第二話
いつも通りレイが挨拶をし、さぁ始めようとした時に
「あ、あの。レイ様は魔女なのですか!?」
という言葉が響いた。
全員が黙る。
驚いたような顔をするような者もいれば、だからなんだと怪訝な顔をする者もいる。肝心のレイは無表情…だと思われるほど何も動かなかった。
「な!何を言っておるのだこの馬鹿者!」
「出ていけ!」
「誰か、この人を連れ出して!!」
怒号が飛び交う。
「レイ、気にしなくていい。」
私は言った。最近は魔女裁判が盛んだ。魔女と疑われた者は裁判等はあるとはいえほぼ火刑。簡単に魔女だなんだと言えない世の中だ。
「みなさん、気にしないでください。私、レイは魔女ではありません、ある宗教の教祖でもない。ただ皆さんと日常の片隅で話をして笑い合う場を作りたいのです。さぁ座って。お茶会を再会しましょう。」
とはっきりとした口調で言ったが、レイのカップを持つ手は震えていた。
「レイ、無理してはいけない。今日は閉めてもいいんじゃないか?」
「いや、それなら私が魔女だと言ってるようなものでしょう?怖いけど君となら平気。」
「…そうか。」
レイは怖がりながらも平気を保っていた。だが私は魔女と言った若者に対してはっきりと憎悪の心が宿っていた。
その一言でレイの人生が終わるかもしれない。
暗闇の中、レイがどのような顔をしているかはわからない。ただ、緊迫した雰囲気は伝わった。
…消すか?
あの若者がどこで何を喋るか…いざ司教や警備隊に噂が広まればほぼ助かる見込みはない。しかし、私が若者を消したことが明るみになればまずい。魔女と言われて図星だったから消したと言われても弁解できない。
悶々と考えているうちに今日の集会は終わった。
家に帰っても鬱憤は晴れないまま。
私はレイを守りたい。ただその行為がかえってレイに牙を向く…。
そう眠れないうちに日はのぼり、仕事の時間になった。
染織業を営んでいる私にとって、信用は命より重い。
祖母の代から次いでいるため、昔からのお得意様も少なくはない。私に変な噂が立つと例えお得意様とはいえ人目を忍んで来なくなるだろう。
全て投げうっても構わないという覚悟がいる。
「それは、ちょっと…。」
そう考えていると声が響く。
「おはよう!パン焼いてきたよ〜ってえ!?どうしたの…?」
「なんだ朝から騒がしい…。」
家の向かいにあるパン屋の娘であるフィーリアである。
「明らかに元気ないじゃん、どしたの?」
「いや、別に何も。」
「えーなになに?もしかして恋煩いとか!?」
とニヤニヤしながら喋る。全く能天気なことだ。
「お前には関係ないだろ、さ、帰った帰った。」
「パン持ってきたんだって!」
「え、あー、ありがとう。」
「やっぱり上の空じゃん!なぁに〜らしくない!」
「…。」
無言を貫いていると
「本当になんかあったんでしょ?」
と目線を合わせて言ってくる。
「お前に関係ない。」
「関係なくない!親友でしょ?」
いつのまにか親友になっているようだ。これは私が折れないと話が終わらない。
大きくため息をしてから昨日の一連の出来事を話した。
もちろん若者を消すかどうかなどは言っていないが…。
「うーん、失礼な話ではあるかもね…。」
「だろ?」
「だとしても、そんな考えなくてもいいんじゃない?言った方もさ、そんなレイさんを貶めようなんてこと考えてないと思うけど。」
「ここ最近じゃ魔女っていうとほぼ確定で火刑だ。そんな簡単に口に出していい言葉じゃない。」
「まぁ確かにね。つい1週間前だよね、あそこの喫湯店の娘さんが火刑にされたの…。」
事実、自分の身の回りにもほぼ無罪と考えられる人が火刑にされ半ば見せ物にされていた。
「だからこそ、軽々しくレイに魔女と言ったのが許されない。集会そのものなくなるだけでなく、命も無くなるのかもしれない。」
「あなた、レイさんの恋人なの?」
「…え?」
頭の思考回路が止まる。
「いや、だって、そんな人に心配したり不安になったり、心を振り回されるの初めて見るなーって思って。」
「んなことないだろ。」
「ある。私初めて見るもん、誰かのことを考えて夜も眠れないとか。あなただけのことじゃない、この人生でそういう人を初めて見た。」
「はぁ?」
「恋人じゃないの〜?そうじゃないならレイさんに恋してるんだよ。恋だよ、それ。」
「恋するなんて、そんな資格、自分にはないだろ。」
「恋するかどうかなんて自由よ。人間の歴史は恋によって紡がれているのだから。」
何を言っているんだ。あんな素敵な人、私が想いを寄せるなんて申し訳ない。
「私は、ただあの人のそばにいたいだけ。守りたいだけさ。」
「その気持ちが恋なんだって。」
「そういうのじゃない。」
「一回恋愛っていうのを体験してみたら?そーだ、試しに〜私と付き合ってみない??」
「お断りします。」
「早いな。」
「私は恋とか、相手の人生を束縛するような資格はない。さ、もう開店時間だ。この話は終わり。」
「……いいのにな〜。」
「?なんか言った??」
「なーんでも!じゃ、パン温かいうちに食べなよ。」
「はいはい。ありがとね。」
今日もまた働く。次の集会まで。
恋…恋か。
随分と長い間忘れていた感覚。
自分には相応しくない感情。
死のうと思っていた時に助けてくれたレイ。ずっと親身に相談に乗ってくれたレイ。
「なんだかんだ依存していたのは私か…。」
認めたら戻れなくなる。
これは、
許されない恋だ。