二年四組
稲賀 エリトの存在は消えた。
N県O市の端の方、近くには海があり少し高台を登ると雑木林に囲まれた中学校があった。
そこに通う中学校生徒は「高台にあるから坂が急で通学がきつい」と文句を言いながら登下校をしていた。
当時、中学二年の僕は江戸川乱歩の小説を読みながら通学していた。雑木林の大部分が杉の木だったため、くしゃみと鼻水、涙で顔面ぐしゃぐしゃだったため、推理小説で感動している変なやつと思われたのが懐かしい。
中学校は校則が緩かったと思う。髪の毛とか服装とかねちねち先生達から言われた事はない。(学校の風潮でそう言うのはダサいという同調圧力的なのがあったため)だが少し不思議な『校則』があった。
二年四組の教室はテスト中、後ろを見るのは禁止
という校則だ。
当時の中学校生徒全員が
(テスト中なのにそんなことしたらカンニングって疑われる)
と思った事だろう。
おそらく、読者諸君は勘づいているかもしれないが僕は二年四組だった。
ここから話す物語は僕自身が体験し、観測したエピソードである。
僕は中学二年に進級したばっかりで少し杉花粉が落ち着いた季節の頃だった。
体育の授業が終わり、教室内で男子が体操着から制服に着替えていた。「体力テストダルかった」「お前握力無さすぎ」喋りながら着替え、廊下の方を見ると、着替えが遅いのか女子達が少しイラつき呆れている様子だった。
扉が開き、一人の男子生徒がトイレに向かった。その男子生徒に女子達が文句を言っている。
彼が「稲賀 エリト」と呼ぼう。
彼はクラス内で浮いており、なんの特徴もなく、学力、運動神経共に全体的に平均的な生徒だった。だが彼には妙な噂があった。
「人以外の何かが分かる」
というのだが、その噂を聞いたほとんどの人間は信じていなかった。
彼はその第六感を生かして占いに似たことをしていたが、妙にそれを言い当てる。(ふざけ半分の占いだったが)
バーナム効果という言う人もいたが、彼は気にしている様子はなかった。
ただ彼は不思議な事を気にしていた。教室の後ろをじっと見つめている。ただ一点、後ろにある時間割が書いてある黒板を。
「後ろを見つめて何してるの…?」
とよくクラスメートから話しかけられたが、それを無視してじっと見つめている。
彼とは、仲が良かった記憶があるが、思い出そうとすると、まるで記憶を出す行為自体、脳が拒否しているように感じ、頭痛が起きるため、仲が良かった思い出を話すのはよそうと思う。
とにかく、連れションする仲だったといえば、わかるだろうか...
その日は、いつも通りだった。そう、いつも通りで六時限目まで普通に授業があったのだが、いや体育が終わった五時限目まではいつも通りだった。
六時限目は理科で最初に小テストがあるらしい。僕らのクラスには異様な空気が流れた。
「二年四組の教室はテスト中、後ろを後ろを見る行為禁止」
という校則があるからのもあるが、皆気付いていた。というか暗黙の了解というか、皆「それ」を理解していた。
言ってはいけない
という認識だったと思う。
だが、彼は行動してしまった。行動してしまい...あのような結果になったのだ。
クラス全員は教室のテスト中「それ」の存在を感じ取っていた。その最中、誰かが背後に立っているのだ。見ていないのだが、気配というか、頭の中に映像が送られてくるのだ。皆、いや先生達も同様だったらしい。
教室、いや自分が座っている席に黒いスーツを着て顔が白い「それ」がそこに立っている。
テスト中、邪魔をするのかと言えば、邪魔はしない。ただ書いている内容をじっと見られているような感覚なのだ。まるでラブレターを書いてるのを親がじっと見てくるような嫌な感覚で。
「もう嫌だ...」
と女子生徒が言い、それと連鎖的に他のクラスメート達も同じように
「テストの時は他の教室を使わせてくれ」
と言ったが、先生も同様に「校長先生にも相談した」らしいが、他の教室の使用は許可されなかったという。
もうすぐ、六時限目が始まろうとしていた。クラスの皆は理科の教科書と問題集、ノートを取り出して、机に置き、予習や復習をする者もいたが、全員の顔が暗い、そりゃそうだろう「小テスト」でも「それ」は出るんだし、体育の後、しかも体力テストの後だし、中学生とは言え、疲労は溜まっている。
