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貝の中のパンドラ

作者: 魂之桂瑚

補足 用語解説。

NBC  核生物化学兵器

CDC  アメリカの感染症研究所として登場。

BSL4 バイオセーフティレベル4 高致死率病原体用の施設。


このストーリーはフィクションです。科学的医学的な事は、現実における事と異なります。


   プロローグ


 私が物心ついた頃、それ以前から私は、極々少量の毒物を飲み、病人の血肉を口にし傷口に疫病の素を塗られていた。それは、私だけで無く同じ年頃の女の子ばかり数人集められて行われていた。それは、代々受け継いできた儀式だった。私達は選ばれた存在としての使命で、その様なコトをしていた。それを疑問に思う事は無かった。私達は、病などをこの身に宿す事で人々を救済する使命があると言われていたから。だけど、同じ様に儀式をしていた他の子達は次々に命を落としていった。生き残ったのは、私だけ。

私だけが選ばれた。だから、先代の生神達の肉を口にする事が出来、私は、新しい生神となった。病に打ち勝つ力を持った生神として、自らの血肉を疫病に苦しむ人々に与えて救う存在になった。

全ては、人々を疫病から救い護る為に私は生まれ育てられた。


 豊かで美しく平穏な大地。そこで、私達は暮らし生きていた。

私は永劫、この大地に存在するのだろう。



 エピソード1


人口増加に伴い、人類は未開の大地であった大密林を切り開き焼き払って、農場や工場を広げていた。また、そうした事から未開の地に暮らしていた少数部族達は、近代化の影響を受け、それに従う部族や反発する部族が出ていて国際問題化していた。それも束の間、未開の地に暮らす少数部族達は近代化を求める様になっていた。それは、正しい事なのか議論されたが結局有耶無耶になってしまっていた。


 その様な状況、衛星写真の性能も上がりハッキリとした地上写真が写せる様になった。その結果なのか、切り開かれた密林を細かく映し出された映像に、密林の中に人工物らしきモノが映っていて、ソレが何か議論されて結果として、未発見の古代文明ではないかとの結果になり、ソレを調査発掘調査をするため多くの専門家が集まった。それは、各分野の野心を刺激した。


 考古学者達を中心に、地質学・民俗学・現地の部族の調査と発掘調査チーム全体の健康管理をする医療チームで構成された。他にも、トレジャーハンターやジャーナリストなども加わり、当初より大きなチームとなった。その他、現地の部族の要望である近代的な医療があった。だから、別に医療チームが組まれていた。

 

 未知で未発見の古代文明に、注目が集まっていた。その遺跡がある場所の近くには、少数部族達の集落があり、そこを拠点として発掘調査が行われる事となった。予め、様々な部族を通してようやく、その部族の集落を拠点として使う事の了承を得た。その集落内に、発掘調査のメインベースを設置する。発掘調査に必要な機材や、チームメンバーの宿舎などかなり大がかりのベースが出来上がった。


 南米大陸には、幾つもの古代文明が存在する。その中の一つであろう、この古代遺跡。森林伐採が無ければ発見される事は無かったかもしれない。

密林を切り開き、伐採した木材を運ぶために造られた小さな空港。大型の輸送用ヘリなども離着陸できる大きさはある。その空港から、密林の中へ四方八方へ道が続いている。一応アスファルトは敷かれているが、雑である。そんな道を密林の奥へ車で走り二日程で、その集落へ着く。先発隊が、集落周辺の道を整備し集落に近い場所に臨時で使える様にと、ヘリポートを造っていた。

この集落までに通った部族の集落も、密林の中とは思えないほど近代化している場所もあった。近代文明は、密林奥深く暮らしていた人達には衝撃であり、そして憧れとなったのだ。

 拠点としてメインベース、部族の集落から遺跡までは先発隊によって道が整備されていた。電力の問題はソーラーパネルを利用し、発電と蓄電が出来る様に整備されていた。夜でも明るく、めったに使えないテレビやラジオが自由に使える事に集落の人々は、驚きと喜びを露わにしていた。拠点として集落を使わせて貰う代わりに、現物支給で砂糖や塩、服や医薬品などを提供した。特に、甘いお菓子が喜ばれた。密林奥深く暮らす彼らも、他の部族がそうであった様に近代化を秘かに望んでいたのだ。

 部族の長老達は、頑なに拒んではいたものの若者達の思いに押し負け、若者達に自分達部族の未来を渡したのだった。

―ただ、ひとつの事を除いては……。



“あの場所は、死が巣食う。だから近づいてはならない。立ち入ってはならない。そこの物を持ち帰ってはならない。何故なら、死が共にやって来るから。呪い禍いを災厄をもたらす。朽ちる苦しみを与えて、死へと連れていく”

集落に古くから伝えられている言い伝え。長老達の懸念。

その話は、調査発掘チームの耳にも入っていた。しかし、集落の若者でさえ信じている者は少ない。だから、チームのメンバーは気に留める事は無かった。極一部の者だけが“曰く”について、審議をしていた。

「その様な曰くがある場所には、お宝があるってセオリーだ。経験と勘が、それを示している」

自身満々に言ったのは、ジェムというトレジャーハンター。ジェムは業界では有名。幾つものお宝を発見してきている。今回は、未知の古代文明発見で、一山狙って参加している。腕や感は評価されているが、その性格は好まれたモノでは無いらしい。性格の傲慢さを除けば、気さくな白人で話上手だ。

「とりあえず、ここの住民とのコミュニケーションを取りながら、作業を進めていくことにしよう。地の利は彼らにある。すでに十数名アシスタントとして参加してくれる事になっている。お互いに協力し合えば、進むのも早いだろう」

調査発掘チームの総指揮・リーダーである、考古学教授のスーダンは言った。

続けて

「まずは、あの石の遺跡の近くに、ベースを設置。作業用・保管用・休憩などのスペースを備えたベースだ。先行隊が作業を進めている筈だから、それをまずは設置する事から始めよう」

スーダンは、ハイテンションで言う。

 切り開かれた密林の中の一本道を、様々な物資を乗せたトラックが一列になって走っていく。一時間程デコボコ道を走った辺りから、木々の間その向こうから密林に浮かぶ様な明らかな人工物が見えてきた。近づくにつれて、ソレは石造りである事がハッキリと解る。そして、ソレは他の文明で見られる様な建造物とは違っていた。石造り、切り出した石を隙間さえ無く並べ積み上げている。隙間が無いと先発隊が言っている。どの文明でも隙間は出来る。当時の技術、そして発見されるまでの歳月。しかし、この未知の文明の石造りの建造物には隙間が無いらしい。そして、一見はピラミッド型の遺跡だった。ピラミッド程段があるワケでもない。なんとなく段を付けているといった感じだった。

先発隊が、周囲の木々や茂みを切り開いていて、ベースの設置準備をしていた。

石造りの遺跡の表面は、土やコケ草などに覆われていた。それでも、先発隊が剥がしたのか、そこから見える遺跡の表面はキレイで隣り合う石に隙間は無かった。

「今日は、ここにベースを設置する。明日からは、測量などを衛星とドローンで行い、表面を覆っている土やコケを取り除いていく」

テキパキ、やや命令口調でスーダンは指示を出していた。


 遺跡用のベースを設置し残る者と、集落に戻り原住民の暮らしなどを調査する者とに別れての行動となる。

既に日は沈み、集落は闇の中。昼間、ソーラーパネルで充電していたバッテリーを起動させて灯りを燈す。すると、集落の人々から驚きの声が上がった。灯りに照らされた顔を見れば、その驚きは衝撃的なモノだったのだろう。そして、それは歓喜にも似ていて、やがてお祭り騒ぎの様だった。

太陽と共に暮らし、灯りといえば篝火くらい。最新のライトの灯りは、きっと彼らにとってさぞかし驚きだっただろう。近代化を望む、古来からの暮らしをしてきた部族。見せつけられた最新の技術。お祭り騒ぎになるはずだ。

―これは、正しいコトなのだろうか? 

千早は、少しばかり複雑な心境だった。

―古きモノは、やがて消える。それが理だったとしても。かつて、この大陸の文明を滅亡させた天然痘。その天然痘を人類が初めて根絶に成功した疫病で在る様に。これは、必然なのか?

遠巻きに、明るく輝くライトを見つめて驚き笑う住民達をみつめる。

―どうして、古きモノは消えていく宿命なのだろう。

考えても、答えは出ない。

溜息が出た。


 遺跡の周囲を整地し、調査用のベースの設置を終える。遺跡のデータ解析や出土品の一時保管場所、メンバーの休憩所の機能を備えている。簡易タイプとはいえ最新型の機器が並べられている。遺跡を覆っていた土やコケを取り除き、再びドローンで測量をし、内部をスキャナー出来る機能のドローンで遺跡全体をスキャンする。そのデータでも、完全に密閉されている事や内部が入組んだ構造である可能性が出てきた。

簡単に分類すれば、ピラミッド型。スキャンするまでは判らなかったが、壁が外壁の内部壁の二重構造になっている。つまり、土とコケに覆われているのが城壁の外壁とすると、内側の壁は城の壁。その間が回廊があるという事。その内側の内部こそが、この文明の本体らしいと言う話となる。石造りの遺跡は、何かを封印しているかの様だった。

「墓、なのか?」

メンバーの一人が言った。

「そうだな。墓なら出入り口が無くてもおかしくは無いが」

と話している時だった。

「扉があるぞ!」

別のメンバーが叫んだ。周囲を調べていたメンバーは、声のもとへと向かう。

 石造りの遺跡の表面は、風化は殆ど無く状態は良い。念入りに土やコケなどを剥がしていたメンバーだった。その場所は他とは違う石で造られていて石の囲いが柱の様に在り観音開きの扉の様な感じだった。そこだけ、僅かな隙間があるのか土が食い込んでいる。彼は、その目詰まりしている土を細心の注意を払い取り除いていく。半分以上目詰まりを取り除いたら、それが扉であると確信できる。そこへ、興奮した様子のスーダン教授が駆けつける。じっと扉を見つめる。驚きと興奮を露わにしている。その気持ちは皆同じだった。

その扉は本物の扉なのか? 観音開きの扉。その扉はとても重そうで動かせれるのかどうなのか考え込みながら一同で見つめていた。

「動かせれるのか? 開いた途端に崩れたりはしないだろうな?」

スーダンが言う。

スキャンなどをしていた、スーダン教授の助手のリサーンが、扉の周りをスキャンし打診する。

「大丈夫です。丁度、扉の囲いが柱の役目をしています。スキャン通りの構造なら扉の向こうは、回廊になっている筈です。開けても大丈夫、かなり頑丈な造りになっていますから」

そう言って、リサーンは扉に手を掛ける。

「手前に引きましょう。多分、手前にしか開かない構造です。開いたら外気から内部を守る為のテントを」

「持って来ます。先に、テントを設置した方が良いでしょう」

と、メンバー数人がベースに急ぐ。スーダンは扉の前を往ったり来たりしていて興奮冷めやらぬといった感じだった。間もなく、扉の前にピッタリと外気が入らない様にドーム型のテントが設置され、両側には分厚いビニールカーテンが取り付けられた。そして、空気をコントロールするホースも用意され、いよいよ扉を開く時がきた。

