TS転生した魔王が自分を倒した勇者を妹キャラで落としてマウントを取ろうとする話 ※ただし、成功するとは言っていない
今回は魔王の性格改変と拾った奥義書のifとなっております。
前作
TS転生した魔王が自分を倒した勇者をバブみでオギャらせて一緒に世界征服しようと唆そうとする話
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小物系魔王こと小生意気ポンコツ系妹キャラになったマオちゃんイメージ
「ふふーん、お兄ちゃんはマオが居ないと駄目なんだから!」
「人を脅かす魔王よ、最後に言い残す言葉はあるか?」
勇者の光を纏う剣を受けて、我の3m程ある体は、傷口から徐々に光の粒子となりて消えていく。
まだ成人してもいないであろう童、しかも一人でこの歴代最強と言われた魔王である我を倒すとは……!
「ぽっと出の勇者よ……! た、確かに腕には覚えが有るようだな。しかし覚えておくが良い。我はたまたま今日は腹の調子が悪かったのだ……! もう一度戦ったら絶対に我が勝つはずだ! ついでに人はお前が思う以上に醜いものだ。魔王たる私を倒したお前も、我と同じだけ力を持つ者として危険視され、裏切りの果てにやがて人間に絶望するだろう! 次の魔王はお前やも知れぬぞ……!」
「つ、ついでの方が言いたい事では無いのか……それでも俺は人の可能性を信じたい。去らばだ魔王。……お前は強かった」
「ぐぬぬ、覚えておけ勇者よ、我は貴様のもとへ再び現れる……! そして次こそは必ず我が勝つ!」
我は勇者に聖剣で再度切られて体の全てが粒子と化していく。
く、悔しい……! 人々の負の感情から生まれて二年、我はそれはそれは順風満帆な日々であった。
急に現れたぽっと出の人間に負けるとは~!
我が野望、世界の頂点に立つと言う生まれながらにして帯びた使命は人間の頂点に立つ男、勇者に敗れてしまい叶わず仕舞い。
確かに、奴は強かった。
我が魔王に君臨するために倒した前魔王より強く、生まれて初めて全力を出せて楽しかった事には楽しかったが……でも悔しいのだ! 恨み辛みは無いがこう……! 一矢報いてやりたい! 勇者の奴が何処かで躓いたりしないか……!?
勇者を越えたい! 何でもジャンルはいいからとにかく越えてやりたい!
「く~勇者に勝ちたい! それはもうメッタメタのギッタギタにしてやりたい……! だから願わくばもう一度――――」
『その願い、叶えましょう。その代わり……』
戦いたい、と我が思った瞬間に何処からか声聞こえた気がした。
「マオちゃんは今日もお人形さんみたいで可愛いねぇ。国一番、いや、世界一番だよ!」
「ふはは、ちちうえよ、それはわれがまおうだからだ。まおうはいちばんのしょうごう。だからいちばんなのはあたりまえなのだ。……たとえそれがかわいさでもな」
「うーん。たまに不思議なことを言うけど、この絶対の自信がプリティだねぇ。流石僕のかわいい娘だ」
「マオ、我じゃなくて自分の事は私って言うのよ。わ・た・し」
様々な色が混じりあう虹色の瞳を持ち、プラチナブロンドの長髪を靡かせて、白雪を連想させる真っ白な肌を持つ幼女がふんぞり返っている。
そう、我だ。
我は勇者に倒された次の日、何故か人間の赤子に転生していた。
勇者に倒されたあの日に光の粒子となり消えていく我には不思議な声が聞こえた。
その瞬間、我は赤子として人間の母上から生まれたのだ。
そして生まれてから六年経ったのが現在の状況である。
「マオちゃんはお転婆だからねぇ」
「もう、あなたったら! 小さい頃はぐずったりしないで手が掛からない良い子だったのに、ハイハイ出来るようになった瞬間にあっちこっち動き回るから私はいつもひやひやしてるのよ!今じゃこの子を知らない旅人や行商人からは神出鬼没の妖精扱いよ!」
「ははうえ。にんげんのつくったものや、かんきょうのちょうさだ。われはにんげんのつくったものにきょうみしんしんなのだ」
