虎と仲直り?
階段を駆け上がって、扉を開け放つ。
「遊佐さん!」
「楓、ちゃん……?」
そこに遊佐さんがいないなんて考えもしなくて、思った通りの姿がそこにあった時にはほっとして、ガクリと体の力が抜けた。
慌てたように駆け寄ってきて、遊佐さんは体を支えてくれた。
でも、言葉が出ない。息は切れ切れ、脇腹が痛くて、体に力が入らない。
「誰にやられた!?」
多分、遊佐さんはブラウスに気付いたんだと思う。一瞬だけ、胸元を見て、それから肩を掴んで真っ直ぐに私を見つめてきたから。
けれど、私は掻き合わせるわけでもなく、答えるわけでもなく、遊佐さんに抱き着いていた。
離したくない。たとえ、突き飛ばされても今は、今だけでも離れたくなかった。
「楓ちゃん……?」
「遊佐さんが好き……」
そう、それが全ての答え。
さっきのことは遊佐さんにキスされた時とは違った。自分でも落ち着いていたと思う。でも、嫌悪感でいっぱいだった。
「私、遊佐さんのこと、全然知らないのに……でも、好きなの……! 好きになってたんです!」
遊佐さんの反応を知るのが怖くて、ギュッと抱き着く。煙草の臭いはしなかった。
腕が回されたのがわかって、引き剥がされると思ってもっと強く抱き着くけれど、ポンと頭を叩かれただけだった。
「お前が先に言うんじゃねぇよ、馬鹿」
抱き締められて、わからなくなる。
「今度こそ俺から言おうと思ってたのにな……」
「遊佐さん?」
今度こそ?
わからなくて、遊佐さんを見上げる。
「俺はな、お前よりずっと前からお前のことが好きなんだよ」
じっと見れば、遊佐さんは照れたように頭を掻いて……
「お前がここに来た時、俺は夢を見てるんじゃないかと思った」
思い返せば、あの時遊佐さん、ちょっと変だったけど。
言ってること全然わからなかったけど。
「一目惚れした女が目の前に現れたんだから」
ひとめぼれ?
それは、一体いつのお話ですか?
あれ以前に遊佐さんと接点はないはず。“白虎”なんて怖い人知りません。
「俺が毎日学校に来てた理由は、学校に来ればお前を見ることができるからだ」
「ほ、本当なんですか……?」
からかわれてるんじゃないかって思う。
だって、この前のことがなかったみたいだから。
「本人に言えるわけねぇだろ」
何で、授業には出ないのに、学校には来ているのか。
その疑問に頑なに答えなかった理由、確かに納得できる。
「でも、この前……」
「あれは……」
遊佐さんにひどいこと言われた。
あれはもう嫌いになったってことじゃないの? 幻滅したんじゃないの?
遊佐さんが口を開こうとした時、なぜかノックの音が聞こえた。それから扉が開く。
「取り込み中悪ぃな」
「……結城」
「天真君!」
ばつが悪そうにしてるのは、天真君。
「まさか、てめぇが……」
遊佐さん、急に殺気立って、何か勘違いされてます?
「違う、違うんです!」
天真君はヒーローなのに。
今にも天真君に殴りかかりそうで、私は必死に遊佐さん抱き着く。何で、そういう誤解をするの?
「滅茶苦茶、頭に血が上ってるじゃねぇかよ」
天真君は呆れてるっぽい。
「誰が幼馴染に手ぇ出すかよ。そいつを傷付けようもんなら俺は親父に半殺しにされた挙句に、そいつの親父にトドメを刺される。そんなんごめんだ」
うちのお父さん、天真君に厳しいからな……天真君のお父さんもだけど。
だから、天真君、おじいちゃんとか言われちゃうんだ……相当鍛えられてるってことなんだけど。
「天真君、大丈夫なの?」
あの人達、どうしたんだろう?
「ああ、猫も呼んで、こっちで処理した。今度はそいつに殴らせるわけにはいかねぇからな」
そう言えば、猫の目がどうとか言ってたっけ。
優香が言うところの“猫様”白河寧々子先輩。
天真君が猫っていう時は大体寧々子先輩。
生徒会の中でもそういう人達を相手にする専門とか思われてる。
「あいつらか?」
「まあ、お前の心当たりのあるあいつらだろうな」
あいては遊佐さんのことよく知ってる感じだったし、“白虎”とか“星高の白い虎”とか言われる人は敵も多いんじゃないかって思う。
「俺が関わるのやめれば、手は出さねぇ、って言ったのに」
「あいつらの言うことなんて、信用できねぇだろ」
天真君は冷静な突っ込みを入れるけど、遊佐さんが言ったのはどういうこと?
