料理下手なオレは料理でモテたいッ!
「さあ二人とも食べてくれ! オレ特製、海の男焼きそばだ!」
「……涼太、なんだコレは」
「何って、焼きそばに決まってるじゃないっすか!」
「ちゃんと料理の手順を見て作ったんだな?」
「もっちろん! オレ料理したことないっつーか、焼きそば作ったのもこれが初でさ。どう、オレが作った焼きそばは?」
「まだ食べてないから何とも言えんが。まあ何だ、ずいぶんと日焼けした焼きそばだな」
「……店長、あたしこれ、食べなきゃダメ?」
「いや、お前は食べなくていい」
「なんだよ! 瑞葵も、店長も。絶対ウマいから食べてくれって」
「あんたね! こんなのお客さんに出せるわけないでしょ!」
「なんでだよ! 理由を教えろ!」
「黒焦げなの! 見ればわかるでしょ! こんなの食べたら病気になるわよ」
「なんだと……!」
「そこまでにしろ、二人とも。涼太、お前が一生懸命やったってのは認める。本当なら俺もこんなことは言いたかねえんだが」
「……なんだよ、店長」
「お前、料理向いてねえよ」
「……ふんッ、二人が認めないなら何だってんだ! オレは絶対諦めねえぞ。料理担当になるのはオレだ!」
「なんでそこまでこだわるの? 今日まで料理したことないって言ってたくせに」
「……てる、から」
「なに? もぞもぞしてて聞こえない」
「モテるからぁ!」
「は? あんた自分でなに言ってるか、わかってるの? あんたのこの料理とも呼べないものを食べたいなんて女子がどこにいるのよ。いるならここに連れてきなさい。どうせ今のあんたにはそんな人いないだろうけど」
「分かった。日曜に連れてくる」
「なんでわざわざ日曜なの。しかも、その日はあたしオフなんだけど。別の日にして」
「平日と土曜は忙しいから無理だ」
「ふーん。やけにその子の事詳しいじゃない。でも、その子も嫌でしょうね。ゆっくりしたい休日にあんたと会うなんて」
「その変にしねえか! これ以上俺の言うことが聞けねえなら、瑞葵! お前は今日限りでクビにするぞ」
「ほーら。あんたのせいで怒られちゃったじゃない。……いいわ、分かったわよ。日曜日、友達も連れて、お昼にあんたの料理を食べに来てあげる。せいぜい、あたしの友達にも笑われないように努力することね。……ということで店長、あたし今から友達に連絡しなきゃいけないので。ちょっと早いけど、お先に上がります。お疲れさまでーすっ」
「ったく。明日も頼むぞー」
「……すいません、店長」
「涼太。少し追い込むようだが、料理ってのは、たった数日で上達できるほど甘くはねえ。お前自分でこのままじゃまずいと思うならやる事があるよな」
「……オレ、料理諦めたくないっす」
「最後に、男として俺からアドバイス。中途半端やるのは一番カッコ悪りぃからな。自分でやるって決めたんなら、最後までやり通せよ」
「頑張ります」
「瑞葵が来てくれたぞ、涼太。カワイイお友達も一緒だ」
「来たか、瑞葵。オレちょっと行ってきます」
「カワイイ子に見惚れて注文聞いてくるの忘れんなよ」
「おっす!」
「では風見さん、早速――」
「店長、オレのこと呼んだ?」
「お前は呼んでねえ。ほら、早く行ってこい」
「そっか。じゃあ、行ってくる」
「……すいません」
「いえいえ。あなたが謝る必要はありませんよ。それじゃあ、気を取り直して。まずは一番の売れ筋の焼きそばの作り方を簡単にお教えします」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。恐縮ですが」
「料理の腕は上がった? さっき中チラって見たら、店長が作ってたけど」
「食べたら分かる」
「――ねえ、お姉ちゃん。瑞葵ちゃんが言ってた男子ってこれ? 聞いてたよりもっとガキっぽいんだけど」
「こーら。いくら瑞葵の知り合いでも、初対面の人にガキっぽいは失礼よ。英梨」
「なあ。あんた達が、瑞葵の友達か……?」
「あなた、瑞葵の後輩の涼太くんでしょ。イメージと少し違ったけど、バカっぽくて好き。あと、初々しいところが私的には好みかな」
「ちょっと。お姉ちゃんだって、バカって言ってるじゃん」
