No.006 ドロ研(Ⅲ)
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「──以上を持ってHRを終了する。各自気を付けて帰宅、もしくは部活に励むように!!」
無駄に暑苦しい担任の尾上先生の挨拶が終わる。
ジャージの上からでも隆起してるのがわかる筋肉達磨みたいなその後ろ姿が教室から見えなくなるとぱやぱやと浮き足立つクラスメイトたち。
その浮き足立つ生徒の一人でもあるミナトは、早速スクールバックをひったくるように取り出して足早に教師を抜け出す。
昼休みのうちにだいぶ作業を進められた為、この放課後には一旦の動作試験まで出来る手筈になっていた。
早く始めたい一心で駆け足で階段を降り、玄関で靴を履き替えた所で後ろから話しかけられた。
「み、みーくん!」
自身の事をそう呼ぶ人物には一人しか思い浮かばない。
ミナトはそう思って振り返る。
「あ、凛月か。そう言えば今朝から見な──」
そこには、見慣れぬ美少女がいた。
セミロングの綺麗な黒髪に、アイドルのように大きな瞳に小さな鼻。
顔立ちは非常に整っているのに、どこか自信なさげな表情がむしろ可愛らしく見える。
制服である濃紺のブレザーも何故だか妙に垢抜けて見えるほどの逸材であった。
──そして、ミナトは見慣れてはいなかったが見覚えはあった。
「──なんか、みちが、見違えたな凛月」
そう、ミナトの親戚にして昨日のもっさりヘアーの田舎少女の凛月である。
幼い頃に見た面影が残っていたから気がついたものの、見違えるほどに変わっていた凛月の姿に流石のミナトも動揺を隠せない。
もっとも、そのミナト以上に動揺もとい緊張しているのは当人たる凛月であったが。
「そ、その今朝に、は、ははは遥さんがび美容院とかに連れて行ってくくくくれって」
遥さんとはミナトと真央の母親である。
確かに彼女は、今朝方に凛月をつれて「色々やってくる!」と家を飛び出していた。
てっきり凛月に必要な日用品とかの買い出しや入学手続きなどをしに行ったと思っていたが──いやまぁ、散髪もあの有様だったら必要なことではあっただろうがここまで変わるということにミナトは驚愕する。
「てか、何故そんなに動揺してるんだ?」
「な、なんか落ち着かなくて。集落に居た時はじ自分で適当に切ってたか、ら、こんな綺麗に切って貰って恥ずかしいというかててて照れるというか!」
そう言いながら、恥ずかしそうにスカートを直す凛月。
改めてその全体像を見てみると、心なしかスカート丈も短い気がする。
これも母のプロデュースかナイス、とミナトは心の中で称賛を送る。
短いスカート丈のおかげで凛月の白い健康的な太もも映えて眩しい。
細くていつも黒スト履いている緋菜の足と比べても甲乙つけ難いかもしれないと、内心でミナトは評価した。
あくまで内心でのみ、である。
そんなことを考えたところで、昨日の緋菜の様子を思い出したミナトは一抹の不安を覚えた。
「これ、もしかしたらまた緋菜となんかありそうだな」
「え、わわわ私何か駄目でした!?」
「いや、駄目じゃないんだが。駄目じゃないのが逆に駄目というか」
まーた変態ラブコメ野郎とか罵られそうだなぁと、ミナトは遠い目をして明後日の方角を見つめた。
未来のトラブルの種を見つけたはいいが、もうここまで来たら成るようにしかならない。
人生万事塞翁が馬、である。
──諦めとも言うが。
「それで、どうした? まだ帰り道わからないか?」
昨日は確か真央と車で帰って来た筈だから徒歩での帰り道にまだ自信がないのかもしれない。
そう思ってミナトは聞いてみたが、彼女は首を横に振る。
「そ、そのみーくんのぶ、部活にちょっと興味が」
「マジで!!!?」
思わず大きな声が出てしまうミナト。
結果、下校しようと正面玄関に来ていた他の生徒たちの視線も二人に集中する。
そして今まで目に留まってなかった見知らぬ美少女の姿に、男子生徒たちが少し沸き立ったのがミナトにもわかった。
(あ、これはちょっと不味い)
案の定、四方八方からの不躾な好奇の視線に晒された凛月は更に顔を紅潮させてアワアワと目を回しているように見えた。
どう見ても彼女のキャパシティは限界間近であった。
「あー、よし。急ぐぞ!」
そんな彼女を慮って慮って──否、慮ったつもりでミナトは凛月の手を掴んで駆け出した。
ちなみにこのやり方が悪手であると彼が気がつくのは、案外すぐのことである。
「あ、パイセン遅かったッスね──って誰ッスかその美少女!?」
周囲の目から逃れるようにやってきたガレージにて、予想外の先客からデリカシーに欠けた発言をもらうミナト。
「いやむしろ俺としては何故にもう作業はじめてんのかが知りたいよ冬治朗。俺、割とすぐに来たよな?」
「あ、僕は午後フケたんで」
ミナトはなんてことなさそうにサボった報告をする冬治朗に対して、呆れたように溜息を吐く。
「お前なぁ、あんまりそうだと部活停止とかなりかねんぞ」
「大丈夫ッスよ、これでもテスト順位は毎度一位取るんで」
冬治朗はキーボードを叩きながらケラケラと笑う。
今別冬治朗という男は基本的に学校規則は疎かにしがちであるが、教師陣を黙らせるだけの成績は毎度納めているのである。
「てかそんなことより、美少女!」
「ひっ!」
冬治朗の声に凛月が少し怯えたような声を出す。
そんな彼女に代わり、ミナトが紹介と事情の説明をする。
「この子が昨日言ってた俺の親戚、犾森凛月」
「聞いてた話と全然違うッスけど?」
「そして喜べ、部活見学を希望だ」
「マジッスか!?」
その一言で冬治朗はキーボードから両手を離して喜ぶ。
「やったー! この部活にも華が!」
「──おい、オメェ。あたしは華じゃねーんか?」
冬治朗の失礼極まりない言葉が出た途端、その失礼極まりない言葉を一番聞かせたくない人物の声がミナトと凛月の後ろ、入り口から聞こえた。
──小さな暴君、夢遊である。
「いやぁ、ワニ先輩は華と呼ぶには可愛げがなさす──ひぃぃぃ!?」
更に余計なことを口走ろうとした冬治朗の顔面左横を飛来したモーターレンチがさっと横切る。
遥か後ろの壁に大きな音を立てて激突するソレと、何かを投擲したような手の形を維持したままの夢遊の姿を交互に見比べる冬治朗。
「それで、なぁに?」
「な、なんでもないッスわー」
無駄にデカい図体を縮こまらせて、青い顔をしながら彼は自分の作業に戻った。
大きくフンスッと鼻で息をしながら、憤慨した様子だった夢遊はくるっと体の向きをミナトと凛月の方へ向ける。
そして満面の笑みを浮かべた。
「えー、凛月さん」
「は、ひゃい!」
「ようこそ我が"人型飛行ドローン研究部"へ」
その姿はどう見ても猫を被った外行きモードであったが、今のアレを見せた後にコレは無理がないかとミナトは思わざるを得なかった。
「これで凛月入らなかったら絶対にあの二人のせいだからな」




