第八十話
「両校グラウンド整備の時間です」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「おっ! 五回表が始まる前にグラウンド整備やるんだな」
陸雄がベンチから起き上がる。
「俺らがやるから休んでくれ」
意外な方向から声が聞こえる。
「えっ?」
陸雄が声のした方向の横を向く。
ベンチにいる錦、大城、駒島以外の二年生達だった。
「これくらいはさせてくれ。監督、いいですよね?」
二年生の一人が中野監督に声をかける。
「今後もそれくらいなら構わない。お前達もお前達なりに動いてくれたようだからな」
二年が頷いて、それぞれトンボを持って行く。
「敬う価値ねーっと思ったけど、やるじゃん」
灰田がベンチに座りながら呟く。
「私達の練習の間に―――千羽鶴も折ってくれたよ。去年は私と以前に辞めちゃったマネージャーの子が折ってたんだけどね」
古川がスコアブックを中野監督に見せて、灰田達に話す。
メンバーが辞めたマネージャーのことを想像したのか、気まずくなる。
(きっと酷すぎる実態に嫌気がさしたんだろうなぁ…………可哀想に)
陸雄が顔に出たのか、古川がフォローする。
「岸田君。あの人たちを責めないで、彼らなりに何かしたいと今思って行動しているから―――」
グラウンド整備の時間。
二年生が整備する中で、陸雄は気持ちを切り替える。
「やっちまったものはしょうがないってやつかな? なら、これから先俺らでそんな野球部作り変えようぜ!」
陸雄の明るい言葉にメンバーが和む。
(岸田はキャプテンに向いているかもな。バッテリーに負担はかけさせたくないが、来年やらせてみるか)
中野監督は腕を組んでメンバーを見ながら、そんなことをふと思った。
※
グラウンド整備が終わり、試合が再開される。
五回表。
点差は13対0。
「これで最後の攻撃になるかもな」
陸雄が元気な声でベンチのメンバーに話す。
「まぁ、先にツーアウトが確定してっけどな」
九衞が耳の裏をかきながら、気だるげに話す。
「辛辣だけど~事実だよね~」
松渡が微笑する。
「メンソーレ! 先輩を敬うサー。この得点差なら舐めプでも勝てるサー」
大城がバットを持って、打席に移動する。
「舐めプ以前に―――普段からダメダメじゃん」
灰田がため息をつく。
「しっー! 聞こえちゃいますよ!」
星川が慌てる。
打席に大城が立つ。
ネクストバッターの駒島は胡坐をかく。
「まず、馬鹿二人でツーアウト確定だな」
灰田が毒づく。
「休む時間少しでもくれるように粘ってくれるなら、まだ有難いんだけどね~。ま~、僕まだ登板もしてないけどさ~
」
「バッターアウト!」
球審がの声が聞こえた。
「あらら、さっそく一人終わったか。次も五十歩百歩だからな。そう思うだろ?」
灰田が坂崎を見て、話す。
坂崎は気まずくなって下を向く。
「リクオ。行って来る。多分敬遠されるだろうな」
ハインの言葉で、陸雄がちょっと笑う。
「まぁ、最悪俺が上位打線を返してやるよ。変な言い方だけだけどな」
ハインがフッと笑う。
その間に―――大城と駒島三振でツーアウトになる。
「一番―――キャッチャー。ハイン君―――」
打席にハインが立つと同時に、捕手が立ち上がる。
敬遠だった。
そのままハインが一塁に出塁する。
「二番―――ショート。紫崎君―――」
紫崎が打席に立つ。
紫崎にも捕手が立ちあがる。
「フッ、いざそうされると打者としては悲しいものだな」
紫崎が聞こえない声でぼそりと話す。
紫崎が一塁に行き、ハインが二塁に進む。
「三番―――セカンド。九衞君―――」
九衞君が打席に立っても敬遠だった。
(ふぅん―――ずいぶん情けねぇ野球だな)
四球目で―――九衞がバットを捨てて、一塁に行く。
ハインが三塁。
紫崎が二塁。
満塁となる。
「一点だけ与えるっということか―――監督がサインも出さないのであれば、この策しかないとはな…………敵ながら苦いものだ」
中野監督がサインを出すのを諦めて、立ち尽くす。
「四番―――レフト。錦君―――」
錦が打席に立つが、同じく敬遠だった。
錦が一塁に移動する。
九衞が二塁。
紫崎が三塁。
そして、押し出しでハインがホームベースをゆっくり踏む。
14点目が入る。
ハインはネクストバッターの陸雄にそのまま近づく。
「リクオは敬遠はまず無いだろう。ここから取りに来るはずだ」
「オッケー! 監督もサイン出すだろうよ。ベンチで休んどけ」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「五番―――ピッチャー。岸田君―――」
陸雄が打席に立つ。
中野監督のサインを見る。
(一球目バスターで後は好きに打てか―――了解)
陸雄がバントの構えを取る。
横田がピクッと反応する。
(セーフティバンド狙いか? 前進守備にさせるべきか? ツーアウトなんだ。ここでアウトにしよう)
捕手のサインに頷き、内野が前進守備になる。
(おーおー。かかるもんだねぇ~。ま、打たないけどな)
陸雄がバットを引っ込める。
「ストライク!」
球審が宣言する。
捕手からボールを横田が貰う。
捕手のサインに首を一度振り、二度目で頷く。
さりげなく陸雄がバットを長く持つ。
ボールの握りを変えて、投球モーションに入る。
そのまま指先からボールが離れる。
外角高めにボールが飛ぶ。
(外角高め―――狙いどうりのカットボールだな!)