ゆっくりと、数人がかりで観音開きの扉を手前に開く。

 闇が見えたと同時に、腐葉土の様な冷たい空気の臭いが中から湧き出してきた。スーダンは息を飲んで、ライトで中を照らした。スキャンデータ通り、回廊があった。

「凄い。保存状態が、ここまで良いとは」

スーダンは、内側の壁や回廊の床をライトで照らす。コケが生えていたものの石畳である事がよく判った。

「発光セラミックは、いりますか?」

メンバーの一人が言った。

「ああ。用意してくれ。一通り、発行セラミックを置いたら、次は内部用のライトを設置していこう。スキャン通りなら、この回廊は一周している筈だ」

「誤差があるとは思っていましたが、それほどの誤差は無い様で。ノイズが気になっていたので心配は心配でしたが」

リサーンが言う。

「おそらく、この周辺の放射線量が高いのが関係しているのだと思う。機材には干渉するかもしれんが、人体に害が出るレベルでは無いから、そこは安心しておいていい。まあ、こちらも、その原因を含めてこの辺りの地質調査を始めるから。ノイズの干渉が気になるなら、アナログを使った方が良いぞ」

と、地質学者のエグニムは呑気な口調で言うと、自分の調査チームの下へと戻って行く。


 石造りの遺跡内部の回廊は、扉を入った所から左右に続いている。

「どちらから始める?」

スーダンが問う。

「時計回りで良いのでは?」

トレジャーハンターのジェムが言った。

「まぁ、妥当だな」

スーダンは、左方向にライトを向けた。その場にいる、十数人が有に入っても圧迫感の無い奥行と高さだった。

一メートル間隔で発行セラミックを、石畳の上に置いていく。闇の中に、発光セラミック特有の光が浮かび上がる。発光セラミックにそって、設置するライトのケーブルをゆっくりと引き込んでいく。回廊を歩いていて初めて判明したのは、回廊から内部へと続く通路が幾つかある事。その通路の先には、木製と金属製の扉があった。頑丈な木製の扉を金属で囲っている扉。まだ年代は不明だけれど、南米文明の中でここまで保存状態が良いモノは存在していない。

スーダン教授の説によると、外側は土やコケに覆われていたから風化などが進まなかった、それと完璧と言える機密性ではないかと。

機密性、密閉状態。そういう割には、蝋燭の炎は一定間隔で同じ向きに揺れ、空気を測定する機器も問題無い事を示していた。

「どこかに、空気を循環させている弁の様なモノがあるのかもしれないな。一定の空気のみが、一定量だけ循環している。それも一つの仮説か。しかし、そうなると、この文明が高度な技術を持っていた事となるな」

スーダンは、にんまりと笑う。

「これこそ、世紀の大発見だ」

と。その言葉に、メンバーは高揚する。考古学を歩む者なら、その先駆者になりたい、立ち合いたいのだ。

「この回廊を調査し終えたら、あの通路の扉の向こう側。この文明の本体を調査しよう。細かく回廊・通路を調査しろ」

スーダンの言葉に、頷くメンバー。

 異端の考古学者にしてオカルト研究者のラグドフは、少し疑問を抱いていた。

―幾ら未知とはいえ、ここまで高度な古代文明は何だったんだ? 保存状態が良いのは判るが、何故ここまで保存状態を保てる。密閉状態だったからか? いや、空気は循環している。まるで、密閉しないといけない様な感じを受けるのは如何してだ?―

と。


 調査チームは、遺跡の内部と外側に別れて、それぞれ調査を始める。同行している地質学チームは、未開の地の調査という名目でレア・アースを探すのが目的らしい。

千早は集落へ戻り、自分の目的である原住民の生活文化を調べる事にした。

考古学は専門では無い。進展があれば説明してもらえばいい。そして、この集落との関係を調べればいいのだ。何かしら関わりなり、あるいは末裔にあたる部族かもしれない。そう思ったのは“曰く”の話だ。古い言い伝え。それが遺跡と関係しているかを知りたい。メインベースのある集落へ戻る車には、ラグドフも乗っていて話をすると、目的はほぼ同じだった。異端の考古学者にして民俗学者でもあるラグドフは、千早に同じニオイを嗅ぎ付けていた。

 通訳の中で一番言語に詳しい、集落出身のガジュに通訳と橋渡しを頼み、集落の長老達に話を聞く事が出来た。その前に、ガジュから簡単に部族の言葉を教えて貰う。文字らしい文字は持たないし言葉も少ない。少しの日常会話レベルの言葉を教えて貰っていた。なんとか意思疎通が出来る程度に。

 

 医療チームは、部族の健康調査などを行い、身体の不調を訴える者には治療をしていた。幸い、風土病に罹っている者は無く、治りの悪いケガや足腰の痛み等が中心だった。彼らは、殆ど薬草などで対応していた。医薬品などはめったに手に入らない。それを、医療チームから処方され悩んでいた症状が改善され、やはり近代化は必要だという考えが広まっていく。

先進国の大企業が目を付け手に入れた、地球最後の大密林。その開拓を請け負った地元の後進国や発展途上国にも、莫大な利益が生まれた。初めは抵抗し反対していた多くの原住民や部族達も、近代文明の便利さを見せつけられ、農作の不作時や狩りで獲物が獲れない時も、飢えない事を知ると、徐々に協力的になり、近代文明を取り入れた部族から話を聞いた別の部族は、同じ様に自分達も近代化を求めた。それにより、密林は伐採され開拓され、農場や工場が出来た。そこで働けば現金収入があり、今までの暮らしよりずっと楽に暮らせる事を知った。そんな中で、この集落だけが残されていた。集落の中で若者を中心とし、他の部族と同じ様に近代化を求める声が上がっていた。しかし、長老達は、それを拒んでいた。その理由を若者達も知っていたが、やはり人間は根源的に同じ。不便で原始的な生活の中に、便利な近代文化が入ればそっちが良いと思う。若者達の事を考えると、長老達も気持ちは解らなくもないが、同意出来ないでいた。そんな中、あの未知の古代文明の遺跡が発見され、結果的に自分達は近代文明を受け入れる事となった。

遺跡の事は、部族の者なら皆知っていた。それが何であるかまでは知らなかった。昔からあるモノとしか考えていなくて、特に気にするモノでも無かった。だから、調査発掘チームが遺跡の事で集まって来ているのが不思議だった。でもそれで、近代化に近づけた事が良かったらしい。

しかし、長老達を含む年寄達はナニかを恐れている様だった。

 

ガジュに案内され集落の高台に、千早とラグドフはやって来た。

集落が一望でき、木々の向こうに石の遺跡が見え、その向こうに湖が見えていた。そこから反対側に少し下った所に、集落の長老達の家があった。

千早達が長老達の家に向かっている頃、石造りの遺跡を調査していたチームは、ある事に気付いた。頑丈で隙間がほぼ無い造り。精密な通気口も発見していた。外気が入り中を循環し外へ出る仕組みで、空気の逆流が無い様にと弁らしき物が付けられていた。それは、現代文明にも通じるモノがあった。

「まるで、NBCシェルターみたいだな」

チームの誰かが言った。

「密閉率、空気の循環システム。状態は悪く殆ど維持できていないけれど空気フィルターの様な布状のモノ。これ、最新のNBCシェルターの原型ですよ。自然の物を利用しているから、そう見えないけれど。この様な構造の物に浄水設備や空気清浄器のシステムを装備すれば、充分機能します。まさか、古代に高度なシェルターの様なモノを造れるなんて」

「シェルターか。なるほど、な。外壁と内壁の間の回廊。内壁側は更に機密に造られている。空気を循環させる設計……。よし、この遺跡の名前は、石のシェルターと呼ぼう」

興奮気味に、スーダン教授は大きな声で言った。


こうして、石造りの遺跡は『石のシェルター』と呼ばれるようになった。



 一方、千早とラグドフはガジュに連れられて、長老達のもとへと訪れていた。

ガジュが連れて来て同席したからなのか、それとも別のナニかなのか長老達は二人が思っていたより快く迎えてくれた。

長老達は、千早とラグドフに色々と振る舞ってくれた。酒・干し肉・木の実など。特に酒は、薬草酒なのか独特の匂いと薬っぽい味がする。干し肉は何の肉なのかは解らないが、程よい味が噛めば噛む程出てきて少し不思議だったがクセになるような味だった。

千早もラグドフも、研究で色々な部族と接してきたが、どの部族にも無かった味だった。大概似た味なのだけど。

そして、ガジュを通じて長老達の話を聞く。

「あの土地に、アレがあるのは遠い昔から誰もが知っている。湖も昔から共にあり恵の恩恵を受けてきた。だけど、アレの周りには死が住んでいる。死の呪いが宿っていて近づいてはいけないと伝えられてきた。それが、どうしてなのかは解らない。誰も知らない。我々は、森と湖の恵で生きている。だけど気紛れで、恵を得られない時もある。そんな事が続くと、誰かがアレの場所へと行く。あの場所は恵が豊富だから。でもそれは、最終手段。それ以外は行かない。でも欲深な者は行く。その様な事を続けていた者は、死の呪いを受ける。そうなった者は、苦しみ抜いて死ぬ。高熱で苦しみ血を滴らせながら死ぬ。そういう者が出たら家ごと燃やす。死の呪いを広げない為に。それでも、行く者がいるのは、普段は立ち入らない場所だから獲物が多い。だけど、死の呪いも住んでいる。だから、禁じている」

長老達の長が話す。

「その呪いって、血だらけになって死ぬ事ですか?」

千早が問う。

「高熱で血が全身から染み出て、膿を持ち腐臭を放つ。最後には、腐った血と膿と腐臭に塗れて死ぬ。まともな死に方では無い。熱病で死ぬ者は毎年いるがそうではない。呪われているから、その様な死に方をするのだ。我々は、あの石の建物に呪いが住んでいると考えている。だけど、お主達や若者達には言い伝えなど無意味だ。でも、若者達が他の部族同様、変化を求める事に対しては何も言えない。例え、アレに関わり呪いが降りかかろうとな」


 長老達から聞けたのは、それだけ。千早とラグドフはベースに戻りながら話す。

「呪いか」

ラグドフは呟いた。

「でっち上げのファラオの呪い、他の古代文明にも存在する呪い。古の呪術。

どれも血が騒ぐ。この話も気にはなるが……。千早はどう思う?」

「さあ? 呪いね。でも、話の内容からして出血熱の症状みたいだね。この辺りの風土病にも出血熱あるし。それだったら感染症。家を焼き払うも理にかなっている。遺跡のある場所に感染源があるとしたなら、呪いの正体は感染症。

もし、呪いなら背景に信仰なり神様なりが在るのがフツウだけど、この部族に信仰らしい信仰は無いんだよね」

答える千早。

「意外とリアリストなんだ」

「まあ、病原体は目には見えなから。出血熱を目の当たりにして、それを呪いと思えば呪いになる。理解を越えたモノは、そう思うのが人間の心理。それに、呪いも病原体も目には見えない。科学的に呪いの正体は感染症だと言える。オカルト的に呪いを証明するには、まだパーツが足りない」

「オカルト的には、呪いの元凶ね。それはナニかってか」

ラグドフは、わざとらしく首を振って言った。


 メインベースに戻った所に、ちょうど詳しいデータ解析結果が出来上がっていた。石のシェルターの内部についてだ。内部は、小さな集落を丸ごと石の建造物の中に閉じ込めた、あるいは中に造った様な感じだということ。そして構造から石のシェルターは、ある意味で“シェルター”かもしれないという見解だった。

「内部を直接見れば、もっと凄い発見があるかもしれない。データだけでここまで詳しく解析出来るのだから。それでいて、どの古代文明にも無い形状だ。まさに未知、新発見の古代文明だ」

