Episode 41. 無敵の境地
「いきます!!」
気合の入った声と共にミランダがジークに迫る。
そして、受けることの出来ない剣を突き出す。そのはずだった。しかし、
<キィィ~~~ン!!>
甲高い音と共に、ジークは剣の腹でその突きを受けていた。
「くっ!!」
ミランダは何とか剣を流そうとするが、その剣はビクとも動かない。
「はっ!!」
気合一閃、ジークが剣を押し返す。
「うっ!!」
ミランダはその力に耐えきれずよろけてしまった。
その首筋にジークの剣が当てられる。
「これで一度、死んだな!」
そう言うジークに、
バッと起き上がったミランダは急いで距離を取る。
そして、剣を構え、油断のない目でジークを見据えた。
「すごい...」
剣の事はよく分からないマリーにもジークの桁違いの強さは伝わったようだ。思わず呟く。
「ミランダがあんな簡単に一本、取られるなんて...」
「ああ、さすがだな...」
キャサリンとネルソンも話し合っている。
(あの剣を受けた?!どうやって?!...それとミランダさんの動き!一本取られたからといって動きを止めない!!あたしも参考にしなくちゃ!!)
ローズは言葉も発さず、真剣にその様子を見つめていた。
「君は力が弱く、剛の剣を知らない!!だから柔の剣を人の何倍も練習したのだろうが、それでも力業に対処が必要なこともある!!その時、どう動くか!!よく考えるんだ!!」
ジークがミランダに諭す。
「はい!!」
大きな声で答えるミランダに、
「今度は私からいくぞ!!」
そう言うと、ジークの姿はミランダのすぐ前まで来ていた。
<カン!カン!カン!カン!カン!>
小刻みな剣のぶつかる音。
ジークの剣は逸らされる度にすぐに軌道を変えミランダに襲いかかる。
(くっ!!やはり最後にはパワーの差が...)
しかし、ミランダは最後まで集中力を切らさない。
何とか、ジークの剣を逸らすことができた。しかし、
「えっ!」
右下に流された剣が弧を描き、そのまま右下からミランダに襲いかかる。
<カン!カン!カン!>
またもや逸らすことに成功したものの、息を吐くヒマもなく、今度は上から襲いかかってくる。
<カン!カン!カン!>
<カン!カン!カン!>
逸らしても逸らしても次の剣が襲いかかってくる。そして、
<カン!!>
ついにミランダは耐えきれずに、一本、取られてしまった。
「諦めるな!!先に諦めた方が負ける!!」
またもやジークの指導が飛ぶ。
「はい!!」
そんなやりとりが数十分、続いた後、
「・・・」
ジークの胸にミランダの剣が突きつけられていた。
「よくやった!私から一本、取ったな!!これまでの努力の成果だ!!」
そう言って、ジークが剣を収めた。
「ありがとうございます!」
ミランダも一礼して剣を収める。
そして、二人で見学していたみんなのもとに戻ってきた。
「すごかったです!!二人とも!!あたし、自分の剣がまだまだだと思い知らされました!!」
ローズが興奮した様子で二人を出迎える。すると、
「あら。ジークさんの本気がこんなものだと思って??...ジークさん、ローズに『無敵の境地』を見せてあげてください!」
ミランダが得意げにそう言った。
「すごいのはジークさんなのになんでミランダが得意げなんだよ...」
キャサリンが呆れているが、ローズは驚いて、
「えっ?!あれ、本気じゃなかったんですか?!あたし、ジークさんの本気の剣が見たいです!!」
そう言って、ジークの方を見た。すると、
「ミランダ君!余計なことは言わなくていい!!」
ミランダに対して一喝した後、
「今のは本気だよ。ただ、私は『無敵の境地』と呼ばれる状態になることが出来る。そうなると...まあ...いわゆる『無敵』になるな!...少し説明が難しいが...」
そう続けた。
「とにかく一度、『無敵』状態のジークさんと剣を交えて見なさいよ!!それが一番早いわ!!」
ミランダは懲りていない様子でそう言う。
「そうね!...お願いします!!ジークさんの『無敵の境地』を体験させてください!!」
その言葉を聞いたローズはジークに頼みこむ。
「やれやれ、困ったね...あれは全てを悟ったような枯れた剣で、若い君らには理解できないものなのだが...」
ジークはあまり、見せたくないようだったが、
「お願いします!!あたし、剣の高みを見たいんです!!」
そう言って頭を下げるローズに、
「...仕方ない...少しだけだよ...『こういう剣もある』程度に思ってくれたらいい!」
そう言って了承してくれた。
「・・・」
ローズがジークに向け、剣を構え、鋭い目で見つめている。
「・・・」
しかし、ジークは剣を構えもせずに、リラックスした表情で遠くの山を眺めていた。
(なに??隙だらけじゃない...だけど...)