タイミングよくバットをフルスイングする。
バットを長く持った分、カットボールのボール一個分のズレを修正する。
陸雄なりのカットボールの攻略法だった。
陸雄がバットにボールが当たる感触を感じる。
「―――しゃ!」
陸雄がカットボールを引っ張る。
そのまま力の限り、バットでボールを振り上げる。
(しまった! 前進守備のまま―――ボールは!?)
横田が振り向くとボールはレフト線まで高く伸びていた。
「レフト! 捕球しろ。ワンナウトにするんだ!」
レフト線までボールが伸びて―――外野フェンスにぶつかる。
この瞬間、フェアとなる。
レフトがぶつかったボールを捕球して、サードに中継する。
陸雄が一塁に走り込みながら着く。
「よっしゃ! セーフ!」
「フッ、追加点頂くぞ」
陸雄が安堵する一方で―――紫崎がホームベースを踏む。
ネクストバッターの灰田が喜ぶ。
「ナイス紫崎! 15点目確定だな!」
サードに中継したボールは九衞のスライディングと共に捕球が遅れる。
錦はすでに二塁にスライディングした後だった。
「セーフ!」
三塁審が宣言する。
九衞が立ち上がり。三塁で止まる。
「次は星川だが、あいつなら当てるだろう。俺様がまたスライディングしてまで、無理に走ることもないか…………」
錦は二塁。
陸雄は一塁でじっくりと次の打者を待つ。
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「六番―――ファースト。星川君―――」
星川君が中野監督のサインを見て、打席に立つ。
「さあ、僕がランナー返しますよ!」
初球から打てというサインだった。
横田が構える。
捕手のサインに頷く。
横田が投球モーションに入る。
(こいつはこの球を見送る―――だろう!)
指先からボールが離れる。
星川はサインのもう一つの意味を理解していた。
内角高めにチェンジアップが来る―――と。
打席手前でタイミングを合わせて、星川が内角球をスイングする。
(予想どうり―――ですっ!)
「星川。難しいコースだが、良く当てた!」
中野監督が喜びの為か声を漏らす。
カキンッと言う金属音と共にボールが二遊間を抜ける。
ボールはそのままレフトとセンターの間に転がる。
三塁の九衞がホームベースに向かって、やや遅めに走る。
「がっはっはっ! いただきぃ!」
九衞が悠々とホームベースを踏む。
星川が一塁に走って、無事に通過する。
「や、やったよ! じゅ、 16点目だ!」
坂崎が興奮気味に声を出す。
「坂崎~。僕達の出番コールドならもう無いかもね~」
「こ、コールド?」
松渡が席からゆっくりと立ちあがる。
「兵庫の県大会だと10点差付くと五回で終了するんだよ~。ちなみに七回だと七点差でコールドだよ~」
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあもう勝てるね」
古川がスコアブックを書き終えて、坂崎を見る。
「野球は何が起こるか分からないよ。甲子園の魔物はそんな常識すら覆すから」
古川の言葉に坂崎がゴクリと唾を飲み込む。
「古川マネージャー。そんな怖がらせなくても良いよ~。坂崎はサードで出ることもあるけど、基本ブルペンなんだからさ~」
「そうだね。こんな点差になったのが、初めてだったから、気を引き締めていこうと思って…………緊張しちゃったから―――」
古川の言葉の後に、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。