スーダン教授を中心としたチームは、湧き上がっていた。

そんなメンバー達を横目に、千早はポイントだけコピーさせてもらい、その場を後にした。なんとなく、気に入らない。


 ベースの外にある休憩スペースで、千早は長老達から貰った薬草酒と干し肉で、一人晩酌をしていた。賑わう声は外まで聞こえてきていた。

「一人で飲んでいるのかい?」

ラグドフが声を掛けて来た。

「ん、まぁね。騒がしいのも群るのも嫌いだし。それに、私は私で論文用のレポートを書かないといけないし。長老達からも面白い話も聞けたから検証したいし。ラグドフさん、あなたも研究論文とか書くのでしょう?」

「そのうちに。ところで、君の噂は本当なの?」

「何、それ」

「シャーマン。霊能力者、視える人」

その言葉に、千早は溜息を吐く。

「やっぱり、知っている人いたんだ」

と、不機嫌にボヤく。

「呪いの見解って、やっぱり、そっち方面の人だから?」

好奇心。

「言った様に、ここの部族は信仰らしい信仰は無い。神や精霊の類の話が出てこない。大概の部族では出てくるのに。ここの部族は死んだら、森と大地に還るだけという考え。森と大地に還ったモノが恵を与えてくれるって信仰系かな。祖霊信仰と似ているけれど、魂の存在は確認できていない。だから、ここには精霊の類や神にされているモノの気配が無い。あるとすれば、自然そのもののエネルギーの流れがカタチとして視える程度。呪いが真実なら元がある筈だけど元すら無い」

「じゃあ、なんで、呪いなんだ」

「ガジュが、解りやすい様に訳してくれたんだと思うよ。要するに目には見えないけれど恐ろしいモノのコトをさしている。私は感染症=呪いだと思っている。病原体は目には見えない。出血熱はエグイ。それが呪いの正体」

「それじゃあ、オカルトは存在しないって事? その話を聞いて参加したんだけど?」

凄く残念そうにラグドフは言った。

「さあ。でも、石の遺跡・石のシェルターの奥の方に何かの気配は感じている。それと、呪いが関係しているかはまだ解らない。曰くの中で、忘れ去られた何かが在るのかもしれないし」

「それって、石のシェルターに何かいるってこと?」

ラグドフの問いに千早は「たぶん」と答えて、残っていた薬草酒を飲み干した。

ベースの方からは、まだ騒いでいる声が聞こえて来ていた。

千早は、夜空を見上げた。森の木々の遥高い所に月が輝いていた。



  エピソード2


「いよいよ今日から、回廊の内側へと続く扉の向こう側の調査を始める。きっと、データで見るより、この目で見れば判ると思うがこれまでに例の無い遺跡である事には間違いない。外気と空気のコントロールを上手くしながら保存状態を保ちながら慎重に調査をしよう。内側には何があるのか? 今世紀最大の発見になるかもしれない」

スーダンの声を合図に、チームは回廊へと入る。そこは既に調査済で、空気をコントロールするホースや照明器具のケーブルが石畳の上を這っている。回廊一周し、内部へと続く通路へと続く。

 左周りで始めにある通路の先の扉。頑丈な造り。

「鉄の縁取りの扉は、珍しい。開くか?」

助手に言う。数人のアシスタント達が、扉に手を掛ける。

「重いです。手前に開きそうです」

と、数人がかりで扉を手前に引く。ずるずると音をたてて扉が開く。

その先は闇。そして、微かな空気の流れがあった。微かな空気の流れが、腐葉土の様な臭いとカビの様な臭いを吐きだす。

手に持つライトでは、奥まで見えない。足元は石畳が続いていて、それが大きい石畳となっている。正方形の石畳の床。

「予めデータ解析で大きな空間があるのは判っていたが、ここまで大きいとは。外から見た状態では、そんなに大きな空間があるとは思えないが。こうして実際見ると、どんな技術を持っていたのだろうかと思う」

興奮しきったスーダンは、大きいライトを持って来させて内部を照らす。

「とりあえず、壁沿いに南へ。空気のホースと外気との接触を避ける為のシートを扉に取り付けろ。他の者は、私に続け。発光セラミックは一メートル間隔で。この区画を一通り見たら、ライトを設置」

言って、スーダンは直属の助手三人とチームメンバー数人を連れて、壁に沿いながら進む。足元はライトで照らされているが、闇は深い。それでも、整えられた石畳は現代技術レベルに近い。暗闇で生育できるコケが所々に生えていた。

「データでは、南の角に何かが映っている。そこを調べる」

ライトで闇の先を照らす。闇の中に影の様に何かが浮かぶ。

入口付近でライトの設置が済んだのか、闇の中におぼろげな影が幾つも浮かぶ。

「思った以上に、天井は高く大きく広いな。広場なのか集会場なのか?」

ライトをかざし辺りを照らす、スーダン。

すると彼の視界に、何かの塊の様な物が入った。それにライトを向ける。

スーダンは暫くソレを見つめ、やがて何であるかを理解すると

「死体だ。人間の死体があるぞ」

と叫んだ。どよめきが起こり一斉に皆ライトを、スーダン教授がライトを向けている方向へと向けた。

複数のライトに照らされたソレは、ハッキリと闇の中に浮かび上がった。

横たわる人間の死体。するとメンバーの一人が死体に駆け寄った。考古学上の死体を専門に検死する、サクキだった。彼女は、知られている古代文明の死体を数多く検死してきた、ベテランである。殆ど原型を留めていない骨やミイラ、

ポンペイの石膏型遺体まで調べ尽くしている。研究もそうだが、半分は趣味らしい。

「キレイな死体。衣服も残っているし、表情も判る。死蝋化している」

ゴム手袋をつけ、ライトを床に置きペンライトで死体を念入りにチェックしていく。

「死蝋死体? なんでまた?」

スーダンが問う。サクキは答えない。聞こえていないのだろう」

「おい、あっちにも死体だ。ちょ、ちょっと見ろ、あちらこちらに死体があるぞ」

チームの一人が設置が進んだライトの灯りと手持ちのライトに照らされている範囲に複数の死体が横たわっているのを見つける。

サクキは、その言葉を聞くと見える範囲の死体一体一体を見て回る。

「争いで殺された死体ではないね。なんていうか、行き倒れみたいな。外傷が見当たらない。詳しく調べるには、ベースのラボに持ち帰るしかないですけど? スーダン教授」

「あ、ああ。そうしてくれ。でも、如何して熱帯で死蝋化するんだ?」

「ここ、外より気温が低いでしょう。それに湿気が丁度いい感じだし。外気にも触れていない。循環しているといってもそれほどの空気が循環しているわけではない様だし。死蝋は条件さえ整っていれば出来る。ここの内部空間を細かく解析すれば、死蝋条件に当てはまると思う。だって、寒い位でしょう?」

と、サクキ。

「言われてみれば、クーラーか冷蔵庫の様だな」

誰が言った。

「それに、表面上は傷などが無い。そして、同じ様な死体ばかり。詳しく調べる必要があるから、私はラボに戻って検死をするわ」

サクキは自分の助手に死体を運び出す準備をさせる。

「なるべく外気に触れさせないで。ラボについたら冷凍庫に入れておいて」

助手達は、死体を遺体袋にしまうと用意していた保冷剤と一緒に保冷シートで包んで死体を運び出す。

「サクキ君、死因はなんだね?」

スーダンが問う。

「詳しくは解剖してから。でも多分、病死ね。感染症が流行して閉ざされた空間だから、あっという間に広まった。それで、行き倒れみたいな死に方をした。それが、一つの仮説」

「それは、ここで感染症があったって事ですか?」

チームの誰かが問う。

「調べてみれば判る。死蝋だから多分、抗体が採れると思うし。エジプトのミイラだって、天然痘の痕跡が残っていた。だから、感染症が死因なら、その痕跡が抗体として残っているかもしれない。そうなると、医療チームにも協力してもらわないと」

俄かに慌しくなる、石のシェルター。

「解った。死体の件は、君に任せる。我々は、残りの死体の数とシェルター内部の調査を続けよう。どんな暮らしをしていて、どの様な文化を持っていたのかを知る為に」

スーダン教授率いる一団は、石のシェルターに残る。

サクキは助手達と共に、遺跡近くのベースにあるラボに戻る。

「それにしても、中と外では気温が違い過ぎますね。あれだけの死体、全部検死するのですか?」

「いや、適当に」

「死因が感染症とかって言ってましたが、何か心当たりでも?」

「ここは南米だ。南米を中心とした古代文明は、天然痘によって滅んだと言ってもいいかもしれない。もし、この死体から天然痘の抗体を発見出来たら、この文明も天然痘によって滅んだのかもしれないと、仮説が立つ」

サクキは言う。

「天然痘は、人類が唯一克服し根絶出来た感染症。でも、新興感染症はあちらこちらで見つかっている。ミイラ取りがミイラにならない様にしないとね」

死体を冷凍庫にしまいながら、サクキは言う。助手達は、その言葉に一瞬ためらう。

「驚かさなくてもいいだろ、サクキ。不活性なウイルスには感染しないさ」

奥から出てきたのは、サクキの同期で同じく考古学的検死を研究している、マコリだった。

「在り得なくも無いし。在り得たら怖い。それが、新興感染症。天然痘の抗体が採取出来たら、医療チームに連絡しないとね」

と、サクキ。

「ああ。気を付けておく」

検死用のラボでは、死体を冷凍庫で保管し、検死の準備が進められていく。


 石のシェルター内では、少しずつ調査が進められていた。外からスキャンしたデータでは、シェルター内は幾つかの区画に別れていて、その中の南の区画から調べていく事にしていた。調査エリアにライトが設置されると、闇の中に多くの死体が浮かび上がった。それを気にはしていられない。スーダン達は、あえて気にしない様にして、調査を続けた。

南の区画には、同じ石で造られたと思わる小屋がきっちり長屋の様に建っていた。シェルター内であるにも関わらず屋根が付いている。屋根は木製でコケむしていた。扉も簡易的な物であるが付けられていた。

「この区画はスキャンデータ通りだな。型まで同じ図形の様だ。図形を並べる様に造ったのは何かのこだわりか?」

スーダンが図面を見て、首を捻る。

「屋根までとは。なんていうか、集落をそのまま、この中に再現した様だな」

扉の前で立ち止まる。

「開けてみます?」

助手のアリンが言った。

「ああ」

その言葉で、ゆっくりと扉が開けられる。他の厳重な扉とは違い簡単に開いた。

木製の扉は湿気ていて滑りがあった。でも朽ちてはいなかった。

開かれた小屋の中、ライトで照らすと棚や箱、壺などが整頓され並べられていた。メンバーの一人が、壺や箱の中を覗きこむ。そして、恐る恐る中身を手に取る。

「―これ、食べ物? こっちは、種?」

ライトをあてる。変色してはいるものの、果物が干からびた様なものと、種の様な物だった。

「どれも、食糧や種と思われる物だ。この区画は、食糧庫の様な場所なのでは?」

機材を担当しているハサンが言った。

「しかし、大量に残されている事を考えると、飢饉で滅んだのではなく、やはりサクキの言う通り病死の可能性?」

と、スーダン。

「南米大陸の古代文明は、天然痘で滅んだと聞きましたが、ここも同じなのでは?」

何処から現れたのか、地質学者のエグニムが言った。

「在り得なくも無いが。じゃあ何故、シェルターの様な場所に籠ったのかだ」

「さあ。先ほど、うちのチームが、この辺りの地質を調べる為、あちらこちらを掘り返していたところ、この石のシェルターと湖の間に、遺跡らしき物を発見しましたから報告に来ました。人工的な物だと思いますので、見ていただこうと」

