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第二十七話

 中野監督がハインの代わりに答える。


「岸田、それは間違いだ。実践では後者が打たれにくい。早い球というのは目が慣れるんだ。高速道路のインターチェンジ効果というのがあってな。目と感覚が、速球を早ければ二球目で体で理解してしまう」


「カントクの言う通りだ。だから連続で早い球は投げれない。だからこそ二球目は緩急をつけて、変化球をハジメに投げさせた」


「…………」


 陸雄が考え込む。

 さきほどの打席勝負を思い返していた。

 中野監督が話す。


「岸田がタイミングを早い球の時と同じように合わせて、なおかつ変化球だからスイングが合わなくなる。それは球審の私でも解った」


 古川が中野監督に近寄りながら、話す。


「陸雄君の変化球を投げるという意識を強くさせるために、三球目は早めのボール球を投げたんですね」


「そうだ。岸田は外角低め。真ん中より下のフォーク。内角高めのストレートのボール球―――という順になり、必然的に勝負球は変化球と考えるようにハインがリードさせた」


「後は二球目のフォークと同じ位置に変化球ではなく、ストレートを投げ込めば、勝手にリクオがバットを空振る」


「……と言うことだ。岸田、解ったか?」


 陸雄はそのハインのリードにただ驚くばかりだった。


「ハインも中野監督も古川さんも紫崎もそれが解ってたってことか?」


 松渡がグローブを外す。


「ま~、ついでに言うね~。僕の持っている変化球は、フォーク以外にもツーシーム、ナックルやシュート、スクリューも投げれるんだけど~。ハインがこの打席のみフォークだけで陸雄を攻略できるって言ってたんだよね~。僕が注意するのはコントロールと球威の緩急だけだったよ~」


 松渡の言葉に、陸雄は目を丸くする。


「捕手のリードって―――そんなにゲームを左右するんだ…………ってか、はじめん五球種あるのか!?」


「岸田。この打席勝負の意味が本当に理解できたか?」


 中野監督の言葉に陸雄は頷く。

 自分で配球を考える無謀さ。

 捕手の試合全体を見る奥深いリード。

 投手と捕手で初めて完成する投球。

 個人技でなく守備を信頼する気持ち。

 それらが理解できた瞬間だった。


「―――はいっ。マウンドでも打席でも、嫌というほど解りました」


「お前は元々松渡と同じくらいにコントロールが良い。だがバッテリーが不利になるとメンタルでコントロールが悪化する傾向がある。野球における心技体。心が脆い」


「…………」


「野球は個人技ではない。守備であるバックを信頼しろ。捕手と普段からコミュニケーションを取れ。そうすれば不安は消えていく。コントロールが良くても、サインに首を振る投手は肝心な時に崩れる。―――解ったか?」


「―――はいっ!」


 陸雄が真っ直ぐ中野監督を見つめて、元気よく返事をする。

 古川が一塁側の屋根の付いたベンチに向かう。

 スポーツバックから黒いスパッツを取り出す。


「えっ、古川さん。い、いきなりスパッツに着替えるつもりですか? 目のやり場に困りますよ!」


 星川が顔を赤らめる。


「次は私が投げるから、灰田君はスピードガン持ってきてくれないかな? プレハブ小屋にまだ残ってるから……はい、鍵ね」


 古川が後ろ向きで、そう話す。

 ベンチに鍵を置いて。灰田が受け取る。


「解ったぜ。取って来る」


 灰田がプレハブ小屋に向かって、走っていく。


「古川の着替えと灰田がスピードガン取ってくるまで、キャッチボールしてろ。硬球に慣れるためにはこれが一番だ。―――開始!」


 中野監督がそういうと全員グローブを付ける。



 灰田がスピードガンを取って来ると、ハインが捕手の位置に座り込む。

 スパッツを履いたミニスカートの古川がマウンドに立つ。


「古川マネージャーって、どれくらいの速さで投げるんだろう?」


 陸雄の疑問と同時に、古川が左足を上げる。

 灰田がハインの傍でスピードガンを構える。

 スピードガンとはピッチャーの投げた球の速さを計測する機器のこと。

 球に向けて電波を照射し、反射する波を測定する。

 球の移動時はドップラー効果で反射波の周波数が変化するので、それぞれの発射波の周波数を比較する事で球速を出す仕組みである。

 ハインが真ん中にミットを動かす。

 古川が上半身を鞭のようにしならせて、足をマウンドに思い切り踏みつける。

 手からボールが離れる。

 最後にボールから離した指は、人差し指と中指。

 ツーシームだった。

 球が真っ直ぐ綺麗な回転をかけて飛ぶ。

 パンというミットの音と―――スピードガンの数字が表示される。


「ひゃ―――148キロッ!?」


 灰田が声を漏らす。


「「な、なんだって!?」」


 星川と陸雄、坂崎が声に出して驚く。


「す、すげえ………俺よりコントロールも良い。ハインのミットが動かなかった」


 陸雄が驚きで、震えている。

 マウンドの古川に全員が視線を送る。

 投球を終えた古川が―――歯を見せて、笑顔を作る。


「―――ニンッ♪」


 普段から無機質そうな古川の小悪魔的な笑顔に―――錦以外の一年部員全員はドキッとする。

 灰田が横目で陸雄を見る。


「陸雄。彼女っぽいのいんだから、お前はときめくなよ。浮気だぜ?」


「わ、悪い。なにせ投球も笑顔も破壊力抜群だったから…………」


「変化球も指導出来ると言っていたから、頼りになるな。俺たち野手の負担が減る」


 紫崎が腕を組んで、ニヤリと笑う。


「こりゃ僕達投手陣は、古川先輩の力で大きく成長するね~」


 松渡も驚きを隠せないのか、やや興奮気味だった。

 中野監督がバットを肩に当てる。


「野手も含めた練習指導は私がする。古川は主に投球練習だけ集中させてくれ」


 ボールをミットに収めたまま、ハインが立ち上がる。


「カントク。選手は学校の昼休みは生徒ですが、別に体を動かすなとは規則にはないですよね。奇行があっても止めないですか?」


 ハインの言葉に、中野監督は少し考えこんでから―――表情をあまり変えずに答えた。


「そうだな―――ストレッチやタオルを使った送球練習、投手はフォームの練習なら昼休みに好きなだけしろ。学業は怠るなよ。それと休息もしっかりとるようにな。言っとくが昼休み以外休息は取れないぞ。学業を怠るようなら試合には出さんからな」


 気が付けば、空は薄暗くなっていた。

 濃厚な時間を過ごしたためか、陸雄達は時間の速さに驚いていた。




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