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勇者カレーニョの代償

作者: 富山晴京

 森の中は静かであった。自分たちの日常の暮らしには思った以上に音があふれていたのだな、と勇者カレーニョは思った。そしてその音とは、文明の発展の象徴なのだろうとも考えた。してみると、この静けさは文明の発展とは対照的なもの、すなわち文明に忘れ去られたことの象徴なのだろうと思った。

 森の中の景色は全く変わり映えしないように見えた。しばらく歩いていると、自分が果たして正しい道を歩いているのかわからなくなった。それでもつい先ほど、目印となる菊の花のような模様をつけた岩を見かけた。正しい道を通ってきてはいるはずなのだが。

 やがて視界の先に一軒の小屋を見つけた。カレーニョは安堵した。あれこそが彼の求めていた、魔女の家だ。

 カレーニョは小屋の扉をノックした。しかし返事はなかった。カレーニョはもう一度ノックした。しかしそれでも返事がない。カレーニョは何回も何回もノックした。

 ココココココココン!

 すると扉が開いた。

「やかましいわね、何なのよ?」

 中から出てきたのは十代と思われる娘であった。漆器細工のようにつやのある髪には彼岸花を模した赤い髪飾りがついていた。

「カレーニョ・ブスタというものだが、魔女がこの小屋にお住まいではないだろうか?私は魔女に用があってきたのだが、会わせてくれないだろうか?」

「中に入って」

 小間使い風情が偉そうな口を利くものだと、カレーニョは思った。しかし口に出して言うのはやめた。たとえ小間使いでも機嫌を損ねたりしたならば助力を乞うことが難しくなるかもしれなかった。

 娘は小屋の中にあった、古ぼけた長椅子に座った。

「私が魔女よ」

 娘は言った。

「あなたが?しかし魔女はかなり長い時を生きた人であると聞きました。あなたはどう見ても、子供のように見えますが?」

「アンチエイジングをほどこしているの。これでも五百年の時を生きているのよ」

 アンチエイジングにしても無理があるだろう、とカレーニョは思った。どうせ魔女のことだから呪いか何かで自分の体を若返らせているのだろう。

「俺を強くしてほしい」

「わかったわ。ついてきて」

 カレーニョは立ち上がった。

 魔女は小屋の奥にあった扉を開いた。その先には洞穴のような場所が広がっていた。壁にいくつものろうそくがしつらえてあり、ほの明るく中を照らしていた。

 洞穴の中に、大きな水盆があった。真っ黒な液体の入っており、樽ほどの大きさがあった。

「この中に願いの代償を入れるの。兜をとってくれる?」

「なぜだ?」

「髪の毛は代償としてよく使うの。高い価値がある上に体をあまり損なわずに済むから」

「……よかろう」

 そう言ってカレーニョは兜をとった。するとカレーニョの頭部があらわになった。カレーニョの髪の毛は金色の巻き毛だった。そして頭部の大半は枯果てた肌色の大地と化しており、豊饒な土地はもはや後頭部のあたりにしか残っていなかった。

