幸田露伴「天うつ浪」(前篇)現代語勝手訳(4)
其 四
考えてみりゃぁ合点がいかない。多分ではないが給料も取るし、別に蕩楽のない男だから、其金で独り身の毎日を送り、剰余で本を買って読むくらいのこと。その本を買うにもただ買うという訳ではない。何時にしたって、読んでしまったのを復売りにやって、まだ読まないものと取り換える。それを自分でも可笑しがって、何のことはない、僕のすることは書肆のために、一枚一枚虫払いを丁寧にしているようなものだと言っていた程。しかし、そういうやり方をして少ない銭で多く読む、それだけ始末の好い賢い水野が、何のかのと言っては金を持って行く。ハテ、これにゃぁ何ぞ仔細があるだろう、訳がなくちゃ要らない金だ。いくら表面は物柔らかな君子風でも、腹の底の底にゃぁ恐ろしい高慢があって、世界中の奴を相手にしても、鼻の頭で笑っていようというしっかり者の、あの水野でも年齢といやぁ年齢だ。桃の早いのも柿の遅いのも、いずれ時が来りゃぁ花は咲き出す。才がはじけた謹しまやかなのも、時節が巡れば情が萌える。乃公のような早熟なら十七、八から、白粉や油の香に鼻もひこつかせたが、その代わり浮気の掛け流しで、笑うのも泣くのも二日か三日限り。思うも思われるも実は無くって、のほほんで今日まで無事に来たが、水野のようなあんな男が、悪くするとただ一途に純粋の、真正直な恋に落ちて、人にも知らさず独り苦しみ、思い詰め思い詰めて忘れる間もなく、胸に解けない凝塊を作り出して、長く長く悶えて悩むこともあるもの。もしやそんなことででもあるなら、朋友のよしみ、年上の者の甲斐性、特にはかつて誰にも知らさず内々で恩を受けている訳もあり、ひと心配しなけりゃぁならぬと意を定めて、さてそれから水野の様子を見ると、想像した通り。何となく打ち解けないところがある、何となくそわそわしたところがある。こっちから話す談には身を入れて聞かない。彼が話す談には気焔が足りない。人と対い合って坐っていながら、談話がちょっと途切れれば、胸の中では、もう他方のことを考えている様子。将来の希望は余り言わずに、ややもすると過ぎたことを言い出しては、無邪気だった往時を懐かしがる。試しに世間話を三種四種して、どの話が彼の胸の中と響き合うかと探ってみれば、この絃に和って鳴るのは、なるほどその絃かと、その正体が判然と分かった。さあ、こうなると打っ棄っておく訳にゃぁ行かない。相手さえ好けりゃぁ問題は無いこと。南方へ枝が伸びて花が咲くのに何の罪があろう! 人情の温暖を得ようと思って、若い心が動き出すのは無理もないことだ! 年齢が年齢だもの、当たり前のことだ。しかし、縁は異なもの危ないもの。まさかとは思うけれど、万が一にも素性の悪い女が相手だった日には水野の不幸。止め立ても、争い立てもしなけりゃぁならぬ。金が要るということだけに気がかりなところがある。と思ったので、乃公もそんなに暇じゃぁなかったが、ある日、水野の不在を狙って、水野を置いて世話をしている山路の老父をつかまえて糺しかけると、あの老父もなかなかの親切者で、ことさら水野の平生の品行に惚れているので、実は水野様の利益を思って、貴下でもお出でになったら申し上げたいと内々願っていたところでございました、と言うので、一切の事情が老父の口から聞けたのだ。
つづく