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第六十話

 捕手がサインを出す。

 横田が首を振る。

 二度目のサインで頷く。


(ちょっと高い! 振るのは―――マズい)


 バットが少し動いて、スイングモーションに入らなかった。


「ボール!」


 球審が宣言する。


(誘い球だったか―――やっぱりな。ハインならそうするって言ってたもんな…………ちょっと振りそうになってビビったけどさ)


 高めのボール球の後―――陸雄は肩の力を抜く。


(ツーボール、ツーストライクか。この場面ならフルカウントは無いだろうな―――ハインの思考じゃなくて、俺の勘だけどさ)


 陸雄が片手でバットをゆっくりと上にあげる。

 バットが向けられた方向の投手ではなく、バットの先を見つめる。


「リクオは俺の配球理論の一つに従ったみたいだな」


 ベンチのハインが呟く。

 松渡が興味深く反応する。


「ハインの配球理論~? 見てて、解るもんなの~?」


「ハジメ。あの投手は内角球を投げて、次のボール球を振らせるというバッター心理を揺さぶったんだ」


「なるほど~。陸雄はその振りたいって言う誘惑に勝ったわけだね~」


「ああ―――入部時の打者対決で、リクオも無意識に学んだんだろう。追い込まれる一歩手前の投手の心理をな」


「結構サインに首を振っていたけど、投手主体で配球してたことが大きいのかな~?」


「それも強く出ていたから、陸雄はそうしたんだろう」


「おい、ハインとはじめん。考察してないで応援しろよ。葬式じゃねーんだぞ?」


 灰田が応援する星川と坂崎、九衞の輪から離れて、ハイン達を見る。

 紫崎がベンチに座り、マウンドを見つめている。


「フッ、お前は控え投手の一人だから、応援せずに体力を温存していろ。登板のある時に使える体力が減っているのは監督側でも好ましくないだろう?」


 灰田が紫崎の言葉に少し考え込む。

 何かを言い代えそうとした時に、錦が視界に入る。

 錦はジッと立ち尽くし、無言で投手を見ている。

 他の二年達は黙り込んで、この光景に動揺している。

 駒島と大城は新作のアニメやゲームの話をしている。


「ちぇ、冷めたチームだな。解りましたよ。休んでおきますよ―――カッコつけ紫崎」


「チェリー。三振にしたら笑いものにしてやるぞ!」


 九衞の罵声に灰田が呆れる。


「こいつ応援してると思ったら、煽ってんのかよ。質悪いやつだな」


「ハイン~。陸雄は打てるかな~?」


「―――相手の投手の出方次第っと言った所だな」


 マウンドをハイン達が見つめる。

 ボールを持った横田が―――片手でロージンバッグを握る。

 滑り止め剤の粉末を布製の袋に詰めたものである。

 横田の手に大量の汗が流れていた。

 捕手のサインを見る。

 横田が首を振る。

 二度目のサインで頷く。


(ッチ! これでワンナウトにさせる!)


 横田が五球目を投げる。

 上げた足を地面に向かって、踏みつける。

 指先からボールを離す。


(っ! 肩が少し重たい―――!)


 やや体制が斜めに傾く。

 観察していた錦がピクッと反応する。 

 それはややコントロールが悪い甘い球だった。


(チョコボール!? いただき!)


 陸雄がタイミングを合わせて、バットを振る。

 カキンッと言う金属音で―――ボールがセンター手前に飛ぶ。

 バットを投げた陸雄が一塁に向かって走る。


「センター! 急げ! フェアにさせず、アウトにしろ!」


 横田が叫ぶ。

 センターが走っていく中で、ボールが芝でバウンドする。

 その瞬間、それはフェアになる。

 センターが転がるボールに慌てて、拾い上げる。


「何してる! 一つだ! 早く投げろ!」


 横田がさらに大きい声で叫ぶ。

 センターがファーストに向かって中継する。

 一塁を片足で踏んだファーストがグローブを構える。

 陸雄が一塁まで全速で走る。

 ボールをキャッチする前に陸雄が一塁を踏む。

 その後にボールをファーストが捕球する。


「セーフ!」


 塁審が宣言する。


「……よしっ」


 一塁を通過した陸雄がガッツポーズをする。


「くそっ! 出塁しちまった! これ以上追加点をやれねぇのに!」


 横田が下を向く。


「へっ! 長い一回表になりそうだな」


 ネクストバッターに灰田がバットを持って座る。


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