「マオちゃんはお母さんに似て賢いねぇ。良い子良い子~」
「ふ、まおうだからな。もっとなでるがよい。ちちうえ、ははうえ」
「もう……マオったら……ほら、頭をこっちに向けて」
「うむ!」
しかし人間が住む場所は心地よい。
青い空、白い雲、太陽はさんさんと輝き、吹く風は肌を撫でて気持ちが良い。
暗い空、黒い雲、太陽は雲に阻まれ、吹く瘴気で肌を焼かれる我の魔王城周辺とは大違いである。
そして我は人間の両親から愛情を受けてすくすくと育っていた。
我は人間の負の感情から生まれたタイプの魔王なので、親など居る筈もなく、愛情という物を知らなかった。
いつも周囲が虚栄と背信が逆巻き、殺伐としていた前世と違い、穏やかで心地の良い人間生活に我はどっぷりと嵌まっていた。
「ではきょうもちょうさにでるぞ。ちちうえ、ははうえよ」
「わかったよマオちゃん。でもあんまり遅くならないでね」
「知らない人に着いていっちゃ駄目よ」
「ふはは、われはそのていどのやからにはまけん! ではいってくる」
「「行ってらっしゃい」」
なぜ我が村の調査に出向くか? それは知れたこと……! 無論勇者に勝つ為だ!
この体になってからは、前世と比べるとそれはもう格段に、いや、天と地の差ほど力が落ちていた。
魔王時代に出来た事が全く出来なくなっていて、我は絶望しかけたが、それで勇者に勝つことを諦める我では無い。
いずれ戦うであろう勇者を倒すヒントを得るために、村や森を練り歩いているのである。
…………決して散歩が楽しいからでは無いぞ……?
「む、なんだこれは?」
我が歩いていると村の道場に一冊の本が落ちているのを発見した。
我は何故かそれに惹かれるように手を取り、表紙を見ると沢山の文字とでかでかと女が写った本だった。
タイトルは【小悪魔アジュレ 2月号】?
「なんとめにつく、はでなほんだな?」
我はそんな奇っ怪な本を開き、適当なページを捲ってみると気になる文章が目に入る。
【特集! 萌え萌え!? 気になる男の子の妹になって自分の物にしよう!】
ふむ、言葉の意味は分から無いが、つまりはこの本に書いてある事を実践すればどんな男でも我が意を得る事が出来るのか――――って事は!
「ひとをあやつる――――つまりこれは、おうぎしょのたぐいではないか!? ……ふはは! われはいいことをおもいついたぞ!」
何て良い拾い物だろうか。
まさかこんなのどかな田舎の道端に奥義書が落ちているとは。
この奥義書を研究し尽くし、狙うはただ一人。
ふはは! 我を倒した勇者を自分のモノにしてしまえば我こそが世界の頂点に立つものに違いない! 力が無くともこの世には「さくりゃく」と言う物があるのだ!
「まっていろよ、ゆうしゃ! ふーはっはっは!」
更に六年後
我は今、山の奥にある一軒の少し手入れの行き届いていない家の前に立っている。
我は意を決して玄関のドアを叩く。
我は奥義書がぼろぼろになるまで熟読、研究を重ね、イメージトレーニングを毎日欠かさずに行ってきた。
もう勇者だろうが魔王だろうが我に恐れるものは何も無い。
コンコンと玄関の扉を二回ノックして我はこの家の主が出て来るのを待つ。
少しだけ待つと、中から恐る恐るといった様子で扉が開かれる。
中から出てきたこの家の主――――勇者は我を見て驚いたようで、目を見開いたが、直ぐに普通の顔つきに戻る。
「………………こんな場所にどうした?もしかして迷子なのか」
勇者はあの体中に纏わせていた覇気のようなものは一切感じず、短く切っていた黒髪は、ボサボサに無造作に伸ばされており、あの鏡のようにギラギラと輝いていた瞳は今は暗く淀んでいる。
そして顎に無精髭を生やし、服は質素な物を着ている。
勇者が我と戦ってから12年の歳月が過ぎ、確かに年の重ねた様子は感じるが、どうしてこんな姿に。
ええい! そんな事はどうでも良い! 【小悪魔アジュレ 2月号】で培った我が妹力、見せてくれるわ!
