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第7話 仮初の友達

 「何をしているんですか? 先輩」

 「ああ? ……って、てめぇは……」

 「そう言えば、弁償の方がまだですよね。早く、支払ってもらえませんか?」


 するとリーダ―格の男子生徒は目を逸らした。

 どうやら意地でも支払いたくないようだ。


 心の奥底から、ふつふつと黒い感情が沸き起こるのを感じた。

 思わず、ユースティティアは舌なめずりをする。


 「まあ、謝罪はもう良いです。話を戻しましょう……何をしているんですか?」

 「……お前には関係ないだろう?」

 「何をされているんですか?」


 いじめっ子の方を無視し、いじめられている気弱そうな男子生徒に、ユースティティアは尋ねた。

 男子生徒は数瞬、迷った後……


 「た、助けてください! お金を強請られているんです!」

 「お、お前! 適当なことを……」

 「お金を強請る!? 恫喝ですか」


 ユースティティアは大袈裟に反応した。

 

 「それは不味いですねぇ……校則違反ですよ。下手したら退学じゃないですか?」

 

 退学。

 と、ユースティティアが口にすると露骨にいじめっ子たちは顔を青くした。


 アウルス・アルゲントゥムに後からユースティティアが聞いて分かったことだが、彼らは平民階級出身である。

 レムラ共和国では魔法使いが特権階級として君臨している。


 従来の大昔から続く、魔法使いの血統の者たちを貴族(パトリキ)と言うのに対し、平民(プレブス)騎士(エクイテス)出身の、非魔法使いの子供として生まれた魔法使いのことを、新貴族(ノビレス)と呼ぶ。


 この大学はこの国唯一の教育機関。

 この大学を卒業しなければ、魔法使いとしては認められない。


 つまり新貴族になれないのだ。

 

 「おい! ふざけるな!! もし……」

 「もし、何ですか? 私が大学に報告したら、ですか? その時は皆さんは退学ですね」


 くすくす……

 とユースティティアは笑って見せた。


 無論、ユースティティアは彼らを退学に追い込もうとは少しも思っていなかった。


 だがしかしいつまでも弁償金を支払わないのは腹立たしいことだったし、食堂での一件で機嫌が悪くなっていた。


 それに……少し前までユースティティアはイジメられていた。

 恫喝されている男子生徒に対し、ユースティティアは同情と親近感を感じていた。

 

 恫喝されている男子生徒を救う。

 それは仕返しと腹いせに彼らを揶揄うという行動を正当化させた。


 「っく、ふざけるな!!」


 そう言ってリーダー格の男が杖を引き抜いた。

 同時にその取り巻き、四人も杖を抜く。


 そして同時にユースティティアへと呪文を放った。


 「『意識を 奪え 失神せよ!』」

 「『見えざる手 我が敵を 吹き飛ばせ!』」

 「『引き裂き 切り裂き 切断せよ!』」

 「『貫き 突き刺し 貫通せよ!』」

 「『石礫 我が敵を 打ち砕け!』」


 五種類の魔法が同時に飛んでくる。

 これに対し、ユースティティアは冷静に対処する。

 

 「『防げ!』」


 ユースティティアは障壁を張り、四年生たちの攻撃を防ぐ。

 防御魔法の一つ、『盾魔法』は『敵意 悪意 害意を 防げ』」という四小節の複雑な魔法だが……


 ユースティティアは詠唱省略が可能なので、『防げ』の一小節で呪文を完成させられる。


 「っく、また魔術か! 畳みかけろ!!」


 無論だが、校内で攻撃魔法を放つことは校則違反だ。

 それも、複数人でよって集って攻撃を加えるなど、退学になってもおかしくない行動である。


 しかしもう自分が何をしているのか分かっていないようで、五人はユースティティアに魔法を放ち続ける。

 ユースティティアは時に防御魔術を使い、時に身を捻って攻撃を交わしつつ……

 左手で眼鏡を取った。


 瑠璃色の瞳が、真紅に染まる。


 ユースティティアの視界に、赤い粒と無数の魔法式が浮かび上がった。

 魔法式が彼らの持つ杖の周囲に展開している。



 さて、ここで一つ魔法とは、魔術とは何なのかについて解説しよう。


 魔法とは、魔力を利用した、この世界で独自に発展した科学技術のことである。

 そしてこの魔法を自在に使いこなせる者を魔法使いと呼ぶ。


 もう一つ、魔術というものも存在する。

 魔術というのは端的に言えば、魔法をより高度にしたものだ。


 魔法は魔法式――魔力量、魔力操作、呪文、杖の振り方など総合的な要素――に従って魔力を注ぎ込むことによって作動する。

 つまり逆に言えば、魔法式そのものを暗記してある程度コツを掴めば、魔法を使うのは簡単だ。


 しかし暗記した「魔法式」には応用性がない。

 定められた効果、定められた距離、定められた威力、定められた魔力、定められた呪文で作動するため……融通が利かないことがある。


 故に熟練した魔法使いはこの魔法に対し、その場に応じてアレンジを加える。

 そのアレンジを加えて、改変した魔法のことを「魔術」と呼ぶ。


 ユースティティアの行う詠唱省略や詠唱改良は、口語による呪文の手間を減らし、代わりに魔力操作で魔法式を補っている……つまりこれは広義の意味での「魔術」である。


 魔術を自在に操れる魔法使いのことを、魔術師と呼ぶ。


 ちなみに魔術師のさらに上には魔導士がいるが……

 それは今は省かせて貰う。


 閑話休題。


 今、ユースティティアの視界には四年生たちが構築しようとしている魔法式が展開している。

 実は……ユースティティアは常日頃から、思っていたことがある。


 もし他人が組み立てようとしている魔法式に、介入した場合はどのような反応が起こるのだろうか?