「髪の毛を代償にはできないわ。少なすぎるもの」

「いいや、これを代償に願いをかなえてくれ」

「そんなことをするくらいなら、強さを代償にしてよく効く育毛剤でも作ったらどう?」

「余計なお世話だ!」

 魔女はため息をついた。それからこう切り出した。

「じゃあ、こうしましょう。歯を代償にするのよ」

「抜くのか?」

「そうよ」

「しょうがないな」

「口を開けて見せて」

 カレーニョは口を開けた。すると魔女は鼻と口を手で覆って顔をそむけた。

「閉じていいわ」

 カレーニョは口を閉じた。

「汚い口ね。それに口臭はどぶみたいよ。それを毒ガスの代わりにすれば、相手にダメージを与えられるんじゃないかしら?」

 カレーニョはぽかんとした顔をした。それからみるみる顔を赤くしていった。

「この馬鹿野郎!勇者に対して何たる侮辱だ!」

「駄目よ、駄目駄目。腹を立ててはいけないわ。そんなにぎりぎり歯をかみしめては、廃墟同然の歯並びが崩壊してしまうわよ」

「てめえ、ぶっ殺してやる」

 そう言ってカレーニョは剣を抜いた。

「私の前でそんな無礼は許さないわ」

 そう言って魔女は腕を振るった。するとどこからともなく十メートルほどの大蛇が現れた。そして勇者の体に巻き付いた。大蛇はしっぽで勇者の剣を持っているほうの腕をからめとり、首で勇者の首に巻き付いた。

「その子が本気を出せば、あなたの首なんてすぐにでもへし折れるのよ」

「わ、わかった。悪かった。すいませんでした。許してください」

「そう思うならまずは剣を手放すことね」

 勇者は剣を手放した。剣は地面に落下した。魔女は悠々と歩み寄り、それを拾った。

「もういいわよ」

 大蛇はカレーニョの体から離れた。そして魔女のもとへと這って行き、しゅーしゅーと囁くように音を立てた。

「ところであなた、首にかけているそれを見せてちょうだい」

「これか?」

 カレーニョはそれを取り出した。それはカレーニョの所属する聖勇会のペンダントであった。貴族でありなおかつ大量の会費と相応の強さがなければ入会することはできなかった。

「それを代償にすればあなたの願いなんて余裕でかなえることができるわ」

「できるわけがない。大事なものだ」

「その代わり、得られるものもたくさんあるわ。狼のように俊敏な足に、巨人のような剛腕も手に入れることができるわ。あなたはまず間違いなく、人類最強の存在となるでしょう。それが手に入れられるのはおそらく今、ここだけでのことよ。そのペンダントはどう?それほど大事なものなの?」

「それは……でもできない。魔女に代償として渡したなんて言えない」

「なくしたと言えばいいのよ。そうして新しく作ってもらえばいいわ」

「そう、だな。わかった。頼む」

 カレーニョはペンダントを首から外すと魔女に手渡した。魔女はそれを水盆の中に入れた。

「契約は成立よ。しばらくお眠りなさい」

 唐突にカレーニョを眠気が襲った。カレーニョは意識を失った。


 やがてカレーニョは目を覚ました。カレーニョは未だかつてなく体に力がみなぎっているのを感じた。これまで森の中で感じていた寒さや、体のだるさといったものが一切感じられなかった。すべてが完璧だと思えた。

 カレーニョは体を起こした。その時、自分の腕が目に入った。それは丸太のように太く、黒い毛でもじゃもじゃとおおわれていた。

「お、おお?」

「気が付いた?」

 カレーニョが振り向くと、そこに魔女が立っていた。

「お、おほっ」

「新しい体はどう?あなたは今、間違いなく人類で最強よ。何せ、あなたの地位だけでなくあなたの言葉も代償にしてその能力を生み出したのだから。おかげであなたは自分がカレーニョだと自分の口で言ったり、ペンダントを新しく作ってくれなんて言えなくなってしまったけれど、いいわよね?姿も変わり果ててしまって、母親にすらあなたのことに気付いてもらえそうにはないけれど、いいわよね?何せ最強ですもの」

「おーっおーっ!」

 カレーニョは叫んだ。

「あなたの地位はもらっていくわね。それとこの剣も。すごくいい剣ね。使うのが楽しみだわ」

 カレーニョは魔女に襲い掛かった。カレーニョが魔女の腕をひねると、あっさりとその腕は折れた。

「すごいじゃない。でも無駄よ。だって私はただの藁人形ですもの。私があなたの伝言用にここに残しただけよ。今頃はあなたの住んでいるところよりもずっと遠くへ旅に出ているでしょうね。そしてあなたの持っていた地位と財力を使ってたくさん遊ぶつもりよ」

 カレーニョは魔女の作った藁人形を放って駆け出した。そして自分の家へと向かったのであった。


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