第十三話「これまでとこれから」
一章終了とさせていただきます。これまでの御付き合いありがとうございました。しばらくは初めの五百文字くらい書いて放置してる短編の処理と、二章のネタ作成に入りますので、しばらく更新はありません。ご了承ください。
それからというもの、俺は亜人軍総勢二十三名のうち、名前のついているミュータント組三人(鬼人にはホオズキ、犬の半獣人にはヒナ、吸血鬼にはリリーという名前がついていた)を除く、二十名に名前をつけた。そして、ある程度の服を作り出し、全員に3着ずつ与えた。しかし、イータとガンマも服、もとい、俺からのプレゼントが欲しかったようで、翌日孤児院とそれを運営するための人造人間数人を生み出した後、一緒に服を買ってきた。一応、今までは俺の服を着せていたため、他の服が嬉しいのだろう。勿論、二人に似合う最高の服を買った。本当なら作れば良いのだが、俺にはそういった美的センスが皆無のため、専門家に任せることにしたのだ。そこには謎に着物もあったが気にしないようにした。触らぬ神に祟りなし、である。その後も、アルファさんから指導を受けたり、セリシールのパーティーと共にダンジョンに潜ったりしていた。そうしていくと、治療費も残り一割ほどになり、さらには俺のランクがSSまでになっていた。もう単独で95階層のボスくらいなら難なく倒せるレベルだ。もうしばらくすると、俺は臨時メンバーを辞めなければならないが、その程度ならすぐに集まるだろう。
そうして過ごし、ついに入学当日の朝となった。予定通り、俺にはイータとガンマ、そして、シロンがついてくることになった。学園までは馬車で行くようだ。今、俺は屋敷の門の前に立っているのだが、そこには結構な大きさの馬車があった。俺がこの間センチから帰る時に利用した馬車より一回りほどの大きさで、中には椅子、というより座席があった。四人なんてゆうに座れる。その馬車に驚いていると、シグマさんから声がかかった。その隣にはもちろん、カペラもいる。
「何か忘れたものはないか」
「ええ。問題ありません」
孤児院だけが気がかりだが、休みには必ず出向く気だし、人造人間には使役である程度のことは命令しておいたから、問題ないだろう。
「ならば行くといい。今生の別れというわけではないのだ。また夏にでも帰って来れる」
「ええ。そうだ、母上一つ伝えたいことが。耳をお貸しください」
「何かしら」
「弟妹、期待していますよ」
カペラは少し顔を赤らめ、動揺している。まぁそんなことは知らん。公爵なんてやりたくない。この国が世襲制をとっているかどうかは知らないが、とっているのならば弟なり妹なりにやってもらおう。
「それじゃあ、行ってきます」
そういって、俺たち四人は馬車に乗り込んだ。
*
馬車が走り出ししばらくした頃。イータとガンマは窓から乗り出し、はしゃいでいた。きっと馬車に良い気分で乗ったことがなかったのだろう。そんな二人を微笑ましく見ていると、突然、隣に座っているシロンから声がかかった。
「カストル様、一つお伝えしとかなければならないことがあります」
「ん? どうかした?」
「僭越ながら申し上げますが、、私はカストル様が嫌いです」
まさかそんなことを言われるとは思っておらず、俺は動揺する。なんか嫌われるようなことをしただろうか。少なくとも俺には記憶がない。いや、カストルなら心当たりがあるだろう。あのクズのカストルなら。
「どういうことか教えてもらえる? これから関わっていく上で、知っておかないと不便なこともあるかもしれないじゃん」
「それは命令ですか?」
「んー、まあそうなるかな」
俺がそういうと、シロンはため息を吐き、しかしはっきりと話し始めた。
「私が元奴隷ということはご存知だと思います。私はその奴隷時代に色々な貴族のところを転々としておりました。この国に留まらず、別の国の貴族に受け渡されたこともありました。その用途の多くが、自分の性の捌け口とすることでした。何回も何回も。時には傷をつけてくる方もいらっしゃいました。今でも、折檻の跡が背中に焼き付いています。そうしていく内に、私の心は壊れていきました。一つ、残った感情といえば、貴族への恨み、それだけでした。正直、貴族は貴族という生物なんだと、思っています。人間なんかじゃないと、今でも思っています」
