第八十九話
「で、そいつどんなフォームで投げて―――」
九衞が言い終わる前に、陸雄が楽しそうに話に入る。
「えっ? 戸枝って、小学校の野球からその後にシニア行ってたの? 俺が知ってたの小学校の少年野球だからさ。てっきり同じ軟式でやってるものとばかり思ってたよ」
陸雄が足を早めて、前方を歩いているハインと紫崎の間に割って入る。
それを見ていた紫崎の隣にいる九衞が白ける。
あり得ないモノを見るようなドン引き気味な視線だった。
ムッとした陸雄が質問する。
「何だよ。九衞? 言いたいことあるんなら話せって」
「別に―――ただ、次の相手の情報が化石並みの過去しかねぇクソザコチェリーじゃ、打席に立っても三振の山が出来るなって思っただけ」
九衞が眼を細めて、嫌そうに睨む。
「なんだよ~! 嫌な奴だな。俺はその時あいつと打席勝負して、ヒットしてるんだぞ」
「お花畑の君は過去の栄光にすがるしか能が無いんですかねぇー。あーあ、同じチームだと思うと同類だと思われてやだやだ…………」
九衞がわざとらしくため息をついて、再び夜空を見上げて歩く。
「この野郎! そこまで煽るんなら次の試合で戸枝を全部抑えて、あいつの球全部バットに当てるからな! 見とけよ」
九衞がシカトして、駅前の明かりを見る。
陸雄の隣の坂崎があたふたとする。
灰田はそんな坂崎と眼が合って、中野監督の試合で見せるサインの一つを仕草で行う。
(い、一球待て? つ、つまり、ほっといて好きなようにやらせろってこと? は、灰田君。け、喧嘩になったら、バスの中の君どころじゃないんだよー?)
サインの意味を理解した坂崎が冷や汗を流す。
その光景を見て、最後尾の松渡が口を開く。
「陸雄~。相手は投手だけじゃないんだよ~? 野手と監督がいるんだから、その辺も知っとかないとダメだよ~」
星川の隣を歩いていた松渡が注意するように優しく話す。
星川がニッコリと笑顔を見せる。
「松渡君の言う通りですよ。古川マネージャーの情報じゃ、なんでも相手校にはオーストラリアから日本に留学した選手がいるんですよ!」
星川の言葉で松渡の足が少し止まるが、再び何事もなかったかのように歩く。
「星川。お前スゲー嬉しそうだな。目がウルウルしてるぞ?」
そう言った灰田がジッと星川の表情を見る。
まるでデパートで玩具を買ってもらえる事にワクワクしている小学生のようだった。
「ええ、そりゃあもう! 次の試合で海外の外人選手と打席戦が出来るなんて―――僕の未来のメジャーリーグでの活躍の腕試しになりますよ! 楽しみです!」
「ハジメ。オレもアメリカ生まれなんだが―――」
コンビニをちらっと見たハインが背を向けたまま話す。
「ハイン君はハイン君です! 相手の選手はまた別なんですから、その人と安打勝負がしたいんです!」
星川が鼻息を出して、拳を力強く握る。
そのやる気を背中から感じ取ったのか、ハインが少しピクッとする。
「ツバキ。練習の時より楽しそうだな。次の試合で熱くなりすぎるなよ。熱い奴は冷静さを欠いて負けていく」
ハインがそう言った頃にはメンバーは駅前に着いていた。
「さてと解散しますかね。俺は寄り道せずにまっすぐ家に帰るよ。中野監督の指示で、今日の練習で省いたランニングの為に五キロ走るからさ」
陸雄がそう言って、財布から定期券を取り出す。
「フッ、しっかり水分取っておけよ。ところでハイン」
「タカシ。何かあるのか?」
「ローカルニュースサイトで、俺達の降りる駅に新しいコンビニが出来たこと知ってるか? 取り扱い商品写真にオレオもあるぞ」
ハインがその言葉で口をひし形にする。
それがどこか小動物的で嬉しそうだった。
「レアリー? それは急がねば売り切れるな。リクオ、オレが家でオレオを食べている時に、リクオが外で五キロ走るのは酷だが―――」
「ハイン。その光景想像するだけで腹が立つから、今聞いた言葉忘れさせてくれ」
「すまない。悪意は無い」
ハインが目を瞑り、どこか申し訳なさそうな顔をする。
「気にすんなよ。じゃあハインは降りる駅前のコンビニで、オレオでもドーナツでもクリームパンでも買って家で食べてろ。また明日な」
先に駅構内に行くハイン達に手を振って、彼らと別れる。
星川は止まって、松渡と話し込んでいる。
灰田は九衞に何か言われているのか、少しキレ気味に論争しているようだった。
坂崎と一緒にハインと紫崎が改札を通過する。
「タカシ。なぜオレオ好きなのを知っている?」
「フッ、この前灰田にメールで聞いた。一回戦の前日にな」
「むぅ、トモヤも口が軽いな」
「は、ハイン君。き、今日も車内で捕手について色々教えて……」
「解った。カイリにはオレオ購入前の前哨戦で教えよう。早く電車に乗って、コンビニに行きたい」
「は、ハイン君。は、早足だよー。お、お店は二十四時間営業で閉まらないから、ちょっと待ってよぉ!」
「フッ、坂崎諦めろ。甘党なハインの為に、明日は糖尿病対策でコレステロールが減るお茶でも買ってやれ」
「た、食べきすぎは良くないよぉ!」
楽し気な会話を聞きながら、去っていく三人に陸雄は和む。
(ハインもお菓子好きな所は昔から変わんねーな。今日の試合の活躍とは別人のようだけど、あの一面もアイツなんだよなぁ)
「陸雄~。僕もこの後家で家事と勉強あるから先に帰るね~」
「おう、じゃあな」
駅から離れる松渡に手を振って、スマホを確認する。
(やべっ、そろそろ星川君と一緒に同じ方面の電車に乗らなきゃ、走った後の清香との勉強時間も含めて寝るのが遅くなるな)




