Episode 42. ギルドまでお話
「あの!ジークさん、ちょっといいですか?」
「あ、あ、あの...ミランダさんに聞きたいことがあるんですけど...」
稽古が終わってギルドへと向かう帰り道。
ローズはジークに、マリーはミランダに話しかけていた。
「ジークさんは『無敵の境地』に入るとあたしのやろうとしていることが分かるんですか?」
ローズの問いにジークが答える。
「う~~~む...分かるというより、考えないと言った方が正しいかな!」
「考えない?」
ローズが聞くと、
「普通、人は戦う時は『相手に当てよう』とか、『あの攻撃を受けたくない』とか考えるものだ...」
ジークの言葉に、
「そりゃそうですよ!!そうしないと攻撃も当たらないし、防御もできない!!」
ローズが当然のように言うが、
「本当にそうだろうか?」
とジークに聞かれてしまった。
「えっ...それは...でもボ~~~~ッと立ってるだけじゃ相手の攻撃を食らって倒されてしまいますよ?」
ローズは一瞬、考えたが、やはりどう考えても『それでは戦いに勝てない』という結論になったようだ。
「ボ~~ッと立っているわけではない。『敵』という概念から解放されるということだ!」
ジークの言葉に、
「解放??」
ローズはますます分からないといった顔をする。
「例えば、舞い落ちる木の葉に斬りつけるとする。仮にうまく当てられなかったとしたら、それは木の葉が攻撃を避けたのだろうか?」
ジークの問いに、
「それは単に木の葉の動きが複雑で剣の軌道が逸れただけです!!」
ローズが答えると、
「そうだ。それでいいと思わないかね?『攻撃を躱そう』と考える必要はない。ただ、剣の軌道上に自分が存在しなければ当たらない...それだけが現実!!」
ジークが言う。
「それはそうですが...」
ローズはまだ、腑に落ちないという顔をしている。
「もちろん、避けようとして避けられるのならそれでいい。しかし、強敵との戦いでは避けられないこともあるだろう?」
「はい...」
ジークの問いにローズは肯定するしかない。
実際、ジークの剣は避けられなかった。
「それは『敵』という概念にしばられ、『避けよう』という無駄な心の動きが生じるからだ。それから解放されると...」
ジークが意味ありげに言葉を止める。
「解放されると?」
ローズが聞き返すと、
「『無敵』になる...敵に打ち勝つことが『無敵』ではない!!『敵』という概念を『無』にすることが『無敵』なんだ!!」
ジークが力強く言った。
「それが『無敵の境地』?」
ローズが尋ねると、
「そうだ!今は禅問答のように聞こえるだろう。しかし、確かにその境地は存在する!そしてその境地に達して初めて、自分の『勝とう』という心が剣の邪魔をしていたことに気づくんだ!!」
ジークはそう締めくくった。
「...あたしにも分かる日が来るんでしょうか?」
ローズの問いに、
「それはどうとも言えないな!むしろ分からない方が良いのかもしれない...私も、未だに『剣』の道に迷う一人のちっぽけな男に過ぎないのだよ...」
ジークはそう言って寂しげに微笑むのだった。
一方、マリーは、
「あの...ミランダさんってカッコいいなって思いまして...その...好きな人にハッキリそう言えるところとか...」
そう言って顔を赤くしていた。
「あら?あなたにも好きな人がいるのかしら?」
ミランダの言葉に、
「!!!」
マリーは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ふふふ。可愛いわね!でもあなたなら誰でもいちころじゃない?...ジークさん以外はね!!」
最後の一言が怖かったがミランダは笑顔でそう言った。
「そ、そんなこと...」
マリーが再び照れて下を向いてしまうが、
「まあ、ジークさんは私の恩人だからね!」
ミランダは遠くを見つめながらそう言った。
「...剣を...教えてもらったんですよね?」
マリーが躊躇いがちに聞くと、
「そうよ!聞きたい?」
ミランダの誘いの言葉に、
「...はい...お願いします...」
マリーは控えめに答えるのだった。
「私ね!昔はあんまりパッとしなかったのよ...」
ミランダがはにかみながら言う。
「えっ?!ミランダさんが?!」
マリーは驚いて聞くが、
「私って、剣士にしてはパワーが足りないのよ!!筋肉がつかない体質みたいで訓練したけどダメだった...」
ミランダが寂しげに言う。
「でも、なんで剣士に?」
マリーが当然の質問をすると、
「私ね!技術はすごかったの!!どんな技でも一発で覚えて...周りからは神童だと言われていたわ!!『大きくなったら絶対、有名な冒険者になる』って!」