「私はいい意味で言ったの。だから、セーフ」
「紹介するわ。こっちのうるさくて胸が小さい子が大垣英梨。それで隣の、胸が大きくてあんたを好きなのが大垣美沙。二人は姉妹で、美沙はあたしと同い年。英梨はあんたの一個下よ。年上か年下、あんたどっちがタイプ?」
「そ……そんなの、今はどうでもいいだろ」
「なに? あんた、もしかして緊張してるの?」
「別に。緊張なんかしてねえ。それより今日はオレの焼きそばを食いに来たんだろ。注文は?」
「ねえ。あたし今日バイトじゃなくて、お客として来てるんだけど。言い直して」
「なんだよそれ。めんどくせえな」
「何か言ったッ?」
「はいはい……ご注文をお伺いします」
「よくできました。でも、注文は特にないわ」
「は? じゃあ、ここに何しに来たんだよ」
「ねえ、あんたモテたいんでしょ?」
「いきなり何だよ。そりゃあ……モテたい、けど」
「あんたに話があるの。あたしと来て」
――十分後。
「二人ともどこ行っちゃったんだろ。ねえ君、瑞葵ちゃん何も言ってなかった?」
「え、あっ……うん。何も、聞いてないけど」
「そっかぁ。ハア……せっかく海に来たのに」
「そう落ち込むなよ。すぐに見つかるって」
「でも、それまでは君と二人だし」
「オレと一緒にいるの、そんなに嫌?」
「別に嫌ってわけじゃないけど、ちょっと不安。君もどうせなら、うちなんかよりお姉ちゃんとか、瑞葵ちゃんが一緒だったほうが良かったでしょ?」
「いいや。瑞葵と一緒になるくらいなら、オレは英梨ちゃんがいい!」
「どうして? 瑞葵ちゃん美人だし、胸だってうちより大きいし。あと優しいし、面倒見とかもすごく良いと思うけど」
「たしかに、胸がでっかくて美人なのは認める、でも。優しくはない!」
「君、瑞葵ちゃんのバイトの後輩でしょ? 料理とか、接客の仕事いろいろ教えてもらったりもしてるでしょ?」
「それは仕事だからだよ。暇になると瑞葵の奴、いっつもオレの前で文句言ってんだよ。そんでさ、オレが言い返したら、店長が来ていつもオレだけ怒られるんだよ」
「そうだったんだ。うちの見てないところで、瑞葵ちゃんも苦労してるんだ」
「英梨ちゃん……なんかそれだと、オレが厄介者みたいな感じに聞こえるんだけど」
「あははは。ごめんね、別に君を悪く言ったつもりはないの」
「なら、いいけど」
「ねえ、せっかく海で遊べるんだし。二人を探す前に、これやらない?」
「ビーチボールか。いいよ」
「ねえ。今更なんだけど、君の名前なんて言うの? さっき瑞葵ちゃんが呼んでたの忘れちゃって」
「オレ、涼太」
「りょうた……涼太くん、か。良い名前だね」
「そうか? あんま自分じゃ思ったことないけど。でも、人に名前褒められんのはなんか嬉しいな」
「涼太くん、ほら。早くあっちに行こ!」
「おう!」
「意外とやるじゃない、涼太の奴」
「まさか、英梨が男子といてあんなに楽しそうにするなんて。なんか私、泣きそう……」
「ちょっと、なに泣いてんの! まだ始まったばかりなんだから。勝負は、まだまだこれからよ」
「うん。でも私、やっぱり心配……」
「美沙、あんたはほんと心配性ね。大丈夫よ、もしあいつが英梨ちゃんのこと泣かせでもしたら私がぶん殴ってあげるから」
「そうじゃなくて。涼太くん、男の人たちに囲まれても大丈夫かな……?」
「どういう意味?」
「言ってなかったけど。英梨は可愛いし、人見知りしない明るい性格だから。こういうところに来ると、私と一緒でもよく男の子達が寄ってきて声をかけてくるの」
「美沙、それは多分あんたの胸が原因よ」
「ちょっと瑞葵、ふざけないで聞いて!」
「ごめんごめん。ちゃんと聞くから」
「私が高校生で、英梨がまだ中学生の頃。ここじゃないけど海で遊んでたら、突然大学生くらいの男の人達に人気のない場所まで連れて行かれて……」
「それで?」
「……ここからは言いたくない。でも幸い、すぐに助けが来てくれて。英梨は体を触られただけで済んだの。それ以来、英梨は男の人に触られるのが怖いみたいで。近頃は随分マシになったけど、また英梨にあんな事が起きたらと思うと、私……」
