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第9話 涙の真偽

 「本当に……ひっぐ、辛かったです……」


 レムラ共和国中心部にある法廷で、ユースティティアは涙ながらに語った。


 「酷い時は、顔が腹立たしいという理由で、顔を叩かれました。左右から、同時に、何度もです。何日も腫れが引かなくて、うっ……」


 ユースティティアはその時の痛みを思い出すかのように、両頬に手を当てる。

 それから両腕で自分の体を抱きしめた。


 「一番辛かったのは、肌着のまま、真冬の寒空に放り出された時です。冷水を頭から掛けられて……っひぐ、一晩中、そこで、過ごすことになりました。ご飯も、まともに食べさせてもらえなくて……」


 号泣しながら語るユースティティア。

 その涙はとても演技には思えず、また本来ならば貴族の姫君として育てられるはずであったユースティティアの、その悲惨な境遇に法務官(プラエトル)や傍聴席に座っている傍聴人たちの中には涙を流す者たちもいた。


 「先生たちは、私がイジメられていても助けてくれませんでした。それどころか、イジメに加担して、便器の中に顔を無理やり入れられたことも……」


 孤児院での酷い体験を話していくユースティティア。

 耐えきれなくなったのか、被告として立っている孤児院の院長は声を荒げた。


 「法務官! 彼女は虚偽を言っています! 確かに体罰は行いましたが、そこまで酷いことはしていません! そ、それに彼女の日常態度にも問題がありました!」


 しかし院長に対し、法務官は冷徹に告げる。


 「被告人、我々は発言を許可していません。……証人、続きをどうぞ」

 「はい……」


 ユースティティアは院長をチラりと見て、一瞬怯えたような表情を浮かべた。

 

 「い、院長は先程、私の日常態度に問題があったと言いましたが……嘘です。私は、理不尽な命令にも、従っていました。ちゃんと、毎日、押し付けられた仕事をしていました。……院長は本来なら、当番制で、複数人でやるはずの、毎朝の水汲みを全て私に押し付けました。うっ……ひぐ、毎日、毎日、朝早く、他のみんなよりも二、三時間も早起きして、重い瓶一杯に水を、汲まさせられるんです。当時、私は、五歳でした。そんな重労働、どんなに早起きしたって、私一人じゃできません……」


 ユースティティアは泣き腫らした顔で法務官に訴える。


 「それなのに、院長は私が水汲みをサボったから、と言って体罰をするんです。できるはず、無いのに。それだけじゃ、ないです。絶対にできないような仕事を、私にさせるんです。それで、それができないと体罰です。しかもそれを理由に、また新しい仕事を押し付けられる……」


 ユースティティアは号泣しながら言った。


 「院長はそうやって、私をいつも責めるんです。他の子が割った皿を、私が割ったことにされました。本来なら他の子の仕事のはずなのに、その子がそれをサボると、なぜか私がサボったことにされて、体罰を受けました。他にも……他の子が何か物を無くすと、それを全部私のせいにするんです! お前が盗んだんだろうと……証拠もないのに。他にも……院長は自分の指輪を、私が盗んだことにして、私をイジメました。……こんなの、ただの腹いせです」


 その後もユースティティアは如何に自分が不当な扱いを受けていたのか。

 そして……自分が飢えているのにも関わらず、贅沢な品物を買って、身に着けていたのかを語った。


 散々、語り終え……ユースティティアの証言の時間は終わった。


 その後、アルゲントゥム家が用意した弁護人が饒舌に演説をし……

 如何にユースティティアが可哀想なのか。

 そして寄付金を横領していた孤児院と、そしてその職員の行動が悪質なのかを糾弾した。


 レムラ共和国では、傍聴席の空気が判決に影響を与える。

 この日、傍聴席はアルゲントゥム家やフラーウム家、ウィオラケウム家の被保護者(クリエンテス)たちによって埋めつくされていた。


 彼らはユースティティアの境遇に同情し、そしてより重い刑罰を法務官へと求めた。


 ……法務官たちは裏でアルゲントゥム家含む三家から裏金を受け取っていた。

 元より寄付金を横領するような平民(プレブス)を庇う必要もない。


 院長の証言は尽く、虚偽として扱われ……

 重刑が下された。


 そしてまた、その他の職員たちの裁判も行われ、彼らにも院長ほどではないにせよ、横領に加担し、そして貴族(パトリキ)の子女へ虐待を行ったとして、重い刑罰が下されることになった。







