僕の彼女
彼女ができた。
控えめで、人当たりの良い、おとなしい、物静かな女性だ。
いつの頃からか僕のそばにいて、いつもニコニコ微笑んでいた。
愚痴の多い僕のそばで、いつも彼女は穏やかに微笑んでいた。
落ち着く人だった。
僕の言葉を受け止めてくれる人だった。
僕が情けない言葉を吐いても。
僕が否定的な言葉を吐いても。
ただ、だまって、僕の横にいてくれた。
…あの日。
僕は、いつものように、些細なことで心を痛め、彼女に愚痴を言っていた。
誰も僕をわかってくれないと。
誰も僕の事なんか気にしてくれないと。
誰も僕を必要としてくれないと。
彼女は、ただ、いつものように、微笑みながら、僕を見つめていた。
僕は、そんな彼女を見て、腹が立ったのだ。
君はいいね、他人事だと思ってるんだろう?
君はいいね、笑うことができる。
君はいいね、僕が苦しむ様子を見て愉快だろう?
君はいいね、何も苦しんでいない。
君はいいね、ただ笑っていたらそれだけで幸せなんだろう?
こんなにも僕が苦しんでいるというのに、君はただ笑っているだけだ。
笑える君が心底憎らしい。
僕は心の底から笑ったことなど一度もないというのに。
笑える君が心底憎らしい。
僕はいつも偽りの心で笑っているというのに。
笑える君が心底憎らしい。
僕は愛想笑いしかできない人間になってしまったというのに。
笑える君が心底憎らしい。
こんな僕の横で笑っていられる、君が信じられない。
僕は彼女に別れを告げた。
彼女はにこりともせず、部屋から消えた。
あんなに僕の横で笑っていた彼女は、もうどこにもいないのだと知った。
一人残された僕は、一人ぼっちで日々を過ごす。
愚痴を言っても一人ぼっちだ。
否定的なことを言っても一人ぼっちだ。
情けないことを言っても一人ぼっちだ。
なにを言っても一人ぼっちだ。
誰もいない空間で、一人で言葉を吐くむなしさを知った。
思えば僕の周りには、いつだって誰かがいたと、気が付いた。
気に入らない母親。
気に入らない父親。
気に入らない妹。
気に入らない知人。
気に入らない同僚。
気に入らない上司。
気に入らない一般人。
気に入らない、彼女。
言葉は、誰かに向けなければ独り言になるのだと知った。
独り言は、僕を苦しめるのだと知った。
僕は、彼女を失った悲しみに、今頃気が付いた。
僕は、彼女を失った悲しみに、今頃涙を流した。
僕は、彼女を失った悲しみに、今頃後悔をしている。
ああ。
願わくば。
もう一度。
彼女と。
彼女と、やり直したい。
心の底から、彼女を求めた。
心の底から、彼女に詫びた。
心の底から、彼女を追い求めた。
ひとしきり泣いて、顔をあげた。
僕の目の前に、彼女がいる。
控えめで、人当たりの良い、おとなしい、物静かな女性。
僕のそばにいて、いつもニコニコ微笑んでくれるのは、君だけだ。
愚痴の多い僕のそばで、ずっと穏やかに微笑んでいておくれ。
僕の言葉を受け止めてくれるんだろう?
ただ、だまって、僕の横にいてくれるのは、君だけだ。
君だけだ、僕をわかってくれるのは。
君だけだ、僕の事を気にしてくれるのは。
君だけだ、僕を必要としてくれるのは。
彼女は、ただ、いつものように、微笑みながら、僕を見つめている。
笑う君が心底愛おしい。
僕は心の底から愛おしさがあふれだす。
笑う君がいるだけで。
僕は笑うことができる。
君が笑っている。
僕も笑っているよ?
僕はもう、君しか信じられない。
君がいる事しか、信じられない。
君がいない世界なんて、信じない。
この世界なんて、信じない。
こんな世界なんか、信じなくていい。
君がいる世界だけが、僕の世界。
君と僕だけがいる、僕の世界。
僕の世界は、僕だけの、もの。
・・・この世界は。
僕だけが、知る、世界。