ただ、皆気付いているし、皆思っていたことは同じだと思う。
「振り向いたらどうなるのか...?」
昔、先輩の一人、誰かがテスト中後ろを見たらしいが、先生からカンニングとして注意され、別室に連れていかれたというが、テストが終わるとなぜか、その先輩はその教室には戻ってこなかったという。卒業まで。
皆、前を向いていた。休み時間だというのに、妙な静けさ、沈黙だけが広がり。教科書や図書室で借りてきた本のページがめくられる音とシャープペンシルがノートの紙をなぞる音のみが響いていた。僕はというと、彼の様子がどうしても気になった。
彼だけが後ろをじっと見つめていた。何もないロッカーと後ろに時間割が書かれている黒板をただただ、見つめている。彼の机には今日授業で学ぶところであろう教科書のページが開かれて、ノートは前回学習した所を誰が見てもその授業内容が映像で想像できるような書き方で綺麗に写している。
(あんな、綺麗にノート書いているのに何で成績が悪いんだろう)
と思ったがこの教室にいる以上、成績が上がることはないと思う。
教室の扉が開く音が響き、先生が入ってくる。顔は薄暗く、疲労しているのだろう。
(やっぱ、教職って大変なんだな...)
と思ったが、教卓に教科書と予定帳と数冊のノートを置き、いつも通り、「起立、気を付け、礼」の合図で授業が始まり、いつも通り、理科は小テストから始まる。小テストのプリントを配り終えると、先生は後ろに立つ。
「先生が後ろにいるから大丈夫...」
と理科の先生が言った。
そして、「テスト」が始まった。
シャープペンシルが紙を叩く音が響いていた。「後ろ」からの存在を感じながら、ただただ、「検知」しながら僕等は問題を解き、計算式を書き、それを紙に写すという只のただの単純作業で...ある意味、ただの日常がそこに流れていた。ただ、後ろに先生が立っていることを除いては。
「三年の生徒が後ろを振り向きカンニングした...」
これのせいである。
一か月ほど前の実力テストで起きた事件で先生たちはカンニング防止で後ろにいたり、生徒の周りをうろうろと歩くようなことをし始めた。いつも先生はテスト中、教卓で何か作業をしていたり、生徒たちの様子を伺っているのが「いつも通り」だった。
今回は先生が後ろから僕等を見ていた。僕等のクラスは「テスト中、後ろを向いてはいけない」ため、ただ後ろから眺めれば、良いだけなのだ。横を向いたりすれば一発でバレる。
(ある意味楽だよな...)
と思い、僕は書き終わったテストを眺め、ミスをしていないか確認していた。耳を澄ますと、まだシャープペンシルの叩く音が響いていた。時計を見ると、「テスト終了まで後十分」だったのに...
「そこまで...!!」
と先生の声が響いた。誰でもない理科の先生の声で...。
「違う!!私じゃない!!!」
と次に先生の声が響いた。その声は隣の教室まで届いたという。
皆、後ろを振り向こうとしたが、即座に「校則」を思い出し、「先輩の話」を思い出し、後ろを振り向くのはやめた。一人を除いて...
彼は連れていかれた。「カンニング」と言われて、即座に先生が別室に連れて行った。
ただ、先生がポツリと言ったことを僕の耳に油のようにこびりついた。
「また 消さないといけないのか...」
その後、彼は「消えた」。死んだとか転校とかの話は卒業まで聞かなかった。ただ「消えた」のだ。クラスメートも彼の事も覚えていないし、卒業アルバムにも彼の名前はなかった。
ただ、わかるのは連れて行ったのは「先生」ではない...「それ」だった。
何故か、僕は見ていないのに映像としてその出来事を覚えている。
黒くて、皮膚の色が生きていないような白色でまるで死神とでも言おう。
その後、僕は彼を...稲賀 エリト の事を調べたが、彼がいた記録はなく、今思うと、「夢」ではないかと思うが、確かにいた。本当にいたんだ。彼は...。
たった一人の親友だったんだから...。
これを書いている僕は彼の事覚えている内に執筆している。
二年四組は今、物置になっているらしいです。




