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北条さんは、しかめっ面のまま、ただただ単品料理と私が取り分けた鍋の具材を食べ続けている。
フードファイターなの!?
大島さんの失恋話に耐えられなくなった私は、たまらずお手洗いに立った。
インターバルが必要だわ…。
女子トイレの鏡の前で、私は「ふー」と、ため息をつく。
26歳のパッとしない地味女が独り、鏡に映ってる。
スマホの時計を見る。
送別会が始まってから、もうすぐ2時間。
終電も考えれば、そろそろお開きじゃないかしら?
私は両手で頬をパンパンと叩いた。
力士か!?
とにかく土俵に戻らねば!!
私がトイレから廊下に出ると、丁度、男子トイレから出てきた大島さんと出くわした。
大島さんの顔は真っ赤で、眼が据わり、足元はふらついている。
突然、大島さんが私の眼の前で、つまずく。
「大丈夫ですか!?」
私が咄嗟に両手で大島さんを支えると。
そのまま、大島さんが私に抱きついてきた!!
そんなに筋肉質ではないとはいえ、こちらよりは断然、体重のある大島さんにのしかかられて、私はその場にペタンと尻もちをついてしまった。
私の膝の上に大島さんの顔が乗って、両手は腰に巻きついている。
あららー。
「大島さん!!」
私の問いかけには答えず、大島さんは「加奈子ー」と唸っている。
さっきから嫌というほど何度も聞かされた、大島さんの元カノの名前だ。
大島さんは私の膝の上から動かない。
はぁ。
困ったな。
「坂本さん!!」
大きな声に顔を上げると、北条さんが側に立って、こちらを見下ろしている。
「何してるんですか!?」
困り果てております。
北条さんの両眉は吊り上がっている。
北条さんが大島さんの両脇に両手を入れ、ゴロンと横に転がした。
仰向けになった大島さんは、涙でぐしゃぐしゃな顔で「加奈子ー」と呟き続けている。
北条さんが私の手を引っ張って、立たせてくれた。
「何ですか、これは?」
北条さんが強い口調で訊く。
背が高い彼女と並ぶと、私は見上げなければ話が出来ない。
「完全なセクハラですよ!!」
北条さん…すごく怒ってるみたいだな…。
彼女が私に、こんなに感情を露にするのは初めてだ。
私は意外な流れに面食らった。
このままだと大島さんが私にセクハラしたと、北条さんに勘違いされてしまう。
「あ! 違うの、違うの」
私は事情を説明した。
北条さんが顔をしかめる。
「それでも…今の体勢はひどいですよ」と北条さん。
確かに大島さんの顔が、もう少し前だと私のデリケートゾーンに…。
とりあえず、大惨事は免れたわけだし、何とか穏便に済ませたい。
「ちゃんと会社に報告するべきです」
北条さんの真面目な顔。
「ええーーー!?」
私は驚いた。
北条さんが、ここまで怒るなんて意外だった。