第二十一話
中野監督の声で、錦と一年達が体操を始める。
残りの二年達は陸雄達にグローブを貸し、グラウンド整備を始める。
陸雄達は上着を脱いで、一塁側の屋根付きのベンチにネクタイと一緒に置いた。
※
ランニングと準備体操。
そしてキャッチボールが終わり。
錦と古川以外の二年生が、練習に参加せずに中野監督に頭を下げる。
中野監督が古川から事情を聞く。
「そうか、戦力は事実上、八人か―――お前達二年はベンチの穴埋めとグラウンド整備しかしないと?」
「はいっ。俺たちも居ても邪魔なだけだと思うので、失礼します。試合にはベンチとして、必ず出ます」
中野監督はため息をついて、胸の下で腕を組む。
「坂崎を見て、何も思わないのか?」
「―――えっ?」
「入ったばかりの―――野球をまだ知らない努力をする一年に対して、先輩である貴様たちは見習えんのか?」
「俺達は分を弁えて、出来る事だけしてます。勉強があるので、野球が全てじゃないです。終了後のグラウンド整備の時間まで勉強するので、これで失礼します」
「お前達もあの逃げた二人と同レベルだな」
「…………ッ! 今日だけ草むしりしてきます」
そう言うと二年生達は草むしりを始めた。
「さて、走っている間に、この前のデータ用紙で名前は覚えた。岸田、松渡は中学まで投手だったな?」
名前が呼ばれたので陸雄は返事をする。
「これから打席勝負を行う。投手はいつでも投げられるようにしろ。捕手と投手以外の相手は順番は誰でも良いから打席に立て、十二秒ルールで投球するように!」
「ええっ!? いきなり実践形式で打席勝負をするんですか? それじゃあ、陸雄君達の投げる得意球がわからないんじゃないですか」
中野監督の提案に、星川は驚く。
十二秒ルール。
塁に走者がいる場合は、投手は十二秒以内に投球しなければならないルールの事。
計測は打者がバッターボックスに入り、投手に面して立った時から―――ボールが投手の手から離れるまでの間である。
「投手の情報が分からないこと。機械に投げる球で投手の球のイメージで投球に慣れるというのは―――ある意味で打手を殺すことだ」
皆が黙る。
中野監督は話を続ける。
「それなら打席勝負と素振りだ。それでも暇で気が向いたとき程度なら、バッティングセンターにでも行くと良い―――キャッチャーはハインではなく、坂崎。お前がやれ」
「えっ……ぼ、僕が? さ、サインとか出来ないですよ?」
「捕球と送球が出来るようになればそれでいい。まずはポジションの感覚を掴め。岸田、お前が最初にやれ」
中野監督は陸雄一人に、配球指示の出来ない坂崎を捕手として投げるように指示している。
圧倒的に陸雄が不利な状況。
思わず星川が声をあげる。
「そんなの意味が無いですよ!」
「星川。先輩の命令は絶対だろ? だが監督や部長の命令は先輩よりも絶対だろ?」
紫崎が星川にそう答える。
「紫崎君―――でも、この打席勝負、意味あるんですか?」
「ああ、あるぜ。むしろ俺は安心どころか、後々から分かってくる信頼できる監督でホッとした」
「―――えっ?」
星川が驚く。
紫崎の言葉の意図が分からないからだ。
事実、陸雄も理解が出来なかった。
坂崎はハインに視線を送る。
自分に捕手の座を貰ってもいいのか? っという目線。
ハインがゆっくりと口を開く。
「カントクの意図は分かりました。少なくとも投手は、一時的に不安になるかもしれませんが―――かまいませんか?」
中野監督は少し驚いて、にやける。
「なるほどな。解ってるじゃないか。経歴だけじゃと思う不安もあったが―――知識や基本ルールを紙などで知って、練習や実戦で得た物を語源化して、知識として変えることの方が難しいよな?」
古川が無言で、マウンドの傍に立つ。
これから投球を観察するように立っている。
「中野監督。俺も投手志望なんだけど、打席に立つべきっすか?」
「灰田、お前は公式試合ではセンターになれ。投手としてのブランクがあるんだ。練習で遠投や送球が早くなれば投手の訓練をさせる。さて、まずは岸田。最初は真ん中のストレートを必ず投げる事」
「あ、あの? どういうことです? それは最初はストレートじゃ投手は打たれるし、疲れるだけで―――」
「星川君。俺にもさっぱりだぜ。でも言う通りに投げるよ」
陸雄がマウンドに向かう。
坂崎は捕手のレガースやプロテクター、マスク、ヘルメットなどを着け終える。
陸雄が用意してきた自前のグローブを着けて、坂崎にキャッチボールをする。
硬球の硬さにまだ慣れないままだった。
(キャッチボールの時も思ったけど―――灰田が言うように硬球ってこんなに硬いし、重いんだ。変化球の投げ過ぎで、指痛めないようにしないとな)
陸雄が離れた後に、中野監督は呟く。
「星川。これはチームを知るための打席勝負だ」
「―――えっ? チームを知る打席勝負?」
キョトンとする星川。
松渡が「ああっ、そっか」っと言う。
気づいた松渡に、紫崎が声をかける。
「松渡、どうやら監督の意図が分かったみたいだな」
「紫崎~。後から気付いたよ~。―――マウンドから離れると、忘れるもんだね~」
「なんだよ、ハイン。はじめん。紫崎。お前らばっか納得すんなよ。俺にも教えろよ」
「灰田。お前、投げる時に癖とか、何考えてる? これはチームを知ると同時に、投手の観察眼のテストでもある」
「えっ? まー、俺はとりあえず投げる時は『あ、あんときの』っとか『おぶるっ』とか―――なんか心の中で変な意味不明なワードが投げた後とか、心の中で出てるな。俺にもわかんねーから、学校の勉強で嫌々言葉覚えてるわ」
「癖が自分で解らないなら、灰田も投げた方が良いな。その考えだと打ち頃になる」
紫崎の言葉の次に、松渡がフォローを入れる。
「たぶん灰田、野球以外のことやればある意味成功するかもしれないな~。言葉とかしっかり覚えて伝わればね~。灰田の場合は、哲学だけは無駄だから止めておいた方が良いよ~」
「は? んなのやんねぇよ! 俺にしてみりゃ、野球の方が勉強よりずっと楽だぞ? 覚えることなんとなく似てるし……」
錦は黙って驚いたのか、眉毛が少し上に上がる。
新入部員達の会話を聞きながら―――バットを強く握る。
このチームは今までとは違うという期待が、錦なりに芽生えていた。
「すいません。僕まったく話についていけないんですが……メジャーリーガーの道が少し狭まったような劣等感が……ううっ……」
「ツバキ。打席に立って、リクオの投げる球をただ打てば良い。打つ自信が無ければ、初球のストレートを打てば良い」
「ハイン君。分かりました」
メンバーが話している間に、陸雄の肩が出来上がる。
坂崎は立ち上がって、飛んでくる球を落とすことが多かった。
「坂崎。取れない球は無理に取ろうとするなよ。怪我したらブルペンも務まらないからな」
「う、うん。わ、わかったよ、り、陸雄君」
「監督ー。準備出来ました」
陸雄の声に、中野監督はメンバーに視線を合わせる。
「最初の相手は誰だ?」
「―――俺が行こう」
紫崎が金属バッドを持って、打席に向かう。
(小学校の公式試合以来か。リクオ。オレのいない数年間で、どれだけ成長したか見せてもらう)
ハインはマウンドの陸雄を見て、しっかり観察する。
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