「お兄ちゃーん! 会いたかったよぉ!」
「……何だと?」
我が勇者に抱きつくと、勇者は怪訝な表情で我の事を見る。
直ぐ様我を引き離し、じっと顔を見つめて考え事をしているようだ。
ふはは! 貴様は我の術中に既にはまっておるのだ!
「俺は妹どころか家族等居ない。人違いだ」
な、何!? 効いていないのか? さ、流石勇者と言った所だが、我にはまだまだ手があるのだ!
「ふぇっ、違くないもん、お兄ちゃんはマオのお兄ちゃんなんだから……ひぐっ」
勇者は扉を閉めようとしていたので、我は片足を扉の隙間に入れて扉を閉じさせないようにした。
そして我は勇者に言われた言葉でひどく傷付いたふりをして嘘泣きをする。
くっ、ファーストコンタクトは断じて失敗出来無い……! こうなったら早くも最終兵器を使う時だ!
「ううっ、お兄ちゃんは……わ、マオのお兄ちゃんだもん。えぐっ」
「……わ、分かったから取り敢えず入れ、マオ……マオ?」
「分かったぁ! お邪魔しまーす!」
「って、おい! 引っ張らないでくれ! なんなんだ全く……!」
不味い……! 勇者は一瞬我が名前に違和感を持ちおった……! 我が元魔王と気が着いてしまったら、我は再度叩ききられるやもしれん。
それだけは何とか避けたく、我は勇者が思考する前に手を引っ張って家の中へと入る。
取り敢えず椅子に座って待っていてくれと言われたので、大人しく待つ。
「粗茶だが……」
「うわーい! お兄ちゃんの淹れてくれたお茶が飲めるなんて今日は素敵な日だね!」
出された大して美味しくもないお茶をごくごく飲んでしまったが、勇者は実は我の正体に気がついて毒を入れてたりなんてしない……よな?
我はそんな想像を勝手にして、勇者にバレない程度に青ざめていた。
「……それで、どうしてここが分かった?」
「占い婆ちゃんの占いだよ。わ……マオの名付け親で色々な占いを当てるの!」
我が生まれる数日前から我の村に居着いた占い婆は、村の悩みを次々と解決し、村人から信頼を得た後に我が母上にこう言いはなったらしい。
「明日、運命の子が生まれる……運命の子は白金の髪を持ち、瞳に虹を宿す。その子が一人の人間の救いとなるだろう。名をマオとすると健康と幸運に恵まれるであろう」
この言葉を最初は信じなかった母上だったが、我の容姿が占い婆の言っていた特徴と一致したので、健康と幸運を祈り、マオと名付けられたのだ。
数ヵ月前、この占い婆に声を掛けられて「探し人、この地図の場所におられるでしょう」と言われたので、我は父上と母上に【頂点を取りに旅に出る】と書き置きして家を出たのだ。
「落ち着いたか? なぁ、どうみても兄妹じゃ無いのは分かるだろう? 髪や目の色がお前の綺麗な色と違って俺は黒……そう、穢れた黒なんだ……」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。それになんで? わ…れ…マオはお兄ちゃんの髪や目の色は黒曜石に似て綺麗だと思うよ」
勇者は目を見開いて我を見る。
ま、不味い、流石に「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」理論は暴論過ぎたか? 我も【小悪魔アジュレ 2月号】を見たとき少し疑問に思ったからな……
「この髪や目の色が綺麗だと……! お前、本気で言っているのか……!」
あれ? まさか「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」理論の方は効いているだと……? 凄い! 凄いぞ奥義書! こんな暴論でも通るとはな! ……うーん、それにしても何故勇者はご機嫌斜めなのだろうか?
