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第十八話

 古川が関心していると後ろから声がかけられる。


「すいません、僕達屋上でご飯食べたいんですけど、ドア開けてくれません?」


 マッシュショートの一年生が階段の下から、古川に声をかける。


「あっ、ごめんね。今開けるね」


 古川がそう言って、ドアを開ける。


「あっ、マネージャーの古川さん!」


 ドアを開けた近くにいた陸雄が声をあげる。


「その声は……」


 古川が答える前に、マッシュショートの一年生の後ろにいた同じ一年生が反応する。

 紫崎と陸雄がその一年生を見て、思わず声を高く上げる。


「「ハインッ!」」


 陸雄の小学校時代のキャッチャーをしていたハイン・ウェルズだった。


「ハイン君のお友達ですか?」


 マッシュショートの背の低い―――色白の薄幸そうな美少年が問いかける。


「ああ―――懐かしい…………ベースボールフレンドだ」


 昼の晴れた太陽に照らされた美しい金髪の髪と、青い瞳のあまり変わらない旧友との再会だった。



 マッシュショートの少年は自己紹介をする。


「初めまして、ハイン君と同じクラスの星川沫(ほしかわつばき)です。中学まで野球部でファーストをしていました」


 陸雄達は立ち話も何なので、近くのベンチに紫崎たちを座らせて話を続けていた。


「よろしく星川君。期待してるぜ。いやー、しかしハインが居るとなると、野球部の戦力が頼もしいことになるぜ! いつ日本に来たんだよ?」


 陸雄の歓喜の声に、ハインは微笑して答える。


「一ヵ月前だ。アメリカのスクールから卒業式を受けて、そのままニホンの親戚の家に預けてもらってる」


 星川が楽しそうに話す。


「同じクラスのハイン君が野球をしていたなんて、今知りましたよ。アメリカだからそっちの野球事情とか知りたくて、話しかけたんですよね」


「ツバキ。オレはそんなことの為にランチに誘われたのか?」


「違いますよ。僕心臓が弱くて、小学校時代じゃ運動が出来なかったんです。病院生活の中、テレビでアメリカの野球選手の姿に感動して―――野球を通して、外国の人には友達になろうと思って、声をかけたんです」


