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第四十四話

 夜の七時。

 曇り空の夜景の下で、グラウンド整備を来たばかりの二年生達が行う。


「よし! 今日の練習はここまで! 明日からゴールデンウイークの合宿だ」


 中野監督がそう言って、持っているバットを下に立てる。

 いつもより短めの練習のおかげか、陸雄達は立ち上がって整列していた。


「夕方の今から家に戻り、急いで泊まり込む荷物を用意して―――それぞれの宿舎先に向かって、泊まるように!」


(いよいよ、合宿か。古川さんの部のメールだと、最終日のみ夕方終わりで荷物まとめて家に帰るんだっけか。中間テストもやらなきゃいけねーし、はじめんの家で勉強しねーとな) 


「明日は五時集合! 遅れたものはうさぎ跳びで半日グラウンドを回り続ける刑だ! 以上っ! 解散!」


「「ありがとうございましたっ!」」


 錦と一年生達が帽子を脱いで、一礼する。

 陸雄が古川から部室の鍵を貰い、メンバーと一緒に着替えるために移動する。

 中野監督は一塁側の席からタオルを四枚とって来る。

 そして陸雄達が練習終わりに拾ってきたボールの入ったカゴに向かう。

 一人だけ一年生が残っていたことに気付く。


「坂崎―――どうした? 怪我でもしたのか?」


「い、いいえ。な、中野監督―――ぼ、僕みんなに比べて練習不足な気がして、合宿後にも居残り練習がしたいです。みんなに追いつきたい」


 残っていた坂崎は―――今までの練習から、気付いていたことを中野監督に打ち明ける。

 中野監督は一息ついて、坂崎をじっと見る。

 そしてゆっくりと落ち着いた声で話す。


「坂崎。技術も大事だが―――それよりなにより選手一人一人の気持ちに気付かない奴は、たいした捕手にはなれない」


「―――えっ?」


「相手の気持ちを読み。戦術の組みこまれた思いやりのある賢い捕手を目指せ。お前は今後それを身につけて、二年から大森高校野球部の正捕手として大きな宝になるんだぞ」


「…………」


 坂崎は握りこぶしを作る。

 中野監督は視線を下に下げて、それを見た後で言葉を続ける。


「焦る気持ちは解るが、オーバーワークは良くない。テクニックってのは二、三日でどうにかなるものじゃない。どうすればチーム全体が思い通りに動いてくれるか―――配球指示はどう組み立てれば良いか、とことん考えなきゃいけない」


 中野監督の言葉の一つ一つから、坂崎は昼休みや電車内でのハイン達の講義を思い出していく。

 坂崎は捕球が段々上達していったが、試合ではまだ不安が残るレベルだった。

 来年、捕手として大きな宝になる。

 中野監督の言ったその言葉が―――坂崎の未来を明るい確かなビジョンで、今日の夜空の月よりも綺麗に脳裏に映る。


「私が女子野球で捕手の時は、夢の中まで配球指示やチームの連携を指示したりして―――考えていたよ」


「―――わ、解りました。か、考えてみます」


「今日から同じ捕手のハインと一緒に、投手でもある朋也様のアパートに泊まるんだろう? さっきのことを考えて、練習以外に頭を使って―――捕手として野球全体を見る大局観を培っていけ」


「―――は、はいっ!」


 坂崎が部室に向かって走っていくと、すれ違いざまにブレザーに着替えた錦と出会う。

 坂崎が一礼すると錦も一礼する。


「錦、明日から合宿だ。今日の球磨きはしなくても良い。明日の為に今日は家に帰って休め」


「ですが……」


「これは監督命令だ。明日から本格的に長い練習で、徹底的にシゴいてやる。球磨きは私と古川と鉄山先生でやるから安心しておけ」


「―――監督。わかりました」


 錦は一礼して、去っていく。

 鉄山先生と古川がタオルを持ってきて、ケースにあるボールを磨き始める。


(この先のゴールデンウイークの合宿中にやれることをすべてやるしかないな。空いた時間で今まで覚えさせたサインも選手それぞれに頭に入れてもらわんとな。この期間から忙しくなることは―――確実か)


