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懐柔されそうな飼育係

 暴言の数々を思い返しつつ、遊佐さんにはざっくり説明するわけで。


「本当は委員長が先生から頼まれたらしいですけど、副委員長が自分の嫁が傷物になったらどうするんだって大反対して、副委員長は婿に行けない体にはなりたくないって言って、他のクラス委員にも頼んで回ったらしいんですけど、関係ないって断られて、風紀は論外で、生徒会も介入しないしで……何か私が暇人だかららしいです」


 話をまとめるとそういうこと。多分。


「お前、お人好しだからな」

「え?」

「そーゆー顔してるって話だ」


 びっくりした。

 遊佐さんが私が散々優香にお人好しって言われてることを知ってるはずがないよね。

 そりゃあ、私は優香みたいにはっきり言えないし、断れないけどさ。それ、思いっきり顔に出ちゃってたんだ……


「つーか、俺を何だと思ってるんだっつー話だよな」


 いや、“白虎”なんじゃないですかね?

 “星高の白い虎”を略して“白虎”なのかな?

 よくわからないけど、危険人物って言うか、猛獣扱いだったのは確か。

 まあ、そんなに危険な感じじゃないし、やっぱり噂ってあてにならないのかな?


「副委員長は自分の彼女が傷物になったら困るけど、他の女はどうでもいいとか言うんですよ? あの人、相当性格悪いですよ。本性は最悪です。何か私が悪いことしたのか、嫌われてるんです。物凄く。全然知らない人なのに」


 全然接点がなかったはずなのに、どうしてあんなに嫌われてるのがわからない。


「気にする必要もねーだろ。所詮、小者だ」

「そうですね」


 まあ、別に気にはしてないけど……ちょっとむかつくだけで。


「じゃあ、授業に出て下さいね」

「余計出たくなくなった」

「そんな……!」


 普通、『じゃあ、喜んで』なんて言ってくれないとは思うけど……

 このまま、引き下がったらあの性悪眼鏡が何て言うか、考えたくもない。

 ロールケーキ代は絶対に払いたくないし。大体、朝っぱらからあんなもの持ってくる方がどうかしてるし、絶対優香を釣るつもりだったんだ。初めから。


「また、来いよ。いつも、ここにいっから」


 遊佐さんが笑った。

 いや、いつも、ここにいられちゃ困るんですよ?


「正直、もう二度と来たくないんですけど」

「あぁ?」


 思わず本音が出ちゃったら睨まれた。

 やっぱり、“白虎”とか言われてるらしい遊佐さんの睨みは超恐い。


「何でも一発で解決するわけじゃねーんだ。そんなに授業に出てほしけりゃ必死に説得してみろよ。そうしたら、俺だって心変わりすっかもしんねぇぜ?」


 凄く正しいことを言ってるような気はするんだけど、でも、何か違う。


「じゃあな、楓ちゃん。俺、待ってるから」


 予鈴が鳴ってしまって、タイムリミットだと言うように、遊佐さんがひらひらと手を振る。

 このまま午後の授業をサボって説得を続けても無駄だと思う。

 そこまでできないし、渋々私は引き下がることにした。



 やっぱり、今日が晴天なんて嘘。

 どんより曇り空、雨雲。

 濡れているところにいつも雨が降る。

 きっと、私が立っているのは多分そういうところ。


 そうして、遊佐さんと私の戦いの日々は始まったのだった……




 と思ったら、二度目は恐ろしいほど早く訪れた。

 放課後、私はもう一度優香に送り込まれたわけで。


「もう二度と来たくないんじゃなかったのか? それとも、もう俺が恋しくなった?」


 遊佐さんは笑う。何がそんなに面白いんだろう。

 私は今豪雨のまっただ中って感じなのに。先が全然見えないのに。


「どうした?」

「あの後帰ったら、友達にいきなり消臭スプレー噴射されました」

「ヤニ臭ぇって?」


 優香は容赦ない。一体、どこにあんなものを隠し持ってたんだろう。


「楓ちゃんも煙草嫌い?」

「……嫌いです。大体、遊佐さん、未成年じゃないですか」


 親も吸わないし、昔から煙草って苦手。本当にあの煙、嫌。


「だから、かてーって。俺、先輩じゃねぇし。まあ、タメでもねーけどな」


 優香、私には遊佐さんとの接し方がわからないよ。先輩じゃないからさん付けだし、敬語の方がいい気がするし……


「それとも、俺が怖いか?」


 本人を目の前に怖いとか言えるわけないじゃないですか!

