第187話 豹変
父さんの怪我の事で兄ちゃんと言い合った翌日以降も、僕はこれまで通り各地を回っての情報収集や情報交換、不明者や不明物の捜索、そして魔物に遭遇した際の討伐などをこなしていた。けれども、その様子は以前とどことなく違っていた。
各地の長らとの情報収集や情報交換は淡々と行い、捜索活動は1人で黙々と探し、さらに魔物の討伐に至っては、相手を見つけるなり弱点を見つける事なく次々と斬りかかって倒したり、数が多ければすぐさまスキル"エアーブロウ"を放って掃討させたりと全ての行動が1人きりで、黙々と、気持ちを込める事なくこなしていたのだった······。
そんな僕の変化に派遣されている隊員らは薄々気付いており、特に以前僕と同じ小隊にいたデビットに至っては、「なぁ、レックス」「何、デビット?」「何かお前、雰囲気変わったんじゃねぇか?」と直接聞く程変化しているようであった。
しかしその問いに僕は、「別に、何も変わってはいないけど」と答えつつ、冷たく鋭い目線をデビットに向けた。「そ、そうか。なら、良いんだが」とデビットも答えるしかなかった。
当然僕の様子が変化した事は騎士団本部にいる者は全員が気付いていた。けれども、僕と近しい者も含め誰もその事を確かめられないほど僕は周りに人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていたのだった。
アリスでさえ一度「ねぇ、レックス」と声を掛けてきたが、僕がアリスにさえ冷たい目線で「何?」と聞き返したため「う、ううん。何でもない」と答えるしかなかったみたいだ。
兄ちゃんも色々な人から僕の事を聞いてはいたが、その原因が自分にあると分かっていたため動きたくても動けないもどかしさを感じていた。
そしてそれは、少し前から僕とずっと一緒に居続けているベアーズも感じているが、やはり何をしてやれば良いか分からず、ただ僕の傍に居続けるしかなかったみたいだ。
そんなある日、また魔物達に襲われた村が発見されたのだった。しかもその村は数人しか住んでいないとても小さな村で、騎士団の中にその村周辺にゆかりのある者がいなかったため誰も派遣されておらず、発見が遅れてしまったようだ。
翌日すぐに僕がその村へ赴いたが、やはり村は壊滅状態であった。とはいえ取り敢えず状況確認だけでもしておこうと村の中を歩き回った。
すると突然ベアーズが走り出し、僕も後を追ったら家らしき建物が建っていたと思われる場所近くに小さな男の子がたった1人で倒れていたのだった。
その子を見つけてすぐに「僕、大丈夫? ねぇ!」と声を掛けたが返事はなかった。念のため心臓の音を確かめてみたら······(動いてる!)何と生きている事が判明したのだった。
そのためすぐにその子を抱き上げ、他に生存者がいないか素早く確認し、いない事が判明してその子をウッディに乗せて急いで本部に帰還した。
そしてウッディを馬小屋に戻したら、またその子を抱いてすぐ王都の診療所に向かった。
診療所に入ると大勢の人が待合所にいたのだった。しかしそんな人達にレックスは目もくれずに受付に向かおうとした。
その時、「レックス君?」僕を呼ぶ声がしたのでそちらを見たら「あ、お姉ちゃん」メリッサお姉ちゃんがいたのだった。
「どうしてここに?」「診療所が忙しくなるだろうと思って、ドクトリー先生に手伝いますと言ったらお願いされたから」「そうなんだ」
「それで、その子は?」「今行ってきた魔物に襲われた村に1人で気絶していたんだけど、まだ生きてはいるみたいなんだ」「そうなの!?」
「うん。お姉ちゃん、この子の事後はよろしく」とお姉ちゃんにその子を預けた。「うん。······分かった」「それじゃあ」と僕は診療所を出た。
久しぶりに一瞬しか会わなかったが、レックスの雰囲気が変わっていた事に気付いたメリッサは、「······レックス君」と心配そうな眼差しでレックスが去った方向を見つめ、その後預けられた男の子を見つめたのだった。
診療所を出た後レックスはお城に向かいマリア様に今回の事を報告した。その時偶々ジェシーもいて一緒に聞いていた。
