第八十一話
「七番―――センター。灰田君―――」
灰田が打席に立つ。
(中野のサインは? 一球待て―――か)
(こいつに遊び球は要らない。三球三振で仕留める!)
横田が捕手のサインに首を振り、三度目のサインで頷く。
そのまま投球モーションに入る。
指先からボールが離れる。
灰田が見送る。
外角低めにボールが収まる。
「ストライク!」
球審が宣言する。
(今のカットボールだったな―――なんとなくだが、球が右回転だった気がする)
感覚で理解した灰田が―――バットを構え直す。
横田がサインに頷き、投球モーションに入る。
指先からボールが離れる。
(さっきと同じ気がする―――ここっ!)
灰田が内角高めのカットボールをスイングする。
カコンッという音とと共にボールが内野フライに上がる。
灰田が打席で走らずに止まる。
「ああっ―――ショートフライかよ!」
灰田の言葉と共にショートがボールを捕球する。
「アウト! チェンジ!」
審判が宣言する。
「お前達、優勢だからと言って慢心するな。同点だと思って、守っていけ!」
「「はいっ!」」
中野監督の言葉でメンバーがベンチからグラウンドに軽めに走る。
※
五回裏。
16対0の点差の中でコールドゲームが成立しうるやもしれないイニングになる。
七番打者が打席に立つ。
(リクオがこのイニングで緊張しているかどうか―――調子を見るか)
ハインがサインを送る。
(あいよ! じゃあ投げるぜ!)
頷いた陸雄がボールを握り、セットポジションで投げ込む。
内角低めにボールが飛ぶ。
打者がやや遅れたタイミングでスイングする。
球速113キロのチェンジアップが―――芯からややズレたバットに当たる。
カキンッと言う金属音と共に、七番打者に打たれる。
「くっ! おっそ!」
七番打者がぼやいた後に走り出す。
陸雄がセカンド方向に飛ぶボールを取り損ねる。
ボールは低めに飛び、転がる。
「初球打ち! やっべ! みんな頼む!」
セカンドやや手前でボールがゴロになる。
九衞がゴロになったボールを拾う。
すぐさまファーストに中継する。
そのまま投げられたボールを星川がグローブを構える。
速球で打者が塁を踏む前に捕球する。
「アウト!」
塁審が宣言する。
七番打者が悔しそうに俯く。
「あっぶねぇ……ナイス九衞。星川君!」
「フッ、陸雄。締っていけよ」
ショートの紫崎からエールが送られる。
「チェリー! また打たれてもサポートしてやるぞ!」
セカンドの九衞も続いて声を出す。
「陸雄君。ここから気を抜かずに練習通りにお願いします!」
ファーストの星川の声でボールをキャッチする。
「おう! 援護ありがとう! あと二つ!」
続いて八番打者が打席に立つ。
(まずは緩急を意識させる。ここだ!)
ハインがサインを送る。
(よーし。コントロール第一っと―――!)
頷いた陸雄が投げ込む。
指先からボールが離れる。
八番打者がフルスイングする。
バットがボールより、やや低い。
121キロの外角高めのストレートがミットに収まる。
「ストライク!」
球審が宣言する。
ハインが返球する。
グローブで受け取った陸雄はすぐに構える。
(リクオ。相手はまだ頭が回ってない。ここらでこいつを試す)
ハインがサインを送る。
(いいねぇ~。俺もそれ投げたい気分だったぜ!)
サインに頷くとボールの握りを変える。
陸雄がセットポジションで投げ込む。
弾丸のようにビュンッと音を立てる。
「は、早い!」
八番打者が見逃す。
内角低めのスライダーが入る。
136キロの球速が記録される。
「ストライク!」
球審が宣言する。
ハインが返球する。
グローブで受け取った陸雄はすぐに構える。
(リクオ。ここはさっきのよりも、わずかに球速だけ下げろ)
ハインがサインを送る。
(あいよ。そういうことならそうするよ)
陸雄がセットポジションで投げ込む。
八番打者が振り遅れる。
投げた先は同じコースより下―――内角低めのストレートだった。
ボールがミットに収まる。
相手の打者がそのミットを目を細めて見る。
スコアボードに129キロが記録される。
(やっぱ三振は気持ち良いなぁ)
陸雄がウキウキする中で、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「九番―――ピッチャー横田君」
横田が打席に立ち、陸雄を睨む。
(諦めたわけじゃない。俺は打者としてこいつに勝ちたい!)
