第九百二十七話
一塁側ベンチの古川がスコアブックを書きながら―――腕を組む中野監督に話す。
「向こうはナックルボールには手を出さない作戦みたいですね」
「朋也様のナックルボールの球数制限を知らないとはいえ、ナックルボールをあまり出すのは野手交代で指に響く」
「こっちの投手のローテーション作戦と状況が変わりましたしね」
古川がスコアブックを書き終え、中野監督に顔を向ける。
「朋也様の先発としての登板は三回までと思ったが、ナックルボールの多様で早めの交代になるかもな」
中野監督がそう返答して、ハインにサインを送る。
(ナカノ監督もオレと同じ考えか―――リードにナックルボールを三回が来る前に有効活用するしかないな―――)
ハインがミットを上に上げて、中野監督のサインに応じる。
マウンドの灰田がそのハインのサインに気付く。
(ナックルボールをガンガン使うか―――中野も俺にそれを使わせなきゃヤバい相手だってことか―――)
灰田が汗を流して―――マウンドの地面に一滴落ちて、水滴が乾いてく。
「北鄭高校―――四番―――キャッチャー、辻内君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
三塁側スタンドが四番専用の曲を流す。
辻内が右打席に立つ。
「さて、先発投手の手の内はわかった。ナックルボーラーに見えるが、カーブもストレートの制球もネクストバッターサークルからだが―――」
辻内が言葉の途中で構える。
三塁側ベンチの石津監督がサインを送る。
頷いた辻内がマウンドにいる灰田を見て、呟く。
「良い投手のようだな―――今年の兵庫の代表校なだけはある」
そう言い終えて、マウンドの灰田を見る。
ランナーの作島と浜渡がリードを小さく取っていく。
ハインがサインを送る。
頷いた灰田がクイックモーションで投げ込む。
辻内がジッと観察する。
「だが、我々も―――」
灰田の手からボールが離れる。
辻内が呟く。
「去年と今年を合わせて、石川県代表校だ―――」
回転せずに不規則にボールが揺れながら内角高めに飛んでいく。
辻内がフルスイングする。
バットの軸上にボールが当たる。
カキンッと言う金属音と共にボールが高く飛ぶ、
「去年の優勝校を―――侮るなよ!」
言い終えて、バットをスイングし終える。
打球はレフト方向に飛んでいく。
レフトの錦が後方に走っていく。
ランナーの浜渡と作島が走り出す。
辻内がバットを捨てて、一塁へ走っていく。
「ニシキ先輩! ふたつだ!」
ハインが声を上げる。
(トモヤのナックルボールを初見であんな高くまで打つとは!)
ハインが冷や汗を流す。
フェンス手前でボールが転がり、フェアになる。
錦がすぐに追いついて、ボールを拾う。
浜渡がホームベースを踏み上げ―――。
北鄭高校に1点目が入る。
錦が二塁へ送球する。
弾丸のようにボールが飛んでいく。
セカンドの陸雄が塁を踏んで捕球体制に入る。
「アウトになってたまるか!」
作島が二塁へスライディングする。
辻内がその間に一塁を蹴り上げる。
その後に陸雄のグローブにボールが入る。
「―――セーフ!」
塁審が宣言する。
作島のスパイクが二塁に触れるのが僅かに早かった。
陸雄の野手用のグローブが捕球の強い振動で震える。
ランナーは作島が二塁、そして辻内が一塁のまま残る。
三塁側ベンチの石津監督が考え込む。
(辻内はまだ力半分って感じね。今日はやや不調か―――後半に期待するしかないわね)
陸雄が灰田に送球する。
「灰田! 1点だけくれてやれ。こっから先は抑えればこっちの攻撃で取り返せるって!」
陸雄がそう言って、捕球した灰田を見る。
灰田が無言で頷いて、キャッチャーボックスを見る。
陸雄が灰田の背中を見て、考え込む。
(灰田が楽しそうにしてやがる。真剣ではあるが、投手特有の投げたいって気持ちが俺には解るぜ)
陸雄がフッと笑って、構える。