 「名演技だったな、ユースティティア。ほら、これをやるよ」

 「これはどうも」


 裁判が終わった後、アウルス・アルゲントゥムはユースティティアにコップを渡した。

 ユースティティアは涙で流した水分を補給するために、コップの中のジュースを飲む。

 

 「ふぅ……散々泣いたので、喉が痛いですよ」

 「それにしても、あんた演技上手いわね」

 「私、以前聞いていたのに……涙が出ちゃったよ……」


 呆れ顔でアウローラ・フラーウムが、泣き顔でプロセルピナ・ウィオラケウムが言った。

 ユースティティアは肩を竦める。


 「演技では、ありませんよ?」

 「「「え?」」」


 三人は目を見開いた。

 三人のあんまりな態度に、ユースティティアは眉を顰める。


 「私が本音で話して、号泣するのはそんなに意外ですか? 私は、血も涙もない、人間だと?」

 「い、いや、でもあんた、そういうキャラじゃないじゃない」


 アウローラ・フラーウムが言った。

 どんなに辛くても、ユースティティアはクールな表情を保つ。

 負けず嫌いで、強がりだからだ。


 だがそれは、辛いと思ったり、泣きたくならないということではない。

 我慢しているだけである。


 「……まあ、全く演技が入ってないわけでもないですし、一応カラクリはあるんですけどね?」

 「だろうな。で、何だ? そのカラクリってのは」

 「これですよ」


 ユースティティアは小さな瓶を取り出した。

 中にはほんの少し、水色の液体が残っている。


 「それは何だ?」

 「悲しみ薬です。錬成術の授業で習いましたよね?」


 悲しみ薬。

 飲むとナーバスな気分になり、涙が止まらなくなるという代物である。


 元々は名演技を披露しようと意気込んでいたユースティティアではあるが、一朝一夕で身につくものではない。

 そこで本当に大泣きしようと考え、錬成術の教授に悲しみ薬を錬成して貰ったのである。


 「そうよね。やっぱりユースティティアに涙は似合わないわ」

 「……それは褒めているのか、貶しているのか、判断に迷いますね」

 「褒めているのよ」

 「それはありがとうございます」


 ユースティティアは少し納得がいかない、という顔でアウローラ・フラーウムに礼を言った。


 「で、でもさ、ということは、やっぱりあれは悲しみ薬を使ったとはいえ、本当の気持ちってことでしょ?」

 「……まあ、そうですけど。人間、誰にだって悲しいことくらいはあるでしょう」


 あまり気にしないで欲しい、とユースティティアはプロセルピナ・ウィオラケウムへ言った。

 やはり裁判のためとはいえ、号泣するのは恥ずかしい。


 「あー、ユースティティア君」

 

 ふと、声を掛けられた。

 声のする方を見ると、三人の男性がいた。


 「これは……アルゲントゥム卿、フラーウム卿、ウィオラケウム卿。本日は、本当にありがとうございました」


 ユースティティアは裁判を起こしてくれた三人にお礼を言った。

 三人とも、裁判に勝ったのにも関わらず顔色があまりよくない。

 

 というのも、ユースティティアの証言を聞き、自分たちも責められているような気分になったからだ。

 

 悲惨な状況にユースティティアが置かれていたことに気付かず、寄付金を送ったことだけで満足していたことは、三人にとって恥ずべきことである。


 「いや、むしろ我々は君に謝らないといけない。本当に、申し訳ない」


 アルゲントゥムはユースティティアに頭を下げた。

 同時にフラーウムや、ウィオラケウムも謝罪をする。


 ユースティティアは少し頭を掻いた。


 「分かりました、謝罪の方は、受け入れます。ただ……別に今はそこまで恨む気持ちはありませんから。大丈夫です」


 今になって知ったことだが、三人は孤児院に対して、ちゃんとユースティティアを育てるように圧力を掛けていてくれていたようだ。

 まあ、考えてみればユースティティアを徹底的にイジメるのであれば、眼鏡を破壊するのが手っ取り早い。

 そういうことを院長がしなかったのは、ユースティティアを殺したり、失明させたりすれば後で面倒になることを自覚していたからである。


 そう言う意味ではユースティティアは三人の庇護下にいたことになる。

 もっとも……もっとちゃんと守ってくれと、言えるのだが。


 「……今後、もし、何かがあったらよろしくお願いしますね」

 

