Episode 1. マリーは自分に自信がない
「あ~~~あ!やっぱりダメだった...」
冒険者ギルドで受付嬢と話している魔法使いらしき少女が一人。
彼女の名はマリー。
最近、冒険者学校を卒業したばかりで、入れてくれるパーティを探しているのだが、なかなか見つからない。
「そう、焦らなくていいんじゃない?まだ、冒険者になったばかりなんだし...」
マリーと話している受付嬢はハンナ。
マリーの幼馴染で今はここで働いている。
「やっぱり『これ』っていう特技がないとね...私、器用貧乏だから...」
「え~~~!でも、攻撃も回復もサポートもできる魔法使いなんてそういないよ!きっとそのうち声がかかるって!」
沈んだ顔のマリーをハンナが元気づける。
「でも全部、ありきたりの威力しかないんじゃ...結局、冒険者は尖ったところを持ってないとダメなんだよ...」
そう言ってマリーは項垂れてしまう。
その様子を見てしばらく考えていたハンナは、
「...いっそのことその美貌を活かすとか...色仕掛けとか...」
そう言って、マリーの体を見た。
その胸はゆったりしたローブを着ているにもかかわらず大きく膨らんでいた。
「キャッ!!」
思わずマリーが自分の胸を隠す。顔もほんのり赤くなっている。
「ほら、その仕草。男はいちころだと思うけどな...顔も可愛いし、髪型もオシャレじゃない!もっと自信を持って歩けば、絶対、声かけられるよ?」
いつも俯いて自信なさげなマリーの顔が今は正面を向いていた。
その顔はとても可愛らしい。
愛嬌のある大きな目。ちょっぴり膨らんだピンク色の頬。
髪は金髪で複雑に編み込まれている。それでいてまとまりがあり、とても垢抜けて見える。
それに大きな胸。ウエストははっきりとは分からないが、全く服に触れている気配がない。かなりくびれているのだろう。
ローブの裾から覗いている足もほっそりして美しい。おそらく太ももも美しいだろうと思わせた。
「そ、そんなこと...大体、ハンナの方がモテるじゃない!」
そう言われたハンナは、茶髪でショートのごく普通の女の子だ。
失礼だが、美人でもなければプロポーションがいいわけでもない。
しかし、これといった欠点もない。
普通の顔。普通の体つき。普通に可愛い服装。
それが男性には安心感を与えるらしく、プライベートではよく声をかけられているようだった。
「う~~~ん。私はどうしてマリーがモテないのかが不思議だけどな!私が男なら絶対、声をかける!」
「や、やめてよ!そんな事...大体、私には...」
「はいはい。ローズさんでしょ?!」
ハンナの言葉にマリーは真っ赤になってしまった。
「今、ちょうど来てるわよ...って私と話し込んでるのもそれが理由でしょ!全く!いっそのこと声をかければいいのに...」
ハンナがその様子を見て言う。
「...な、なんて話しかけたらいいと思う?...」
マリーが消え入りそうな声で聞く。恥ずかしいのか、俯きがちに上目でハンナを見ている。両方の人差し指を合わせてぐるぐる回していた。
「そうねぇ...『一緒にパーティ作りませんか?』とか!」
ハンナがそう言うと、
「無理!無理!私がローズさんと同じパーティなんて...」
そう言って、大きく手を振ると、その手が別の冒険者に当たった。
「おい!何すんだ?大体、ずっとそこにいて邪魔なんだよ!!」
マリーがその冒険者に怒鳴られてしまう。
「す、すいません...」
下を向き、小さな声で謝るマリー。すると、その冒険者は、
「なんだ?謝るときは人の目を見ろよ!それくらいもできないのか?」
そう言うと、マリーの顎を持ち、上を向かせる。
「!!」
恥ずかしさで目を閉じてしまうマリー。すると、その冒険者は、
「へぇ...なかなか上玉じゃねぇか...それに...」
目が下へと動く。
「これで勘弁してやるよ!」
そう言うと、マリーの胸に向かって右手が動いた。
「ダメ!ここは好きな人しか触っちゃいけないの!!」
マリーがそう言うが男の手は止まらない。
そしてそこに触れようとしたその時、
「やめなさいよ!女の子の体に同意なく触るのはマナー違反よ!!」
そう言って、男の手首を握った少女がいた。
「くっ!」
男は手を振りほどこうとするがビクともしない。
