3.義母上のお叱り
扉が閉まる。彼女には、かなり衝撃的な光景を見せてしまった。
すっかりお痩せになってしまった義母の瞳は、昔と変わらず俺を強く捉えている。
会う度に、お前はいつ娘と向き合うつもりだと非難していたあの瞳。俺はずっと逸らし続けた。それがこの様だ。
「これまではあなた達夫婦の事だからと、何より一領主のあなたを尊重して私も見守っていました。けれど本当に手放してしまうなんて。あなた、いつまで逃げるつもり?」
義母の手が震えている。慣れない事をさせてしまったと申し訳なく思う。
「よくも何十年間も、私の娘を傷つけてきましたね。あの人が生きていたら、こんなものじゃ済まなかったでしょう。私だって、体力さえあれば本当はあなたに平手打ちしてやりたいくらいなのです」
「…返す言葉も、ございません」
全てを失った後に、ようやく向き合う覚悟が出来た不甲斐ない元婿。でもこうして手紙を寄越して俺にまたチャンスをくれた。それは俺のためじゃなく、あくまで娘のために。
「あの子、私が死んだら修道女になるそうよ。それにここでの生活も随分と楽しい様だし、あなたが出る幕なんてないかもしれませんよ」
「分かっています。私は彼女に感謝の言葉すら送っていない事に気付きました。それだけでも伝える事が出来れば満足です」
「…無理矢理にでも連れて帰る、くらいの気概を見せなさいよ。全く、こんな男のどこが良いのやら。とにかく、あの子はあの人に似て頑固ですからね。私も長年の恨みがありますから、あなたなんかに協力なんてしませんよ。あの子と正々堂々向き合って痛い目に遭うといいでしょう」
「はい」
俺があまりにも真っ直ぐに見つめて返事をしたからか、義母は大変不服そうな顔をした。
「…何ですか。すっかりすっきりした顔をして。何もかも遅すぎるのです、あなたは。ああ、久しぶりに大きな声を出して疲れました。あなたも出て行って頂戴」
「ありがとうございました。しばらく滞在させて頂きます」
「やはりここに留まるつもりなのですね。私達は何ももてなしませんよ」
「分かっています。近くに空き家を見つけて、話もつけてあります」
「まあそれくらいするべきですが、私の前には極力現れないで下さい。心臓に悪いですから」
「心得ます」
それでもここの滞在を許してくれる、娘想いの優しい義母。俺は薄く笑いながら、部屋を後にした。
「クリス…!」
部屋から出るなり、心配そうな顔をしたティアナが駆け寄る。その手には手拭いが握られていた。
「ごめんなさい…その、母がまさかあんな事をするなんて」
「いや、それくらいの事をしたんだ。むしろこれで許されるとも思っていない」
「その…母と一体何の話をしていたのですか?」
まるで吸い込まれそうな二つの深い青の瞳が俺を見つめる。
「クリス?」
彼女に名を呼ばれてハッと我に返る。
「それは…また今度話す」
「…今度?今度って…あっご、ごめんなさい。早くお拭き下さい。風邪をひいてしまわれます」
そう言って彼女は手拭いを広げ、俺に手渡した。
「ありがとう」
「…え?」
ただ感謝を述べただけなのに驚かれてしまう。これまでの自分のせいだと分かっていても、道のりの長さを改めて感じた。