飄々と言う。

「外にも遺跡?」

スーダンの問いに、頷くエグニム。スーダンのメンバーは顔を見合わせて

「よし、行ってみよう」

と、エグニムに案内され、その場所へと向かう。


 石のシェルターの調査を一時中断し、エグニムの言っていた場所を見に行く。丁度、様子を見に来ていた、千早とラグドフも合流し、新しく見つかったという遺跡を見に行く。

よく視ないと判らないが、地面には風化した石畳の跡があるのが判る。コケや草、土に埋もれている。それらを取り除けば石畳が見えるだろう。

「ほお」

と頷き、助手に写真を撮る様に言った。

地質学チームが発見したという遺跡。その周りの草木は刈り取られ整えられていた。土や草に埋もれてはいたが、明らかに人工物だと判る。そして、朽ち果てた太い木で出来た柱らしき物も。

「おお。もしかして、ここは石のシェルターとは別の文明か、いや石のシェルターを造った者達の住居後なのか? それにしても、石のシェルターは完璧な保存状態だったが、こっちはよくよく見ないと判らない程、朽ちている。何故だ? 同じ文明では無いのか?」

「そうでもないですよ。地層的には同じ時代。地層を調査していたら、見つけました」

エグニムは言って、一際大きな岩がある場所を指した。

スーダン一行とエグニムは、そちらへ向かう。千早とラグドフも後に続く。

大きな岩は人工的な感じで、その下に深く掘られた穴があった。

その穴の中深くには、おびただしい数の朽ちかけた白骨があった。

「ほんの一部です。多分、この辺りにある岩の下辺りに埋まっているでしょう」

我関せずと言った感じだった。

「石のシェルターと同じ文明人だと思いますか?」

と、考え込んでいるスーダンに言う。

「多分。劣化風化しているから詳しく解析しないと断言出来ないが、形状からすると似ているから同じ文明だと考える。時代が前後する位か?」

「だとしたら、何故、シェルターの様な物を造る必要があったのでしょうか?」

興味は無いが答えが知りたいと言わんばかりの、エグニム。

「今、調べているところだ。それに検死結果を待たなければ、理由が解らない」

少し苛立った様に答える、スーダン。仲は良くなさそうだ。

「やはり、天然痘?」

チームの誰かが呟く。

「確定した訳でも捨てきれない訳でも無い。取りあえず結果待ちだ。明日からは、チームを二つに分けて調査をする。私は石のシェルター。アリン達はここの調査を頼む」

「はい」

助手三人は頷く。

「考古学チームの調査が終わるまで、私達のチームは別の場所、湖の方でも調べてみましょう。放射線量がやや高めの理由もしりたいし」

皮肉めいた口調でいうと、自分のチームを連れてエグニムは集落のベースへと帰って行った。


 ―千早には視えていた。あの朽ちた白骨の山、その理由が。だけど、それは口には出来ない。 

“そっち方面の調査”では無いから。だから視えたとしても視えないフリをする。異端視されているのは別にいい。被る方が大変だ。

視て視えぬフリも難しい。内心思う。

 その夜、千早は高熱を出し倒れた。医療チームには診て貰ったが感染症では無かった。過労か熱中症だと言われ、点滴を受け落ち着いた頃、氷とイオンドリンクを貰い、自分の部屋に戻った。頑丈なプレハブを仕切った狭い部屋といった感じだ。

『解っている。貰ってしまったのだ。被ってしまった。でも、私には何も出来ない。ここに信仰は存在しないから。あるのは人類共通のモトの様なモノ。だけど、私には無理なんだ』

夢現、千早は自分が大勢から責め立てられ断罪され、メッタ討ちにされる痛みを感じていた。熱のせいではない。おそらく、誰かの最後の瞬間を感じている。自分ではコントロール出来ない現象。それを起させるナニかがいるのは、確かだ。想いだけが、折からの風の様に来る。

―私には何も出来ない。出来るとしたら、時の流れから掘り起し、その存在を露わにするコトだけ。あなた達がこの土地で、確かに生きていた事を今の世に示すだけ―

その言葉に、誰かが頷いている様に、千早は感じていた。

 翌朝になって少し熱は下がったが、全身を刺される様な痛みは昨夜からずっと続いていた。

―解っている。被ってしまった。少しばかり面倒だけど耐えるしかない。関わって来ているのは二人。何者か解らないけど、何かを訴えているのは解る。だけど何も出来ない。面倒な性質だな―

そう思いながら、うとうとしていると呼ぶ声がした。目を開くと、長老達の長である老婆が入って来ていた。身体を起し、挨拶をする。

すると老婆は、独特の匂いのするお茶らしき物を差し出して

「飲みなされ」

と言った。単純な会話は教えて貰っていたから解った。身振りでも解ったが。

受け取ると、かなり強い匂いがする。それを拒む訳にはいかないので、飲んだ。あの薬草酒と似た味がした。飲み終えるのを待ってか老婆は

「あんたは、視てしまう」

聞き取れる様、意味が通じる様に言葉を選んで話しかけてくる。

「だから、貰ってしまう。知ってしまうから同じ事を感じてしまう。でも、あんたには、サダメがある。知ってしまった以上、救って終わらせなくてはならない。ここへ来たのは、決まっていた事。その為に来た」

多分、そういう意味合いだろう。そう言い残し、老婆は去っていく。

―なにもかも、仕組まれているって事なのか? ああ、いつもそうだ。

千早は、不思議な味のしたお茶の味が消えるまで考えていた。

―呼ばれた、のか。

それならば、これは誰かの体験した事だ。被っただけではなく、追体験したという事になる。

―私には、ナニが出来るのだろうか?

そう考えながら再び眠りに落ちた。


 数日後には、体調も精神も回復し、寝込んでいた間に調査の進展があった事を色々と聞いて回っていた。

新たに判った事は、石のシェルターと外で見つかった朽ちた遺跡は同年代であるという事。また、白骨も同じ年代である事。それは、石のシェルター内で発見された死蝋体も同じ。全てが同年代だという事だ。そして、骨格などから同じ部族である事も判った。さらに、この文明が隕鉄を利用していた事が、大きな発見として挙がっていた。

「隕鉄って、隕石が落ちた場所で取れる鉱石の事ですよね?」

千早は、地質学者のエグニムに問う。

「ああ。ここの放射線量が高いのは隕鉄が原因。つまり、隕石が落ちた場所で隕石の欠片がまだ埋まっているからなのかもしれない。もし隕石が落ちたとしたら、あの湖だ。クレーター湖かもしれない。そして、底の地中深く埋まっている可能性もあるけど、あいにく装備が足りない。遺跡の調査が終了したら、本格的に地質調査をさせて貰おう。おそらく、レア・アースも相当量埋まっていそうだ」

と少し得意そうに言い、タブレットで千早に説明をした。

「やあ、千早君。元気になったんだね。ラグドフ君も寝込んでいた。お似合いだね」

イヤミにもとれる言い方だ。

「ラグドフさんも?」

頷く、スーダン。

「これから、石のシェルター内にある神殿らしきモノの調査に向かうけれど、如何する? ラグドフ君は行くって言っているけど」

イヤミなわりにテンションが高いのは、新発見があったからか、と千早は思った。

「行きます。同行させて下さい」

迷わず答えた。

 自分でも少し不思議だった。病み上がり、被り障りを受けてたわりに、神殿と聞いて、気持ちが高ぶった事が。おそらく、関係がある場所。呼びかけていたモノの正体を確かめる為にも、その神殿とされるモノに行かなくてはいけないと。


 石のシェルターに向かう車中。

「やはり、天然痘らしい。最初に持ち帰った死蝋体の他にも持ち帰って詳しく検死したら、全てから天然痘の痕跡と抗体が見つかった。中には組織だけサンプルとして持ち帰って検査したモノもあるが、それからも天然痘が見つかった。

あと、よく判らないが何かしらの抗体も」

スーダンが説明する。

「それじゃあ、あの白骨の山は」

「おそらく、アウトブレイクした結果でしょう」

助手のアリンが答えた。色々と話しているうちに、石のシェルターに着く。サブベースで準備を整えると、石のシェルターに向かい歩いて行く。熱帯特有の蒸し暑さが纏わり着いて来る。


 保護用のドーム状のテントをくぐり、同じく保護用に付けられた厚手のビニールカーテンを抜けて、回廊に入る。空気用のホースや電気等のケーブルが石畳の上を這っている。回廊に入ると陽射しが遮られているからか涼しく感じる。さらに進んで通路から内部に入ると、かなり涼しい。鍾乳洞の様にひんやりとした空気がある。

石のシェルターのほぼ中心に、神殿と仮称する建物がある。他の建物は簡素な造りだが、この神殿は文明の技術を集結させて造ったと言ってもいいほどの創りで、外側からは想像もつかない構造だった。何を意味しているのか解らないが、おそらくこの辺りの動植物を刻んでいるのだろう。細かな細工だった。神殿は階段を登った上の段に建っていた。その屋根部分が外側のピラミッド型の一番高い場所と一致している。

神殿には重厚な扉。そして、その扉の前に石碑があった。南米文明で見られる様な古代文字が刻まれている。似ているが違う。スーダン教授は、似ている文明の古代文字と照らし合わせて訳した。

「―死の神より、おぞましきモノから逃げ来た地。死疫より我等を守る神の場所。死疫を封じる生神に、命を与え願う―と、なったが、意味が通らないな。如何いう意味として受け取ればいいんだ?」

助手に問う。

「解りません。疫病を恐れていたくらいしか」

アリンが答える。

「天然痘。疫病か。ここに隔離したのか? 隔離の為にシェルター並に造ったのか? それとも神を祀る為なのか?」

考古学の権威でもあるスーダンでさえ、頭を抱える。

「まさに、未知だな」

と舌打ち。

「神を祀っていたとしたら、どの様な神を祀っていたと思う?」

ラグドフが千早に問う。

「さあ。疫病って単語から、疫病から自分達を守ってくれる様な神様じゃあないの?」

と答え、千早は神殿を見つめた。重厚な扉、その奥にある。

内心、そう思う。

「まあ。中を見れば、手掛かりがあるだろう、入ってみよう」

スーダンは考えても仕方が無いといった感じで言う。

助手やチームのメンバーが慎重に扉を開く。そして同じ様に空気から保護するシートを付ける。空気のホースや電気ケーブルの隙間を残して。

 

 この時はまだ知らなかった。これから起ころうとしているコトを。ここがただの古代遺跡では無い事を知る由も無かった。

ソレは、少しづつ忍び寄って来ていた。


 開かれた神殿。その内部にライトの光が走る。そのライトの光に浮かぶのは、またしても死体だった。大型のライトで照らすと、神殿内部の床に横たわる幾つもの死体があった。それらもまた死蝋化していた。

「まるで、ポンペイの様だ」

ロークが言った。

神殿内の床や通路、至る所に死体が横たわっている。それがまるで、火山噴火で一瞬にして滅んでしまったポンペイの街を思い起させた。

ライトで壁や天井、柱を照らすと細かい細工が刻まれているのが見える。そして中央に大きな祭壇らしきモノがあった。大型のライトが設置されると内部は明るくなり、色々な物が見えた。まず、見かけ以上に大きく広い事。細工が多い事など。そして、祭壇と思わるモノの前に一体だけ他の死体と違う死体があった。その死体を見た全員は、思わず呻いた。

身に着けている服や装飾品は上等な物だと判る、だけどその死体は他の死体と違い、他殺体だった。惨たらしく、剣や槍などが幾つも突き刺さっていた。

「他殺。何故? 今までは全て病死。どうして、神殿の祭壇らしき場所で殺されているんだ?」

スーダンは首を捻る。

「調べます。検死すれば何か判るかもしれません」

サクキが言った。彼女の助手達が写真を撮り、専用のシートで包んで死体袋に入れる。武器が刺さっているから歪な形だった。サクキ達が死体と共に現場を去った後も暫く沈黙が続いていた。