「えっ!ローズさん...」
その様子を見たマリーの目は驚きで見開かれていた。
その少女の名はローズ。
冒険者学校で剣士としての才能を発揮し、将来の英雄だともてはやされていた。
綺麗なスッとした顔立ち。目は少し吊り上がり、綺麗な眉毛がスッと伸びている。
艶のある綺麗な黒髪が腰まで伸びていた。
背も高く、スレンダーな体つきだ。筋肉はついていそうだが、女性らしい曲線美も兼ね備えている。
細い体からは想像できないほど力は強く。並みの冒険者では太刀打ちできない。
「ぐっ!!」
男は渾身の力を込めて手を引っ張る。ようやく手を引き抜くことができた。
「お前、今、噂の天才剣士か...だが、まだ冒険者に成り立てのひよっこだろ?」
冒険者の男はローズを知っているようだ。どうやら冒険者の間では有名人らしい。
「ふん!」
ローズが男の挑発を無視して去ろうとする。しかし、
「しかも、どこのパーティでもすぐ追い出されるっていうじゃねぇか!どうやら見かけ倒しらしいな!」
そう言って男が笑う。
「そんなことない!!」
マリーが珍しく大きな声を出すが、相変わらずローズは無反応だ。
「なんとか言えよ!!」
そんなローズに殴りかかる男。
しかし、その拳がローズに触れようとした時、その冒険者の体は宙に舞っていた。
「えっ?!」
男は何が起こったか分からない。
<ズシーーーーン!!>
大きな音を立てて男の体が地面に落ちた。
「ププ...」
ギルド内から失笑が漏れる。
「このアマ!!」
恥をかかされた男は剣を抜いてローズに向けて構えていた。
「...そっちが先に抜いたのよね...」
ローズが確かめるように言う。
「はっ?」
男が訝しげに言うと、ローズも自分の剣を抜いた。
「やろうってのか?!しかしそんな安物の剣で何ができる!俺のはミスリル製だ!そんな剣では...」
男がバカにしたように言うと、
<スッ...>
音もなくローズの剣が動いた。
<カラン...>
次の瞬間には男の剣の先半分が折れて地面にころがっていた。
「バ、バカな!!その剣はどう見ても鋼鉄!ミスリルには傷一つつけることはできないはず!!何をしやがった!!」
男は混乱している。
「ほう...これはこれは...」
ギルドの奥から初老の男性の声が聞こえた。
「マスター!!」
ハンナがその声に振り返る。
そこには、白髪の交じった黒髪を綺麗に整えた60歳くらいの男性がいた。
痩せてはいるが筋肉質な体で、眼光が鋭い。元は冒険者だったのかもしれない。身長は標準的だろうか。
「マスターは今の技が分かるんですか?どうやって鋼鉄でミスリルを...」
ハンナが聞くと、
「技というか...鋳造の際にできた脆いところを探ったんだね」
マスターが答える。
「鋳造??」
ハンナが不思議そうに言うと、
「あのミスリルの剣は量産品だ。業物ではない。量産品は単に金属を溶かして型に流して作る為、どうしてもムラが生じる」
「ムラ?」
ハンナの問いにマスターは答えていく。
「ああ、冷え方が均一ではない為、強いところと弱いところが出来るんだ。その弱い所を叩いてやる」
「すると?」
「そこに小さなヒビが入る。そしてそこからまた弱い所を探って力を加える...後はその繰り返しだ」
「えっ!でも一瞬でしたよ!!」
ハンナが驚いていると、
「天性のものだろうね。おそらく意識せずに体が勝手に動くんだ。これは努力してできるものではない。正に天才の証!!」
「わぁぁ!!さすがローズさん!!」
マスターの説明にマリーの目が輝く。
「惚れ直した?」
ハンナが聞くと、
「うん!ますます好きに...」
とそこまで言って、マリーはローズの方を振り向く。そしてハンナに向き直ると、
「ま、まさか、聞こえてないよね...今の会話...」
恥ずかしそうに小さな声で聞く。
「あの様子だと聞こえてないようだけど...でも、聞こえた方が良かったんじゃない?」
とハンナは言うが、
「そんな!私とローズさんじゃ...」
そう言ってマリーは寂しそうに俯いてしまう。その様子を見たハンナは、
「う~~~ん。もっと自信持てばいいのに...マリーだったら女の子でもうれしいと思うけどな。付き合ってくれるかどうかは別として...」
そう言って困った顔をするのだった。