第二十二話
打者用ヘルメットを被った紫崎が打席に立つ。
審判は中野監督が行うことになった。
「坂崎―――キャッチャーの座り方を教えてやる。こういう風に構えろ」
中野監督はそう言って、座り込む。
坂崎はユニフォームを着た、中野監督の座り方を観察する。
中野監督は両足を肩幅よりやや広く、左足のかかとの線に、右足のつま先に合わせた。
坂崎も同じように足を真似する。
「なぜこうするか解るか?」
「え、えっと…………」
「解るか?」
「い、いいえ。わ、解りません」
「右足のつま先は一塁方向に向け、右サイドの守備範囲を広げるからだ。本来は両ひざ浮かせるが、9イニング続けるには体力的に限界がある。最初は慣れないだろうが―――余裕が出来たら、両ひざを浮かせて構えるんだ」
「―――は、はい」
坂崎はひざを浮かせて構える。
中野監督の説明に、古川が鉄山先生に質問する。
「―――部長。中野監督は捕手経験者ですか?」
マウンドからやや離れたところにいる鉄山先生は、ゆっくりと答える。
「ああ、女性野球では捕手経験者でね。医者の娘さんで医学にも詳しい。女子野球ではリーグ準優勝のチームのレギュラーだった。その経歴を買われて、各地の強豪校などの監督を任されている」
「なるほど―――それは頼りになりますね」
古川が関心している間に、中野監督は坂崎に最後の説明を終える。
「―――日頃から右手は構えた足の裏に隠す癖をつけろ。投球は構えた所には来ないことを意識すれば、高めでもワンバウンドでも―――ボールを逸らすことはなくなっていく。パスボールに注意を持つように―――いいな?」
「は、はい!」
「それからキャッチングは左ひじを上げすぎず、下げすぎずに―――伸ばしすぎず、身体に近づけない楽なところで捕球するように」
「わ、わかりました!」
「よし。ミットはピッチャー側に突っ込まないようにして、角度は手のひらを上にして構えてみろ」
坂崎が無言になり、集中する。
中野監督は紫崎に視線を送る。
それに気づいた紫崎が金属バットを持つ。
古川がそれに気づき、マウンドに移動する。
陸雄は古川のいる少し離れたマウンドで、坂崎のミットを見つめる。
いつの間にか、古川がグローブを付けていた。
「あの、古川さん。危ないですよ?」
「打ったボールは取れるから安心して―――君のフォームと球種を覚えるから気にしないでね」
陸雄が何か言う前に、中野監督が球審としての位置に着く。
陸雄がボールを持って、構える。
中野監督がマスクとプロテクターを着けて、キャッチャーの後ろに立つ。
「よし、それじゃあ―――プレイ!」
紫崎がバットを構える。
陸雄は十二秒しかないので、自分で配球を考える。
(まずは外角低めのストレートを投げたい。けど、中野監督の指示だと真ん中を投げるんだよなぁ)
投球モーションに入る。
(それなら速球で―――決めるっ!)
身体が鞭のようにしなる。
右手からボールが弾丸のように飛び出る。
紫崎のバットが僅かに動く。
パンッという音が聞こえる。
「い、痛い」
坂崎がミットからボールを落とす。
「捕球出来なかったな。ストライクではない―――坂崎、岸田に返球しろ」
「……は、はい」
坂崎はボールを陸雄に投げる。
陸雄が腰を少し、屈めてボールをキャッチする。
(よっし! 外角低めのストレート―――!)
腕を地面に叩きつけるように投球する。
指からボールが離れ、空中で回転する。
(よし! これなら入っ―――!)
カキンッという金属音が聞こえる。
「えっ!?」
陸雄が気づいた時には―――紫崎が金属バットをフルスイングし終えた後だった。
ボールがライト線にバウンドして低く飛ぶ。
(さっきと同じで、全力で投げたのに打たれた? なんで? どうして?)
陸雄は冷や汗を流す。
「凄い。試合だったらツーベースヒットですね!」
星川が嬉しそうに喜ぶ。
自分のチームに打てる打者がいることが喜ばしいのだろう。
ハインは静かに陸雄を見る。
「次の打者は誰だ?」
中野監督が一年達のいる右方向を見る。
「ツバキ。行ってきてくれないか?」
「分かりました」
ハインに言われて、星川が紫崎から金属バットを受け取る。
「ツバキ―――ちょっと良いか?」
ハインが打者用ヘルメットを被る星川に、ぼそぼそと耳打ちする。
「えっ? 本当にその方向に?」
「ああ、必ず投げる」
「わかりました。行ってきます」
星川が右打席に着く。
中野監督が手をあげる。
「―――プレイ!」
陸雄がワインドアップする。
(打たれたけど、まずはストレートで全力で―――投げる!)
右手からボールが、再び弾丸のように飛び出る。
ビュンという音が、古川の耳に響く。
バックスピンのかかったボールが―――ミットめがけて飛ぶ。
星川は目で追って、見逃す。
バスッという音がミットに響く。
「い、痛たた…………」
坂崎がボールをミットから落とす。
「坂崎、大丈夫か?」
陸雄がマウンドから声をあげる。
「だ、大丈夫……」
そう言いつつ、ボールを拾う。
そのまま陸雄に返球をする。
パスッという音をグローブが立てて、キャッチする。