「始めての他殺体。そして、身分の高い服装からして、それなりの地位にいた者だと思われる。死因とかは検死チームに任せて、あの死体が何者なのかを調べる手掛かりを探そう」

無残な光景を振り払う様に、スーダンは言う。

チームは息を吐き、明るくなった神殿内を改めて見回した。誰かが壁際まで歩いて

「壁画があるぞ」

と叫んだ。皆、そちらへと向かう。

壁には、タペストリーの様に一場面一場面が描かれていた。新たな発見なのに、一同は苦い顔だった。壁画は、カニバリズムを現したモノが描かれていた。

壁画を見ると、人が人の身体の一部を口にしているシーンや、滴り落ちる血を受皿で受け止めて飲んでいるシーンが描かれている。しかも、色彩が褪せていないのでカラフルである。

「カニバリズムの文明だったのか?」

驚いた様な口調で、スーダンは言って数歩下がる。血とかが苦手なのか、人肉食文明を嫌悪しているのかまでは解らない。

「ま、古代文明では結構ありがちな事ですよ。ただ研究しないだけ。カニバリズムは考古学会でもタブー傾向にありますから」

ラグドフは、壁画を見つめて含み笑いをする。求めていたモノを発見したらしい。

「何だと」

癪に障ったのか、スーダンは噛みつく様に言う。

「多分、何かの儀式の絵でしょう。普段から人肉食をしていたわけではありませんよ。神殿に描かれている意味は?」

スーダンの事をスルーし、ラグドフは祭壇を調べ始めた。犬猿の仲らしい。

「あ、」

唐突にラグドフが、間の抜けた声をあげる。

「ここ、扉ですよ。他の扉と比べると小さいけれど扉。多分、先に地下通路なり何かがある筈です。どうします? スーダン教授」

「と、取りあえず。その先は明日だ。壁画を調べたいし、神殿内の調査もしていない。あの死体も気になるし」

苛立っている。

「急ぐと見落としますしね。まぁ、僕は名誉とか名声は必要ないし。必要なのは、未知の古代文明の謎だけ」

と、どこ吹く風の様に言うと自分のカメラで、祭壇や壁画を写していくラグドフ。そんな、ラグドフを後目にスーダンと三人の助手達はチームのメンバーに、測量と画像記録をするように指示した。

千早は、溜息を吐く。そして、祭壇の扉の奥を見つめた。

―私には、まだ判らない。ソレは専門では無いから。でも―

と心の中で呟いていた。

 神殿の調査を一通り終える。調査を始めて半月が過ぎようとしていた。

慣れない気候と、新発見に湧く心でハードな日程で調査を進めて来た事もあってか、チームのメンバーの中に体調不良を訴える者が多数いた。

発熱、倦怠感、関節の痛みに頭痛。中には嘔吐や下痢に罹る者もいて、単なる疲労からの体調不良じゃあ無いかもしれないと、医療チームは議論した結果、応援を要請する事にした。今の装備と道具だけでは、感染症に対応しにくい。

似た症状である以上、感染症を疑い、体調を崩しているメンバーの検体と遺跡から出土した死体の組織を、本部に送り分析してもらう事にした。そして、結果しだいで、装備を整え来る様に伝えた。


医療チームに参加している医師の中に、CDCに所属している者がいた。

その者からの連絡を受けて、CDC内に設置されている“遺跡発掘調査チーム支援班”は、緊急の会議を開いていた。

「例の情報だが、全員、予報接種は済んでいる。だからといって感染しないとは限らないからな。話によると、高熱と全身の痛みが主な症状で、他に嘔吐下痢などがあるそうだ」

現地のチームのバックアップを担当し、この班の責任者の医師で感染症の研究者であるエドガーが言う。

「予防接種は飽く迄も、感染した時に症状を抑えるモノですから。もし感染症なら、マラリアか黄熱でしょうか?」

エドガーの助手で、熱帯感染症研究員のワナールが問い

「古代人の死体から、天然痘が発見されたそうです」

と、タブレット端末を操作しパネルに資料を映しだす。

「まあ。古代南米文明を滅ぼした原因は天然痘だと言ってもいいくらいだから。死体から痕跡が見つかっても不思議ではありません。ただ、エジプトのミイラと違い、死蝋体です。不活性化していたウイルスが再び活性化したなら、その可能性は?」

「ありえなくもないが。既に根絶しているし、ワクチンも打っている年齢だろう? もし天然痘なら皮膚症状があるから、その情報なり報告が入って来ないって事は、天然痘では無いと言う事だ」

と、エドガー。

「確かに。情報は来ていません。熱と身体の痛み、嘔吐下痢の症状から来る感染症を調べてみます。検体は明日にも届く予定です」

現地との連絡を担当している、トプソンは言った。

「検体の検査結果しだいだな。トプソン、現地との連絡回数を増やせ。出来るだけ詳しい症状と情報を報告するようにと。それから―“もしも”に備えて、何時でも現地に行ける様に、移動式の高性能ラボや必要と思われる薬などを揃えておこう。念の為、BL4に対応出来る様に……。―悪い予感ほど当たると言うが―」

エドガーの最後の呟きに、助手達は顔を見合わせて“もしも”が指すモノが何であるかを思い浮かべて、思わず頭を振った。

エドガーの悪い予感は当たる。それは、研究員の間でも有名な噂だった。


 

 神殿から持ち帰った、他殺体は取りあえず、冷凍庫にて保管される事になった。検死は改めて行う。理由は、検死チーム数人も体調を崩し寝込んでしまっているから。原因は不明。ただ、新発見の未知の古代文明を調査発掘する事に対して、事を急ぎ過ぎているしハイテンションで休養を殆ど摂らずに調査発掘を続けていた過労。少し調査や発掘が進展して、溜まっていた疲れが出た。だったら、暫く休もう。いくらなんでも頑張り過ぎた。この調子で先走っても、返って支障が出るだろう。今の所は順調なのだから、数日間は作業をしないで休もうという事になった。チームのメンバーは、寝込んでいる者の他、やっと休めると言った感じで自分の部屋で休んでいた。

そんな中、スーダン教授と助手の三人は神殿の祭壇に来ていた。

例の扉を開き、地下への階段を発見した。その先へと進む。殆どのメンバーは休暇中。スーダンと助手三人、その下でアシスタント的な事をする学生くらいだった。

地下へ続く階段の先は、開けた空間だった。ライトを設置すると、一同は驚く。

十数体の死蝋化した死体が、均等感覚に並べられて安置されていた。どれも身分の高い服や装飾品で飾られていた。ただ、その死蝋化死体は躰の一部分が欠損していた。

「歴代の指導者か、神官の墓所なのか?」

スーダンは、一体一体死蝋化死体をライトで照らし言う。

「躰の欠損は、壁画にあった儀式で付けられたものでしょうか?」

と、アリンが言う。

「うむ。高貴な者や神に使える者の血肉には、何か特別なモノが宿っていると考えていたなら、在り得なくもない」

答えて言うスーダンだが、よろめいて膝を床につける様に座り込んだ。

「大丈夫ですか? 教授。やはり、休まれた方が良いのでは」

アリンが、スーダンを支え言う。

「このくらいの事で休んでなんかいらんれない。世紀の発見になる。それを目の前にして、休んでいられるか」

強気に言ったものの、全身から汗が滴り脱力状態だった。

「歴史に名を残すのに、そんなこと言ってられない」

「その前に倒れてしまっては、横から取られます。今日は引き上げて休みましょう」

アリンが説得し、ようやく帰る事になった。助手達が支えながら、石のシェルターから出て、メインベースのある集落に戻る。殆ど、メインベースには戻っていない。集落に戻り、医療チームに教授を預ける。調査発掘チームだけではなく、医療チームにも困惑が広がっていった。

体調を崩し寝込む者は、日に日に増えていく。―感染症。それが、医療チームの中に動揺を生む。症状が全てといっていい程、同じなのだ。


 千早は集落の高台から、石のシェルターを見つめていた。来た頃より大きく見えるのは、周辺の木々を伐採したから。石のシェルターの向こうには、湖が見える筈なのだけど、新月で辺りは闇に沈んでいる。密林の中の道に設置しているライトや、石のシェルター周りの僅かな灯りのみ。熱帯特有の空気、風が木々の葉を揺らしていた。その音に混じって、幽かな人の声らしきモノが聞える。

―疫神が来る。眠りから覚めた疫神が、血肉を貪り喰う為に。腐臭を漂わせる苦痛の呪いを振り撒きながら。血膿に塗れて死を与える疫神が―

言葉なのだけど知らない言葉。だけど、頭の中、胸の中には、その様な意味合いで届く。その意味を心で問うが、答えは返ってこない。一方的に、途切れ途切れに聞こえてくるだけ。集中し、主を辿ろうと探りを入れたが、視えるのは闇のみ。言葉の意味と、チーム内の現状が重なる。

「死が、やってきた」

不意に背後で声がした。驚いて振り返ると、寝込んでいた時に薬草を持ってきてくれた老婆が、厳しい表情で立っていた。そして、千早にも解る様に言葉を選んで、ゆっくりと

「解るのじゃろ? 恐らく誰も逃げられん。古い言い伝えが真となってしまったから」

それだけ言うと、老婆は自分の家の方へと戻って行く。

―疫神が? 疫病を司る神の事?―

そういうメッセージなら、今チーム内で起こっている事は、疫病。つまり、感染症の事を指す。

嫌な予感がする。高熱とかで寝込んでいるメンバー。共通する症状。専門外だけど、知識としてはある。だけど、ナニかが引っ掛かる。この文明には信仰がまだ見つかっていない。神格化さえ微妙なところ。なのに“疫神”と受け取ったのは如何してか? 声の主は、何者なのか?

神殿の前にあった碑文には“生神”と訳せる言葉があった。

スーダン教授は、ソレが信仰対象だろうと言っていたが。

スーダン一行が去った後、千早達も神殿の地下を見て来たが。あの死蝋化死体が信仰対象だとしたら、生神と神殿地下の死蝋化死体は同一になるのでは?

儀式としてのカニバリズムだけでは無いとしたら?

