日本かわし話
あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていましたが、プライバシーにかかわるため、場所については詳しくはお伝え出来ません。
寒い寒い冬のある日、おばあさんは川に洗濯に、おじいさんは山に芝刈りに向かいましたが、冬に限った話ではなく、ほぼ毎日のことであることでもあります。
おばあさんはホンダのスーパーカブにまたがり、川へ洗濯をしに向かいました。この辺りにはお巡りさんはあまり来ないので、ノーヘルです。
竹林の道を抜け、川にやってきます。
途中、水たまりが凍っていて二輪にはきつい地形もありましたが、おばあさんのドラテクをなめてはいけません。元レディースで“氷上の悪魔”という二つ名を持っていたくらいです。こんなものへっちゃらです。
川の水は冷たいですが、氷上の悪魔は歯を食いしばって、心頭を滅却して、洗濯板で長ランを洗います。昔から使っているので、なかなか捨てることができない長ランです。
すると上流から大きな桃が「どんぶらこどんぶらこ」というおばあさんが洗濯の際に口ずさんでしまう独特のリズムに乗って流れてきました。
「え!? 桃!? 絶対に食べきれない!!」
桃は下流に「どんぶらこどんぶらこ」というおばあさんが洗濯の際に口ずさんでしまう独特のリズムに乗って流れていきました。
「よし、洗濯終了。帰ろう」
しかし帰ろうにもスーパーカブのエンジンがかかりません。おばあさんが何度も何度も右足でキックスターターペダルを踏むと、やっとエンジンがかかりました。そろそろ修理が必要かもしれません。
来た道を戻るおばあさん。凍った道も難なくクリア。竹林を通り過ぎる際、竹の一つが光っていたので、一度スーパーカブを止めましたが、「そんなことはあり得ない」と思い直し、再びお家に戻りました。
一方おじいさんはトヨタのハイエースで山へ芝刈りに向かいました。車高を上げて、タイヤもごつごつしたもので、グリルガードもつけています。色は黒。カーステからはBTSのアルバムが流れています。おばあさんがシュガさんのファンなので、買ったアルバムです。
芝刈り場に着くと芝刈りのプロのおじいさんは、いつもの芝刈りと同じ芝刈りをしながら、芝刈りとは別のことを考えながらもミスなく芝刈りをしました。
「はあ。今日も芝刈った芝刈った」
汗を拭うとハイエースで帰宅です。
「久しぶりに海沿いでも走るか」
おじいさんは少し寄り道して帰ることにしました。若い頃に乗っていたロードスターはマニュアル車で運転が今より面白かったなぁと思いながらも、久しぶりのドライブに気分はアゲアゲです。
夕焼けが綺麗で、潮の匂いがします。
海辺では若い子たちがウミガメをいじめていました。
「最近の子はこわいからな」
我関せず。これはおじいさんがおじいさんになる中で身に着けた処世術です。アクセルをぐっと踏むとその場を去りました。
家に着くと、おばあさんも帰宅していて、ガレージでスーパーカブをいじっていました。
「エンジンの調子が悪くてね」
仰向けになったおばあさんが、スーパーカブの下から顔を出して言いました。
「そろそろ買い替えかね?」
「いやあまだ直せる」
そう言うおばあさんの鼻にはエンジンオイルがついてます。
「夕飯用意しておくよ」
おじいさんは途中の西友で買った食材を見せて言いました。
「ありがとう」
夕飯時。
「そう言えばこの間、鶴が罠にかかっていてね、助けたんだよ」
おじいさんがチーズタッカルビのチキンを取り皿によそいながら言いました。
「ほふっ……。それは……ほふっ……。えらいなぁ……ほふっ……」
おばあさんは熱いまま口にチキンをほおばってしまっています。
ピンポーン
不意にインターホンが鳴りました。
おばあさんは「口にチキンがあるから無理」とジェスチャーをすると、おじいさんが「どっこいしょ」と言って立ち上がりました。
「はーい」
おじいさんがインターホンのモニター越しに相手に話しかけます。
「あ、あの……。道に迷ってしまったので、助けてもらえませんか?」
白い着物を着た若い女性が立っていました。
おじいさん的には若い女性との会話は久しくないので、悪くない提案だなと思わなくもなかったのですが、最近は手の込んだ詐欺が横行しているので、こういったことには敏感です。
「あ、すいません。ちょっとそれは難しいです。すいません。他を当たってください」
それだけ言うと「切」のボタンを押して、テーブルに戻りました。
その後も何度もインターホンを押されるので「警察を呼ぶぞ」とおじいさんが凄んだら、女性は帰っていきました。
一応、事案として警察にも電話を入れて説明しておきました。他に被害があっても嫌だなという思いもあったので。
チーズタッカルビも食べ終え、「明日は火鍋でもやるか」とおばあさんと話し合って片づけをしました。最近、韓国料理にはまっている老夫婦です。
夕飯後は各自好きなことをして過ごします。
おばあさんはネットフリックスでイカゲームを観て、おじいさんはスマホでバンドリを楽しんでいます。
その後、二人は各々布団を敷いて、眠りにつきました。
めでたしめでたし。