「そうだったんですか...」
楽しそうに話すミランダの言葉に、マリーが相槌を打つ。
「冒険者になるまでは、前途洋々だったわ!!でも、冒険者になって現実を思い知った...」
「ミランダさん...」
急に変わったミランダの声に、マリーが悲しそうに呟く。
「結局、パワーがないとダメージ量が足りなくて、戦いが長引くのよ!長引けばそれだけピンチも増える。私はパーティから厄介者扱いされだしたわ...」
「・・・」
ミランダの言葉にマリーは言葉を返せなかった。
「あっ!!キャサリンたちの事じゃないわよ!!今のパーティは私が強くなってから結成したから!」
そんなマリーの様子を見て取ったのか、ミランダは再び明るい声で話し出す。
「そんな時、要人警護の仕事でジークさんと一緒になったのよ!まあ、ジークさん一人で百人力なんだけど、人数が必要な場面もあるしね!私たちは数合わせ!!でも有名なジークさんと一緒ということで私たちのテンションも上がっていたわ!!」
「へぇ~~!!ジークさん、そんな仕事もしてたんだ!」
その内容にマリーが意外そうな顔をすると、
「後で知ったんだけど、かなりの地位の貴族だったみたい。あなたは知らないでしょうけど、その頃は貴族の派閥争いが激しくてね!!...多分、用心に用心を重ねてジークさんに頼み込んだんだと思うわ!!」
ミランダがその理由を推測した。
「なるほど...」
マリーが納得していると、
「みんながジークさんに話しかけていたけど、私は話しかけられなかった...だって、私はパーティの厄介者だったから...」
「・・・」
再び、暗くなった話にマリーは眉を顰める。
「そんな時、野営の見張りでジークさんと一緒になったの!私は黙っていたけど、ジークさんが話しかけてくれたわ!!」
ミランダはうれしそうにその事を話す。余程、大切な思い出なのだろう。
「そして、パワーで悩んでいることを話すと、ジークさんは言ったわ!...『君の剣捌きは素晴らしい!!柔の剣を覚えなさい!!力がなければ相手の力を使えばいい!!』ってね!」
「それで柔の剣を極める道を選んだんですね!!」
ミランダの話にマリーが納得していると、
「ええ!そうよ!!それから毎晩、丁寧に柔の剣を教えてくれたわ!!結局、その依頼の間ではものに出来なかったけど、あの時は毎日、夜になるのが楽しみだった...」
ミランダの顔が陶酔に染まる。
「そして、王国一の冒険者にまで成り上がったんですね!!」
マリーがうれしそうに言うと、
「ええ!ある程度使えるようになるまで3か月!1年を過ぎる頃には大抵の魔物は倒せるようになっていたわ!!」
ミランダがそれからの活躍を話し出す。
「...一生懸命、練習したんですね...」
マリーがそう言うと、
「そりゃそうよ!!ジークさんが教えてくれた剣だもの!!だから私はまだまだ負けるわけにはいかないの!!ローズを含めてね!!」
ミランダは決意を込めた声でそう言う。
「ローズちゃんだって負けてませんよ!!」
マリーがそう言うと、
「面白いじゃない!!ちょうど対等に戦える相手がいなくなって、張り合いがなくなっていたところだったわ!!どっちが活躍するか勝負よ!!」
ミランダがローズの方を向いて言う。
ちょうど、ジークとの話が終わっていたローズは、
「えっ?!なんのこと?!」
話が見えずに戸惑っている。
「ふふふ。ローズちゃん!!頑張ろうね!!」
「だから、なんの話よ~~~!!」
笑いながら話しかけるマリーに、ローズは大きな声で叫んでいた。
やがて、ギルドに辿り着くと、
「ミランダさんたちはこれからどうするんですか?」
マリーがすっかり仲良くなったミランダに聞く。
「しばらく、ジークさんに鍛えてもらうわ!!それ以外はジークさんの仕事の手伝いを...」
「しなくていいから、魔物でも倒していなさい!!」
ミランダの言葉を遮って、ジークが言う。
「え~~~~!!ミランダ、つまんな~~~~い!!」
ミランダがそう言って甘えるが、
「仕事の邪魔だ!!ダイアン君!連れていきなさい!!」
ジークはダイアンにそう言うと、ギルドの中に一人で入っていった。
「待って~~~~!!」
追おうとするミランダを、
「あんまりしつこいと嫌われるよ!!」
「そうそう、とりあえず宿を探さないと...」
「やれやれ、俺がミランダのお守か...ジークさんも余計な仕事、押し付けてくるよな...」
ネルソンとキャサリンとダイアンがどこかへと引きずっていったのだった。
「ははは...」
その様子を呆れて眺めるローズ、そして、
(やっぱりミランダさん、すごいな!!私もあれくらいの積極性を!!)
改めて心に誓うマリーがいた。