千早は、じっと石のシェルターを見つめる。すると何故か『パンドラの匣』という言葉が頭を過った。その言葉が、とても恐ろしく思えた。


「こんな所にいたんだ、千早。ボーっと立って、何を考えているんだ?」

ラグドフが、やって来て問う。

「神殿の壁画と、地下の祀られていた死蝋体について考えていた」

「あの、カニバリズム的な?」

「まあね。でも、一般的なカニバリズムでも儀式的カニバリズムでも無いような気がして。何か、別の意味があるんじゃあないかって。そして、生神はナニを指しているのかを」

溜息混じりに、千早は答えた。

「それだけ? 他には? 本命があるんじゃないのかい?」

突っ込んだ質問をしてくる。

「メンバーが同じ症状で寝込んでいる。過労って言われているけれど、過労で同じ症状が出るとは思えない。気になるのは、集落に伝わっている“曰く”」

「考え過ぎ。慣れない気候と急ぎ足での発掘調査で疲れたのさ。ファラオの呪いだって、新聞社の作り話説だし。それに、ファラオの呪いの正体は、ピラミッド内に生えていた病原性のカビだったらしい。少し前に何かで読んだ」

と、ラグドフ。

「その話は、私も知っている。―そういえば、皆、防塵マスクとかつけていないよね」

ハッとして、千早は言った。

「ああ。暑いからだろう。やっぱり必要かな?」

「ファラオの呪いが、ピラミッド内の病原性のカビなら、伝わる曰くも同じなのかもしれない。石のシェルターは封印されていた。しかも高密度で高精度。

死蝋化する位だから、あの空間内に病原体が潜んでいても不思議ではない。もし、石のシェルターと寝込んでいる人達とのつながりが判明したら?」

「オカルト的では無い、怖さだね」

少し残念そうに、ラグドフは言った。

「もし、感染症だったら?」

「僕に言われても、専門外だし興味湧かない。でも、一つの意見として、医療チームに進言はしてみるよ」

と、ラグドフ。

千早は、再び石のシェルターを見て

「明日にでも、防護服を装備して、神殿内と地下を調べる。何か見落としている気がする。それに、声の主にも会えるかもしれない」

「声の主って?」

ラグドフが食いつく。

「生神。それが何者なのかって事」

「ふーん。意味深だね。それじゃあ、僕も同行するよ。防護服を装備してね。千早の意見で、少し怖くなったよ」

二人は、暫く、石のシェルターを見つめていた。


 翌朝、千早とラグドフが防護服を用意しているのを見ていた、トレジャーハンターのジェムが、嫌味っぽく

「そこまでする必要が、あるとは思えないけど」

と言ってきたが、相手にする事は無かった。彼の目的である出土品が、まったく見つかっていないから、苛立ちを露わにしているのだ。

「ハズレだと思ったけど、装飾された死体があったって? 宝石か黄金か?」

ジェムが問う。

「聞いただけ。見てないから知らない。だから、これから行って調べるんだ」

ラグドフは、顔を合わせる事なく言った。

 二人が準備をし終えた時だった

「教授、本当に大丈夫ですか? 発熱していますし、脂汗も酷いですよ。休まれた方がよろしいのでは」

「構わん。薬も飲んだし点滴もしてもらった。二日も休んだんだ。遺跡や出土品、死体などが劣化しないうちに調査を終えたいんだ」

かなり苛立った強い口調で言い、助手達に指示を出す。スーダンの体調は誰が診ても悪いと判る程だった。全身で呼吸をし汗だくだった。足元も覚束ない。それでも調査に行く。三人の助手とアシスタント数名は、諦めて調査に向かう事にした。スーダン教授のメンバーと、千早とラグドフ、そこに、ジェムも加わり、集落のベースを出発した。途中の会話は殆ど無かった。

 石のシェルター用のベースに着くと、千早とラグドフは防護服を着る。それを見た、スーダンは

「よくそんな、暑苦しいく動きにくい物を着れるな」

と、毒づいた。二人は聞こえないフリをして、一足先にシェルター内の神殿へと向かった。背後からイヤミな言葉が聞えたが気にはしない。


―生きている人間の方が、ある意味厄介だな。

千早は内心呟いて、神殿の壁画を見て回る。より細かく何か見落としが無いかと。壁画は、どう見ても、自ら血肉を与えている様に見える。血肉を与えている者は? 壁画を見つめ考える。―やはり。

教授達が入って来たので、千早は地下へと向かう。ラグドフも後に続く。

千早は、祀られている死蝋体一体一体を観察するかの様に見て回り、一番奥の一際飾られて祀られている死蝋体の前に立つ。全ての死蝋体には切り取られた傷があり、飾られている死蝋体にも切り取った傷があった。千早は、じっとその飾られた死蝋体を見つめる。

「何か、解ったのかい?」

ラグドフが問う。

「ここに祀られている死蝋体は、歴代の“生神”だった人達」

「あの、石碑に書かれていた事?」

「そうね。そんなところかな?」

「でも、君が拘っているのは、別のモノでは?」

ラグドフは鋭く突っ込んでくる。千早は溜息を吐く。

「―私の噂を知っていて言っているのですか?」

「もちろん。霊能力者って事」

「そう。ラグドフさんは、日本の特有な信仰については?」

「ある程度は。多神教、アニミズム、万物に魂が宿る。一神教とは全く違う存在」

「それじゃあ、日本語で“疫神”は何を刺す? 知っているなら話は早いのだけど?」

辺りには千早以外には、聞こえない声がざわめいていた。

「病気を流行らせる神って、いうことくらい」

ラグドフは、迷うことなく答えた。

「なら、これは飽く迄も私の“予感”でしかないけれど、疫神とチーム内で流行っている感染症には関係性がある」

千早は、飾られている死蝋体を見つめ言った。

「まさか。―それで防護服を? ファラオの呪いの正体みたいな感じだから?」

ラグドフの問いに、頷く千早。

「声を聴いた。―疫神が呪いと死を連れて来る―と」

「マジ? それと、寝込んでいる人達に関係があると?」

「そう。でも、呪術的な事でも崇り的な事でも無い。きちんと調べれば、科学的に証明が出来るモノ」

「それじゃあ。防護服は―」

「人の目には見えないけれど、電子顕微鏡なら誰にでも視る事が出来るモノ」

千早は、じっと飾られている死蝋体見つめたまま、答えた。

「―それって、え、感染症って言わなかった?」

ハッとして、ラグドフは千早に問う。嫌な汗が流れるのを感じた。


 その時、祭壇の上から声がした。

「大変だ。スーダン教授とジェムが倒れた。二人とも酷い熱だ。メインベースに戻るから、二人を運び出すのと、ここの片づけを手伝ってくれ」

その声は、震えている様に聞こえた。

千早とラグドフは顔を見合わせると、地上へと急いだ。既に、二人は運び出されていて、アシスタント達が撤収の準備をしていたので手伝い、急ぎ戻る。


 発掘調査の全面中止が決まったのは、スーダンとジェムを集落にあるメインベース、医療チームのユニットに運び込んだ数時間後だった。

医療チームのリーダー・ハントは、倒れて寝込んでいるのは、チームのメンバーだけでなく、手伝いをしてくれている集落の若者数人も、同じ症状で倒れて寝込んでいる事を全員に伝えた。医療チームの本部と発掘調査の本部、両方から正式に中止命令が出たと。中には、反対するメンバーもいた。何せ新発見だから。それを、なだめる様にハントは

「―感染症の疑いが濃厚、ほぼ確実だと言っていい。何の感染症なのかは詳しい検査をしてみないと判らないが、現地の風土病と仮定しておいても、ナニが感染源なのかが判らない以上、下手に動き回るのは感染症対策としてはタブーだ。だから、発掘調査だけでなく地質学調査も中止になった。感染症が何であるか? 感染源は何なのかが判るまで、それぞれ個人のユニットで待機。出来るだけ、行動は控えて欲しい」

不満の声の中、不安の声が出始めていた。

そして、集落に伝わっている“曰く”につきて、俄かに信じたくなってしまう者もいた。チーム全体は、辺りを包む熱帯の湿気を帯びた重たい空気が、圧し掛かる様に重く静まり返ってしまった。



   エピソード3


 高熱で寝込んでいるのはチームのメンバーだけでなく、調査の手伝いをしていた集落の若者達のうち数人。ただ、集落の若者の方が症状は軽かった。普段、薬を使わない人には効果が現れやすいのか、単なる風土病で抗体があるからなのかは、判らない。寝込んでいる者の共通点は、一度でも石のシェルターへ入った者。過労か感染症か議論されている間に、症状は感染症である事を示し始めていた。皮膚の発疹に皮下出血。目の充血。寝込んでいるメンバーの半数は、その症状が出ていた。医療チームのリーダー・ハントは、顔をしかめた。

―この症状は。思い当たる感染症の中、最悪の感染症が浮かんだ。

そこへ、医師であり検査などを担当しているマーブラが

「石のシェルターの死蝋体全てから、天然痘の痕跡と抗体が確認出来ました。天然痘のウイルスこそ発見されませんでしたが、不活性化で休眠状態のウイルスが、条件が整えば活性化する様に、何かの感染症が関わっているようです。天然痘では無いようですが。もしもの場合は」

「皆、ワクチンを接種済だ。それに根絶されている。仮に天然痘だとしても、症状は押さえられている。抗体検査で天然痘の抗体が見つかっても、それはワクチン接種をしているからだ。より最悪なのは、出血熱系のウイルスだ」

ハントは言って、南米周辺の出血熱のデータベースを見つめる。

「出血熱だとしたら、送った検体からウイルスが検出されます。南米の出血熱の何れかに該当すれば、治療法が判りますね」

「だと良いのだが。出血熱だという事を気付かれない様にするんだ。まだ断定は出来ないし、本部からの応援も来ていない。もしそうだとしても、伏せておく。隔離を徹底して対応するしかない。いらないパニックを招くと状況は悪化する。報告はしておいた。後は、CDCに任せて、私達は感染を広げ無いようにするんだ」

言って、ハントは大きな溜息を吐いた。

―悪い予感ほど、よく当たる。そういうモノなのだろうか? と。

予感は徐々にカタチになり始めていた。高熱で寝込んでいる者数人に、激しい目の充血と歯茎からの出血、少量の鼻血が確認された。


 その頃CDC

「くっ、悪い予感ほど当たるって初めに言った奴は誰だ。全て陽性だ。出血熱系のウイルスの陽性反応だ。ウイルス自体は掴めていないが、出血熱ウイルスには違いない。行くぞ。予め装備を整えていて正解だった」

エドガーは、検査結果のデータを見て立ち上がる。

「―出血熱ウイルスに違いないが、何かが違うソレを見極めねば」

緊急用の大型輸送ヘリに、必要だと思われる物全てを積み込んでいた。移動式隔離BSL4対応のラボに、同じくBL4対応の隔離病室用のテント。医薬品に、出血熱ということもあり、輸血パック。移動式BL4対応の研究室ともいえる設備だった。元々は、アフリカのエボラ出血熱流行時に研究兼治療の為の物だった物を無理やり譲って貰った。

「エボラが落ち着いていて良かった」

CDC研究員のワナールが言った。

「だが、調査発掘チームが対している状況を考えると、エボラより複雑かもしれん。 “判って”いるのは出血熱ウイルスが存在しているという事だけだ」

エドガーは、窓の外、地上に広がる緑の大地を見つめて言った。


 エドガー率いるCDCからの、応援チームが現地に付いたのは、メンバーに出血熱の症状がハッキリと出て二日後だった。到着するなり、隔離テントや隔離ラボを設置する。集落の中は、一気に慌しく殺気立っていた。メンバーは症状によりテントを別けられ、明らかな出血熱の症状が出ている者は、隔離用手テントに隔離された。調査発掘チーム内に動揺が広がる。それについて、CDCの責任者エドガーは、細かく説明し理解させる。メンバー全員の検査が行われ、元気な者と寝込んでいる者を別け、寝込む程ではないが体調のすぐれない者とに別けて体調を管理する事とかを説明した。さすがに、出血熱の事は隠し切れないので、その事と注意点を説明した。

世紀の新発見と言われた、古代文明の調査発掘は完全にストップになった。

それでも、調査を続けたいと言うメンバーもいたが、さすがに出血熱となると、尻込みになり自分が感染していない事を祈っていた。

寝込んでいた集落の若者達は、既に回復していて、心配なのか遠巻きに隔離テントを見ていた。集落の住人に出血熱の疑いがある者は誰一人としていなかった。

―風土病。そう思えば少しは気が晴れる。風土病なら、現地の者は抗体を免疫があるから、酷くはならない。

感染源は、石のシェルターとして間違いない―

医療チームのハントは、上司であるエドガーと話していた。

調査発掘チームの最高責任者は、考古学教授スーダンから、CDCの研究員エドガーに権限が移っていた。


 千早とラグドフは、如何しても気になる事があると、エドガーに石のシェルターへ行く許可を貰おうと交渉していた。石のシェルターが、感染源なのは間違えでは無い。危険な場所へ行かすワケにはいかないらしい。

