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奇々廻怪〜怪談師・都賀麦太郎の怪異じまい〜  作者: 猫屋ちゃき


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第一話 カーブミラーの怪②

第一話 ②

(大人が頼りにならないなら、私がどうにかしてあげなきゃ)


 日向葵は教室を出て、そう決意した。

 木曜に百合香がいなくなって、今日で四日目だ。

 土日を挟んで事態が好転することを祈っていたが、大人が誰も本気で動き出してくれないのだから好転するはずがない。

 教師たちは所詮他人なのだから仕方がないかもしれないが、問題は百合香の親だ。

 百合香から聞く限り、彼女の両親は事なかれ主義のようである。「問題を起こすな」「良い子でいろ」と常々言われて育ったと言っていたが、それはつまり世間にとがめられることをするなだとか、親の手を煩わせるようなことをするなという意味だろう。

 だから彼らは、百合香が家出をしているだけで、気が済んだら帰ってくるとでも思っているようだ。思おうとしているだけかもしれないが。

 とにかく、誰も大人があてにならないのなら親友である自分が動いてやるしかないと思っている。


(……私が変なことを言わなければ、もしかしたらきちんと探してもらえたのかもしれないし)


 日向葵は、教師たちの態度を見て自身の言動を後悔してもいた。

 自分たち生徒を馬鹿にしきった彼らの態度に腹は立つものの、仕方がない面があるのも理解しているのだ。

 というのも、無断欠席を始めとした問題行動を起こす生徒は珍しくない。そして、そういった行動を起こす生徒のことをその友人が下手な嘘で庇うという事態もよくある。

 少し前に、サボりの言い訳に「宇宙人に拐われていました」と言った生徒が上の学年にいたらしい。それだけでも教師にとっては腹立たしいだろうに、擁護するために友人たちが「UFOを見ました」などと言ったから、怒り心頭だったと聞いた。

 そんなふうに世間を小馬鹿にするような生徒たちの嘘にうんざりしている教師たちからすれば、日向葵も嘘をついていると思われたのだろう。

 教師たちが生徒を信じられない理由については理解をしても、だからといって彼らの姿勢を受け入れるわけにはいかない。

 待っていればそのうち帰ってくるだなんて楽観的な見方は、とてもできそうになかった。


(だって、あんな……あきらかにこの世のものじゃないもの……)


 あの日に見たものを思い出して、日向葵は思わず身震いした。

 黒いものに体を掴まれて、カーブミラーの中に引きずり込まれてしまった百合香。そんなことは、普通ならば起こり得ない。

 百合香の親が警察に行っていないことに不満はあるが、行ったところで警察の範疇ではないのもわかってはいた。

 そんなものに、これから日向葵はひとりで向き合おうとしているのだ。


「あの、君さ……」


 下駄箱で上履きからスニーカーに履き替えていると、そんなふうに声をかけられた。

 そちらを見ると、ひとりの男子生徒がいる。

 この高校は学年ごとに決められた色の校章を身に着ける決まりになっており、その男子は緑色の校章を着けていた。日向葵たちの学年は臙脂色だ。つまり上級生に話しかけられている。


「緑のバッヂってことは、二年生……何ですか?」


 一応話は聞かねばならないかと、日向葵は男子に向き直った。

 日向葵が小柄な部類とはいえ、相手はかなり背が高い。親世代の女性が見たら〝シュッとしてる〟と言いそうな容姿をしている。


「君、いなくなった武田百合香と親しい子だよね? 話したいことがあってさ……」


 自分から話しかけて来たくせに、少し歯切れが悪かった。もったいつけるみたいか様子に、日向葵はうんざりする。

 こんなふうに男子から声をかけられることはよくあるのだ。みんな百合香に興味があるのに、恥ずかしいからか緊張するからか、隣にいる日向葵に声をかけてくる。

 百合香は肩上で切り揃えた黒髪がきれいな美少女で、声をかけるのをためらう気持ちは理解できる。 

 いつもなら、うんざりしつつも取り次ぎくらいはしてやっているが、とてもではないが今はそんな気分になれない。何より、取り次ぐべき本人が不在なのだから。


「すみません、急いでいるので」

「ちょっと待って……」


 重めの前髪に目元が隠れている〝いかにも〟な見た目の男子は、日向葵が脇を通り抜けようとするとその長駆を活かして通せんぼしてきた。

 もったいつけるくせに強引なのが腹が立ち、日向葵は素早く大回りするように男子をかわして通り過ぎた。

 その後は、全力疾走で昇降口から外に出る。


(誰も、百合香のことを心配してくれない……!)


 走って駅まで向かいながら、日向葵は悔しくなった。

 彼女の両親や教師たちだけでなく、彼女に興味がある男子でさえこれだ。

 こんな大変なときに声をかけてくるなんて一体どういう了見だろうか。

 そんなことを考えたとき、日向葵はそれが八つ当たり的な物の考え方だと気がついた。そして、先ほどの男子の言動の違和感にも。

 

「……あれ?」


 表向き、百合香はただの欠席だと思われている。

 なぜなら、彼女が学校を休んでいるのは金曜と月曜である今日だけで、二日休むくらいのことでは誰も気にしないはずだ。

 現に、百合香の欠席に危機感を持っているのは日向葵だけで、クラスメイトも同級生もまだ気がついていないだろう。

 それなのにさっきの男子は〝いなくなった武田百合香〟と言ったのだ。

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