「へぇ~、病弱な割には結構鍛えてるな」


 灰田がコンクリートに座り込んで、話す。

 古川は気にせずにベンチで、弁当をハムハムっと食べる。

 紫崎と松渡は観念したのか、古川の隣のベンチに座っている。

 立ちっぱなしの陸雄と、ハインの近くで―――星川が胸を張る。


「ええ、中学まで頑張って練習してました。二年でレギュラーにはなれましたよ。それも全て―――メジャーリーガーになるためですから!」


 星川の自信あふれる言葉に、ハイン達は黙る。


「陸雄。モチベーションのクッソ高い奴が野球部に入れそうだな」


 灰田がぼそりと陸雄にそう言う。


「まぁ、これで全員説得すれば坂崎除いて六人が入部する。はじめんにサブポジをやらせれば―――メンバーは足りる!」


 陸雄は空を見上げて、二カリっと笑う。


「七人だよ。坂崎君って子が今日の昼休み始めに、入部届出してきたから―――」


 古川が弁当箱を閉じて、そう言う。


「えっ? マジっすか!? この昼休みに? じゃあ―――後はハイン達が入れば―――甲子園出場も夢じゃない!」


 陸雄は驚いて、はしゃぐ。


「リクオ―――オレはもうベースボールはやらないんだ」


 ハインの突然の冷静な言葉に、陸雄は凍り付く。


「えっ? 何でだよ? ハインだっけ? お前、ケガでもしたのか?」


 灰田が問いかける。


「ノーだ。ファーザーから二ホンの学校で二年間勉強したら、アメリカに戻って大学受験をするように言われている。そしてアメリカの公務員にならなきゃいけない約束がある」


「そんな、そんなことって……ハイン―――嘘だろ?」


 陸雄が怖さで、疑問気味な確認をする。

 少年時代の約束は遠い出来事のように思えた。

 ハインは無情に答える。


「リクオ。オレが今まで試合でも嘘をついたことあるか?」


 美形の為か、険しい顔が余計に迫力を増していた。


「―――いや、無い」


「ハイン。お前が加われば、俺も兄貴の目を覚ますために―――野球が最後にもう一度出来ると思ったのだがな」


「紫崎~。兄貴って~?」


 松渡は疑問を投げるも、紫崎は失言したと言わんばかりに黙りこくる。


「いや、何でもない。つまらない家庭問題だ。とにかく俺は九月までだ。俺も大学進学して国家公務員になるために勉強しなければならない」


「そんなぁ……確かに勉強は大事だけど、高校野球は今だけだぜ?」


 陸雄の弱々しい説得に皆が顔を背ける。

 古川だけがそんなメンバーをジッと見ていた。


「お前らどんな事情だが知った事じゃねぇけどよ! やるやらないは俺の話を聞いてからにしてくれ!」


 灰田が立ち上がり、大きな声で話す。


「小学校の俺は捕手を理解しない投手だった。中学までにショート以外のポジションを監督指示で練習した」


 陸雄が驚く。


「灰田って投手だったんだな! 野手も出来る投手で投手枠が三人じゃないか!」


「ストレートしか投げれねぇ速球派だったけどな。話を続けるぜ」


 灰田は紫崎たちを見て、話を続ける。


「俺は九州じゃ名の知れた秀才投手だった。俺が投手をやって、好き勝手にしている時は、結果さえ出せればみんなが褒めてくれた。見も知らない人からも素晴らしいですって言われた―――そりゃ良い事だ―――当然だ」


 みんなが聞き手に回るために沈黙する。


「だけどな、俺が練習試合前に一人だけ監督に呼びつけられて、あることを頼まれた。一度だけ捕手の指示に全て従えって命令だった」


 灰田はこれまで捕手の指示に従わずに、一人で好き勝手に投げていた。

 監督はそのことで命令を出したっという話だった。


「だが、従ったら試合に負けた。それなのに何故かチーム奴らが捕手を褒められてな。俺は負けてるのに面白くもないし、技術も上がらんし―――何考えてんだヘボ監督がって思って、マウンドの土を蹴ったんだ」


 古川が座り込んだまま、顎に手を当てる。


「その後に捕手が、俺に寄ってこう言ったんだ。全部サイン受けてくれたということは、どのコースもダメそうだったんだなってさ。そんで次にこう言った。良かった俺のサイン道理に投げれて、次の試合での投球イメージが出来ただけでも安心したよってさ」


 灰田が一呼吸置く。


「それで―――気づいちまったんだ」


「何に―――ですか?」


 星川が興味深げに質問する。

 

「投手はマウンドでは孤独だけどな。野球は個人技に過ぎないとか、テレビを見ているスポーツしていない親父も言ってたけど―――俺は確かに投手である悩む自分に、捕手のサインの優しさを感じたんだ!」


「灰田…………お前、かなり良い奴だな」


 紫崎が腰に手を当てて、目を瞑ってそう言う。


「そんでな、それに気づいて、マウンドで泣いたのは初めてだった。あいつに泣きながら、感謝した。次の日の昼休みに、初めてあいつが俺にコンビニ買ったわかめおにぎりを渡した」 


 古川がスカートのポケットから、紙を数枚取り出す。

 灰田は話を続ける。


「俺は五十円玉一枚を金額の半分だと思って、渡してあいつにこう言った。今日だけは同じこの飯を分けて二人で食おう。俺達投手と捕手は互いに半分半分で良い。俺たちはバッテリーを組めば、どんな時でも劣等感や優越感を半分半分で良いから味わおうっと言って、一緒に食べたんだ」


 松渡が口を開く。


「投手って、捕手のことを深く考えないくらいが―――ちょうど良い時もあるんだけどな~。でも良い話だね~」


「言葉には出さないが、監督に感謝した。俺の中の野球を変えてくれたんだ」


 灰田が言葉を続ける。


「野球を通して学ぶこともあるんだって、俺は思ったんだ。話は終わりだ。野球をしろとまでは言わねぇ……けど、こういう奴の変化があるってことを知ってほしかった。それだけだ」


 数分の沈黙の中で、皆がそれぞれその言葉で考え込む。

 やがて一人が沈黙を破る。


「ハイダ…………解った。リクオの為でもあるなら、夏の甲子園に行くまでだが、入部しよう」


「ハインッ! ありがとう!」


 陸雄が灰田の代わりに喜ぶ。


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