Episode 10. 山の異変
<ザワザワ...>
ここは早朝の冒険者ギルド。
ここに多くの冒険者たちが集められていた。
『来れる人は必ず来るように』とのお達しがあったからだ。
「なんだろうね!」
マリーがそれとはなしにローズに聞くと、
「あれじゃない?近くの山に行ってた調査団が帰ってきたらしいし...」
「そっか...でも冒険者をみんな集めたということはかなり深刻な状況なんじゃ...」
マリーが心配そうな顔をする。
「とにかく聞けば分かるわ!場合によっては依頼に繋がるかもしれないし、悪い事ばかりじゃないわよ!」
ローズがそう言って落ち着かせていると、突然、騒然としていた室内が静かになった。
「あっ、マスター...」
部屋から出てきたマスターを見たマリーが呟いた。
後ろからハンナもついてきている。
やがて、皆の前に立つと、しゃべり始めた。
「今日は朝から呼び出してすまないね。実は例の件の原因がハッキリしたんだ!」
マスターは簡潔に結論から話し出した。せっかちな冒険者の性格をよく知っているのだろう。
「例の件って、近くの山の様子がおかしいことですかい?」
冒険者の一人が聞く。
「そうだ。最近、山に棲む魔物が平地に下りてきて、討伐が追いつかないという報告が上がっていた」
マスターが答えると、他の冒険者から口々に関連した話が出てくる。
「そういえば、普段は洞窟に隠れて出てこないコボルドの群れがいたな!」
「私は魔物の様子に、何かおかしな気配を感じたわ!何かに怯えているというか...」
「俺は山の麓に入ったんだが、魔物が極端に少なかった。しかも出会った魔物もキョロキョロして落ち着かない様子なんだ!」
どうやら、最近、魔物の様子に異変が見られたようだった。
「へぇ~~、そんな事があったんだね...」
マリーにとっては初耳のようだったが、
「そういえば、魔物討伐の時、いろんな魔物を見たわ!普段、平地にいない魔物もいて変だとは思ってたのよね!!」
ローズは心当たりがあるようだった。
「ローズちゃんも気づいてたんだ...それに牧場を襲ったコボルドさんたちの行動も異常だって話だったよね!」
マリーも牧場の件を思い出す。
冒険者たちが思い思いのことを口にしていると、
「静粛にお願いします!!」
ハンナが大声を上げて、皆を黙らせた。静まったところで、マスターが話を続ける。
「そこで調査団を編成して山の様子を見てきてもらったんだが、思った以上に大変なことになっていた!」
それを聞いた冒険者たちは、
「思った以上って...噴火でもするんですかい?」
「いや、強力な魔物がやってきたんだよ!」
また、口々に騒ぎ出す。
「静粛に!!」
ハンナがまた大声を上げて黙らせる。
「実は...ドラゴンの姿が見られたんだ。近くには寄れなかったが、他の証拠から見ても、ドラゴンが生息しているのは間違いない」
マスターの説明を聞いた冒険者たちは、
「ド、ドラゴン?!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!それなら魔物たちの様子も説明がつくけど、よりによって...」
「ど、どうするの?!ドラゴンを倒せる冒険者っていったら...」
大騒ぎのギルド内を今度はマスター自身が一喝して静めた。
「静まりなさい!!冒険者がドラゴンごときで騒ぐんじゃない!!」
辺りがシーンとする。
「幸い、ドラゴンはまだ若く、強力な個体ではない。アリサ君たちなら倒せるだろう!」
マスターが解決策を提示した。
「で、でもアリサたちのパーティは遠征に...」
一人の冒険者が口にするが、
「もうまもなく帰ってくる頃だ。幸い、ドラゴンは山から動く気配はない。下手にちょっかいを出して暴れさせてしまうのが最悪のシナリオだ!」
マスターは安心させるように説明する。すると、冒険者たちも落ち着いてきたようだ。
「それもそうだな。それまでは山には近づかずに、逃げてきた魔物の討伐を中心にすればいいか!」
一人の冒険者がそう言った。するとハンナが今後の方針を説明した。
「はい!それに関する依頼もギルドから出す予定です。なお、当分、入山は禁止!また、一般市民へこの情報を教えることも禁止とします!」
冒険者に『禁止』命令が出た場合、違反するとペナルティが発生する。
違約金やポイントの減点。最悪、冒険者資格の停止などが有り得る。
さらに、違反の情報は記録される為、今後の冒険者活動に影響が出る可能性がある。
