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何とか自分を鼓舞しつつ、日々の仕事をこなしていると、ある日、純ちゃんが私の背中にピタッと張り付いた。
「山」と純ちゃん。
うーん!?
「川?」と私。
「殿、ご報告が」
純ちゃん、殿と忍者は合言葉を言い合ったりしないと思うんだ…。
あと、合言葉ベタすぎじゃない!?
「北条さんが辞めるかもって噂、聞きましたか?」
「え!?」
私は、びっくりした。
何故…?
まさか、私が原因じゃないよね…?
「小林さんたちが、そんな話をしてるのを草の者が聞いたそうです」
草の者って…純ちゃんが聞いたんでしょ…。
そう思いながらも、純ちゃんへのツッコミをスルーしてしまうぐらい、私はショックを受けていた。
このまま…。
嫌われたままで北条さんと、お別れするのか…。
何だか、とても。
悲しい。
次の日、閉店した店から出て、純ちゃんと別れたところで、後ろから「坂本さん」と声をかけられた。
振り向かなくても、その声が誰か分かった。
「あの…」
北条さんはそこで1回、口を閉じた。
迷っているように見えた。
「少し、お話しませんか?」
北条さんが言った。
5分後、私たちはファミレスの席で、向かい合って座っていた。
注文した、北条さんはホットコーヒー、私は温かい紅茶が来たところで、彼女は再び話を始めた。
「急に、すみません」
「うん」
私は頷いた。
私も北条さんと、ずっと話がしたかったから、渡りに船だった。
「北条さん、辞めるの?」
気がつくと、私は先に質問してしまっていた。
この2週間、常に気になっていたから。
我慢できなかった。
北条さんは、きれいな瞳を大きく見開いた。
それから、少しだけ頷く。
「正直…迷ってます」
コーヒーカップのふちを細くて長い指でなぞる。
「どうして?」
私が訊くと、北条さんは真剣な表情になった。
それから1回、深呼吸をした。
「私が辞めようか悩んでる理由は、坂本さんに関係あるんです」
やっぱり…。
私が原因なんだ…。
「何だか、ごめんね」
私は頭を下げた。
私のせいで北条さんが辞める必要なんてない。
「え?」
北条さんが驚く。
それから、すぐに笑顔になった。
「坂本さんは悪くないですよ! 私が勝手に坂本さんを好きになっただけだから」
そっか…。
北条さんが私を好きにねー。
なるほど、なるほど。
うーん?
「ええーーーーっ!?」
思わず大声が出た。
店中の人が一斉に、こちらを見る。
でも、そんなことは知ったこっちゃない!!
「ほ、北条さんが…私を好きに?」
「あ、すみません。急に変な感じで告白してしまって」
北条さんの顔が赤い。
北条さんが私を嫌いじゃなくて。
好き。
そ、そうなんだ。
そっか。
混乱してるけど、私は心底、ホッとした。
北条さんに嫌われていなかった。
それが本当に嬉しい。
いつの間にか、北条さんが私の心の中で、とても大きな存在になってたんだなー。
「私、嫌われてると思ってた。この前、少し言い合いみたいになっちゃったし」
「ああ」
北条さんが笑った。
「あれは、むしろ私の方が謝らないと。大島さんが坂本さんに抱きついてるのを見て、瞬間的に頭に血が昇って」
うーん?
「頭に血が?」
「あ!」
北条さんが笑う。
「もしかして、分かってませんね」
「ど、どういうこと?」
私は正直に訊いた。
「私の坂本さんが『好き』は『LIKE』じゃなくて『LOVE』なんです」
あー。
なるほどー。
「LIKE」じゃなくて「LOVE」ね!
そっか、坂本さんは私に「LOVE」だから、大島さんに抱きつかれてるのを見て、怒っちゃったのか!!
それなら納得できる。
うんうん。
「ええーーーーーーっ!?」
また、ファミレス中の人が私を見た。
もう、そんなことは微塵も気にならない!!
私、今、恋愛対象として告白されてる!?
「初めて逢ったときから、気になってました」
北条さんが真っ赤な顔で言った。
「それから日毎に、どんどん好きになって…。本当は中野さんみたいに仲良くしたかったけど…坂本さんの前だと、どうしても緊張しちゃって。それに私の本当の気持ちを知られたら、結局は嫌われてしまうのじゃないかと」
スーパーキラキラ女子が…私を…。
「私、高校2年のとき、思いきって好きな娘に告白したんです。でも結果はフラれて、次の日にクラス中に言いふらされしまって。そこからは、皆に腫れ物に触るみたいな態度をとられて…ちょっとつらい学生生活でした」
北条さんが顔を伏せた。
「だから、坂本さんにも告白する勇気がなくて。やっと話せたと思ったら、あんなケンカみたいな感じに」
北条さん…。