ローズは不思議な感覚に襲われていた。
(なんでだろ?剣が当たる気が全くしない...そんなはずないのに...)
しばらくじっとジークを睨んでいたローズだったが、
「いきます!!」
そう言うと、一気に間合いを詰め、目に見えない駿速の一撃を放つ。
ジークは相変わらずこちらを見ようともしていない。しかし、
<キン!!>
「えっ!!」
剣のぶつかる音にローズは自分の目を疑う。
気がつくと、ローズの剣は綺麗に受け止められている。
力を逸らそうとするが、まるで動く気配がない。
「くっ!!」
<キン!!キン!!キン!!キン!!>
ローズは縦横無尽に様々な方角から、時にはまっすぐに、時にはフェイントを交えながら斬りつけた。
しかし、全て、気がつくと受け止められている。
ジークに焦った様子はない。
その場からピクリとも動かずに軽く剣を受け止めていた。
「やれやれ!」
面倒そうに呟くと、ジークの右手が動いた気がした。気がつくと、
「えっ!!」
ジークの剣はローズの喉元に突きつけられていた。
(なんで?!いつの間に!!あたしが気づかないなんて!!)
ローズは全く、ジークの剣の動きに気づいていなかった。
どんなスピードの攻撃でも余裕で避けるローズがだ!!
「くっ!!」
ローズは一旦、後ろに下がると、ジークの周りを回るように、右から、後ろから、左から、あらゆる方向から剣を打ち込む。しかし、
「ひょい、ひょい、ひょいっと!!」
ジークはまるで人ごみを避けるように右に左に方向を変えると、ゆっくりとステップしながら剣を全て躱していく。
(なんで?!まるであたしの剣がどこを通るか分かっているかのような...)
そして、
「うっ!!」
ローズの首筋に剣が当てられた。そして、
「右腕!!左足!!胸!!」
ジークの剣が叫んだ位置にピタリと当てられる。
ローズは動くこともできずに、剣がそこにあるのを見つめることしかできなかった。
「こんな所でいいかい?」
ジークが相変わらずのんびりした声で聞いてくる。
まるで緊張していない、完全にリラックスした声だ。
ローズは何も出来ずに、
「...参りました...」
そう言うしかなかった。
「えっ!!なに、何が起きているの?」
ローズとジークの戦いを楽しみに見始めたマリーだったが、目の前で起こっている出来事にただ戸惑うばかりだった。
「ふふふ。遊んでいるように見えるでしょ!」
そんなマリーにミランダが話しかける。
「ロ、ローズちゃんは本気で戦ってるんですか?あれじゃまるで...」
マリーの困惑した声に、
「そうね!型のように、事前に決めた手順を約束通りにしているようにしか見えないわよね!!」
ミランダがマリーの言いたいことを代弁する。
「ど、どうしてあんな分かり切った攻撃を...」
マリーが不思議そうにしているが、
「分かり切っているのはローズじゃなくてジークさんだわ!!私にはジークさんにはローズのしようとしていることが手に取るように分かっている...そうとしか思えない...」
ミランダがまるで天上の世界を見ているような畏敬の目でジークを見つめる。
「そんなことが出来るんですか?!」
マリーが聞くが、
「そうね...ジークさんは『ただ、剣の来る場所に剣を置き、ただ、剣の来ない場所に移動し、ただ、相手が避けない場所に剣を出す』...そう言っていたわ...」
ミランダの説明に、
「そりゃそうですけど、そんなの出来れば苦労しない...」
「そうね...でも確かにそんな境地があるのよ...『無敵の境地』がね...」
マリーの呆然とした言葉に、ミランダは羨望の眼差しで戦いの行方を見守りながら、そう断言するのだった。