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第5話 貴族の友達

 「よお、ユースティティア」

 「……アウルスですか、何の用ですか?」


 後日、図書館で本を読んでいたユースティティアにアウルス・アルゲントゥムが声を掛けた。

 ユースティティアは本から視線を外し、鬱陶しそうに眉を顰める。


 「用がないと話しかけちゃ悪いか?」

 「私は読書中です。それを邪魔するのですから、相応の理由があるのかと。無いなら、どこかへ行って貰えませんか?」


 ぶっきらぼうにユースティティアは答えた。

 アウルス・アルゲントゥムは肩を竦めた。


 「お前、付き合い悪いぞ? そんなんじゃ、いつまで経っても俺以外の友達ができないぜ?」

 「……別に友達など要りません」


 ユースティティアはもう、ある種の悟りの境地に達していた。


 先日の決闘事件以来、ユースティティアをイジメる者はいなくなった。

 怒りに触れて決闘を挑まれては溜まらないと思われたからであり、またユースティティアも反撃するようになったからである。


 大学の生徒の中ではおそらく、戦いに関しては最強の実力を持つユースティティアに敵う生徒はいない。

 

 故に多くの者たちはユースティティアへのイジメをやめたが……同時に避けるようになった。

 つまり恐れられるようになってしまったのだ。


 もうこうなると、友達を作るなど不可能だ。

 だからユースティティアは友達作りを完全に諦めた。


 実のところ、ユースティティアは大学入学前は何だかんだで友達を作る気でいた。

 人間は信用ならないと思っている、人間不信のユースティティアだが……

 結局は十歳の女の子である。


 人間不信も結局は、健全な人間関係を作りたい、友情や愛情を育みたいという欲求の裏返しである。

 ユースティティアはそういう友情や愛情というものに、とにかく飢えている。


 予知夢の自分はコミュニケーション能力が不足していた。

 裏切られたから、何だ。良い人だってきっとどこかにいる。

 友達を十人、二十人作って、楽しい大学生活を送ってやる。


 程度に意気込んでいたのだ。

 もっとも……問題だったのはコミュニケーション能力ではなく、その血筋である。

 血筋で差別され、そして今では完全に恐怖の対象になってしまった。


 こうなると友達作りなど、夢のまた夢。

 故にユースティティアは諦めたのだ。


 一度割り切ってしまえば、どうということはない。

 少なくとも理不尽にイジメられることはなくなったのだ。

 休み時間は一人で本でも読んで過ごしていればいい。

 少なくとも本はユースティティアを差別することも、恐れることもしない。


 昼食も……一人で食べることに慣れてしまった。


 「あと、あなたは友達じゃないです」

 「ひっでぇな。金、貸してやっただろ? じゃあ、返せよ」

 「……それは卑怯です」


 眼鏡の修理費はアウルス・アルゲントゥムに立て替えて貰っていたのだ。

 そして未だに例の四年生たちからは、弁償金を受け取っていない。

 そのためユースティティアはお金を返すことができず……アウルス・アルゲントゥムに頭が上がらない。


 無論、養父母に言えば用立てることもできるが……しかしそれには眼鏡を壊されたことを説明しなければならない。

 養父母のことは好きだし、感謝もしているユースティティアは、養父母に嘘をつく気にはなれなかったし、心配も掛けたくなかった。

 何よりイジメられていて、今でも仲間外れにされているという事実はユースティティアの小さなプライドを傷つけるもので、それを養父母に話すのはとても恥ずかしいことだった。


 「お前、将来どうするつもりだ? 友人関係ゼロだと、将来厳しいぞ。アートルム家の遺産も相続できてないんだろ? ルルテリア家もそんなに裕福ではないと、聞いたぞ」


 レムラ国立大学はレムラ共和国、唯一の魔法使いの教育機関である。

 つまり……卒業後の人間関係は、国立大学での人間関係の延長線上にある。

 学校での成績や人間関係なんて、卒業して社会に出てしまえば関係ない! などと言うことはできない。


 実際の政治・経済社会での人間関係――政治思想、血筋、身分、資産、職業――は大学での人間関係に強く影響し、大学での人間関係――友人、恋人、派閥、成績――もまた政治・経済社会に影響を及ぼす。