「遊佐さん……?」
答えがほしくて見るのに、遊佐さんは天真君を睨んでる。
「殴らせろよ、あいつら」
遊佐さんの声は猛獣の唸りのように低く、息が止まるくらいその視線は怖いほどに鋭い。
怖くて、遊佐さんが飛び出していかないようにしがみつくのに、今にも振り払われそう。
「お前はすぐ頭に血が上るし、守るためならいくらでも人を殴る奴だからヒヤヒヤした。今度は停学じゃ済まねぇからな」
「退学になったって構わねぇ、殴らねぇと気が済まねぇんだよ……!」
「ダメだ」
天真君は強い口調で言うけれど、遊佐さんは聞く耳を持たない感じ。
「一緒に卒業できなくなるなんて嫌です! そんなの嫌です! 絶対、嫌です!!」
この手は絶対に離さない! ぎゅうっと抱き着く。
事情はよくわからないけど、でも、遊佐さんは授業に出てくれたし、うざいとか言ったのも何かの間違い的なものだと思いたいし。
「楓ちゃん……」
「暴力振るう人は嫌いです」
暴力反対。私は“白虎”の遊佐さんを知らないから。だから、そんな遊佐さんが好きなわけじゃない。
私のアレは父親直伝の護身術であって、暴力じゃないと思いたいし……天真君や寧々子先輩もそう。
遊佐さん、落ち着いてくれたかな。
そう思った時、またノックが響いた。屋上ってノックするところだっけ?
「結城、あなたがいてお取り込み中ってことはないわよね?」
開いた扉越しに天真君に問うその声は寧々子先輩の声だった。
「ねぇよ」
結城君が答えると、寧々子先輩がすっと入ってきた。
「寧々子先輩!」
抱き着きたかったのに、遊佐さんが許してくれなかった。
自分から抱き着いたとは言っても、恥ずかしくなってくる。こんなところを寧々子先輩に見られるなんて。
そりゃあ、天真君にはもうガッツリ見られてるのに。
「えーっと、その格好じゃあ帰れないわよね」
寧々子先輩はさっと顔を背けた。
そうだった。私のシャツはビリビリ……
「俺のシャツ着ろよ。ねぇよりましだろ?」
「あなたの汗臭いシャツなんか、ない方がましよ。さっさと離しなさい。ほら、楓ちゃん。こっちにおいで」
寧々子先輩は結構ハッキリ物を言う。普段から不良委員会こと風紀委員会の相手で遊佐さんみたいなタイプも慣れてるだろうし。
腕を広げる寧々子先輩を見たら、聖母が光臨したような気がして私は遊佐さんの腕から抜け出してそこに飛び込んでいた。
「さあ、これを貸してあげるから」
ひらっと広げられたのは真っ白なシャツ、胸元には猫のアップリケ。
前に聞いたことがある。寧々子先輩の大ファンの女の子がいて、その子にやってもらったんだって。
何だっけ、フルーツの名前の女の子。同じ学年だけど、面識ないなぁ……
「これ、寧々子先輩の……」
「そう、私の予備、使って」
さっと胸元に押し当てられる。寧々子先輩細いから入るか不安なんだけど。
「お前はよく破くし、汚すからな」
背向けてるからわからないけど、天真君が笑った。
「あんた達が、私に荒事押し付けるからでしょう? じゃなきゃ、十枚もストックしないわよ」
寧々子先輩は忌々しそう。好きで不良の相手してるわけじゃないって言ってた。
南条先輩が言うには他に適任がいないってことらしいけど。
「遊佐武瑠、あなた、落ち着いたら協力しなさいよ」
「何で俺が……チッ、わかったよ」
遊佐さんは嫌そうだったけど、寧々子先輩に睨まれて渋々従ってた。
遊佐さんにも怖いものがあるのかもしれない。“白猫”は“白虎”より強し?
結局、帰り道に遊佐さんがこの前のことを謝罪してくれた。
肝心の事情はところどころ天真君の補足が入った。
あの人達はかつて遊佐さんに殴られたことがあるらしい。それは遊佐さんが誰かを守ろうとした云々に繋がるとか。
遊佐さんが守ろうとした人は結局、転校してしまったらしいけど、彼らにいじめられて病院送りにされてしまったらしい。
遊佐さんはそういう人達のために自分の拳を痛めてたって天真君は理解してたけど、賛同するつもりはないみたい。私もそう。だって、それは暴力に暴力で対応するってことだから。
でも、遊佐さんはもう暴力を振るわないって約束してくれた。
今回、彼らの標的が私になって、遊佐さんは私を遠ざけようとして、あんなことを言ったんだって。そうすれば手を出さないって。もちろん、そんなの嘘だった。私を盾にすれば遊佐さんが何でも従うと思ったらしい。
でも、もう大丈夫だって天真君は言った。遊佐さんはこれから授業に出て、補習も受けてくれるって約束してくれたし。
次回、エピローグです。




