No.000 原点
──それは、ある夏の日。
見上げれば、曇りのない蒼空。
見下ろせば、淀みのない蒼海。
そんな蒼と蒼の境界線を、純白と真紅のニ機が鋼の躯体を震わせ飛翔する。
特殊合金製フレームに軽量性に優れた発泡金属の装甲。
両手に競技用銃火器を装備し、背中には大型スラスター、脚部には姿勢制御用サブスラスター。
そして頭上には、亜重力システムによって可視化された天使のような亜重力証輪。
最新のフルダイブ技術の応用より、その躯体には人の意志が直接宿る。
全長三メートルの人型でありながら、自由自在に空を駆けるその機体の名前は──。
──「三メートル級人型飛翔式ドローン」、通称エンジェノイド。
そしてコレは、そのエンジェノイドたちによる戦闘飛行レース。
世界的な人気を博するそのレースの名はW.G.P.。
その世界大会決勝での一幕である。
『さぁ、最終チェックポイントを通過して残すところは直線のみ! 現在先頭を行くのはこの二機のみ!』
実況席のアナウンサーの興奮した声が、レースの行方を見守る仮説会場全体に響き渡る。
このレースのためだけに設営された海上に浮かぶ観戦場で誰しもが目を見開き、空中のホログラムスクリーンを凝視する。
空撮用ドローンが捉えた二機の勇姿を。
『やや先行するのは昨年の覇者"白翼の奇術師"ことカンバラ・ケースケ選手が操るV2ダモクレス! 栄光の二冠は目前か!?』
隣り合うような接戦を繰り広げる内の一機。
白と銀を基調としたカラーリングに背部には可変翼と戦闘機を彷彿とさせる鋭角的なシルエット。
V2ダモクレスと名付けられたその機体は、名の示す通り大気を切り裂き蒼空を翔る。
宙に白銀の残光を残しながら全てを振り切るように飛翔するV2ダモクレス。
その姿は昨年のW.W.G.P.覇者に相応しい勇姿と言えよう。
だが、今回は彼に追従し、食い下がる影があった。
『その二冠に待ったをかけるように、玉座に手をかけるのが真紅の機体クリームヒルト! "姫騎士"クレア・オルソン選手、昨年の雪辱を晴らすのは今か!?』
──白銀の覇者の上に落ちる紅影。
全身を染め上げる炎のように苛烈な赤。
腰部後ろに設置されたジェットエンジンと両サイドに二つのプロペラントタンク、それらを纏めて覆うリアアーマー。
その容貌は、真紅のドレスを身に纏った貴婦人を連想させる。
だが、彼女の猛追から感じる気迫は貴婦人の様な優雅さとは程遠い。
鬼気迫るその姿は、正しく復讐者。
昨年の雪辱を濯ぐ為、前を行く彼を撃ち倒す瞬間をピタリと追従しながら窺いつづける。
二機はほぼ拮抗状態で空を翔けている。
──と、観客たちは思っていたが実際は違う。
今この瞬間、強烈な焦燥感を感じているのは僅かではあるが先行している筈のV2ダモクレスを操るカンバラ・ケースケの方であった。
(不味い、このまま向こうのドッグファイトに付き合っていたら先に堕ちるのは俺だ!)
V2ダモクレスとクリームヒルト。
このニ機はそもそもの運用コンセプトが異なる。
V2ダモクレスは徹底した軽量化と大型の可変翼で揚力を受けることによって燃費を改善し、先頭を独走して逃げ切ることを前提とした設計がされている。
他機を撃墜する為の武装も、推進剤も最低限しか積んでいない。
だが対するクリームヒルトの設計思想は真逆と言って差し支えない。
多様な武装を搭載し戦闘力の増強を目的とした設計のゆえに最初から軽量化を無視し、増加重量をカバー出来る馬力のあるジェットエンジンを採用。
その分余計に悪化した燃費問題をプロペラントタンクの増設で無理矢理突破。
参加者全員を撃墜させた上でレースを走破するというプランが前提の設計であった。
実際、V2ダモクレスは終始先頭を譲らず、クリームヒルトは他参加者の大半を単独で葬り去った。
そして最後の一騎打ちにもつれ込んだのだが、ここでニ機の地力に差が出始めた。
(予想以上に推進剤の消耗が激しい。このペースで付き合ってたら保たないッ!)
