 私だって勉強大好きってわけじゃないけど……


「だったら、何で学校に来てるんですか?」

「居場所がねーから」


 矛盾してる。

 何で、授業に出るのが面倒臭い人が学校には毎日来てるのか。


「あなたはリストラされたオヤジですか!? ここは公園じゃないです! ブランコもありません!」

「間違いなく、学校、だな」


 冷静なツッコミはいりません!


「学校まで来るなら授業くらい出ればいいじゃないですか」

「めんどくせー」


 また、それですか。


「寝てればいいじゃないですか」

「説得しようって奴がそーゆーこと言うか?」

「だって、私は遊佐さんが授業に出ればそれでいいんです。そりゃあ、補習も頼まれてますけど、授業態度までは約束にありません」


 多分、そこからは先生とか委員長達の仕事。


「だからな、俺は嫌われモンだ。出たら迷惑する奴がいる。どうせ、みんな生きた心地がしねぇとか言って、退学しろとか思ってるに決まってんだ」

「私は遊佐さんに一緒に卒業してほしいです」

「でも、本当は誰も望んじゃいねぇんだ」


 何で遊佐さんはそんなに寂しいことを言うんだろう。


「わからないです。遊佐さん、ちゃんとクラスの人達と話しました?」

「話すまでもねぇだろ。ま、楓ちゃんにはあの空気はわかんねぇだろうが」


 私は遊佐さんじゃないからわからない。

 多分、遊佐さんには遊佐さんなりに苦悩とかあるんだと思うけど……でも、授業に出ないのに毎日登校して何になるんだろう?


「きっと、遊佐さんが心を開けばわかってくれると思うんです。だって、遊佐さんは悪い人じゃないって思うんです」


 半ばっていうか、本当に脅されて引き受けたけど、私は遊佐さんのことを怖いとは思わない。

 きっと、みんな、それをわかってくれるはずなのに……


「俺はワルだ」


 多分、遊佐さんはそう思いたいだけ。全く、そういうことをしてないってわけじゃないみたいだけど……


「違います」


 煙草吸ってるし、前に暴力事件起こしたらしいけど、根っからのワルじゃないと思う。

 って、あれ? 今日は吸ってない。


「遊佐さん、今日は吸ってないんですか? 煙草」

「だって、楓ちゃん嫌いなんだろ? まあ、好きで吸ってたわけでもねーし、禁煙ってやつ」

「やっぱり、遊佐さんわかってくれたんですね! そうやって少しずつ進みましょう」


 私は思わず、遊佐さんの手を握っていた。


「遊佐さんの手、あったかい、ですね」


 大きくてポカポカしている。


「今、楓ちゃんに触れてるこの手で俺は何人も殴った。この拳が血で真っ赤に染まるまで」


 嘘じゃないかもしれない。でも、そんなに怖い手だと思わなかった。


「楓ちゃんの手は冷たいな」

「冷たすぎるんじゃないかって自分では思うんです」


 手が冷たい人はどうのこうのなんて私は信じない。

 元々体温低いし、冷え性だし。


「氷に触れられてるみてぇだ」

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて手を離す。何、どさくさに紛れて手とか握っちゃったんだろう。


「いや、なかなか気持ちよかったぜ」


 ニヤッと笑う遊佐さんはちょっと卑猥だった。



「そうだ。昼休み来いよ。一緒に飯食おうぜ」


 昼休みはいつも優香と食べてる。でも、優香は行ってこいって言いそう。


「そうしたら、授業に出てくれますか?」


 こうなったら、私はどんどん攻めなきゃいけないんだと思う。強気に攻める!


「まあ、後ろ向きに検討してやるよ」

「前向いてくれなきゃ困るんです! って言うか、それ、検討しないってことですよね?」


 この人、手強い。ほんと、手強い。怖くないけど、こわい。


「じゃあ、待ってるから、そろそろ教室戻れよ」


 いや、私は遊佐さんにも教室に行ってほしいんですけどね。


「遊佐さんも一緒に行きましょうよ」

「ん? そんなに俺といたいなら、サボろうぜ」


 手招きとかしないでください!

 まったく、もう!




 昼休み、予想通りというべきか、私は優香に追い出されるようにして屋上にいた。

 手にはお弁当を抱えて。


「おう、待ってたぜ」


 だから、待ってないでください!

 思わず叫びたくなる。早く、ここのヌシ的なの止めてほしいんですけど。


 渋々、遊佐さんが示す正面に座って、包みを開ける。


「弁当、手作り?」

「まあ、たまにですけど……」


 いつもってわけじゃない。

 コンビニでパンを買う時もある。遊佐さんみたいに。

 毎朝、買ってくるのかな……本当に授業に出ればいいのに。


「俺、楓ちゃんが弁当作ってきてくれたら、頑張れるかもしんねぇ」

「はい?」


 一体、何を言い出すんですかね、この人は。


「それ、本当ですか?」

「まあ、男に二言はねぇとか言うよな」


 信用できない。だって、後ろ向きに考えるとか言うし。頑なだし。

 私の弁当如きで何が変わるんだろう。


「毎日とは言わねぇから、な?」


 うっ……私、お願いに弱かったんだ。

 だから、クラスとか委員会とか何も関係ないのに、こんなことになってる。


「ほら、材料費」


 ポンと五百円玉を投げられる。


「わっ、い、いいですよ!」

「受け取っておいてくれよ。な?」


 私は意志が本当に弱い。



「あ、遊佐さん、放課後時間ありますか?」

「おう、暇だぜ」


 そりゃあ、毎日学校に来て暇でしょうけど!


