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第八十六話


 坂崎がハインの言葉で捕手道具を外し始める。

 松渡が陸雄の近くにやって来る。


「部活練習が終わったら、灰田に日課のナックルボールの習得練習を十球しないといけないんだよね~。今日も中野監督の許可貰ってるから、ハインだけ残って捕手続けてね~」


 松渡がそう言って、ハインを見る。


「ハジメ―――解った。トモヤにはカーブとストレートの制球調整をしたいから、フォーム指導頼む」


「うん、いいよ~。坂崎はシートノックしている練習に混ざってね~。サード不在だからショートの紫崎が楽できるよ~」


「わ、わかったよ。み、ミットからグローブに変えてくるね」


 坂崎がベンチに置いてあるグローブを付けるために―――外した防具を持ったまま走っていく。

 一方、灰田は―――中野監督のチーム全体のシートノックで捕球したボールを中継していた。


「じゃあ私は灰田君呼んでくるから―――岸田君はサブポジ練習して、最後にメンバー全員で行うスイングをしてきてね。今日は朝の走り込み練習は無かったから―――」


 古川が言い終える前に陸雄が答える。


「俺の近所の河川敷まで走り込みだっけ? 部活終わったら一度家に帰って走り込むから大丈夫だよ。あ、大丈夫っす」


「うん、解ってるみたいだね。それじゃあ守備用のグローブ変えてきてね。それと敬語無理に使わなくて良いから、練習に響くよ?」


 古川がそう言って、中野監督のいるバッターボックスに移動する。


(マネージャーが完全に教育係のお姉さんポジになってるな。ま、しょうがねぇか実際そうなんだし―――)


 松渡に視線を合わせる。


「河川敷って、陸雄の家から結構距離あるの~?」


 その付近を知らない松渡の質問に陸雄が一息ついて、答える。


「中学の頃からずっと走り込みで使ってるけど、行きと帰りで五キロくらいはあるぜ。道は迷わないからすぐに解るんだよ」


「そういうことなら今日のみんなの帰りは陸雄だけおやつ禁止だね~」


「何でそうなるんだよ?」


「五キロは走り込みで胃に厳しいからね~。おやつ戻しちゃったりして~」


 松渡が半目でニヤニヤっとそう言って、陸雄の顔を覗き込む。


「中学の頃は一回やっちまったけど、今はそんな間抜けなことしねぇよ。途中の公園で自販機あっから水分補給もバッチリだって!」


「それはそれは、安心できる情報だね~。あっ、坂崎サードに入ったよ~。灰田も来たみたいだね~」


「やっべ! シートノック行かなきゃ!」


 二人が話している時にハインはキャッチャーマスクとミットを外す。

 そして地面に置いてあるスポーツドリンクを飲んでいた。

 ハインが飲み終えた頃には、投手用のグローブを持った灰田が現れる。

 陸雄はベンチにあるセカンド用のグローブを付けるとダッシュで中野監督に話す。


「監督! セカンド入ります!」


「遅いぞ! 九衞はもうセンターに入っている。徹底的にセカンドとサード中心に難しい球送るからな!」


 中野監督の監督の檄の入った言葉で、陸雄が気合を入れる。


「うっす! お願いします!」


 サードの坂崎が塁を踏んで身構える。


(こ、高校入ってから練習でサードもやって来たけど、まだ慣れないなぁ。こ、これからの試合でミスしないように頑張らないと)


「フッ、坂崎。セカンドに届きそうにないときはショートの俺に中継しろ。セカンドの陸雄じゃ不安だろうからな」


 坂崎の不安が解ったのか、紫崎が構えながらやや離れた位置で話す。

 陸雄が何か言おうとした瞬間に、中野監督がボールを高く上げる。

 全員が身構える。


「よし! 次行くぞ」


 中野監督が落ちて来たボールを―――バットにカキンと音を立てて当てる。

 ボールがサードにバウンドして跳ねる。


「あっ、き、来た!」


 坂崎が跳ねるボールをグローブで弾く。

 浮いた球を左手で掴む。

 そのままショートの紫崎が三塁を踏んで、捕球体勢に入る。

 手前に移動した坂崎が左手で紫崎のグローブに投げ込む。

 捕球した紫崎がセカンドの陸雄に隙のないモーションで投げる。

 

(は、早い。中継時間が少ないし、球速も早い)


 驚く坂崎に陸雄が真ん中に飛ぶボールを捕球する。


「よーし、これで二、三塁のゲッツーシュミレーションは及第点だ。次行くぞ。ボールを私の足元に転がせ」


 中野監督がそう言うと、陸雄がバッターボックス付近に低くボールを投げる。

 跳ねたボールがコロコロと転がり、バッターボックス前でピタリと止まる。

 中野監督がそのボールを拾う。


「さて、次はどのコースに投げるかあえて言わないぞ。外野手も覚悟しておけ」


 中野監督がボールを高く投げる。



 灰田は松渡の指導の下でハインと一緒に投球練習をしていた。


「うん。灰田、今の感じいいね~。カーブ良くなってんじゃん~!」


 灰田の投球練習は元秀才投手だったこともあってか飲み込みが早かった。


「トモヤのカーブはリクオのカーブよりやや下に落ちるな。後は緩急を13キロほどの差で付けられれば配球に幅が出来る」


 ミットからボールを取ったハインがそう言って返球する。

 パスッという音を立てて灰田が捕球する。


「けどよ。お前らの話だと、まだ陸雄やはじめんみたいに制球力が良い訳じゃねぇんだろ? 中野が期待できる投手にはなれねえかもしんねーぞ?」


「良いんだよ~。完投しろって言ってるわけじゃないから、暴投を抑える事が大事なんだよ~。灰田はストレートとカーブだけでも三回までは持つよ~」


「ハジメの言う通りだ。風が弱い日にしか使えないナックルボールも使いこなせれば、強豪相手でも三回まで持つ」


「ほんとかい?」


 灰田がやや九州訛りのニュアンスで話す。


「そうだなぁ~。今日の高天原高校の試合でも三回までなら横田君より上手いと思うよ~」



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