 いや、でも。


「噂の遊佐さんは凄く怖いと思いました。でも、今、目の前にいる遊佐さんは怖くないんです」


 あの後、本人に会ったんだから、って優香は噂の数々を教えてくれた。

 “星高の白い虎”または“白虎”、目が合ったら最後、病院に送られるとか、他の学校の不良を半殺しにしたとか、大体同じ感じの噂。

 よくある感じだけど、優香が言うには真実も多々混じってるとか……。

 優香が言うなら、かなり信憑性は高いはずなのに、遊佐さんは怖くない。なぜ?

 睨まれたりするとちょっと怖いけど、でも、剥き出しのナイフみたいな感じじゃなくて……


「ま、いいや。その遊佐さんってのもなかなか……」


 遊佐さんは一人でニヤニヤしてる。一体、どうしたんだろう……。

 でも、触れちゃいけない気がする。

 あ……面倒臭い話題に触れなきゃいけないんだった。


「言い忘れてましたけど、遊佐さんは補習も必要なんです」

「めんどくせー」


 本当に遊佐さんは面倒臭そう。私だって面倒臭いし。


「私は遊佐さんの補習係でもあるんです」

「別に、俺なんかのために楓ちゃんの時間使う必要ねぇだろ」

「でも、私の時間の価値なんか二千円程度らしいですよ」

「随分とロールケーキを根に持ってるんだな」


 そりゃあ、根に持たない人なんていないと思う。

 私には何の得もないんだし。


「まずは補習からでもいいですから!」


 授業に出たくないなら、せめて補習からでも。とにかく遊佐さんには一歩を踏み出してもらわなきゃいけないわけで。


「俺、もう帰るけど、一緒に帰るか?」


 無視された。


「遊佐さん、補習は……?」

「何か奢ってやろうか?」


 また無視ですか。


「奢らなくていいですから、学業を……」

「じゃあ、映画でも観るか?」

「映画……」


 ぴくりと楓センサーが反応してしまった。


「今、何か面白そうなのやってたよな? すげーアクションの」


 絶対、あれだ。今、CMでやってる派手な演出の話題作!


「遊佐さんの奢りですか?」

「そりゃあ、勿論。行くか?」


 学校帰りに、それも見たかった映画を、しかも、他人のお金で見れるなんて……!

 食べれないロールケーキよりも、ずっとずーっと価値がある。

 思わず、頷きそうになったところで、止まる。私の中の理性はまだ残っていた。


「……だ、ダメです! 私は買収されませんからね!」

「いーじゃねーか、これから長い付き合いになるんだ」

「な、長い付き合いって何ですか! 長期戦宣言ですか?」


 長引かせるなんて絶対嫌だ。


「詫びだよ、詫び」

「そういうことは授業に出てから言ってください!」

「授業に出たら、お前を映画に誘ってもいいのか?」

「そりゃあ、私でよければいくらでも映画観ますよ?」


 遊佐さんが考え込むような仕草を見せた。よし、ここで押しの一言!


「だから、授業に出てください」

「嫌だ」


 撃沈。楓号沈没にございます。もう難破船だよ。元々、オンボロ。優香なんて豪華客船っていうか、軍艦なんだろうな……


「だったら、何で、学校に来てるんですか?」


 遊佐さんがじーっと私を見た気がした。


「何でだろうな」


 そうやって、はぐらかして遊佐さんは鞄を掴んで立ち上がる。


「帰らねぇの?」

「補習……」


 帰る前にちょっとでも、と思ったのにやっぱり無駄っぽい。


「まあ、今日はいいじゃねぇか。送ってってやるよ」

「映画は行きません」

「わーってるって」


 本当にわかってるのかな? この人。

 そんな感じで一日目はミッション失敗。

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