第四十八話
風呂が終わり、松渡の部屋に戻った陸雄は寝袋に入る。
「洗濯機に下着とか服入れた~?」
「ああ、洗剤入れて回しといたから大丈夫」
「お父さんが乾燥機に入れてくれるから、明日は気にしないでグラウンドに行くよ~」
「はじめんのお父さんって会ったことないけど、仕事遅いんだな」
「……電気消すよ~」
部屋の照明を消して、松渡は布団に入る。
(あっ、余計な質問しちまったか……色々訳ありな家なんだろうな。本当は埼玉で野球したかったのかな?)
陸雄も寝袋に身を包む。
お互いに寝息が立たずに、闇の中での無言の間が続く。
慣れない沈黙が嫌な陸雄は―――口を開く。
「はじめん。クラスで好きな子とかいる?」
「もう~! 中学生の修学旅行初日の夜じゃないんだから、いい加減寝なよ~」
「いや、人の家って眠れなくてさー」
「甲子園に行ったら、ホテルに泊まるんだよ~。大丈夫なの~?」
「あっ、そうなんだ。いやー、それはそれで楽しみだなー。じゃあ、はじめんの家でどこの部屋でも寝れるように修行するぜ」
「修行って……面白いのか変なのか判断に困る表現だな~。さっきメール来てたけど、合宿中は古川マネージャーがユニフォームの洗濯とかご飯作ってくれるってさ~」
「おおっ! そっか! なら後はひたすら練習あるのみだな。ストイックにいくぜ」
「大会前と大会中に中間テストと期末テストもあるよ~」
「うっ……そこも頑張んないとな……」
(清香、今頃何してるのかなー。子供の頃は―――俺が練習で寄り道して、遅くなると玄関前でよく泣いてたっけ。高校生になったんだし、流石に今は泣いてないか)
陸雄が寝袋の中で目を瞑る。
(乾に出会って野球に誘われるまで―――俺もその頃の清香と同じで、よく泣いてたっけ。テレビの甲子園で試合を終えたあの選手たちも泣いてたな)
松渡が寝息を立てる音が聞こえる。
(あの甲子園での球児の涙の意味と―――俺の今まで流した涙は違うのかもな)
陸雄はゆっくりと睡眠に入っていった。
※
五日間のゴールデンウイークの合宿。
中野監督は午前五時から午後八時まで、あらゆる野球練習を行った。
陸雄達は汗まみれになりながら、マウンドで辛うじて立つことが多かった。
「まだノックを続けるぞ! こんなところで倒れるようでは甲子園など夢のまた夢だ! 岸田! 投手以外にライトを守るならもっとしっかり走って投げろ」
中野監督が金属バット片手に汗を流しながら、大声を出す。
「は、はい!」
投手練習を終えて―――ライトの練習に入った陸雄は、か細い声で答える。
「声が弱くなってるぞッ! 延長でそんな声で連携で負けたらどうする? 一度負けたら、その大会で次はない勝ち抜き戦なんだぞ!」
「―――はいっ!」
各選手が泥だらけのユニフォームの中で、汗を流しながらノックを受ける。
「あと一回! これが終わったら古川から昼食のおにぎりを貰え! では、行くぞ!」
中野監督はボールを垂直に投げて、金属バットを振る。
カキンッという音で白球がショートにバウンドする。
ショートの紫崎が捕球し、素早くファーストの星川に投げる。
星川のグローブが音を立てて、捕球する。
「よっし! 昼までの練習は終わりだ。それじゃあ、古川マネージャーが作ったおにぎり達を食べてこい。投手は三個以上食べる事! 水分もしっかり取れ。午後からの練習は八時までやるぞ」
(昨日と同じで、あと八時間もぶっ通しで野球すんのか……夏でもないのにフラフラするぜ)
陸雄がマウンド前に座り込む。
一塁側ベンチから各一年選手がおにぎりを取って来る。
「ゴマ昆布とわかめおにぎりか。俺様の好きな明太子が無いのは残念だ」
朝から口数が減ってきた九衞も、その一言を言っておにぎりを頬張る。
「フッ、明太子おにぎり一つで試合の打率が変わるなら―――マネージャーも作ってただろうよ」
紫崎が水をガブガブ飲みながら、おにぎりを食べる。
「それで勝てるなら九衞君のためにスーパーで買ってこようか?」
そういう古川に、九衞が笑う。
「いやいや、練習の面倒を見てくれる美人マネージャー様の作ってくれた握り飯だ。なんであろうと旨い事には変わらない」
「フッ、お前は古川マネージャーをただのマネージャーだと思ってるようだが―――とんでもない球を投げるぞ」
「へぇ~、どうりでチェリーの指導してるわけだ。野球が出来るとは思ってたが、女性投手の体つきしてるもんな。下半身あたりがしっかりしてるしな」
その言葉に古川がムッとして離れる。
「フッ、あんまりマネージャーの体を見てると飯抜きにされるぞ」
「へいへい! 童貞じゃねーんだから、食ったら青空でも見て―――休みますよっと! マネージャー上手い飯ありがとうよ! 俺様は練習始まるまで横になるぜ!」
「灰田~。星川君~。生きてる~?」
「は、はじめん。三倍の、仕事する。俺に、は―――ガフェ!?」
「灰田君。おにぎり持ってきますから、休んでください。まだ僕歩けますから……」
星川がフラフラと歩きながら、一塁側ベンチからおにぎりを取って来る。
その間に灰田がマウンドで大の字で倒れ込む。
(マジでキツいぜ。今日で二日目だけど……これを後三日間やんのかよ。ブランクある分体力減ってるし、情けねぇが膝が笑ってる。ッチ、暴力事件で殴らなきゃこんなバテる苦労はしねーのによ)
灰田が横目で坂崎を見る。
坂崎は言葉が無く、マウンドで必死に倒れ込み息を整えていた。
古川が坂崎におにぎりと水を持ってくる。
「坂崎君。これを食べて、頭を回してね。捕手は野手以外に投手の配球を考えないといけないから―――」
坂崎は水の入ったカップを受け取り、ゴクゴクと飲む。
やがて無言でおにぎりを頬張る。
汗まみれの坂崎はコクリと頷いて、空を見上げて寝そべる。
古川がベンチに座る中野監督の所に移動する。
「中野監督、午前練習お疲れ様です。水をどうぞ」
中野監督は古川から水の入ったカップを受け取る。
「すまない。錦はまだ走っているのか? 休むように指示しろ」