「防護服は着ます。石のシェルターが感染源だというのも解ります。でも、チーム内で流行している感染症の答えが、石のシェルターにあるかもしれないんです。古代人の信仰と儀式が関係していると、私は思っています。行って、もう一度調べたいんです」

千早が言う。エドガーは、千早の話を黙って聞いていた。

「日没までに戻れるのなら。ただし、二人だけでだ。必ず防護服を着て戻ったら除染をする事」


 ようやく許可が下り、翌朝早くに二人して石のシェルターに向かった。

調査が中止となり大型のライトは使えない。バッテリー温存とラボ用に使う電力だからという理由。石のシェルター内部にある、豆球ライトと懐中電灯を頼りに進み、神殿の祭壇地下へ向かう。

「さすがに、これだけのライトじゃあダメだな。なんていうか独特の怖さがあるな」

ラグドフは、ライトで死蝋体を照らし言う。

「しかたないよ。医療が優先」

「かんかん照りなのに? 充分発電出来るだろ」

「でも、本当なら雨の時季らしい。天候が変わって雨ばかりになった時の為に温存しておきたいんじゃないの」

「え? てっきり、乾季だと」

「熱帯雨林気候。そもそも、今年は殆ど雨が降っていないんだって。長老の婆さんが言ってた」

と、千早。

「ああ。でも、如何して、急に祀られている死蝋体が気になったんだ?」

ラグドフが問う。

「この場所は、この文明において唯一の信仰の場所」

死蝋体一体一体にライトを当てて千早は答えた。

「信仰って、何を?」

「ここの死蝋体は、生前“生神”だった者。始めは、一族・国を纏めている存在だと思っていた。あるいは神官かシャーマン的な存在だと。でも、壁画を良く見てみると、そうで無い事が解った」

「カニバリズムの?」

「あれは、キリスト教で例えるなら、ワインとパン」

「それって、血と肉?」

「そう。そのまま。エジプトのミイラが秘薬として使われていた事は有名な事。それと似ている。エジプトのミイラは、造る過程で薬となる様々なモノを使っている。だから、薬効があると信じられていた。でも、ここではミイラは作れない。古代人は、この土地の地下が特殊な環境だという事を知っていた。ここでは、死体が腐らない事を知り、生神だった者が死んだ後、地下神殿を造り祀る事にした。そして、代々の生神になる者は先の生神の死蝋化した肉を口にしていた。そうして、生神を継いでいた」

千早は、一番奥に祀られている、一際飾られている死蝋体を見つめて言った。

「もしかして、何か視えている?」

「視えていない。何時も向こうからの一方通行。コンタクトは取れない。吹き抜けていく風の様で断片的。その言葉が何を示しているのかは、まだ解らない。そして、ソレは“科学”じゃあ無い。異端扱いレベル処では無い。でも“ソレ”を科学的に証明するには如何したら良いのかが問題」

ふぅ。と、千早は溜息を吐く。防護服の内側が曇る。ソレを言っても科学的には認めて貰えない事は理解している。

防護服を着てても、なんとなく肌寒いのは何故なのか? 地質学者のエグニムなら、その謎も解けるのかもしれない。

「オカルトとサイエンス。お互いが認め合えば、気付かなかった事に気付くかもしれないのにねぇ」

ラグドフも、飾られた死蝋体を見つめる。

「血肉を与える意味が判れば、チーム内に流行している感染症の解決に繋がるかもしれない」

千早は、じっと飾られた死蝋体を見つめていた。

そこに「早く戻って来い」と無線が入った。


―CDC、調査発掘チームをサポートしている医療チームの本部。急遽、南米地方の感染症に詳しい研究員を加えて、検体から検出されたモノについて議論されていた。

「なんだって、一度も見た事が無いモノだと?」

電子顕微鏡からスクリーンに映し出された検体に、全員が釘付けになる。

「一見、ウイルスにもバクテリアにも見えますが、そのどちらでもなく、また、どちらでもあるモノと言ったらいいのしょうか」

操作しながら様々な角度から、ソレを映す。

「寄生? いや。三本螺旋だと……。コンタミは考えられないのか?」

「はい。汚染されていません。どちらでもなく、どちらでもあるんです。それでいて、三本螺旋。説として挙げるとしたら、バクテリアにウイルスが感染しているとでも言えばいいのかもしれません」

「ウイルスがバクテリアに感染? ゲノム編集でさえ難しい事なのに。ソレが、コレなのか?」

「はい。そう考えるのが妥当だと。ウイルスには核がありません。でも、バクテリアには核がある。三本螺旋なのは、ウイルスとバクテリアの在り得ないハイブリッドだという事です」

「それが、自然界で起こっていて、それによる感染症が調査発掘チーム内に流行しているというのか?」

「おそらく。ウイルスは、出血熱と天然痘のパターンと数種類の出血熱、黄熱と天然痘などの混合、自然界で何等かの事が起きて、ゲノム編集された様なモノが存在している。生物兵器でもここまでのモノを造る技術は、まだ無理でしょう。数種類のウイルスハイブリッドが、バクテリアを宿主として感染、バクテリアはウイルスを梱包し運ぶ様な存在になっている事。何故、この様なコトが起っているのかを突き止める必要がありますし、現地での治療をどう進め津かを考えないと」

研究員は言って、数タイプの病原体を映し出したスクリーンを見つめた。

「―WHOに、報告は?」

研究員は、暫く考え込み

「もう少し様子を見よう。ダメなら現地のエドガーが直接連絡するだろう」

重たく複雑な空気に包まれた、研究室。スクリーンに映し出された病原体の映像だけが存在感を露わにしていた。


 集落にあるメインベースに戻った、千早とラグドフに、感染症の共通点が説明される。まず、未知の感染症である事が高いということ。そして、寝込んで発症している者の共通点は、一度でも石のシェルターに立ち入った者。その二点だ。そして、行動が規制される事。集落と遺跡以外には行けない事。集落から外へ出る道は、間もなく封鎖され出入りさえ出来なくなる事を。

「出血熱って、言ってましたよね? それに、放射線量が高いとも。放射線障害でも出血すると聞いたのですが?」

千早は、地質学者のエグニムに問う。

「病気は専門じゃあないよ。でも、放射線障害が出るレベルしゃあないし、被曝レベルでも無いよ。線量が高いのは南米地方特有だし、この辺りが他より高めなのは、隕石隕鉄があるからだろう。詳しく調べたいが、調査中止。それに、高度な地質調査をするには装備が足りない。医療チームが言うように、感染症だ。それも、未知の。怖いね。放射線は目には見えないけれど計器で判る。病原体はそれこそ、目には見えないし計器でも測れないから」

ははは、と、乾いた笑いを残してエグニムは部屋の外へと出る。

「出血熱系の未知の感染症で、共通点は石のシェルターか。なんだか“曰く”と、似ていない?」

ラグドフが言う。

「どうだろう。石のシェルターが“曰く”のモトだとする。あの近くに行った集落の者は疫病で死んだ。言い伝え。だとしたら、石のシェルターに封じられていたモノ?」

「集落の長老達は、石のシェルターを恐れていた。そして、石のシェルター内には病死した死蝋体。もしかして、石のシェルターは、古代における“隔離施設”だった可能性が出てくる。あの石頭教授も、そんなことを言っていたけど」

と、ラグドフ。


 途中からチームに加わった、考古学界の主とも呼ばれるレイドン。

「一通り資料を見て、石のシェルターにも行って来たが、驚いたよ。至る所に死蝋体。しかも保存状態が良すぎる。死蝋体は病死だとあるが、まるでポンペイの様だ。この文明は、疫病で滅んだのか? 資料には、変わった信仰をしていたとあるが」

千早とラグドフを呼び、質問攻めにする。

「今、判っているのは、この文明が“生神”と呼ばれる存在を中心に生活していた事。その者が統治していたのかは別ですが、信仰対象であった事は確実でしょう。神殿の地下に祀られているのが証拠です。それと、生神は血肉を人々に与えていました。それは、神殿の壁画からの推測です。何の為かは、まだ。それと、一つ気になる事は、石のシェルターの外で発見された遺跡と大量の古代人の骨です。時代はほぼ同年代。石のシェルターの高度な設備を考えると、何かしらのつながりがある様に思います」

「うむ。疫病で滅んだ文明は、南米にあるからな。しかし、仮説として、石のシェルターを疫病に罹った者の隔離施設だとしたら、そとで見つかった一か所に集めてあった古代人の骨は? 仮説としては悪くは無いが、何かを見落している感じがする。石のシェルターが、チーム内に流行っている感染症の感染源説も気になるが」

溜息を吐き、千早がまとめた資料をパラパラと読み、千早に返し

「足りない。何かを見つければ、繋がる。感染症と石のシェルター、病死した死蝋体の関係が」

と言った。


 出血熱が未知の感染症だと云う話は、チーム内で噂になる。不穏な空気がチーム全体を包み、回復する者より悪化する者の方が多くなっていた。ここまでくると、始めは誰も信じていなかった集落に伝わる“曰く”を、俄かに信じる者も出始めていた。新発見に、活気づいていたチームも今は、その活気は消え何処か何かに怯える様な感じになっていた。

CDCからの増援が来ると、一層物々しくなる。隔離テントは大きくなり、更に症状ごとにテント内を別けていた。BL4の隔離テントには医療チーム以外近づく事は禁じられた。BSL4隔離テントとラボは、メインベースの半分を占める様になっていた。「空気感染はしない」それだけが、今、救いだった。


 千早は集落の高台に立っていた。この土地に来てもうすぐ三か月。今夜もまた新月だった。切り開いた密林の中を抜ける道に小さなライトが点々と灯っているのが見えた。石のシェルターは闇に沈み、その影だけが闇に浮かんでいた。

「呪いの死病はまこと」

千早のところに、あの老婆が来て言う。会話にはならないが何となく言っている意味が解るのが不思議だった。

「お主、視えておるのじゃろ? ならば言うべき事は言うがよい」

まるで、何もかも見透かされている感じがした。

「雨の少ない時期が続く。その様な時は。禍が起る」

それだけを言い、老婆は立ち去る。

 物事には予め決められているコトの様に、起こるべくして起きる事と同じ。もしそうなら、今回の事はソレにあたるのか? 創から決められていた事だとしたら? 千早は、月の無い空を見上げた。星が一段と輝いて見える。

遺跡の発見は、密林伐採と開発が原点。石のシェルターを発見し内部を調査し、病死した死蝋体が多く横たわっていた事。そして生神という存在。神殿地下に祀られていた生神と思われる死蝋体。特有の信仰。生神の血肉の意味。そして、チーム内に広がっている感染症。それらは全部決められていた事なのか。だとしたら、その先にあるモノは?