「なんだ、そんなコトだったの。なら安心して。ここの海、店長の知り合い多いから」
「店長さんの……?」
「涼太の奴の心配は多分しなくていい。問題は、一緒にいる英梨ちゃんだけど。そこはもう男のあいつに任せるしかないよ」
「……分かった。でも、二人が危なそうだったら私出ていく」
「はいはい」
「あ、涼太君と英梨。ボール遊びをやめて、向こうに行くみたい」
「よし。追うよ、美沙」
「うん!」
「……」
「英梨ちゃん、どうかしたの?」
「さっきから怖い人によく話しかけられるけど。あの人達って本当に涼太くんの知り合いなの?」
「オレの知り合いっていうか、店長かな。あの人ら営業時間が終わるとよく店に飲みに来るんだよ。ところで英梨ちゃん、次に行きたい所ってこの先?」
「うん。ねえ、それより店長さんって、夏以外は何をしてる人なの?」
「え?」
「海の家って、夏が終わったら閉まっちゃうでしょ?」
「そう。そうだったな……」
「涼太くん。どうかした?」
「……たしか不動産の社長だって言ってた。店長さ、元ヤクザなんだよ」
「そうだったんだ……なんかびっくり」
「まあでも、あの人仕事はちゃんとやるし。接客の時なんてあの怖い顔で、ニコニコ笑って対応してたりで」
「見た目は怖くても、ちゃんとしてるんだ」
「そう、それ! 人って見かけによらないよな」
「涼太くんは、店長さんが好きなの?」
「んー。好きっていうか、何というか。憧れに近いな」
「へぇ」
「英梨ちゃんは、好きな人とか、憧れる人はいるの?」
「うん。うちが憧れてるのは、お姉ちゃんかな」
「美沙さんか」
「お姉ちゃんは、うちなんかと違って強いから」
「……強いって、ゲームが? それとも……」
「喧嘩。全然そうは見えないでしょ? 腕の太さはうちとそんなに変わらない。身長だってうちより少し大きいだけのに。そう、差があるとしたら胸の大きさくらい。でも、そんなの喧嘩じゃ使わないし。うちがお姉ちゃんに勝ってるのなんて……経験人数くらい」
「英梨ちゃん、それは――」
「涼太くんだって嫌でしょ? うちみたいな女が隣にいるの。多分お姉ちゃんだって、心の中ではうちのこと邪魔に思ってる。表面では優しくしてくれても、うちと一緒の時、たまにお姉ちゃん疲れてる顔して――」
「しょうがないよ」
「……え?」
「美沙さんに守られるのがダメなことなんて、オレは思わない」
「どうして? お姉ちゃんのそばにいたら、きっとまた迷惑をかけちゃうのに」
「迷惑なんて思わなくていいんだよ。だって、二人は姉妹なんだし。それに、家族なんだからさ」
「……ありがと」
「あと。オレといるのも迷惑だなんて思わなくていいから。むしろ、オレを頼ってくれ」
「うん」
「もうだいぶ歩いたけど。英梨ちゃん、この先は崖で行き止まりだ。どうする?」
「着いたよ。ここが、うちが来たかった場所。ここからだったらビーチ全体が見渡せて、お姉ちゃん達探すのも簡単かと思って」
「そうだった! 遊ぶのに夢中でおれ、二人を探すこと忘れてた」
「うちといるのそんなに楽しかった?」
「うん、すごい楽しい。夏のいい思い出になりそうだ」
「……ねえ、涼太くん。いい思い出の前に、うちから大事な話があるんだけど」
「ちょっと美沙、こんな近くだと気づかれちゃう……!」
「二人の会話がよく聞こえないんだもん。瑞葵だって気になるでしょ?」
「気にはなるけど。英梨ちゃんにバレたら全部――」
「しッ! ちょっと黙って。英梨が何か言ってる……」
『今日、うちが海に来たのはね。自殺するためだったの』
『……』
『驚かせちゃってごめんね。でも、もう自殺する気はないの。だから、安心して聞いて』
『……もう、本気じゃないんだな?』
『うん。これも全部、涼太くんのおかげだよ』
『オレの、おかげ……?』
『そうだよ』
『……は、ははは。それじゃあ……もしも今日、英梨ちゃんがオレに会ってなかったら。ここから飛び降りて死ぬつもりだったの?』
『うん。そうだよ』
『くッ……!』
「なんか、ヤバそう……!」
「私、行って止めてくる!」
――ガシッ!
