第21話 光と闇の出会うとき
アレシュの宣言に、男の薄紅の唇がにっこり笑みを深める。
彼はアレシュには答えず、楽団を指揮しようとでもいうように、堂々と片手を挙げた。ぱちん、とその指が鳴らされた瞬間、辺りでばたばたと扉が開く音が連続する。魔法小路にずらりと並んだ家々の扉が、窓が、残らず全部開いていく。
そしてその全てから、さらさらと砂金がこぼれだしてくる。
小路はあっというまに砂金で埋まり、黄金色の川のようになってしまった。
きらめく景色があまりにも美しく、おぞましく、アレシュはその場に立ち尽くす。
「アレシュ……!! そいつは、誰だ!?」
ルドヴィークの傍らで、ミランが叫ぶ。
そんなこと、アレシュだって訊きたい。
――白昼堂々、こんなに静かに魔法小路に攻めこむなんて。一体、何者だ?
アレシュたちがそろって緊張に視線を鋭くする中、白服の男はひとり穏やかに笑って言った。
「この小路はわたしがまるごと浄化しました。正確に言うと、改心をお願いして祈って回っただけなのですが――ちょっとやりすぎてしまったようで。皆、改心を通り越して黄金に転化してしまわれました。よくあるんですよね、やりすぎ」
最後にはちょっと恥ずかしそうになり、男は頬を赤らめる。
アレシュは彼の言葉がうまく理解できずに、薄い唇を開いた。
「人間が、祈りで、黄金に転化? ……君は、信仰でこんなことが起こったと言いたいのか? これが、この惨劇が、神の奇跡だと?」
彼の問いに、白い服の男は輝かんばかりの笑みを浮かべる。
「はい。わたしは七門教第六の門、ゼクスト・ヴェルト神に仕える者。エーアール派司教、クレメンテ・デ・ラウレンティウスと言います。この街の前の司祭が殺されてしまいましたので、代わりに立候補いたしました。頼りないかもしれませんが、ここはひとつ、どうぞお見知りおきを」
丁寧に言って頭を下げるクレメンテの所作は折り目正しく、優雅と言ってもいいくらいだ。
「……これはまた、ずいぶんと舐めた司祭さんがいらしたもんだなあ? この街に教会はいらん。そのことがまだわからないとは」
「しかし、祈りだけで人間が砂金になるとは。本当ならば歴史に残る奇跡ではありませんか? 実に興味深い」
妙に楽しそうに言いながら、ミランとルドヴィークがこちらへ歩いてくる。
「そうだね。実に興味深い。そして、謎が解けた」
アレシュはクレメンテから目をそらさずにつぶやき、夜のように甘い笑みを唇に含んだ。
「エーアール派は本気で百塔街に喧嘩を売ることにしたんだね? 君の力はとびきりだ。死体を葬儀屋のもとから連れ去るのだって、君なら可能だろう? ラウレンティウス司教」
アレシュの問いに、クレメンテの表情が静かに曇る。
これは間違いないだろう。七門教の聖職者にとって死体は聖なるものである。
彼らは人間の魂と体を『同一物質の状態の違い』と考える。人間は常に中が空洞になった氷に水が入りこんでいるような状態で、氷の部分が肉体、水の部分が魂だ。だから死後はきちんとした処理をし、すべてを魂の状態に戻して神の国への旅路に供える。死体を盗むのは信者を神の国から分断する行為だ。
だからこそ、彼らは死体の悪用を恐れ、死体を売り買いする百塔街を忌む。
「聖ミクラーシュ教会では残念ながら多くのエーアール派の死者が出た。君たちなら、どんな手段を講じてでも仲間の死体を取り返したいと望むだろう」
死の原因が自分であることは棚に上げ、アレシュは甘く問い詰める。
それを聞いたクレメンテは、どこか悲しく瞬いた。
「あの事件をご存じなんですね。あなたからは色々とよくない気配がします。さっきあなたが追っていたものも、実によくない」
クレメンテが否定しないのを聞き、アレシュはくすりと笑った。
当たり、だ。
やはりこいつが死体を盗んだ犯人で決まり。アレシュの濡れ衣を晴らすための捜査は、案外あっさり決着がついてしまった。あとは出来うるかぎりの全力で、こいつを街から排除すればいい。
クレメンテは長身の背を正すと、歩み寄ってきたミランとルドヴィークにも視線をやり、悲しげに瞬いた。
「そちらの、白い髪のひと。あなたにもひどい呪いがかかっている。それに、そちらの方は――ご遺体を売買する職業とお見受けしましたが、あっていますか?」
声を投げられたミランとルドヴィークは、それぞれにかすかな笑みを漂わせる。
「俺が呪われていたらどうだというのだ? 祈ってくれるとでもいうわけか」
「どちらにせよ、エーアール派に向かって脱ぐ帽子は持ち合わせておりませんな」
立場も実力も段違いのふたりだが、笑みに含まれている殺意はそっくり同じだ。
街の人間を殺した聖職者に、容赦はない。その気持ちはアレシュも同じか、それ以上に剣呑なものがある。
何せこいつはアレシュに容疑がかかる原因を作ったうえ、サーシャを『よくない』と言ったのだから。
アレシュは小首をかしげて言う。
「一応一度は警告しておくよ。あなたはいくらか神さまの力を使えるようだけれど、僕の友人たちもそれなりの実力者だ。そして全員、とびきり邪悪ときている。もし君にこの街全体を敵に回す気がないのなら、早めに帰ったほうが身のためだよ」
まあべつに、無事に帰してあげるつもりはないけどね。
最後は声に出さずに囁き、アレシュは上着のポケットに手を伸ばす。
クレメンテを挟んで向こう側で立ち止まったミランの冷気が、うっすらと高まっていく。その傍らのルドヴィークも、まるで全身が刃になったかのような殺気を出している。
三人の魔人に囲まれたクレメンテは、可憐な顔をぎゅっとしかめて拳を作った。
「それでは、仕方ありません。お話はここまでです。正義の鉄拳で、粉砕します!!」
「やれるものなら、やって――」
「はいっ!! 頑張ります!!」
アレシュが言い切る前に、クレメンテが大きく振りかぶって拳を振るう。
目の前で、カッと凄まじい白光が爆発した。