 四年生の実力が大したことがないということもあり、精神的な余裕ができていたユースティティアはそれを試してみようと考えた。


 ベースとして使うのは、魔法の中でも初歩の初歩……

 『魔力よ 解き放て』という二小節の呪文で、効果はごく単純な魔力の放出である。

 この魔法は敵に当たっても痛くも痒くもないどころか、砂粒一つ、本来なら動かせない。


 だが……

 

 これを少し改変し、魔術にする。

 

 「『魔力よ 解き放て!』」


 初めての試みなので、ユースティティアは今回ばかりは丁寧に呪文を唱えた。

 ユースティティアの放った魔力は、魔力反応光を放ちながら敵へと突き進み……五本に分かれる。


 そして四年生たちが今、放とうとしている魔法式にぶつかり……

 そこに全く別の、ユースティティアが組み込んだ適当な魔法式が捻じ込まれる。


 すると今、まさに発動しようとしていた四年生たちの魔法が霧散し、消滅した。

 ユースティティアの想像通り……強引に介入を行うと、魔法は不発に終わるようだ。


 「ぐわぁ!!」

 

 体を仰け反らせるリーダー格の男。

 他の四人も茫然とした表情を浮かべている。


 無論、ユースティティアはこの隙を見過ごすほど馬鹿ではない。


 「『土くれよ 姿を変えよ ロープ!』」


 変身魔術を地面に放ち、土くれからロープを作成する。

 そしてこれを浮遊魔術で操り、五人を縛りあげた。


 そして引き寄せ魔術で杖を奪う。


 「私の、勝ちですね」


 私は五本の杖を手で持ち、ニヤリと笑った。

 五人は顔を真っ赤にさせる。


 「この杖は……そうですね、先程のカツアゲの口止め料として貰っていきましょう」


 魔法使い同士の戦闘が起きた時、勝者が戦利品として敗者から杖を奪う……

 という習慣がある。


 それを抜きにしても、魔法使いにとって誇りである杖を奪うというのはとても気分が良い。

 五人の杖をローブの内側にしまった。


 そして辺りを見渡し、愕然とする。


 (やばい!)


 いつの間にか、人集りが出来始めていた。

 さすがに目立ち過ぎた。


 ユースティティアは慌てて食堂へと戻った。







 「……随分と長い花摘みだな、ユースティティア」


 食堂に帰ってきたユースティティアに対し、アウルス・アルゲントゥムが声を掛けた。

 テーブルの上にはデザートが乗っている。


 「そ、その……ごめんなさい! 私、無神経なことを言って……」

 「いえ、気にしないでください、アウローラ。知らなかったのですから、仕方がありませんよ」


 四年生たちを叩き潰したことにより、気分が良くなっていたユースティティアは上機嫌でそれを許した。

 ユースティティアは席へと座り、そしてローブから杖を取り出した。


 「何それ?」


 プロセルピナ・ウィオラケウムがユースティティアに尋ねる。

 ユースティティアは得意気に笑みを浮かべた。


 「戦利品ですよ」


 そしてユースティティアは先程、起きたことを説明する。

 無論、内容は自分に都合の良いように改変してある。


 都合の悪いことは口には出さない。


 「これで、合計六本の杖を奪ったことになりますね。決闘の時のことも含めて」


 ユースティティアは気分良さそうに言った。

 今なら、どんなことも許せそうな気がした。


 「ユースティティア、あんた結構攻撃的なのね。根暗眼鏡なのに」


 「別に攻撃的ではありません。反撃、しただけですよ。聞いてくださいよ、彼ら、五人でよって集って私に攻撃を加えたんですよ? 信じられますか? こんなに卑怯なことはありません」


 ユースティティアはわざと大きな声で言った。

 これで翌日には、彼らの卑劣な行為が大学中に広がるだろう。


 「でも強いよね、ユースティティア。どうすればそんなに強くなれるの?」

 

 プロセルピナ・ウィオラケウムがユースティティアに尋ねる。

 

 「まあ……大事なのは呪文の速度です。つまり詠唱省略ですね。勉強をしっかりするのが、近道だと思います」


 才能だ。

 と、答えない程度にはユースティティアも社交性はあった。


 「勉強か……私、全然授業が分からなくてね。困ってるのよ」

 「私も……一応大学に入る前にお父様に教わったりはしたんだけど、最近はついていくのが大変で……」


 アウローラ・フラーウムとプロセルピナ・ウィオラケウムが溜息混じりに言った。

 

 ドキリ。


 ユースティティアの心臓が跳ね上がる。

 これはチャンスだ。

 ユースティティアは緊張で高鳴る心臓を抑え、そしていつものようにクールな表情を浮かべつつも、少し耳を赤らめて言った。


 「な、何なら……私が、教えてあげましょうか? 勉強だけは、自信があります」


 ユースティティアがそう言うと、アウローラ・フラーウムとプロセルピナ・ウィオラケウムは目を丸くした。


 「本当に良いの?」

 「迷惑じゃない?」


 迷惑か、迷惑じゃないかと言えば、無論自分自身に使う時間が減るので迷惑ではある。

 だが……


 (やっぱり、友達が欲しい……)


 もうこれ以上、孤独な大学生活を送るのは嫌だった。

 少なくともユースティティアは、先程までの会話で「楽しい」と感じてしまっていたのだから。


 「構いません。人に教えると復習になる、理解の助けにもなる、と言いますからね」

 

 ユースティティアはそう言って笑った。


 この日、ユースティティアは友達ができた……とは言わないものの、話し相手ができたことで、孤独な大学生活からは解放された。


思って頂けたら、ポイント、ブクマ、よろしくお願いします

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