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第八十四話



 陸雄達が一礼した後に、高天原高校の横田が何かを持ってくる。


(なんだ? まだ何か言いたいことでもあるのかな?)


 ベンチにいる陸雄がグラウンドに駆け付ける。

 やがて横田の手に持っているもので気付く。


(あっ―――そうか。それを忘れてた)


 グラウンドに一人だけ陸雄が横田の前に立つ。

 他の部員はベンチで荷物を整えている。


「これ……みんなで折った千羽鶴だ」


 横田が試合の悔しさがまだ抜け切れていないのか、ぶっきらぼうに言い放つ。


「おう―――ありがとうな。高天原高校の横田」


 陸雄がそう言って、爽やかに笑う。

 その言葉に横田がハッとなる。

 無名の自分を覚えてくれたこと。

 同じ一年同士でありながら、勝利をかけて試合した者同士の邂逅。

 互いに認め合った瞬間だった。

 横田は思う。


(嗚呼―――俺は確かに試合に負けた。大森高校野球部の岸田陸雄達に―――)


「…………ありがと。次の試合、頑張れよ」


 横田が小声で呟く。


「ああ、お前らの分も試合してくるよ」

 

 陸雄がビニール袋にかぶせられた色とりどりの鮮やかな千羽鶴を受けとる。

 横田が一礼して、ベンチに戻っていく。

 その背中が、心なしか陸雄には一回り大きくなったように感じた。


(同じ一年でありながら骨のあるやつだったな―――)


「おい、チェリー! 黄昏るにはまだ真昼間だぞ! さっさと帰るぞ」


「九衞、空気読め」


 陸雄が千羽鶴を持って、ベンチに戻る。



 揺れるバスの中で星川がため息をつく。

 隣に座っているハインがそれを見て、話しかける。


「ツバキ。どうした? 勝ったというのにやけに悔しそうじゃないか?」


 窓の景色を見ていた星川が、ハインに顔を向ける


「あっ、すいません。態度に出てましたね。すみません、勝利ムードなのに」


 ハインが真剣な顔で星川を見る。


「―――話してみろ」


 その言葉に星川が本心を打ち明ける。

 握る拳に力が入っていた。


「僕この試合であんまり活躍出来なかったから、これから先の試合で足を引っ張るんじゃないかって思ってしまって…………」


 ハインが星川の肩に手を乗せる。


「ハイン君?」


「―――星川が人の倍は練習していることは俺は知っている」


 星川が黙って、耳を傾ける。

 

「だがな、その日を頑張りすぎて、怪我でもして明日出来なくなると試合で活躍も出来なくなる」


「…………はい。入院していた時期にメジャーリーグに行くって決めた時から、練習時間を無駄にしたくないって本でずっと勉強していました。手術が終わった後だから、小学校時代に練習時間が少なかった―――だから今活躍して勝ちたいんです」


 前の席にいる陸雄と松渡が黙って聞いている。


(星川君。小学校の頃に心臓の手術であまり野球出来なかったんだっけ? いつも練習で誰よりも熱が入ってたもんな)


 陸雄が練習の日々を思い出す。

 星川が誰よりも努力していたことを改めて知る。

 ハインが言葉を続ける。


「ツバキ。そう思える気持ちがあるのなら―――今後大切なのは試合に出て、出来る範囲で調子を崩さない事だ」


「わかりました。二回戦から頑張っていきます」


 星川が拳を握っている力を落とし、手を広げる。

 それを見たハインが、肩から手を離す。

 後ろの席で聞いていた九衞は、隣の席の灰田に声をかける。


「チンピラ野郎。今日の試合のお前の打率はメンバーで一番悲惨だから、今後の練習で上達しろよ」


 灰田が悔しそうな顔を表に出す。


「うっせえな、解ってるよ。けどよ俺は今後の投手としても守備も頑張ってんだから、そんな重点的に鍛える時間少ないぞ」


「やる前から都合の良い言い訳すんなよ。お望みのリボルバーを二回戦終了後からしてやる。俺んちまで行ってやるように」


「はぁ? なんでグラウンドでやんねぇんだよ? そっちの方が早えだろ?」


「俺様の夕方までの貴重な練習時間を無駄にしたくない。夜に箸休め程度に空いた時間で一回勝負するだけでちょうどいい」


「舐めてんじゃねぇぞ! 俺の投げる投球は昔の頃より、勘を取り戻しつつあるんだからな」


 灰田が席を乗り出して、九衞に顔を向ける。

 九衞が無視して、席に深く座り込む。

 窓の景色を退屈そうに見ている顔が灰田をより苛立たせた。


(こいつ―――! ぶん殴りてぇが、こいつには野球で今以上の実力を見せなきゃ意味がねーんだ…………!)


 ワナワナ震える灰田を反対側の席にいる坂崎が慌てる。


「け、喧嘩しちゃだめだよ」


「安心しろ、坂崎。喧嘩と言うよりも俺様が野球で教育してやってんだべ」


 そう言った九衞は、涼しい顔で灰田を見る。


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