 事実、ユースティティアの実の父であるタルクィニウス・アートルムの、大学時代での友人や派閥の構成員は軒並みタルクィニウス・アートルムの政権で要職を担った。


 レムラ共和国はコネ社会である。

 政治家になるのは無論、何か商業を行うためにもコネが絶対に必要となる。

 そして公務員――数少ない官僚や役人――になるにも、試験が存在しない猟官制(スポイルズ・システム)なので、コネが必要だ。


 つまり大学でずっと一人でいるということは、将来も永遠に一人であり、そして職業に就くこともできなくなる。


 「……うるさいです。ちゃんと、考えてますよ」

 「どうするつもりなんだ?」

 「……田舎で農業でもやって過ごします」

 「その年で随分と暗い人生設計だな」


 無論、ユースティティアもそんな人生は本音のところでは嫌だった。


 「まあ、気持ちは分かるけどな? 俺も交友関係はそう広くはない。面倒くさいからな、相手の顔色伺ったり、合わせたりするのは。男のくせに、トイレも一人で行けないようなやつがいる。理解できないな」


 アウルス・アルゲントゥムは肩を竦めた。

 もっともユースティティアの場合は、一緒に行く人間がそもそもいないので、アウルス・アルゲントゥムの悩みは贅沢に感じる。


 「分かっているなら、話しかけないでくださいよ。あなた、うるさいですよ」

 「そう言うなって。お前と一緒にいるとな、いい人除けになるんだ」

 「……人除け?」

 「俺って、そこそこ容姿が良いだろ? あと成績も良いし、家柄も良い。だから人から、特に女子生徒から声を掛けられるが……正直、鬱陶しい」


 ユースティティアは鼻で笑った。


 「つまり、嫌われ者の私と一緒にいれば声を掛けられないと? 私は虫除けか、何かですか? 不愉快ですね」

 「んー、まあそれもあるが……」


 容姿が良い。

 成績が良い。

 家柄が良い。


 それはユースティティアにも当てはまる。つまり……傍目から見ると、お似合いにも見えるため、声を掛けやすい雰囲気が生成されるのだ。

 もっともアウルス・アルゲントゥムはそれを口に出さなかった。

 さすがに気恥ずかしかったからだ。


 「あらよっと」


 アウルス・アルゲントゥムは唐突にユースティティアの眼鏡を取り上げた。

 一瞬、ユースティティアは驚いたように目を見開いた。

 それから怒りの声を上げる。


 「ちょ! 何をするんですか!」

 「シーッ」


 アウルス・アルゲントゥムは人差し指を自分の手に当てた。

 ユースティティアは周囲の様子を見る。

 注目が集まっていることに気付き、顔を少し赤らめた。


 「返してください。それとも、決闘をしたいんですか?」

 「お前、眼鏡を外すと目の色が変わるな」

 「それが何ですか?」


 眼鏡を掛けている時のユースティティアの瞳は青い。

 ラピスラズリのような、美しい瑠璃色だ。


 一方、眼鏡を外すと赤く染まる。

 真紅の血のような、もしくは赤ワイン、ルビー、ワインブレッドのような色になる。


 「印象が変わるな。まあ、お前は眼鏡をしていても、していなくても美人だが」

 「知っていますよ、そんなことは。口説いているんですか? 申し訳ありませんが、お断りですよ」


 ユースティティアは不愉快そうに眉を顰めた。

 美人だと言われて「知っている」と答えるユースティティアだが……そう答えるのも無理はない。

 実際、ユースティティアの容姿はとても整っている。


 鼻筋はスッと通っていて、目鼻のバランスも整っている。

 セミロングの黒髪は絹のようにサラサラとしていて、艶やかだ。

 肌も健康的な色合いで、白磁のように白く、透き通るように美しい。


 一般的に美人と言われる要素を満たしている。


 眼鏡の有無は好みの問題だ。

 眼鏡を掛けている時は真面目で賢そうに見え、外している時は活発そうに見える。


 「で、何が言いたいんですか?」

 