なので誰も禁止事項を行おうとするものはいない。
「そういう事だ。質問がなければこの場は解散。また、知らない冒険者には教えてやってくれ!!」
マスターの言葉に皆が動き出した時、
「ちょっと待って!!」
ローズの声が響いた。
「なんだい?ローズ君」
マスターが静かに聞くと、
「あたしに行かせてちょうだい!必ず倒して見せるわ!!」
ローズの言葉にギルド内が騒然とする。
「おい!ドラゴンの怖さを分かっているのか?!」
「随分、自信があるようだけど、経験の浅い新人が倒せる相手じゃないわよ!!」
しかし、ローズは怯まない。
「あたしは将来、最強の冒険者になるの!ドラゴンくらい倒せなきゃ話にならないわ!!ちょうどいいチャンスよ!!」
そう言って引こうとしない。すると、
「マスター!!」
冒険者の一人が『止めてくれ』という目でマスターを見る。
「ふむ」
マスターは少し考えていたが、
「いいだろう!やってみるといい!!」
そう言ってオーケーを出した。
「マスター!!」
「本気か?!」
また騒然となるが、
「さすがマスター!分かってるじゃない!!大船に乗った気で待っていて!!」
ローズはうれしそうに顔をほころばせる。
「ローズちゃん、大丈夫?」
マリーが心配そうな目で見つめるが、
「普通の魔物じゃ弱すぎて退屈してたところよ!ドラゴンと戦うなんて面白そうじゃない!!マリーは怖かったら...」
「マリー君も当然、一緒に討伐に参加することになる!同じパーティだからね!!」
ローズが言おうとしたことをマスターが止め、マリーにも参加を迫った。
「私も?!」
不安そうに考え込むマリー。
「マ、マスター!あたし一人で十分...」
ローズはマスターに訴えるが、
「ダメだ!この条件が呑めなければ討伐を任せることはできない。どうする?」
「・・・」
そう言われると、ローズは黙り込んでしまった。
するとマリーが「ピシャッ!」と自分の頬を叩くと、
「大丈夫!ドラゴンを倒しに行きたいんでしょ!!自分の身くらいは守れるし、バフや回復の魔法でローズちゃんのバックアップも出来る!!連れてって!!」
そう言って、まっすぐな目でローズを見つめた。
「マリー...」
まだ、不安そうなローズだったが、
「なら決まりだな!!ローズ君とマリー君に倒しに行ってもらおう!!それではこの場は解散とする!!」
マスターがそう宣言した。
「じゃあ、行こうか!ドラゴン相手ならしっかりと準備をしてから行かないとね!!」
そう言って、ローズの手を引くマリー。
「え、ええ...」
まだ戸惑っているローズだったが、引きずられるようにギルドを出ていった。
「いいんですかい?あの二人じゃドラゴンは...」
年配の冒険者がマスターに尋ねるが、
「やってみないと分からないじゃないか!まあ、お手並み拝見といったところだね!!」
マスターはそう言って微笑むだけだった。
「まあ、あいつにはいい薬になるだろ!確かに剣の技はすごいらしいが、経験が全然足りてない!!」
突き放すように言う冒険者もいたが、
「あの生意気なローズがひどい目に遭うのは構わないけど、ドラゴンが怒って暴れ出したら...」
そう心配する冒険者もいた。
「その時は私がなんとかするよ!」
マスターはそう言うと部屋に戻っていった。
「まあ、マスターがそう言うんなら...」
マスターは冒険者たちに人望があるらしく、とりあえず皆はマスターに任せることにして解散したのだった。
部屋に戻ってきたマスターに、ハンナが尋ねる。
「...マスター...自分も行く気ですね??」
「おや?なんのことかな?」
マスターがとぼけるが、
「ローズさんの様子を見て血が騒いだんでしょう!!...まあ、マスターなら負けることはないと思いますが、気をつけてくださいね!!」
ハンナが呆れたように言う。
「やれやれ、ハンナ君にはお見通しか...しかし、私は様子を見に行くだけだ。ドラゴンが倒されたとしたら、それはあの二人がやったことだよ!」
『参った』とばかりに肩を竦めるマスターに、ハンナは溜息を吐きながら言った。
「はいはい。そういう事にしておきます!...でもなんでマリーまで?」
「さてね!私の『長年の勘』とでも言っておこうか。もし本当にローズ君がドラゴンを倒せるとしたら、きっとマリー君が鍵になるだろうね!」
ハンナの当然の疑問にマスターは意味ありげなことを言って笑った。