時折聴こえる囁きもまた、関係している。だけど、それを科学的に証明しないと解決にはならない。

千早は溜息混じりに湖の方を見た。暗闇の中に、湖だけが浮かんで見えた。星明りで見えるといった感じ。いや。ライト? 違う。ライトは使われていない。人工的な光とは違う光。よく見ると、湖自体が光を帯びている。光を放っている感じだった。幻想的だが、何処となく怖いモノがあった。千早は、不思議に思いながらも自分の部屋へと戻って行った。


 死者こそ出ていないものの、明らかな出血熱の症状を現している者が出はじめていた。数種類の感染症に罹っている様なものだと、CDCから来たエドガーが言っていた。高熱だけで回復する者、天然痘に似た症状を示す者、黄熱などの熱帯特有の症例まで感染症の見本市みたいだと、ハントは言う。これが、理論上在り得ない事だということも。どうして、ゲノム編集した様な病原体が出現しているのかさえ、CDCの研究員にも解らなかった。

共通点は一つだけ。石のシェルター。しかし、死蝋体から抗体が検出されたのは、昔からある感染症のみ。後は不明瞭だった。石のシェルター内にある、土コケ、カビなどを分析したが見つからない。空気を検査しても見つからない。死蝋体からも特に見つかる事は無かった。


 翌日、千早は昨夜の事を、病み上がりの地質学者エグニムに話した。

エグニムは、軽い黄熱だった。

「湖が光っていた?」

寝込んでいたのが嘘の様に、驚いて立ち上がる。

「発光セラミックみたいな光。放射性物質って、光るっていうじゃないですか? 何か関係があるのではと思って」

「あるにはあるが。クレーター湖なら、底の地中に隕石の欠片があって、それが発光する放射性物質なら、答えになるが。光を放つなら、レベルが上がるがそうでもない。水がシールドになっているのか? やはり詳しい調査が必要だな。レアアースの鉱床があるのは間違いなさそうだ」

と、ハイテンション。

「また、気になる事があったら教えてくれ」

そんな、エグニムを見て、千早は苦笑いを浮かべた。余計な事を言ったかもしれない。でも、ヒントにはなるかもしれないと。


 そう言えば、雨が少ないのと関係があるのか。もしそうだとしたら、古代でも同じ様な事が起きていたのかもしれない。―光を放つ湖と少し高めの放射線量。そして、疫病。それらは、繋がっているのかどうか。


 集落から石のシェルターを囲む様に検問所が造られゲートで囲われた。感染拡大を防ぐ為。おそらく軍隊と思われる防護服を装備している。完全にこの土地は封じ込められたのだ。研究員達が恐れているのは、感染拡大だけでなく空気感染に変化する事の他、生物兵器に転用可能だと判ると標的にされるという事。しかし、未だ不明だった。今の所、石のシェルターに入った者と、誤って自分に注射針を刺した医師が感染した、血液感染のみ。バクテリアに寄生していると言った方がいいのか、バクテリアとウイルスのハイブリッドとと例えればいいのか。未知の感染症は謎のままだ。

重症の者と軽症の者の違いは? 重症の者は、死蝋体を検死した者達を中心としている。それと、長時間、石のシェルターに入っていた者。結論を急げば、死蝋体からの感染。だけど、死蝋体からは不明瞭な抗体しか採れない。でも、それが一番近いのかもしれない。なにせ、バクテリアとウイルスの混合して誕生した病原体だから。不明瞭でもおかしくはない。エドガーは、じっと抗体分離した検体を見比べる。

今の段階で判っている事を整理すると、バクテリアとウイルスの交雑種・自然界におけるゲノム編集的な事が起った。それと、被曝レベルでは無いが放射線量が高い。湖周辺が特に。隕石落下のクレーター湖。

―放射線量? ひょっとして、関係があるのでは。放射線は遺伝子を傷つける。それを補おうと、ウイルスはバクテリアに寄生しバクテリアが分裂を繰り返すにつれて、遺伝子がお互いに混ざりあった。だとしたら、説明がつくのでは。

エドガーは、三本螺旋の病原体達を見つめた。

ウイルスは遺伝子を守る為にバクテリアを利用した。遺伝子が傷付いた状態のバクテリアとウイルスが出あい、三本螺旋の病原体となった。症状に差があるのは、バクテリアとウイルスのタイプ。

エドガーの出した結論は、CDCに送られより詳しい分析が行われる事になり、WHOからの要請を受けた国連部隊が現地を封鎖している。

その事は、国際的なニュースとなり、「オカルト雑誌は古代文明の呪い」

など書きたてていた。


 千早は、寝込んでいる、スーダン教授とレイドン博士のもとを訪れていた。二人とも出血熱の症状が出ていたので、BSL4隔離テントに隔離されていたごり押しで二人に会わせてもらう事が出来た。無論、防護服着用で。

二人は同じ症状だったので同じテント内テントで横になっていた。幾つもの点滴がぶら下がっている。皮膚や目口の周りに出血の跡が見られるものの、大分回復しているのか、意識はハッキリしていた。

「反対だと?」

スーダンは、大きく声をあげて立ち上がろうとしたが、そのまま倒れ込む。

「始めは外で見つかった遺跡で、皆生活していて、石のシェルターに病人を隔離しているのが説として挙がっていました。多分、そうだったのでしょう。この土地では定期的に疫病が流行、その度に石のシェルターに隔離。疫病が流行しない時は、信仰の場所として使っていた。それが、ある時に逆になってしまった」

と、千早。

「どういうことだい?」

レイドンが問う。

「外で見つかった、大量の古代人の骨です。おそらく隔離する間も無く、疫病は文明を襲った。隔離に使われていなかった石のシェルターに感染していない者達は逃げ込んで疫病が収まるのを待った。しかし、疫病は石のシェルター内でアウトブレイクした。その結果が、多くの死蝋体です。生神信仰にすがる為に逃げ込んだだけど、生神は助けてくれなかった。そのまま、全滅してしまった。そして、永い歳月の果てに私達が扉を開いた。何処かに隠れ眠っていた病原体が、発掘調査をきっかけに目覚めてしまった。理由は専門外なので言えませんが」

千早は、自分の仮説を二人に話す。これは、エドガーとハントにも話した事だ。

「根拠は?」

「CDC、アメリカ本部の研究室に送った検体から、ここで流行している病原体と同じDNAの病原体を見つけたそうです。始めは、検体が汚染されているから、おかしな検査結果になると思っていたそうですが、新種だったので見つけにくかったそうです」

千早は答えた。答えは死蝋体が持っていたと。

「在り得る様で、そうで無い。他に何か?」

と、レイドン。

「少し科学から離れても良いなら」

「オカルト、か」

スーダンがムッとした様に言う。

「まあ、科学的にも証明は出来ますよ。神殿の地下に祀られている死蝋体が答えを持っていると、考えています」

「如何して、そこに拘る」

「神殿の壁画。それをこれから“科学的”にかつ“医学的”に調べに行きます」

答えて、千早はテントを出る。出た所で消毒液を全身にかけられた。

防護服のまま、CDCの研究員とWHOの関係者を集めた。

「石のシェルター内の神殿、その地下にある祀られた死蝋体と、一番奥に祀られている飾り付けられている死蝋体を特に念入りに調べて下さい。彼女が答えを持っている筈です」

「それを行う理由は?」

研究員が問う。

「死蝋体から病原体が発見されました。同じ様にすれば、祀られている死蝋体からも何等かの痕跡が見つかる筈です。死蝋って永久死体というくらいだから、抗体とかも残っているかと思いまして」

「死蝋体に拘る理由を」

「神殿の壁画です。始めはカニバリズムかと思いましたが違いました。ワインとパンの様なモノです。でもそれとは少し違っていて。エジプトのミイラが秘薬として扱われていたのと似ています。ここの死蝋体自体が、疫病の薬として扱われていた」

「オカルトか? 理解出来ん」

苛立ちをみせる者もいた。千早は構わず

「古い信仰の中。伝説に近い信仰ですが、聞いてください。幼い頃より毒物や病原体に汚染された物、あるいは疫病を患う者の血肉を口にしたり、自分の身体に付けた傷口から疫病の者の血を取り込んだりする風習がありました。そうする事で、抗体を造り疫病が流行った時に、自分の血などを病人に与えていた。幼い頃だと、感染症の中でも軽くて済み免疫を得る事が出来るモノがあるのと同じです。その方法に科学的根拠は解りませんが、この文明ではそれが行われていた。それが壁画です。どうやって知ったのかは知りませんが、偶然一度罹った病気には、罹らないという事をしり、その者の血を飲んだら治った古代人がいたとすれば、それを取り入れると思います。その延長で、一番奥に祀られている死蝋体から抗体を取り出せれば、打開策はあるのではと」

千早の説明を、怪訝そうに聞いていたが

「―在り得なくも無いかもしれない。保存状態はかなり良い。抗体を取り出せれるかはまだ判らないが、千早君の説を元にすれば、最終的には死蝋体自体が薬になるって事だ」

責任者のエドガーが言ったので、一同は驚く。

彼もまた、少し変わった研究者だった。


それから、死蝋体から組織を取り出す為に石のシェルターに向かう。

全護服を装備している。回収していない死蝋体はまだ多く横たわってる。念の為、その死蝋体からも検体を採る。そして、神殿地下の死蝋体と

あの飾られた死蝋体からも。

それらの検体を、CDC本部の研究室に緊急空輸する。手の空いている研究員総動員で、解析が行われた。寝る間さえ惜しんでの作業。判明したのは、あちらこちらで倒れている死蝋体と、調査発掘チームを襲っている感染症の型が良く似ている事。そして、祀られている死蝋体からは複数の感染症の抗体が。その中でも、最も多く鮮明に抗体が採れたのは、あの飾られていた死蝋体だった。その死蝋体は、あの土地辺りの感染症全ての抗体を持っている事が判明した。

「まさか、その様な信仰で、感染症対策をしていたなんて」

研究員達は驚きを隠し切れなかった。

 なんとか、飾られた死蝋体から抗体を取り出し薬にする事に成功する。だけど全員分は作れない。だから、飾られた死蝋体の組織を溶かし込んだ点滴で対応した。誰も、効果は予測出来なかった。

だけど、投与された者は回復の兆しを見せ、飾られた死蝋体の組織を投与された者も回復した。

これには、世界最先端の研究員達も驚きだった。

「それにしても、古代信仰に治療の答えがあるとは。で、千早君とラグドフ君からも同じ抗体が出たけど、寝込んでた?」

エドガーが問う。

「二、三日程。高熱で寝込みました。その時、集落のお婆さんから、薬草を貰い、それを飲んだら良くなりました。まあ、体力的には病み上がりだったですが」

「薬草か。集落の若者の回復が早かったのも、薬草と風土病に対しての抗体だろうな。そして、遺伝的にも」

と、エドガー。

「ある意味、勉強になった。新種の感染症の中には、古代に流行していたモノも在る事。それは、発掘調査や森林伐採で人類が立ち入らなかった場所に入る様になり増えた。今後も増えるのだろうな。忙しくなりそうだ」

言葉とは裏腹に嬉しそうな言い方だった。



 感染症は収束を見せる。感染源は未だ不明だけど、発掘調査と合同で感染源を調べる事となった。


「あの一体だけ他殺の死蝋体からは、何の抗体も見つからなかった。抗体が造れない体質だったのか、それとも儀式を簡略化したのかは不明だ。すがる筈の生神から、薬となる血を貰えなかった、効果が無かった事で、彼女は殺されたのだろう。それは、中世のペストや、エボラウイルスのパニックにも言える事かもしれない。怖いのは感染症自体では無く、正しい情報を持たない人間によるパニックだという事を」

意味深げに言うと、エドガーはラボの方へと戻って行った。



  エピローグ


 高台から、石のシェルターと湖を千早は見つめる。

「ありがとう」

石のシェルターに向かい、千早は呟いた。

―私達が務めを果たせて良かった。ここで私達が生きていた事。そして、あの哀れな子も救われた。私達が生神として行ってきた事は、時を越えて伝えられた。意味のある事で、良かった―

風が木々を揺らす。その中に囁きを聞いた気がした。


 千早は明日、この土地を去る。チームは引き続き調査発掘を続ける。この文明が解明された時、色々な発見がされるだろう。地質学者エグニムが言っていた様に、隕石がもたらしたモノなのかもしれないと。そして、眠るレアアースを求め、彼は地質の調査に力を入れるという。


 文明は発展しては滅びる。失われた文明に時として答えとなるモノが存在していたりもする。

今の文明が滅んだ世界に、新しい文明は築かれるのだろうか?

それは、どの様な文明となるのだろう。



                     終


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