 ユースティティアは三人に対して、笑みを浮かべて言った。

 

 

 



 その日の帰り道のこと。


 ユースティティアはアウルス・アルゲントゥムと一緒にレムラ市を歩いていた。

 アウローラ・フラーウムや、プロセルピナ・ウィオラケウムは後で両親と帰るということで、この場にはいなかった。


 「引っ手繰りよ! 誰か、そいつを捕まえて!!」


 誰かが叫ぶ。

 ユースティティアは即座に杖を引き抜く。


 「『捕縛せよ!』」


 呪文を唱え、引っ手繰りを捕まえる。

 手足を動けなくさせられた引っ手繰りは、前のめりになって倒れた。


 「お見事。相変わらず、素晴らしい杖捌きだな、ユースティティア。……今度、教えてくれないか? ちょっと、女子よりも弱い男子ってのは、沽券に係わるんでな」

 「まあ、気が向いたら教えてあげますよ」


 ユースティティアはアウルス・アルゲントゥムの軽口に答えつつ、引っ手繰りに近づく。

 そして引っ手繰りの髪を強引に掴み、引き上げた。


 「お久しぶりですね。この構図は、以前と真逆ですね。ガイウス」

 「お、お前、は、ゆ、ユースティティア?」


 ガイウスと呼ばれた、引っ手繰り犯は目を丸くした。

 

 「た、助けてくれ! お、同じ、孤児院の仲間だろ?」

 「あなたは助けてくれと言った私を、助けてくれましたか?」


 ユースティティアは笑顔を浮かべた。

 そして髪を掴んだまま、その顔を強引に地面に叩きつけた。


 悲鳴を上げるガイウス。


 「一度でいいから、お前をこうやって痛めつけてやりたかった。ああ、そうだ……良いことを思いつきました」


 ユースティティアは近くの小石に変身魔術を掛けて、それを毛虫に変えた。

 それを魔法で浮かし、もう一度髪を掴んで顔を上げさせる。


 「以前、こうして私を遊んでくれましたよね? ほら、口を開けてくださいよ」

 「ゆ、許してくれ、ゆ、ユースティティア……」

 「許してあげますよ? だから、ほら、早く食べてくださいよ。あなたが私にやったことですよ? 何度も、何度もね」


 ユースティティアはそう言って、強引に毛虫を口の中に捻じ込んだ。

 悲鳴を上げるガイウス。


 泣きわめくガイウスを、冷たいブルーの瞳でユースティティアは見下ろした。


 「何を泣きわめいているんですか? それは変身魔術で姿を変えただけの毛虫、ただの石ころですよ? 毒性もありません。あなたは本物の毛虫を食べさせてくれたじゃないですか。大泣きする私をゲラゲラ笑いながら」


 「っひ、っぐ、す、すまない、あ、謝るから……ゆ、ユースティティア! お、お願いだから、助けてくれ。お、お前、き、貴族なんだろ? く、口利きをしてくれ! つ、次に捕まったら、俺は奴隷にされちまう! な、何でもするから!」


 するとユースティティアは満面の笑みを浮かべた。


 「それは良いことを聞きました」


 それから立ち上がり、踵を返す。


 「あなたが炭鉱か、劣悪な大農園に送られることを祈っていますよ。まあ、頑張ってくださいね。早死にするのと、それとも長い時間を掛けて苦しんで死ぬ方、どちらが辛いかは分からないですけど」


 そしてアウルス・アルゲントゥムの方を向いて言った。


 「さあ、帰り道を急ぎましょう」

 「そうだな……ところで、ユースティティア」

 「何ですか?」


 アウルス・アルゲントゥムはハンカチを取り出し、それをユースティティアに差し出した。


 「……まだ、悲しみ薬の効果が残ってるみたいだぞ」

 「……みたいですね」

 

 ユースティティアはアウルス・アルゲントゥムから受け取ったハンカチで、両目から溢れる涙を拭いた。

面白いと思って頂けたら、ブクマ、ポイント、よろしくお願いします

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