 アウルス・アルゲントゥムから奪い返した眼鏡を掛けながら、ユースティティアは不愉快そうに尋ねる。

 冗談とはいえ、私物を奪われるのは我慢ならない。

 納得できる理由がないなら、殴ってやろうとユースティティアは心に決める。


 「つまり、印象だよ。お前は印象が悪い」

 「知っていますよ」

 「そうじゃない。近寄りがたく見えるんだ……お前と話したがってる奴は案外いるぞ?」


 ユースティティアは首を傾げる。

 最近では道を歩くと避けられるようにすらなっているのだ。とてもそうは思えない。


 「ですが、私は話しかけられたことがありません」


 「そりゃあ、そうさ。美人で、成績優秀な優等生、それも大貴族アートルム家の血を引いている。そんな奴が根暗そうな顔でずっと本を読んでるんだぞ? お前なら、話しかけられるか?」


 「……根暗で悪かったですね」

 

 しかしアウルス・アルゲントゥムの言い分も尤もに思えた。

 確かに自分は近寄りがたく感じられるかもしれない。


 「ですが、私も最初は友達を作ろうと……まあ、気の迷いではありましたが、話しかけたこともありましたよ。避けられた上に、罵倒されましたけどね」


 ユースティティアの表情が暗くなる。

 友好的に接しようと、仲良くしようと話しかけたのにも関わらず、「政治犯、独裁者の娘、差別主義者!」と真正面から悪口を言われるのはショックが大きい。


 「お前が声を掛けたのって、精々が中流貴族階級くらいじゃないか?」

 「それは……そうですけど。私はルルテリア家ですよ?」


 ルクレティウス・ルルテリア家は貴族としては中流だ。

 あまり裕福ではないことを考えると、もう少し家格は下がるのかもしれない。


 国立大学では家柄や家格で派閥が形成される。

 身分の低い人間は身分の高い者に声を掛けることは憚られる。


 「それは養父母だろ? 法律上はともかくとして、世間はお前をアートルム家だと、思っているぞ。それに、だ。中流貴族階級くらいの層は、もろにあのお方……アートルム卿に怯えてた層だぜ?」


 大事なのは血縁であり、血筋だ。

 家名は血縁や血筋を示すためのものであり、逆はあり得ない。


 姓名が「ルルテリア」であろうとも、ユースティティアが「アートルム」であることは変わらないのだ。


 「つまり、どういうことですか?」

 「上流貴族階級、俺の知り合いの中にはお前と話したがってる、友達になりたがっている奴もいる」

 「……」


 本当か?

 と、ユースティティアは眉を顰める。


 紹介してやると言われて待ち合わせに来てみたら「やーい! 引っかかった! お前と友達になりたい奴なんて、いるわけないだろ、バーカ!!」と揶揄われるオチなのではないかと、邪推する。


 「紹介するぜ、ユースティティア」

 「随分と、長い前置きでしたね。それが用件ですか。結構です、私はもう一人で良いので」

 「許可を求めてるわけじゃない。宣言してるんだ」


 ユースティティアの表情が歪む。

 横暴な話だ。


 「嫌です」

 「怖いのか?」

 「はぁ? そんなわけないでしょう!」

 「じゃあ、良いだろ?」


 声を詰まらせるユースティティア。

 ここで引き下がれば、この先アウルス・アルゲントゥムに「臆病根暗ガリ勉眼鏡」と揶揄われ続けることになるだろう。

 「根暗ガリ勉眼鏡」はともかくとして、「臆病」と認識されるのはユースティティアのプライドが許さなかった。


 「というか、頼まれてるのさ。紹介してくれってな。俺の顔を立ててくれ。ほら、金を貸してやった恩を返すと思って」 

 「……交渉が上手ですね」


 高圧的に言い、挑発して失言を誘い、次に下手に出て、最後に弱みをチラつかせる。

 優秀だが嫌な奴だと、ユースティティアの中でアウルス・アルゲントゥムの評価が下がると同時に上がる。


 「分かりましたよ……少しだけ、ですよ?」

 「よし、じゃあ明日の昼食の時、食堂に来な。絶対だぞ? 貴族は約束を違えない……違えたら、あの決闘での約束を無視した平民共と同類だ」

 「はいはい、分かってますよ」


 逃げ道を封じられ、ユースティティアは内心で舌打ちをした。


 「最後に一つ、言わせてください」

 「何だ?」

 「あなたのことは、大嫌いです」


 アウルス・アルゲントゥムは肩を竦めた。


面白いと思って頂けたら、評価、ブクマ、よろしくお願いします

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