「……? うん、我っ、う、ううん! マオはその色好きだよ。だってマオが好きなカラスの羽みたいな色だもん!」
因みにこれはお世辞抜きで我の率直な感想だ。
我の魔王時代の腹心にして最高幹部「破竹のクロー・クロウ(故)」の羽に似た綺麗な色をしている。
良いではないか黒、闇夜を駆ける漆黒の勇者……うーん、アリだな。
そんな我の言葉に対し、勇者は面を食らったような顔をする。
「なぁ、黒い瞳や髪を持つ事がどんな意味かを知らないのか?」
「意味?」
「黒は……不吉の象徴なんだ……髪と瞳、どちらかでも忌み嫌われるのに俺は……俺は!」
あ、あわわ、勇者が急に乱心し始めただと!
今の我では戦闘面では絶対に勝てん……! 暴力反対、へ、平和的に解決せねば……!
「何!? 何なの!?」
「……あの魔王が死に際に言った通りだったんだ。裏切りの果てに、絶望してしまったんだよ。人の可能性を信じた結果……な」
あぁ、だからこんなに変わり果ててしまったのだな、勇者よ。
今はあのときのような希望や生気を感じない理由は裏切り。
我が死に際に言った言葉が現実のものとなったのか。
わ、我はちょっと躓けば良いなぁ~位に感じていたのだが、まさか人間も魔王軍と一緒で虚栄と背信が逆巻き、殺伐しているとは……
そんな台詞を言った手前、勇者の話を聞かない訳にもいくまい。
話せば楽になることもきっとあるはずだ。
「話して」
「え?」
「お兄ちゃん、全てを話して。マオに包み隠さずに」
勇者は少し逡巡するが、やがて観念したように項垂れて目を瞑り、ポツリポツリと話始める。
「はは、まさか俺が知らない妹に俺の心情や過去を話すはめになるとはな……全てを……俺の話を聞いてくれるだろうか。そう、俺の始まりは―――――」
俺は捨てられた孤児だった。王都のスラム街でゴミを漁り、物乞いをして何とか毎日を命を繋ぎ、過ごしていた。
黒髪黒目と言うこの国では存在しなく、不吉の象徴となっている。
俺は忌み子としてスラム街の住人からも忌避されていた。
しかし、俺にも転機が訪れた。
勇者の証である勇者の印が手の甲に現れ、王城に招かれる事となったのだ。
そこで俺は王女と出会ったのだ。
王女は俺のぼろぼろで汚れた格好や黒髪黒目の事を気にせず手を取って言ったのだ。
「勇者様、我々をどうかお助け下さい。人々を脅かす悪い魔王を倒して下さい」
多分一目惚れだった。
だから俺は王女の助けになるために、魔王を倒すために死に物狂いで鍛えた。
魔王を倒し、彼女の笑顔を見るために、彼女欲しさに……
そうして俺は国、いや、世界一強い人間になった。
俺の強さを知るものからは漆黒の怪物と、俺の強さを知らないものからは王家に集る薄汚い黒鼠と呼ばれていた。
そして魔王城へと向かう、出発の日が来たのだが……
「勇者よ、そちには一人で魔王討伐に行って貰おう」
当然俺は反対した。人間一人には限界がある。
俺一人で万を越える精鋭を持つと言われる魔王軍など、到底壊滅出来るものでは無い。
「人を割く余裕が無いのだ。もし一人で魔王を討伐出来たら私の娘との婚約を許そう。娘もそれを望んでいる……逆にそれ以外は許さん」
俺は王に自分の淡い憧れを見抜かれ、言われるまま一人で旅に出る事にした。
黒髪黒目はこの国では忌避の対象なので、俺は頭部を完全に覆うフルフェイスのプレートアーマーを常に装備して旅に出た。
街や村に入って勇者の印を見せた時は歓迎されるのだが、俺の黒髪黒目を見ると、人々の態度は腫れ物を触るが如く扱い、俺はいつも一人であった。
