Episode 45. 山の山頂で見たもの
(転移石...ホントに持ってこなくて良かったのかな...でもローズちゃんの言う通り、事態が一刻を争うのも事実!!)
マリーは山にできた道を伝いながら一人、考えていた。
二人とも急いでいるので会話もない。
ただ早足で山を登っていた。
(やだ...山を登るほどに胸騒ぎが大きくなっていく...さっきの魔物...とても凶悪な姿をしていた...今、何が起こっているの!!)
しかし、マリーはそれを口にしない。
口にすると本当にそうなりそうな気がして、声に出来なかったのだ。
やがて、二人はドラゴンの骨が散らばる場所に辿り着く。
ここからは道なき道を掻き分けていかなければいけない。
「あたしが先に行くからマリーはついてきて!!」
「うん!」
ローズはそう言うと、どんどんと先に進んでいく。
マリーは必死にローズの作った道を進んでいった。
そして山頂に辿り着く。
「『大きな石がある』って言ってたわよね?!...あれかしら?」
ローズが山頂にある一際大きな、直方体の形をした石を指差す。
それは凹凸一つない、綺麗な断面をしており、色も一切のムラがなく、ペンキを塗ったような薄いねずみ色をしている。
二人がその石に近づくと、上部に紋章のようなものが刻まれているのが分かった。
その色は...発色していなかった。まるでその力を失ったかのように溝が暗く陰になっている。
「「・・・」」
二人は絶句する。頭の中に浮かぶのはジークの発した言葉。
『もし完全に光を失って、普通の石のように見えたら...即刻、転移するんだ!!そこで何が起きていようとも。逆に何もなく、穏やかだったとしてもだ!!』
しばし呆然とする二人。しかし、
「急ぐわよ!!マリーは『敏捷性強化』を使いなさい!!一気に山を駆け下りるわよ!!」
その言葉に、
「分かった!!...敏捷性強化!!」
二人がその場を離れようとした正にその時、どこからか恐ろしげな声が聞こえた。
「アースジャベリン!!」
「マリー!!」
ローズは必死に、マリーの体を抱きとめる。その瞬間、
<ジャキ~~~~~ン!!>
二人の目の前に棘状の岩が飛び出す。
((あと一歩遅かったら!!))
二人はブルっと体を震わせるのだった。
「どこへ行く!そんなに急がずともよいだろう...どうせ世界は滅びるのだからな...」
二人が振り向くと、そこには異様な姿をした人型の魔物がいた。
その魔物は、顔形の整った男性のような風貌をしていた。
背が高く、細身の体である。
銀色の長い髪を持ち、その素肌は真っ白。
これで普通の人間の姿をしていたら、さぞかし女性にモテただろう。
しかし、黒い鱗が体の大半を覆っていて、頭には2本の角がある。
背中には黒い翼。おしりには長い尻尾。
その特徴はここに来る途中で倒した魔物とどこか共通点があった。
そして、見た目以上にその魔物を『人間ではない』と思わせるのが、その身にまとう雰囲気。
高貴でありながら、どこまでも邪悪で、徹底的な冷徹さを感じさせた。
(あたしに気づかれずにここまで近づくなんて!!有り得ない!!)
ローズは一瞬、恐怖に飲まれそうになるが、心を奮い立たせると、
「あなた。人の言葉が分かるのね!!誰?いつからそこにいたの?!」
相手を睨みつけ、そう言った。すると、
「言葉を慎め!!...我は魔王!!地獄を統べるものである!!」
その魔物は自らを『魔王』と名乗った。
「『魔王』ってサタンのこと??...神様に反逆した...地獄に閉じ込められてるはずじゃ...」
マリーが信じられない様子で口にすると、
「我を名で呼ぶな!!」
サタンが一喝した。
「ひっ!!」
マリーはサタンから発せられる怒りのオーラに体の震えが止まらない。
「大丈夫よ!マリー!!あたしが守ってあげるから...」
ローズがぎゅっとマリーを抱きしめ、落ち着かせる。
その様子を冷たい目で見ながらサタンは話を続ける。
「...それに地獄への扉は開いた。今頃、地獄から我が眷属がやってきていることだろう...」
「じゃ、じゃあ、来る途中に出会ったのは...あんなのがたくさんやってくるの?!」
マリーが震えながら話す。その言葉を聞いたサタンは、
「ほう...もう我が眷属に会っていたのか...それでここにいるということは倒したのだな!そこそこやるとはいうことか...」
顎に手を当て、そう呟いている。
その様子を冷静に窺っていたローズは、
(チャンス!!)