「補習しましょう。五分でもいいですから」

「嫌だ」


 子供じゃないんですから!


「本当に考えてくれてるんですか……?」

「焦るなって。楽しく行こうぜ」


 ほんと、お先真っ暗……





 翌朝の交渉は失敗、そして、お昼。

 また私はお弁当を手に屋上に来ている。それも二人分。


「……楓ちゃん?」


 お弁当を開けた遊佐さんは固まってる。

 凍り付いたみたいに固まってる。蓋を手にした状態で。


「遊佐さん用特製生姜焼き弁当に何か問題でも?」


 前にパパが使ってた大きなお弁当箱にご飯を詰めて生姜焼きを敷き詰めてみた。

 私のお弁当はいつも通り冷凍食品とかご飯をちびちび詰めたのだけど。


「あのな……」


 本当に遊佐さんが戸惑ってる。弁当自体は嬉しそうに受け取ってくれたはずなんだけど。


「まさか、遊佐さんってベジタリアンとかヴィーガンだったりします? 豚肉食べちゃいけない宗教の人とか?」


 優香情報じゃあ、そんなのなかったはず!

 私、今まで生きててそういう人に会ったことないよ!


「いや……生姜焼きとか好きだぜ? マジで」


 好きなら何でそんなにひきつった顔をするんだろう。

 少しは喜んでくれるんじゃないかと期待してたのに……

 もしかして、男はみんな生姜焼きが大好きって、前に天真君が言ってた気がするのが間違ってた?


「優香のお弁当を参考にしたんです。いつも大きなお弁当箱にご飯が詰まっててお肉が乗ってるんです。最初はお兄さんかお父さんの弁当と間違えてきちゃったのかと思ってたんですけどね」


 お弁当箱自体、容量重視のシンプルで全く可愛げのない長方形だし。もちろん、色は黒だし。


「優香ママに聞いたら、食べ盛りの男の子はそういうのの方が喜ぶらしいんです。お兄さんなんか折角可愛い弁当作っても反抗してコンビニでパン買ったりしてたらしいですし」

「俺はちまちました可愛い弁当も好きだぜ?」


 男の子ってわからない。全然わからない。

 私の中の男の子の基準が天真君になってるのがダメなの?


「そうですか? ほぼ冷凍食品ですけど」


 お金貰っちゃったし、頑張ってみたのに、冷食三昧が良かったのかな?


「優香に相談したら、コンビニ弁当買って詰め直せばいいとか言うんですよ?」


 優香ならやりかねないと思った。

 いや、そんな労力すら嫌がって私にやらせるんだろうな……

 一応、私達の関係は対等のはずなんだけど。

 でも、優香が誰かにお弁当作るとか考えられない。


「まあ、俺のために作ってきてくれたんだよな」

「そうですよ、遊佐さんのためです」


 そうしたら遊佐さんは食べ始めてくれた。

 やっぱり男の子だなぁって感じ。一口が大きくて、あっと言う間に消えてく。


「ん、美味かったぜ。楓ちゃんはいいお嫁さんになれるぜ」

「本当ですか?」


 おう、と答える遊佐さんは嘘吐いてないと思う。


「何か感動しますね」

「俺のお嫁さんになんねぇ?」


 一体、何を言い出すのやら。


「授業に出ないとお嫁さんなんかできませんよ」


 そう、遊佐さんには授業に出てもらわないと。

 それが全て。




 放課後、私はある決意を固めていた。

「こうなったら、睡眠学習しましょう」

「は?」

「寝てていいです。私が教科書読みますから」


 遊佐さんにやる気がないならこうするしかないと思った。

 教科書はちゃんと持ってきてる。


「それで勉強できたら誰も赤点とんねぇだろ」

「少しずつでいいからやる気出してください」


 せめてそこからでも始めてほしい。


「楓ちゃんが膝枕してくれたら聞いてやってもいい」

「膝枕……」


 お弁当作ってきたら頑張ってくれるんじゃなかったっけ?


「俺、耳掻きしてもらうのが夢でよー綿棒持ってくりゃよかったな」

「私を何だと思ってるんですか!?」


 私は遊佐さんの小間使いじゃない!


「わりーわりー。でも、俺なりに考えてるんだぜ? そこそこ前向きに」

「本当ですか?」


「おう、本当だぜ」


 それ、本当に信じていいのかな?

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