孤独で、野営の時には夜魔物警戒のために全く眠れず、次の日に強行する事も数え切れない位あった。
ようやく、必死になって進めた旅も終わりに近づいて来た。
そう、魔王との最終決戦だ。
身長が非常に高く、俺よりも格段に大きな男で、王なのに果敢に戦いを挑んでくる。
魔王は戦いの最中常に表情をコロコロ変えていた。
俺が魔王の技を破る度に「マジか……」「こいつならどうだ!」「ええい! 我は負けたくない!」と戦いを楽しんでいるようにも感じた。
俺には理解が出来なかった。
戦う事の……魔人との殺し合いなど、角や肌色等の姿形が違えど、人間を殺している様で、気分が悪いものだ。
ここに来るまでに、時には命乞いをする魔人も無惨に切った。
そして魔人には親の仇、友の復讐と言い、襲い掛かる者も居た。
そんな魔人達も全て切った……人間のため、王女のためにと言い聞かせて……
しかし、魔王は最後、俺が完全に止めを刺す時まで諦めず、食い付いてきたのだ。
俺には魔王が怒りや憎しみを抱えて戦っていなかった。
理由は分からなかったがな……
俺は魔王の言葉が頭から離れず、王国へと帰還した。
しかし、俺を待っていたのは称賛でも労いでも、人々の笑顔でも無く、「なんだ勇者、生きていたのか」と呆気なく言う王の言葉だった。
俺は……俺は最初から誰にも期待などされていなかったのだ。
「魔王を倒した? うむ、期待以上だな。ならば次は別国の王でも討伐してもらおうかのう! ヌハハハハ! 婚約ぅ? その王を倒したら許してやろう」
そうか……俺は王にとって、ただの便利な暗殺者だったのか。
俺はそれからの王の言葉が耳に入らぬまま話が終わるまでひざまずいていた。
俺は救いを求めるように、王女が居ると言う庭に自然と足を運んでいた。
王女、彼女なら俺の容姿や強さに嫌悪したりしない。
手を握って、俺に声を掛けてくれる筈だ。
「えぇ……あの黒いゴキブリが帰ってきたと言うの? 凄まじい生命力ね! 魔王と相討ちになれば良かったのに。私は嫌よ、あんな薄汚いのと結婚するのは。あんなのと一夜を共にしたら私の白い肌まで黒く煤けてしまいそうだわ。そうよ! 用は済んだんだからあいつを魔王認定してこの国から追い出しましょうよ!」
そこから先はどうやって城から飛び出たのか良く覚えていない。
それから俺は魔王と認定され、誰からも疎まれる存在となって、人の目から逃げるようにこの誰も居ない山奥で暮らすようになったのだった。
「――――と言う訳だ。魔王が言った通り、信じていた者に裏切られ、今の俺は人間からは魔王扱いだ。俺には居るべき場所も帰る場所も無い。俺には……何も無いんだ……」
勇者は目を開いて顔を上げる。
そしてその勇者の視界に入る我は――――
「びえーん! そんなのあんまりだー! うわーん!」
ガチ泣きしていた。
「ええっ!? なんで!?」
この肉体になってからは以前より大分感情的になってしまった。
勇者の悲しい過去話を聞いて、大分感情移入してしまったようで、途中から涙が止まらなくなり、勇者の話が終わって感情のダムが決壊してしまったのだ。
勇者は椅子から立ち上がり、おたおたと我の前に立つ。
「うぇーん! だっで~! 折角努力じだのに誰も認めでぐれないなんでおがじいもん!」
「――!」
努力は確かに実らない事も有る……だが、決して無駄な努力は無い。
例えどんな小さな努力でも、必ず他の事に繋がる。