「こらこら。男と女の話に、外野が首出すのはちげぇでしょ」
「誰ですか、あな――フグっ」
「イテテ……。いい蹴りだったぞ、姉ちゃん」
「あなた、店長の……」
「不審な二人組がいるっつーから来て見りゃ、瑞葵じゃねえか。会うのは久しぶりだな。飲み会の時は涼太のガキしかいねえから。あいつ、ビール注ぐのヘッタクソだからよ。泡ばっかで飲めたもんじゃねえぜ」
「あいつのことは私に言わないで」
「ハハッ。相変わらずキツイ性格だな、おい」
「しー……! 静かにして」
「おっと悪りぃ。そんじゃ、俺はもう行くからよ。崖から落っこちねえようにだけ気をつけろよ」
「どうしよ……私、あの人のこと思いっきり蹴っちゃった。ねえ、瑞葵。あの人、後で仕返しに来たりしないかな?」
「しないしない。……もう、二人にバレてないのが奇跡よ」
『ふざけんなよ……! 英梨』
『今ここでこの話をしたのは、うちが涼太を好きだからこそよ。涼太のおかげで、うちはまだ生きてみようと思えた。そんなに怒ってくれるのも、涼太がうちを好きだからでしょ?』
『そこまで分かってんなら、なんで……?』
『お別れを言いたかったの。せっかく涼太がうちを好きになってくれたのに……ごめんなさい。うちはもう、涼太と一緒じゃなくても大丈夫』
『え……?』
『本当にありがとう。涼太。まだ陽は高いけど、もう帰るね。目的だったお姉ちゃん達も見つかったし』
「「ギクっ……!」」
『英梨』
『何?』
『オレが料理を好きになったのは、お世辞にもお前のおかげとは言えねえけど。いつか将来オレが自分の店を出したら、またァ……』
『……うんっ。また会おうね、涼太!』
――海の家。営業時間後。
「皆様はじめまして。風見涼太の母です。この度はうちの息子が皆様にご迷惑をお掛けしたことをお詫びに伺いました。店長様とは先程お話して、涼太は今日連れて帰ります。何卒急ではございますが、出来の悪いこの子を今日まで見限らず、面倒を見てくださり本当にありがとうございました。お詫びと言っては何ですが、店長様のご協力で、涼太に代わって、焼きそばを作らせていただきました。良かったら皆さんでお召し上がりください」
「瑞葵、約束通り連れてきたぞ」
「まさか、お母さんを連れてくるとはね。私はてっきり」
「……てっきり、なんだよ?」
「何でもない。あんた、英梨ちゃんと連絡先は交換したの?」
「あ……! 忘れてた」
「もう、ほんとバカね。これ、連絡先」
「瑞葵。オレ今、初めてお前といて良かったと思ったぞ……」
「やっと気づいたのね。なにせ、あたしはあんたの先輩だから……何してるの、ほら」
「やっぱりいい」
「なんで? 次またいつ会えるかわからないじゃない」
「会えるよ。もう、次に会う時は決まってんだ」
「なんだ、約束してたの。で、いつなの?」
「言わねえよ。人の会話を盗み聞きするような奴には」
「最後の会話だけ、横で美沙が泣いてて聞こえなかったの~」
「おいっ。くっつくなって! ……前から言ってただろ」
「え~?」
「オレは、料理でモテてやるんだ」
「でもあんた、お母さんに作ってもらったってことは、料理の腕ぜんぜん上がってないってこと?」
「それは、まあ。……でも、どうだ! オレの母ちゃんが作った焼きそば、めっちゃウマいだろ!」
「……あんたはまず、自分で焼きそばを作れるようにしなさい」
(完)