横田がバットを構える。
ハインがチラリと見る。
(力が入っているな。なら最初は―――)
ハインが陸雄にサインを送る。
陸雄が頷き、ボールを握る。
そしてセットポジションで投げ込む。
横田が打者手前のボールをスイングする。
ボールは右に落ちながら曲がっていく。
(早い! カーブ!?)
空振りとミットの捕球音が響く。
129キロの数字がスコアボードに表示される。
「ストライク!」
球審が宣言する。
ハインが陸雄に返球する。
(相手は投手だ。投手なら早い球にはそろそろ慣れてきているはずだ)
ハインがサインを出す。
(わかったぜ。こういう場面って、少し不安になるから助かるリードだぜ)
陸雄がセットポジションで投げ込む。
指先からボールが離れる。
ボールは横田の打席前まで飛び続ける。
(早い球に違いない。俺は今この状況で目が慣れている! 今度こそ―――!)
横田はバットをやや下にスイングする。
だがボールが遅い。
内角高めのチェンジアップをタイミングが合わずに空振りする。。
球速はスコアボードに112キロと記録される。
(遅い球だった。タイミングがズレた!? 緩急付けやがって!)
「ストライク!」
球審が宣言する。
ハインが素早く返球する。
陸雄がすぐに反応して、キャッチする。
(おっし! あと一球でゲームセットじゃん! どうするハイン?)
(リクオ―――このボールで決めろ)
ハインがサインを出す。
陸雄が元気よく頷く。
(行くぜハイン! これがラストの一球だ!)
陸雄が一球入魂で投げ込む。
セットポジションからの肩に力を入れた投球。
矢のようにボールが飛び出る。
(―――早い!? クソッ! 当たれよ!)
横田がバットをフルスイングする。
バットはボールにかすめることなく空振りする。
そして球速135キロの外角低めのストレートがミットに入る。
「ストライク! バッターアウト!」
球審が宣言する。
横田は三振で終える。
「終わった…………こんなにも早く夏への試合が―――」
横田が膝を付く。
汗と混じり合う涙が、自身の影で覆われた土に落ちていく。
試合はここで終わりを迎えた。
※
「ゲームセット!」
審判の高らかな声の元で試合が終わる。
16対0。
ワンサイドゲーム。
大森高校野球部のコールド勝ちである。
整列する中で、横田が涙ぐむ。
「君。早く整列しなさい」
審判が横田に呼びかける。
列の真ん中に立つ横田は涙を拭う。
「お前、岸田って言ったな?」
横田が陸雄を見て、話す。
「あ、ああ―――」
「次は負けない! チームのキャプテンとして―――俺は、お前ら大森高校野球部を必ず越えてやる!」
「…………おうよ。名前覚えとくぜ―――横田」
短いやり取りだったが、試合を続けた者同士の別れ文句だった。
横田が列に交わる。
「「ありがとうございました!」」
全員が一礼する。
「よ、横田…………」
捕手が心配そうに横田に近づく。
「この負けは糧になるはずだ。来年は勝とう」
横田がチームメイトに檄を飛ばして、整列する。
「「ありがとうございましたっ!」」
両校が一礼する。
陸雄達が観客席前に移動する。
着いたと同時に、一同が帽子を脱いで一礼する。
「「応援―――ありがとうございました!」」
観客から拍手が降り注ぐ。
観客席にお礼を言った後に―――選手たちがベンチに戻っていく。
(まずは一つ…………待ってろ乾―――甲子園っ!)
陸雄がグローブを見つめて、綺麗な飛行機雲の浮かぶ青空を見上げる。