前世の我はそうやって強くなり、今世の我はこうして今ここに居るのだから。
「ど、どうすれば……」
「ぐすっ、頭を撫でて!」
「こ、こうか……!」
つい両親にいつもやって貰っている事を口に出してしまう我に対し、恐る恐るといった様子でぎこちなく頭を撫でる勇者。
明らかに他人と触れあうことに慣れていない様子であり、髪がぐしゃぐしゃになるだけであった。
そんな勇者の境遇を考えると涙が更に止まらなくなる。
「わーん!」
「なっ、何で……! もうどうしようも無いじゃないか!」
我は勇者の腰思わずに抱き付いてしまう。
ビクリと勇者は驚くが、引き離そうとせずにただただ我の頭を不器用に撫で続けていた。
「ぐすっ、ぽっと出とか思ってごめん~! 辛かったんだなぁ! 苦しかったんだなぁ……それなのに今まで誰にも弱音を吐かなかったなんてっ……!」
「……ぽっと出?」
我は前世では独りの苦しみなんて知らなかった。
生まれたときから独りだったのだから、それが当然だったから苦しむことは無かった。
でも、この姿で再誕した我は両親に愛される事を知り、孤独がとても辛い事だった事を知ったのだ。
勇者は人類を救うと言う間違いなく偉業を達成している。
しかし、勇者は報われなかった……たかが髪や目の色が回りと違うだけで……!
「お、落ち着いたか?」
「ちーん!」
「うおっ、俺の服で鼻をかんだ!?」
「ひぐっ、勇者……お兄ちゃんは間違いなく勇者だよ。だって、たった一人で最強にして最高の魔王を倒したんだもんっ! 世界中の誰が認めなくてもこのマオが認める、認めるからぁ……!」
「マオ……?」
「そんな辛そうな顔でいないでよ……! 幸せになる事を諦めないでよっ、自分には何も無いなんて言わないでっ……!」
我が頭を離すと勇者は呆気を取られたような表情で我を見ていた。
「マオは俺がやって来た事は……無駄な努力なんて無いと、そう言うのか……?」
「当たり前でしょ! この人族の平和が勇者がもたらした物じゃなかったら何なのって話でしょ!? 勇者と魔王の戦いが無意味なんて魔王の存在も否定するって事だもん!」
そんな我の考えもせずに吐き出した直球の言葉を聞き、勇者は何故だか憑き物が落ちたような、安らかな表情へと変わる。
「あぁ、そっか俺がしてきた事は――――――無駄じゃなかったんだ……ありがとうマオ。俺、お前に会えて良か……っ……た?」
「すぅ……すぅ」
「ははは、泣き疲れて寝てやがる……本当に表情をコロコロ変える奴だな、魔王」
「ん……?」
頭に心地よい感触を感じてゆっくりと意識が覚醒していく。
うっすらと目を開けると見知った顔が見える。
とても穏やかな微笑みを浮かべる勇者の顔である。
どうやら我は眠ってしまい、勇者にソファーで膝枕をされながら撫でられていたようだ。
先程の不器用な撫で方と違い、ゆったりとした手の平全体で撫でてくる。
大きな手の平から伝わる体温がこれまた心地よいもので、我が撫でられるのを好く理由である。
「ゆーしゃ?」
「起きたか? マオ」
「撫で方、良くなったよ……」
母上の柔らかな膝枕と違い、ゴツゴツとした筋肉の膝枕は少し寝心地が悪い。
だがそれもまたよいモノなのだ。
「心地良いよ、お兄ちゃん……」
「なぁ、マオは何の為に俺の所まで来たんだ?」
「あ……」
「あ?」
わ、忘れていた~! わ、我としたことが勇者に勝つためにここに来たと言うのに、勇者の過去を聞いてつい涙してしまい、更にはフツーに甘えてしまっているではないか!
