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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第2部 禁書庫の六使徒
81/112

第81話 置いて行かれた男

「新聞はいかが! 例の『穴』は魔界の大物の仕業だ! 最新の穴はアレシュ・フォン・ヴェツェラの館に空いた。よりによって、あの六使徒の本拠地にだよ!」


 目つきの悪い男が、粗悪な紙に印刷された新聞をひらひらさせながら叫んだ。

 ここは百塔街、ヴェツェラ邸前の大通り。

 赤い空の下、道行く人々は新聞売りの声に足を止め、あるいは戯れに石つぶてを投げたりもする。新聞売りは慣れた所作で石を避け、さらに声を張り上げた。


「果たしてアレシュに六使徒は勤まるのか? 六使徒ってものはそもそも信用できるのか? この事件の直後から、六使徒のひとりの姿が見えなくなったって話もある! それが誰かは新聞を読めば書いてあるぞ。

 そして最新の話題は、アレシュ・フォン・ヴェツェラがどさくさに紛れて『穴』の周辺の土地を買いまくったことだ! そこに何か裏はないのか?」


 新聞売りが叫ぶうちに、ひとり、ふたりと街の住人の足が止まる。

 彼らは顔を見合わせたのち、ぱらぱらと手を挙げた。


「一部くれ」


「こっちにも一部だ」


「はいよ、毎度あり!」


 挿絵たっぷりの新聞と引き換えに、新聞売りの手には小銭が渡る。

 その量はどんどん増えていき、人々は我も、我もと押し寄せてヴェツェラ邸の前を埋めてしまった。


「おい、こら、どけ、貴様ら! 何を売ってるんだ、何を!」


 通りがすっかり通行止め状態になったとき、鋭い叫びと共に分け入ってきたのはミランだ。人々ははっとして彼を見たが、すぐに決まり悪そうに視線をそらす。

 ミランは気にせず、新聞売りから薄くなった新聞の束を奪い取った。


「いいかげんにしろ! ここでこんなものを売る許可を出した覚えは一切ないぞ!」


「俺もあんたなんかに許可をもらった覚えはないですねえ。そもそも誰です?」


 うさんくさいものを見る目で言われ、ミランは屈辱に震える。


「この新聞に書いてある! 六使徒の、ひとりだろうが! 貴様の目はどこについているのだ!」


「あー……? んな地味なひと、いましたっけ。とりあえず、お代ください」


 まだまだうさんくさいものを見る目の男に、ミランはぐっと言葉に詰まった。

 日に焼けた顔を怒りで上気させたまま、新聞の束から一部抜き取り、ポケットから取り出した硬貨と共に残りの新聞を相手の手に押しつける。


「冷てぇ!」とかなんとか叫ぶ男の声を背後に、ミランは人混みを後にした。

 そのまままっすぐにアレシュの館に向かい、狭い前庭を足早に抜け、数段の石段を駆け上がって両開きの玄関扉を開ける。


「おぉい、アレシュ!! ろくでもないことになっているぞ、アレシュ!」


 大声を出してみるものの、八角形の玄関広間はうっすらと埃をかぶって沈黙している。ミランは色大理石で出来た海辺の風景画を踏んで玄関広間を抜け、しんと静まりかえったサルーンを抜ける。


「ここにもいないとなると、地下か……? いや、まさか」


 ミランはひとりごち、窓からの光が躍る階段室で立ち止まる。

 しばしの熟考の後、彼はくるりときびすを返し、おそろしく不機嫌な顔で階段を上り始めた。たどりついたのは大穴の空いたままの最上階だ。

 廊下に出来た無数の割れ目をおそるおそる乗り越え、立てかけられただけの扉を除けて、ミランは叫ぶ。


「アレシュ! まさかとは思うが、ここか!?」


「…………」


「やはりここか! 見ろ、この新聞。ここに穴が空いたせいで、新聞屋も街の奴らも手のひらを返し始めている。奴らすっかり見世物気分だ、このままでは館の前に簡易屋台まで建てて、麦酒か何かを売り始めかねん!」


「…………」


「そもそもこの新聞が悪いのだ。この間まで六使徒は素晴らしい! とあることないこと書き立てていたというのに、今度は『本拠地に穴を空けられるなど、無能の極み』と来た! 人間常に成功などしていられるものではない。半分勝利したら大勝利だ。そうだろう、アレシュ?」


「…………」


「ええい……! 貴様、いいかげんにいじけるのをよして起きんか、うっとうしい!!」


 元から乏しい『さりげない寛容』をあっという間に使い果たし、ミランは思い切り自分の頭を引っかき回した。

 そんな彼の様子は館の前にたまった新聞売りと見物客たちには丸見えだろう。

 なにしろここは、例の竜が大穴を空けたアレシュの寝室なのだ。いまだに天井も壁も半分なくなったままである。

 元から散らかった衣服や要らないがらくたの上に、砕けた木片や漆喰の粉が加わって大惨事となった部屋の中、寝台の掛布の隙間からアレシュの髪がわずかに見える。見えはするが、ミランの大声にもぴくりとも動かない。

 ミランは足音も高く、崩壊しかけの天蓋付き寝台へと歩み寄る。


「いいか、そうやって寝ていても何ひとつ勝手に解決することはないぞ! 貴様の悪評は高まり、ハナさんは消えたままだ! そんな現状が嫌だというのなら、根性で立ち向かえ!」


 正論すぎるほどの正論を吐きながら、ミランは掛布を勢いよく引きはがす。

 あらわになった寝台の上で、アレシュはぎょっとするほど白い顔をして横たわっていた。まさしく死体のように力なく胸の前で指を組み、蚊の鳴くような声で囁く。


「無理」


「何が無理だ、根性は無理やり絞り出してこそ! もう駄目だと思ったところからが本番!」


「……だって、ハナがいない」


 ぽつん、とつぶやくと、アレシュはどこまでも深く長いため息を吐いて身体を丸めた。


「ハナがいないから、食欲もないし、何も綺麗だと思えない。女性を口説く気すらしないんだよ。こうなったらもう、おしまいじゃないか、僕なんて」


 憂い深く長い睫毛を伏せた姿はやつれた様子も相まってちょっとぎょっとするほど妖艶だが、言っていることは幼児同然である。

 ミランは頭を抱えたい衝動に駆られて身もだえた末に、実際頭を抱えて荒れ果てた寝室を右往左往し始めた。


「貴様という奴は……! この俺がこうも慰めてやっているというのに、今日も今日とて全開のクズだな! あれだけハナさんに慕われておきながらつれなくしていたというのに、失ったとなったらこのざまか! 子供か? 幼児か。いや、幼児のほうがまだしも筋を通そうとする。貴様、甲斐性のないことにおいては世界一ではないのか!?」


「甲斐性よりハナがほしい」


「即答か!!」


 震えながら叫ぶものの、アレシュは赤い瞳をぼんやりと濁らせて沈黙してしまう。

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