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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第1部 廃王国の六使徒
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第1話 百塔街、絶望の先にたどり着くところ




 

 あなたが真の絶望を知ったとき、私たちはあなたの希望となるでしょう。


 ――百塔街の城門に刻まれた古い標語








 『神聖』とか『教会』なんて名がついていればなんとなくありがたい気がするし、誰かを救っていそうな気もする。

 その感覚は大体において正しい。


 ただ、この街では話が違う。

 それはもう、全然違う。






「ここで捕まるのは予定外だったな……い、いでででっっでで!!」


 神妙な顔でつぶやく青年の腕を、エーアール派教会兵が思いきりひねり上げる。


「何が予想外だ。教会の『儀式』に勝手に忍びこんできたネズミが、無事に生きて出られるとは思ってはおるまい?」


「逝く前に少しは役に立つことをお喋りしていったらどうだ? お前はなぜ、七門教の秘蹟を授けるめでたい『儀式』の邪魔をする?」


 口々に問う二人の教会兵たちは、どちらも白い法衣の上に銃帯と剣帯をかけてごってりと武装していた。だだっ広い教会の身廊には、彼ら以外にも大勢のエーアール派信徒がひしめき合っている。

 祭壇に向き合ってたたずむ司祭、その傍らで祈るヴェールをかぶった花嫁らしきドレスの女性、祭壇前にずらりと並ぶ信徒の数はあわせておおよそ三十人ほど。

 その他はみな重武装の教会兵たちで、その数は信徒たちより大分多い百人弱といったところか。傍目には儀式というより戦争の雰囲気である。


 この状況にたったひとりで飛びこんできた青年は、何者なのか。

 光きらめく身廊はしん、と静まりかえり、青年の返答を待っている。


「……落第点だ」


「何?」


「聞こえなかったか。貴様らは、この街の人間として落第だと言っている」


 地を這うような低い声が青年の口からこぼれ、ぎらりと灰色の目が光った。

 まるで金属の刃そのもののような、剣呑な光。

 教会兵たちは互いに、ちらと視線を交わす。

 

 やはりこいつ、ただ者ではないのかもしれない。

 もとよりこの侵入者、ミランにはどこか異様な雰囲気があるのだ。

 歳は二十代後半といったところだろう。日に焼けた顔に短い白髪という組み合わせは国籍不明気味だが、珍しいというほどでもない。体型も極端ではないはずだが、毛皮を裏打ちした辺境三国共通の冬用軍服を身に着けているせいで細部は不明だ。はっきり『おかしい』とわかるのは、彼が武闘派で有名なエーアール派教会に乗りこむのにたったひとりで、しかも素手でやってきたこと。

 そして今が《《初夏》》だということだ。


 色ガラスがはまった教会の窓からは色とりどりの光が降り注ぎ、天井にも床にも大量の蝋燭を灯す樹木型の燭台が設置してあるのに、青年はこの厚着で汗ひとつ掻いていない――。


 歴戦の教会兵たちが警戒する中、青年はいきなり怒濤のようにしゃべり出した。


「つまらん! 激しくつまらなすぎる! せっかくあらゆる背徳、不敬、不謹慎が許されるこの百塔街に住んでいるというのに、爆笑ものの台詞のひとつやふたつ言えなくてどうする!? 何が鼠だ、何が神の国だ、このミラン様にそんなつまらん話をタダで聞いてもらおうという甘えた根性、恥ずかしいとは思わんのか? せめて金を払え!! 料金表は懐にある!!」


「…………」


 高い天井にわんわんと響く青年の声に、教会兵たちは一気に冷めた顔になって彼を冷たい大理石の床にねじ伏せる。


「おいっ、こらっ、さっきから薄々気づいてはいたが、貴様らこの符術師ミラン様に対する扱いを知らんのではないか!? こんなことをしていると俺の舎弟が黙っておらんぞ! 聞いて驚け、奴はな……腕っ節はダメ! 朝は弱い! 部屋は汚い! 勤労意欲は親の子宮に忘れてきたし、貞操感覚はこの世の底辺! ついでに無職! どうだ、興味が湧いてきただろう。せっかくだから今から呼ぼうか?」


