第十五話
時は変わって―――。
松渡は父方の家に帰る。
家には祖母と祖父、そして父親と一緒に住んでいる。
以前は関東にいたが、ある出来事で兵庫にいる。
中学卒業から一ヶ月の間の引っ越し。
そこが新しい実家になっていた。
「はじめ。帰ったのか?」
「うん。ただいま、お祖母ちゃん~」
「こっちは慣れたかのぉ?」
「あははっ……まだ埼玉にいた頃が新鮮かな~」
松渡は小学校から中学まで、埼玉で野球をしていた。
埼玉県内でシニア出身。
つまり硬式野球を経験している。
かつては県内ベスト2の実績を持っていた。
準決勝にてノーヒットノーランを達成したが、ある事件が起きる。
父親の失業と離婚。
一定の免除があったスポーツ進学校の誘いも、金銭面で無くなる。
流れるように松渡は、父の実家である兵庫に預けられる。
現在、父親は地元の酒屋で正社員として働いている。
母が残した金額と―――父方の祖母たちの過去の残金、そして現在までの父親の収入で、大森高校に進学出来た。
母親はオーストラリアの男性と再婚した。
母親の顔を最後に見れたのは、オーストラリアから送られた写真だけだった。
それらの出来事は少年にショックを与えた。
「はじめ。野球やってもええんじゃぞ」
「おじいちゃんたちの家事をする方が僕には大切だよ~。ご飯作るの僕だし、洗濯もしなきゃ。学校に許可貰って、バイトもしなきゃいけないしね~」
「一年くらいなら野球してもええんじゃぞ」
「お祖母ちゃん、ダメだよ。一年の十月ごろには、大学に行くための勉強と生活費の為のバイトにも集中しないと~」
「なら九月まで好きなことしてええんじゃぞ。お祖父ちゃんにも、はじめは野球をしている時が生き生きしてたっとゆっとたぞ?」
「…………」
「九月までなら好きなことしても、ええんじゃないか?」
「―――考えさせてよ、お祖母ちゃん。僕も野球と向き合って、キッパリやめるから~」
「辞める辞めないは、はじめが決める事じゃ。仕事じゃないんじゃから、好きにしたらええ」
「……ご飯作るね~」
松渡はデフォルメされたパンダの顔がプリントされたエプロンを着ける。
冷蔵庫のある台所に移動する。
(陸雄ってヤツが野球して欲しいって言ってたけど、僕に最後の野球人生を共にするのかな~)
※
入学式を終えた次の日。
大森高校では部活勧誘が行われていた。
ただし、野球部のみ勧誘も行っておらず。
掲示板に場所だけ書かれた張り紙があるだけだった。
そんな中で授業を受ける陸雄は、しっかりと勉強している。
(清香に怒られるから―――テストともしかしたら行くことになる大学の受験勉強はしっかりしねぇとな。野球の為だ。うんっ!)
放課後になり、掲示板には色とりどりの部の勧誘のポスターが張られていた。
「陸雄。野球部見学の為に職員室行くぞ」
灰田に声をかけられ、陸雄は一緒に職員室に向かう。
昨日、鉄山先生に言われて職員室に入る。
「おお。来たか。古川。この子たちが例の新入部員候補だ」
鉄山先生がそう言うと、隣に年上の先輩らしき少女がいた。
「紹介しよう。大森高校野球部マネージャーの古川絢音さんだ」
カジュアルなゴールデンポニーテールの背の小さいマネージャーが頭を下げる。
「二年の古川です。先生。今日は部員半分来てます」
彼女から無機質そうな雰囲気が漂う。
表情はあまり豊かでは無いようだ。
それが陸雄と灰田の古川への第一印象。
野球部部長の鉄山先生は気にせずに、指示を出す。
野球部には部長は顧問の先生が勤める。
キャプテンは選手の中から選ばれるが、部長である先生は試合のスケジュール管理などを行う。
部長は正式には責任教師といって、教諭でないといけない。
監督とは別である。
監督やコーチは学校の教員でなくても良い。
外部の人間でも構わない。
部長の鉄山先生は、マネージャーの古川に指示を出す。
「おっ、そうか。なら案内してやってくれ。君達もすぐに入れとは言わないからな」
「失礼しました」
灰田と陸雄は頭を下げて、古川と共に職員室を後にする。
廊下を歩く中で、一度止まった古川が―――振り向いて話す。
「あんた達、本当に野球部に入るの?」
「もちろんです。俺は先輩達と甲子園に行きたいんです」
陸雄は元気よく笑顔で話す。
「俺も兵庫の不遇の天才球児さんに、当たり前の可能性を見せてやりたくなってね」
灰田は逆に落ち着いている。
「ふーーーーん」
「な、なんですか? 俺の顔に何かついてますか?」
陸雄が少し慌てる。
「いや、色々がっかりすると思うよ」
そう言って、正面を向いて歩き出す。
「がっかりねぇ……なぁ、灰田」
「何だよ。今更ビビッて入部無しか?」
「いや、女子高生の先輩って―――なんかエッチな体してるな」
「あ、あのなぁ~! お前この前放課後に彼女っぽいのいるんだから、そんなこと思ってても言うなよ!」
「―――私達の野球部。部内恋愛禁止だから、そこのところ、よろしく」
古川は後ろ姿で、表情が読めないまま淡々と告げる。
「……嫌われちゃったかな?」
「ど~だかねぇ……さっさと行こうぜ!」