 中野監督はそう思い、ボールを磨き始める。

 陸雄達が挨拶をして帰っていく。

 後から来た鉄山先生も加わり、磨き始めた古川と同じく作業する。



 陸雄達がそれぞれ家に戻り、校内指定のスポーツバッグに宿泊道具を入れる。

 一年のメンバー全員は、スマホのコミュニティチャットから駅前に集合することになった。

 陸雄が学校前の駅前に着いた頃には、私服の松渡と灰田、九衞が待っていた。


「おおっ、遅くなったな。もしかして三人とも結構前から待ってた?」


 制服姿の陸雄が駅前の広間にやってくる。


「いや、集まったばかりだ。私服とか五日間の夕食代は持ってきたのか?」


 灰田が質問すると、陸雄が笑顔で答える。


「母さんが心配だったから五千円くれたよ。はじめんの家で夕食食べるから、そんな要らないって言ったんだけどさ」


「そうか―――じゃあ、はじめん。チェリーを先に家に連れていけ」


 九衞が灰田の代わりに答える。


「ええ~! みんな揃ってからそれぞれの宿泊先に行こうぜ。そっちのが楽しいって!」


「ばっか! 遠足じゃねぇんだぞ。泊まり先の人数が揃えば、さっさと行くってメッセージ送ったろ? つべこべ言わずに、陸雄ははじめんの家に行ってこい。明日からキツいんだから、早めに休んで寝ろよ」


 灰田がそう言って、松渡を見る。

 松渡は陸雄の肩をポンッと軽く叩く。


「陸雄~。早くいかないと、家にいるお祖母ちゃん達の夕飯の買い物に遅れるんだよ~。陸雄のことも伝えておいたから、早く家に行く前にスーパーに行くよ~」


「ちぇ! 解ったよ。はじめん、合宿中は世話になるぜ! よろしくな!」


「じゃあ、陸雄を家まで案内してくるね~。また明日~」


「「おう! じゃあな!」」


 九衞と灰田が声を合わせて、手を振る。

 松渡と陸雄が、駅前の広間から離れていく。

 二人が遠くに行った時に、改札から星川と坂崎が制服でやって来る。


「いやー、すいません。遅くなりました。地元のコンビニで、九衞君用にプッチンプリンかクリームプリン選んでましたよ」


「うむ、買い出しご苦労。親戚の方々が夕飯を無料で用意してくれるので、プリン以外の費用はそんな必要ないからな」


 九衞は星川から、プリンの入ったコンビニ袋を受け取る。


「は、灰田君。お、遅くなって、ごめん。お、お父さんが長く野球するなら、専用のグローブとミット買ってきて良いって言ってくれて―――さっき野球用具代くれたんだ」


「へぇ~、坂崎のは今まではミットもグローブも部室のボロいお古だったからなぁ。じゃあ、ハインが来たら一緒に野球スポーツ店でミットとグローブ買いに行くか?」


「う、うん。どれがいいのかよく分からないから、値段とかも知らないんだ。お、お年玉も余ってたから、五万円あれば二つとも買えるかな?」


「ああ、充分だな。だいたい安くても一万三千円くらいあれば、ネットで人気のあるミットは買えるぜ。グローブは……そうだなぁ―――硬式グローブで内野手用なら、二万五千円ほどあれば、それなりのものが買えるぜ」


「こ、ここに野球スポーツ店って、あるの?」


「待ってる間に三人で話してたら、九衞が教えてくれた店があるんだよ。こいつ事前にネットで調べてくれたんだ」


 九衞がバッグにコンビニ袋を入れ終えて、灰田に続いて坂崎に話す。


「うむ、学校から反対側に野球スポーツ店があるんだよ。今セール中ってネットに情報あったから、思ったより安く手に入るぞ」


「あ、ありがとう。や、野球用具って値段高いんだね」


「その分、長く使うから年単位で考えれば妥当な価格だぞ。俺様も入学祝いに、その店で良いグローブを買った。錦先輩も、そこで一年の頃に買ったらしい。俺様と錦先輩が野球用具を買った伝説の店だ!」


「伝説って、お前なぁ―――っと、話し中に悪いが、後の二人も見えて来たぜ」


 灰田がそう言って、九衞が話を終える。




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