「いらん」


「遠慮するなと言ってるだろうが!! 今ならご奉仕価格だ、料金表は懐にある!! 何度言わせるんだ貴様は!?」


「何度言っても料金表は! いらん!!」


「おい、相手にするな。寿命の無駄だ」


 いきりたつ教会兵を、他の教会兵がなだめた。

 教会内の空気は瞬く間に緩み始めていたが、ねじふせられたミランだけは元気いっぱいに叫び続ける。


「無駄なものか、俺の話はこれからだ!! そこでちゃんと聞いておけ。貴様らに真に面白い話というのはどういうものか、魂の底から理解させてやる。まずはお品書きから題材を選べ。一、未来からお前に会いに来た親戚が椅子だった話、二、俺が昔掘った落とし穴がどこにあるか、三、地獄のように不味いコーヒーをどうやったら極上のケーキに作り替えられるか……」


「……さっきから、ずいぶんとにぎやかな侵入者ですね。しかも、骨の髄までこの街に穢されてしまっているようだ。このままでは式の続行は難しそうです」


 穏やかな老齢の男の声がしたので、ミランは素早く視線を上に向けた。

 ぎらり、と七色の光が瞳に飛びこんでくる。めまいがするほどに高い天井、天井から壁へあふれだす教会軍の竜退治の絵画と、演技過剰な役者よろしく身もだえながら壁や柱から身を乗り出す無数の白い聖人像の過剰装飾。

 それらを背にして老司祭がのぞきこんでくる。笑った皺が顔中に刻まれたいかにもな好々爺の顔だ。ミランは薄い唇をぎゅっとゆがめて笑う。


「この街に穢されて――か。なるほど、貴様が一番つまらん!! 俺は山ほどの呪われた人間を見てきた。奴らは呪いで腐りかけた足を引きずり、半死半生でこの街にたどり着く。俺は符術士だ、金さえ払えばいくらでも奴らに護符を売ってやる。俺の護符を掴んだ奴らはみんな泣くよ。『効く札があった、ありがたい』とな。……どういう意味かわかるか?」


 徐々に殺気立っていくミランの問いに、老司祭は微笑み続ける。ただひたすらに清らかに、優しく、たたずみ続ける。

 ミランは金属色の瞳をぎらつかせて叫んだ。


「奴らは! 残らず! 貴様ら教会が売ったインチキ守護札を大事に抱えていたんだ! 効きもしない紙切れを!! この街に来るまでは、みんな、貴様らを信じていた!!」


「……なるほど、そうですか」


 やっと答えた司祭の声には、わずかな同情が混じっているようだった。その声音がミランの心の柔らかな部分を刺激したのだろう、彼の全身はかすかに震え、歯と歯がかちかちと音を立てる。


 この司祭は知らないのだ。腐っていく人間がどんな臭いを放つか。


 世界は呪いに満ちている。呪術師に狙われた者、呪いの残った魔具を運悪く触ってしまった者、魔界からの侵入者と鉢合わせした者。

 彼らは腐りゆく体で救いを求める。手を欠き、足を欠きながらも自分の元へやってきた人間たちの顔を、ミランは覚えている。一生忘れることはないと思うし、忘れられなければいいと思う。


 仮面じみた優しさを浮かべる司祭の顔をにらみ、ミランは続ける。


「……なあ、司祭さん。あのただの紙切れでいくつ教会が建った? 俺から護符を買う奴らは、誰も不信心だったわけじゃない。ただ、生きたいから邪教扱いの俺の符を買い、信仰を捨てる!! 他に手段がないからだ! それを穢れだと言うのか、貴様は!!」


「ええ。たかが死くらいで信心を捨てるとは、虫の糞より下等なクズですね」


 司祭は優しく即答し、教会兵に手で合図した。


「殺しなさい」


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