No.005 ドロ研(Ⅱ)
「とうとう来たな大鰐夢遊! ここであったが百年目!!」
「あんだ、殺んのか?!」
立ち上がり夢遊に向かって変な構えを取るミナトと、両手が塞がっていながらも相対する構えを取ろうとする夢遊。
そんな二人の対決をスルーしながら、冬治朗は空いた段ボールを探して夢遊の元に持っていく。
「はい、取り敢えずここに入れて下さい」
「あい」
ドサっと段ボールの中に雪崩れ込む菓子類。
種類は一口チョコや個包装の飴玉など様々だ。
「またこんなに貰ってきたんスね」
「まーね! モテる女は辛いゼ!」
「いやどーみても餌付けだろ」
「んだとこら!」
今すぐにでも同レベルの取っ組み合いを始めそうな夢遊とミナトを差し置いて、嬉しそうな表情の冬治朗。
「やっぱり先輩たち仲良しッスね」
「「どこがっ!!」」
どう見ても、と言う言葉を寸前で飲み込んだ冬治朗は段ボールをデスクに置き、さっそく中のチョコを取り出す。
「いやでも助かりましたよ、丁度部室のストック切れてたので」
包装を破ってチョコを口に放り込みながら冬治朗は言う。
「やっぱり頭脳労働には糖分ッスよね」
口の中に広がる甘味に表情を綻ばせる彼に対し、夢遊は得意げに腰に手を当て背筋を反らせる。
「さすがでしょ、後輩の為に気を遣える大人の女って感じでしょ!」
「大人の女は自分でんなこといわねーよバーカ!!」
「あんだとこの野郎!」
部室の中でボカボカと喧嘩を始める二人。
しかしそれを冬治朗が止めることはない。
その様子が、この部活ではコレが日常茶飯事であることをなによりもよく表していた。
「そもそもお前が部室散らかしたまま帰ったおかげで、昨日大変な目にあったんだぞどーしてくれる!」
「何よそれ!」
「ワニ先輩が片付けなかったおかげで、先輩が女の子に抱きつかれたって話です」
「じゃあ感謝しろよ」
「ふざけんな」
閑話休題。
この昼休みに三人がガレージに集まったのには実は理由がある。
「さて、やりますか」
冬治朗はそう言って作業台からノートパソコンを引っ張り出す。
見るからに中古といった感じの型落ちしたそのパソコンからは、無数のケーブルがクラゲのように伸びている。
そのパソコンをスリープモードから起こすと、複数の窓に無数の数列が書き込んであるのが見える。
冬治朗馬キーボードに指を叩きつけるようにして、そこに新たな数列を次々と書き込んでいった。
この部活での彼、今別冬治朗の役割はプログラマー。
エンジェノイドの起動に携わる部門の構築を担当していた。
「じゃあ俺たちも仕事に移るぞ」
「あいあーい」
そう言って残る二人も作業台からそれぞれ工具箱を持って、エンジェノイド本体に向かう。
「──取り敢えず、いつでも動かせるようにはしておきたい」
「流石に置物にしとくのは可哀想だしね」
二人の役割は所謂メカニック。
エンジェノイドの整備などを担当していた。
──ミナトの本来の役割はまた別ではあったが。
「まぁ、出来るようにしたところでって問題はありますがね」
愚痴をこぼしつつも三人は淡々と作業を進める。
彼らが何故今、エンジェノイドの整備を頑張るのか。
その理由は壁に貼り付けてあるカレンダーにあった。
本日から三日後、四月十五日が赤く二重丸で囲われている。
「新入生向けの部活紹介までに、せめて見栄えがするくらいには整えたい」
そう、三日後の十五日午後に新入生に向けた部活紹介が行われることになっていた。
元から入る部活を決めてきている新入生には不要な時間ではあるが、大抵の生徒はそうではない。
普通はこの部活紹介をキッカケに新入部員が入ることの方が多いのだ。
そしてこの部活の部員数はたった三人。
今年誰も入らなければ、部の存続すら危うい可能性だってある。
新入部員獲得に必死になるのは当然と言えた。
もっとも、更に大事な事情もあるのだが。
「操者候補、一年の中にいて欲しいんだが」
ミナトの呟きに他の二人も頷く。
──そうこの部活は、エンジェノイドという人が操作するロボを扱う部活なのに、肝心の操者がいなかったのである。
だが、冬治朗は割と辛辣な言葉を放つ。
「正直、望み薄ッスけどね」
彼の台詞をミナトは否定しない。
それは単に、ミナト自身も薄々そう思っていたからに他ならない。
「エンジェノイドの操縦って慣れがかなり要るからな。確かに入ってもすぐ即戦力には、な?」
「あたしが操縦ってもいいならやんよ?」
「「絶対やめろ」」
夢遊の不意の提案をミナトと冬治朗が即座に拒否する。
二人の脳裏によぎるのは、かつての大惨事の記憶。
この暴君には、絶対に機械の身体は与えてはならないと固く誓った日の記憶である。
「けど、即戦力級じゃないとパイセンは──」
冬治朗の言葉を頭をミナトは振って否定する。
「仕方ねぇよ。そこまでは高望みしすぎだって自分でもわかってるさ。ただ──」
そこで言葉を一旦区切り、ミナトは上を向く。
向いた先には白い光を放つ蛍光灯と薄い天井しかなかったが、彼はその遥か先にある空を見ている様であった。
──もしくは、更に彼方にある思い出の空か。
「──どんな形でも、あと一回あそこに行きたかったなって」
ミナトは半ば諦めかけの希望を、寂しげに呟いた。




