彼の愛したピザトースト
………今は何時だろう。
昨日の朝から何も食べていない。
窓を締め切っているので、部屋の空気が重々しい。
私は起き上がり一つ伸びをしてから、蓋の錆びたヤカンに火をかけた。
すぐに帰って来ると思っていた。
ケンカをしたのは初めてではなかったが、さすがに強く言い過ぎたと自覚している。
いつもなら、30分もしたら何食わぬ顔で帰って来るのに。
私はコーヒーを入れて、久しぶりに窓を開けた。
テレビをつけたから時間は分かっていたが、今が"昼の11時"だという事は今ようやく知った。
化粧品の散乱した食卓テーブルには、彼の食べかけのピザトーストが冷たくなっていた。
それを一口かじった途端、堰を切ったように涙がこぼれてきた。
どうして優しく出来なかったんだろう。
ちゃんと話を聞いてあげれば良かった。
ケータイに表示された彼からの着信履歴が、自己嫌悪に拍車を掛ける。
私は窓が開いているのも気にせず、ただ泣きつづけた…
泣き疲れて、ソファーに倒れ込んでいた時、玄関先で何かが割れる音がした。
私は覗き込むようにドアを開けた。
見慣れた手が、植木鉢の破片を集めている。
「帰って来てたんだ。」
彼は驚いたように私を見た。
「ううん。今帰って来たばっかだよ。」
寒さで赤くなった鼻と耳が、彼の嘘を私に教えてくれた。
「ねぇ、"ピザ"って10回言って。」
「ピザ、ピザ、ピザ………ピザ!言ったよ!」
「…私の事どう思う?」
「ひぃ………好きだよ。」
「………お帰りなさい。コーヒー入れるね!」
終わり