ドッグファイトには付き合い切れない。
しかし状況はソレを安易に許さなかった。
現時点でV2ダモクレスは最大加速済みで、これ以上に速度を上げて振り切る事は不可能。
そもそも、機体設計的に例えるならV2ダモクレスは航空機でクリームヒルトはロケット。
最大加速度はクリームヒルトの方が出るのだ。
あの真紅の絶影は、やろうと思えばいつでも白翼を追い抜ける。
しかしソレを敢えてしないのは、クリームヒルトを操るクレアの巧さだ。
レースでは先を行かねば勝てない。
それは当たり前だ。
だが、空中戦としては話が別である。
その場合、後ろを取った方が圧倒的に有利だ。
戦闘機同士の戦いを想像すれば容易だろうか。
照準は後ろに向かって合わせられない。
V2ダモクレスも標準的なライフルを右手に装備している。
だがその銃口を真後ろに向けるには、姿勢を変えねばならない。
しかしそれは一時的な減速に直結し──隙となる。
そしてカンバラ・ケースケは知っている。
相手が、その隙を見逃してくれるほど愚鈍では無いということを。
ただ、現状の膠着を由々しき事態と認識しているのはクレアも同じの筈だ。
ここまでの激戦にて、装備していた各種武装はほぼ使い切っていた。
残る武装も弾薬も、殆どないが故に攻めあぐねている。
彼より前に出なければ勝ちは無い。
だが、前に出た瞬間、武装弾薬に余裕があるV2ダモクレスからの攻撃を受ける。
後方についてる今なら攻撃をすることができるが、万が一ソレを外した場合勝ち目がなくなる。
彼女は狙っているのだ、確実な一撃を。
そして、両者の視界にとうとうゴールが待ち構える海上の仮設会場が映る。
──瞬間、先に仕掛けたのはV2ダモクレス。
背部のメインスラスターの出力を一気に抑え、それと同時に両脚部を体の前に突き出す。
更に大腿部のサブスラスターを最大出力で噴かす。
これにより機体はその場で急上昇し、バク宙のように翻る。
身を翻し、姿勢をスラスターの噴射ではなく姿勢制御のみで調整し、V2ダモクレスは落下する。
クリームヒルトの真後ろに。
「殺った!」
残り少ない推進剤、今の機動で脚部サブスラスターの分は使い切った。
だが、この僅か一秒未満の急な背面取りで攻撃する絶好の位置が取れた。
撃墜より逃げに特化した機体を操ってはいるが、昨年の世界王者が射撃が苦手な訳がない。
銃口が無防備な赤い背中へ向けられる。
通常の回避は、間に合わない。
ホログラムスクリーンでその様子を観てた観客たちが一様に息を呑む。
そして、勝負を決める引き金が引かれ──。
「──まだ!」
クリームヒルトを操るクレアは、瞬間的に左側へ大きく舵を切る。
同時に二つあるプロペラントタンクのうち、右側のを自切した。
その結果、左右で重量に差が生まれ、それが急な回避行動と合わさり機体を予測できない軌道で転がした。
それはクレアにも、ましてケースケにも予測が出来なかった歪な軌道。
V2ダモクレスが連続で撃ち出した弾丸は空を貫く。
だが位置的な有利は崩れていない。
弾薬数にも余裕がある。
彼は連射しながら銃口を、射線を修正する。
撃ちながら射線変更は、少しでも命中率を上げる為の苦肉の手だった。
相手は無理な回避行動で体勢を崩している。
そこに一発でも当たれば、擦りさえすれば更に体勢を崩せる。
確実に追撃するチャンスが生まれる。
だが──。
「今がッ!!」
クレアは不規則に宙を回転しながらも、更にもう反対側のプロペラントタンクを切り離し、機体重量のバランスを再び最適化させる。
各部サブスラスターを活用し、機体の回転をそのまま推力に活かして姿勢の再調整とV2ダモクレスの死角への旋回を同時にこなす。
それは正しく神業といっても差し支えない技術。
しかし、クレアは常日頃からこのような芸当が出来るようなプレイヤーではない。
そもそもこんな危険な、曲芸飛行未満なやり方なんて練習する理由もない。
コレが成功したのは、単に彼女の感性と実力、そして運が味方したからだ。
だが、「運も実力のうち」との言葉もある。
この瞬間、運も努力も才能も。
全てを加味したクレアの実力が、現王者を上回った。
「その玉座、貰い受ける!」
回り込んだその死角。
構えた銃身は白銀の覇者を捉える。
更なる回避は間に合わない。
そしてクレアが外すような距離では、ない。
残弾全てがV2ダモクレスに吸い込まれ──。
──勝負が決した。
▽▲▽
真紅の姫騎士が、栄光と共に会場へと凱旋を果たす。
激戦を戦い抜いた、新たな王者の姿を割れんばかりの歓声が包み込む。
ソレを黙って見つめる一対の瞳が、その中にあった。
幼い少年が鋼の天使を、まるで英雄のように見つめながら呟く。
「かっこいい」
ただ一言。
その言葉には、幼いながらも強い羨望と感動が含まれていた。
「な、かっこいいだろミナト!」
隣に座る父親が、少年の肩に手をかける。
父親の言葉に大きく頷く少年。
そして、鋼の天使が観客席から自身を見上げる幼い視線に気がつく。
天使は、少年に向かって右手でサムズアップをしてみせた。
自分に向けられたソレに、少年も笑顔でサムズアップを返す。
蒼天に掲げられた、ふたりのサイン。
これが少年にとって、最高の思い出となった。
──これが、少年・浪岡ミナトの心象風景。
憧れの原点、夢の出発点となった。
そして物語は、ここから十年後に始まる。
鋼の翼を翻し蒼き旅路を征く、少年少女たちの物語が。
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