「それ、あんまり他の人に言わない方がいいよ。一介の使用人がそんなことを言ってるのが知られたら拷問じゃ済まないかも」
俺のその言葉に、シロンはハッとしたが、それを言うということは俺が誰かに言う気はないと理解したのだろう。すぐに元の澄ました顔に戻り、話を続けた。
「ええ、判りました。そんな貴族を嫌っていた私が最後に渡されたのが今の主人、シグマ様でした。どうせまた酷い扱いを受けるんだろうと覚悟をしていた私に、ご主人様は手を出すどころか、温かい食事に大切な居場所を与えてくださいました。それはカストル様のお母様、ミネルヴァ様も同じです。しかし、カストル様が生まれてから私の幸せな時は終わりました。あなたに酷い扱いを受けたからです。ああ、やっぱり二人が特別なんだと改めて感じました。あなたは手を出さないにしろ、無理な命令を幾度も繰り返してきました。それに加え、ミネルヴァ様が亡くなり、私の居場所は無くなってしまいました。私の居場所を奪った、カストル様が、私は大嫌いです」
その言葉は、案外予想通りだった。もし嫌われるとしたら、酷い扱いを受けさせたことへだろうと、見当がついていたからだ。しかし、シロンの過去はあまりにも悲惨なものだった。18歳という向こうでは酒も飲めないような年齢の少女に食指を伸ばす奴等の気なんて知れたことではない。
俺の記憶の中にも、シロンに手は出さないものの、結構エグい命令をしていたり、見えない場所に傷をつけているものがある。しかし改めて、ボクじゃなくなったあの日いつもと違うと察したシロンは結構鋭かったんだなと感心する。なんせ、父も母も気づかなかったのだから。
「ボクの過去のシロンへの行動は、素直に謝らせてくれ。本当に、申し訳なかった」
俺は座席から立ち、そのまま土下座する。この世界に土下座という概念があるかはわからないが、頭を下げているということが伝われば、それでいい。その土下座に対して、シロンは奥歯を噛み、拳を握り締め呻くように言った。
「今さら謝っても意味がないんですよっ。もう、私の居場所は無くなったっ。私にはもう、心を休ませることのできる場所はないんです」
シロンは胸を抑えながら言った。目には涙を貯めている。
「なら俺がその居場所になる」
「今更なんでカストル様が、、」
「俺の誕生日のこと、覚えてるか」
「ええ。イータちゃんとガンマちゃんを迎えた日ですよね」
「ああ。その日の朝、シロンは俺のことちょっと変だって言ったけど、それあたってんだ。俺その日、転生してきたんだ。いや、転生したことに気がついたって言った方が近いか。つまり、俺は転生者なんだ」
少し言うのを躊躇したが、言っておいた方がいいだろう。これで、転生者だと言うことを打ち明けたのは三人、いや、セリシールも知っているはずだから四人目になるのか。結構言ってるもんだな。
「あの日から、ボクから俺に変わって、カストルはカストルじゃ無くなった。体はカストルだが、意識は高木翔。だから、シロンが嫌うカストル・アークトゥルスは三ヶ月前に消えてるんだ」
「そんなの、信じられません」
「だろうね。だから俺を見ていてくれないか。きっと、シロンに尊敬されるような主人になるから、それまで」
そう言うと、シロンは柔らかく微笑み、かといって目は笑わせず、言った。
「なれなかった時は、私が殺してあげます」
俺はそれに頷く。恨み書いすぎてるような気がするけども。まあ俺の話も信じられてないだろうし、いい選択だろう。ただ、期限を設定していないから殺されることはないだろう。それがわからないような娘ではないだろう。幾度となく騙されてきたのだから。
これから、様々なことが始まる。学園生活で何が起こるか、それはまだわからない。でも、厄介なことに巻き込まれないといい。それだけが、俺の願いだ。