一気に剣を抜くと、その勢いのままサタンに斬りかかった。
<キン!!>
「えっ?!」
剣と剣がぶつかる音にローズはとぼけた声を出してしまう。
見ると、サタンはどこからか剣を出すと、いとも簡単にローズの剣を受け止めていた。
「ふん!!」
「キャ!!」
サタンが剣を押し返すと、ローズは耐えきれず後ろに倒れてしまう。
(な、なんてスピードとパワー...あたしが完全に子供扱いされてる...)
ローズはサッと立ち上がりながらも、彼我の実力の差を思い知ることになった。
「マリー!逃げて!!」
ローズがマリーに囁く。
「で、でも...」
躊躇するマリーに、
「マリーがいると巻き添えでダメージを与えてしまうかもしれないわ!!あたしが安心して戦えるように!ねっ!!」
ローズはそう言って微笑む。
「・・・」
無言で見つめ返してくるマリー。
「あら、あたしが負けるとでも思ってるの?こいつをコテンパンにのしてすぐに追いかけるから...マリーはジークさんにこのことを伝えて!!」
ローズは不敵な顔をするとそう言う。
「...絶対だよ!」
そう言うマリーに、
「次にあたしが斬りかかった時がチャンスよ!!合図するから一目散に逃げて!!絶対、振り返っちゃダメよ!!」
ローズがそう言った時、サタンが口を挟んだ。
「何をこそこそ話している!我を倒す相談か?...面白い!やれるものならやってみるがいい!!」
そう言いながら二人を見下すサタン。
『自分を倒すなど絶対にできない』と思っているようだ。
実際、そうなのだろう。なぜならサタンは神に匹敵する力を持っているとさえ言われているのだから。
「そうじゃないわ!...もう生きて戻れないと思って、別れの言葉を交わしていたのよ...それくらいいいでしょ?」
ローズが諦めたような顔を作って言う。
「ほう!彼我の実力差が分かっているか!!...心配するな!!すぐには殺さん。我の暇つぶしに付き合ってもらわねばな!!」
「暇つぶし??」
サタンの言葉にローズが訝しげに答える。
「今、山の麓では地獄から我の眷属が続々と集まってきている!!人間を滅ぼすのはそれからだ!!それまでしばし、時間がある!暇なので付き合ってもらおうか!」
サタンは薄ら笑いを浮かべながらそう言った。
「そう...でもあたしじゃ物足りないでしょ?後ろを向いてみて!後ろから斬りかかるから避けるなり受けるなりしてみてよ!それくらい簡単でしょ?」
ローズがそう言うと、
「ほう...何を企んでいるかと思えばその程度か...別に構わん!それで斬れるものなら斬ってみるがいい!!」
サタンはそう言うと、後ろを向いた。
それを見たローズは、後ろ手にマリーに合図を出すと同時にサタンに斬りかかる。
走り出すマリー。
そしてローズの剣は案の定、簡単に避けられてしまった。
(これでいい...死ぬのはあたしだけでいいの!マリーは生きて!!)
しかし、ローズのその願いは簡単に打ち砕かれた。
<ジャキ~~~~~ン!!>
マリーの目の前に棘状の岩が飛び出す。
「キャッ!!」
その場に倒れ込んでしまうマリー。
「逃げるな!!次は本当に当てる!!」
その様子を冷たい目で見下しながらサタンが警告する。
「なんで?詠唱もなしに...」
逃がすのに成功したと思ったローズは無詠唱で魔法を使ったサタンに驚く。
「詠唱など、魔力もまともに扱えぬ下等生物のすることだ。我に詠唱は必要ない!!」
「!!」
サタンの言葉にローズは言葉を失う。
(えっ!!じゃあ、前触れなしで強力な魔法を?!...そんなのどうしようもないじゃない!!)
絶望するローズ。
「さっきは詠唱したのに...」
マリーがふと口にした言葉に、
「あれは避けられるようにワザと詠唱してやったのだ!!あれすら避けられないようでは死んでも構わなかったがな!!」
そう言ってニヤリと口の端を上げるサタンに、マリーも絶望の淵に落とされるのだった。