「それじゃあその子は?」「はい。ドクトリー先生の診療所に預けてきまして、今治療を受けていると思われます」「そう。助かるといいんだけど」
「そうですね。暫くしたら様子を見に行ってはみます」と答えたレックスの雰囲気にジェシーは違和感を覚えた。
「それじゃあ僕はこれで」「ありがとうね」そうして部屋を出ようとしたらベアーズが付いて来てない事に気付き、後ろを振り向いたらジェシーの傍でじっとしていた。
「行くぞ! ベアーズ!」と呼んだが来る気配はなく、逆にジェシーの足の後ろに隠れてしまったのだった。
そのベアーズの様子を見てジェシーが「レックス。ベアーズは今日私が面倒を見るわ」と言ったので、「分かったよ。明日の朝迎えに来るよ」と言って部屋を出た。
少ししてジェシーもベアーズを連れて部屋に戻った。そこでベアーズに「ねぇベアーズ。ひょっとして、レックスに何かあったの?」と尋ねた。
ベアーズはジェシーを見上げた後、複雑な表情を浮かべた。それを見てジェシーも「やっぱり何かあったのね。······あんな雰囲気のレックス、今まで見た事がなかったから。······何があったのかしら?」と呟いた後、ベアーズを抱いている手に力が少し込められた。
当然ベアーズはレックスに何があったのかは知っているが、それを伝える手段が分からないでいた。どうすればと思っていたら視界にあるものが入り、またジェシーの部屋にある"アレ"を見せれば伝えられるかもと閃いた。
すぐにベアーズはジェシーの腕から飛び降り、そして先ほど視界に入った机の上に置いてあった紙とペンを咥えてジェシーの下に戻った。
「紙とペン? ······ひょっとして、手紙を書けば良いの?」と尋ねたらベアーズは頷いた。
「やっぱり。でも誰に?」と聞くとベアーズは紙とペンを置いてまた机の方に走って行き、今度は引き出しが連なっている部分を見上げた。
ジェシーもベアーズの言いたい事に気付いて引き出しの前に行き、上の引き出しから順番に手を添えていった。
そして数段目の引き出しに手を添えた時ベアーズが頷いたのでその引き出しを床に置いた。その引き出しにはジェシーが宝物だと言って大事にしている物が入っていた。その中からベアーズは、ある人物がジェシーに贈ったブローチを咥えてジェシーに見せた。
「このブローチって確か······あっ! 分かったわ、ベアーズ!」ジェシーはベアーズの伝えたい事を理解し、すぐに紙にその人への手紙を書いた。
そして、「それじゃあ、お願いね。ベアーズ」と書いた手紙をベアーズに渡し、それを咥えてベアーズは城を出た。
ところ変わって騎士団本部内の馬小屋前。オリバーと共に任務を終了させた新第1小隊が馬を戻しにやって来て、馬小屋前で解散となりジャックとライアンが部屋に戻ろうとしていた。
そこへタッタッタッタッとベアーズが駆け寄り、「ん? おい、アレ」「え? ベアー、ズ?」2人も気付いた。そしてベアーズはジャックの足下で止まった。
「どうした、ん? 手紙?」ベアーズが手紙を咥えている事に気付いて手紙を受け取り見てみた。
「ジェシーから」と呟いた事にライアンが反応した。その内容を読んで「······まさか」と呟いた事にまたライアンが反応して「何が書いてあったんだ?」と尋ねた。
するとジャックはライアンにも手紙を渡し、ライアンは受け取って読んでみた。その内容が、~~ジャック、レックスの事で聞きたい事があるんだけど、今夜遅くにお城の近くへ来てくれないかしら? ジェシー~~であった。「これは?」とライアンも呟いた。
そしてジャックはベアーズに「ベアーズ。ジェシーに必ず行くと伝えてくれ」と言うとベアーズは頷いて走り去った。
その後「ジェシー様の聞きたい奴の事って一体?」「恐らく、あいつの今の様変わりした雰囲気についてだろう」「あっ!」
「うん。取り敢えず今夜ジェシーに会ってその辺の事情と原因を話してくるよ」「ああ。頼むぞ」「うん!」
そんな会話をしてジャックとライアンは部屋に戻った。そしてその日の夜······。