……でも、別に今は正直勝ち負けなんてどうでも良くなってしまった。
こんな状態の勇者に勝っても我は己を誇れない。
「お、お兄ちゃんに会いたかったからだよ……?」
「そうか、俺は嬉しかったよ。俺、泣けないんだ……どんなに苦しくても、どんなに裏切られても怒りや悲しみなんて感情が湧かなかった。だから、俺の変わりにこんなにも泣いてくれる人が居るんだって知れて良かった。マオ、ありがとう」
勇者がとびきりの笑顔を見せ、顔がカーっと熱くなる。
恥も外聞もなくわんわんと泣いてしまったことを思い出し、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「べ、別にお兄ちゃんの為に泣いた訳じゃないし……!」
「それでもありがとう」
心臓がバクバクと速く鳴っているのはきっと恥ずかしさのせいだ! それ以外の理由なんて我は知らないのだからなっ!
「マオ、俺はきっと誰かに認められたかったんだ……俺は好かれたかった。愛されたかった。理由が無くても隣に居て良いと言われたかった。だから、俺は俺を認めてくれたマオが好きだ」
「すすすす、好きぃ!?」
「マオはどうだ? 俺の事は好きか? ……それとも嫌いか」
な、なんだなんだ!? 良く分からないが急にグイグイ距離を縮めて来たぞ!? そんな事を聞かれても我はどう答えて良いかなんて分からないではないか!
だが嫌いと言ったら間違いなく勇者はへこむであろう。
ここはとりあえず恥ずかしいがこう答えるのが正解かっ……!
「す、好きだよ」
「そうか、俺も妹として好きだよ」
「……」
「ははは、どうしたマオ?」
勘違いしたわ……! 思わず少し落胆してしまったぞ……!
はっ! 我は何に落胆したと言うのだ。
思考がぐるぐるとループして顔がどんどん赤くなる。
これでは勇者に良いようにやられているだけではないか。
ん? 良いようにやられている?
「そうだ、お兄ちゃん! 皆に見返そうよ!」
「……どういう事だ?」
「この国や大陸が駄目でも世界は広いんだからきっとマオみたいにお兄ちゃんを認めてくれる人がいるよ! そこで幸せになって見せつければ良いんだ! 俺は不吉の象徴なんかじゃない、幸せになれるんだって! 良いようにやられているだけなんてマオは絶対にイヤ!」
「俺が……幸せに……?」
「マオと一緒に旅に出よう! そして見つけようよ、お兄ちゃんの幸せの頂点を!」
勇者は一瞬フリーズするも、直ぐ様何もなかったように振る舞う。
「マオ、俺と一緒に居てくれるのか……?」
「当たり前でしょ! 兄妹なんだから!」
そして勇者、貴様が幸せの頂点に立ったとき、それでこそ我と貴様は条件イーブン! その時にこそ我と再び雌雄を決めようではないか!
……なーんて、貴様の強さの秘訣を調べ、我が全盛期の力を取り戻す為の踏み台にしてやるからな! ふは、ふはははは!
「ふはははは!」
「マ、マオ……?」
「はっ……! 旅の話は置いといてと、とりあえず今日は兄妹邂逅記念と言うことで我が料理を作るね! キッチン借りるよっ!」
「お、おう」
ふー、不味い不味い、あうやくボロが出るところだった。
流石の勇者も魔王は妹にせまい。
とりあえず美味しいでも料理を作ってさっきのは誤魔化そう。
「なんだこれは? 全く調味料等揃ってないではないか! 勇者め、あやつは料理を嘗めておるな!」
キッチンには食材はそこそこ充実しているが、調味料が塩と胡椒しか置いていなかった。
「ふふーん、こんなところだろうと思って我は調味料を自前で持ってきたのだ! 見ていろよ勇者……! 【小悪魔アジュレ 2月号】奥義が一つ【料理出来る妹に胃袋は掴まれる!?】を見せてやろう!」
ぜーんぶ聞こえてるんだよなぁ……魔王。
なんと言うか意外と抜けていると言うか、ポンコツな所が有るよな。
さっきも普通に我とか言っていたし……
はは、家族か……旅に出たら必ず俺が守るからな。
「「まったく、俺(我)がしっかりしないと駄目だな。手の掛かる妹(兄)だ」」