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第4話 貴族の条件

 大学に存在する大広場。

 噴水があり、普段は生徒たちの憩いの場であるはずのその場所は……

 今、ピリピリとした緊張と興奮に包まれていた。


 原因はユースティティアと、そしてユースティティアが決闘を申し込んだ四年生(十三歳から十四歳)の男子と、その取り巻きである。


 「一応聞くが……本気でやるんだな?」

 「怖気付きましたか?」


 ユースティティアが馬鹿にするように笑うと、四年生の男は顔を真っ赤にして首を横に振った。

 

 「そんなわけあるか! ……ただ、確認しただけだ」


 立場上、四年生である男子生徒は決闘を断れない。


 レムラ共和国はお世辞にも裁判制度が整っているとはいえない国で、そのため個人の紛争を解決する手段として決闘はごく普通に行われる。


 特に魔法使いにとって、決闘を申し込む、そしてそれを受けるというのは重要なことである。


 そしてこれは慣例ではあるが、自分よりも実力がどう見ても下の人間に申し込まれた決闘は受けなければならないとされている。

 つまり……下級生、それも三、四歳も年の離れた女の子に申し込まれた決闘を断るわけにはいかないのだ。

 もしこれを断れば、この男の人生には一生「年下の女の子に怖気づいた臆病者」という醜聞が付き纏うことになる。


 もっとも……校則で決闘は禁じられているので、それを理由に断ることも可能ではあるが。


 「では、お互いにそれぞれ掛けるものを確認しましょうか。私が勝ったら、先輩には眼鏡の弁償と……そうですね、魔法使いの誇りである杖を貰いましょうか」


 意地悪く、ユースティティアは笑みを浮かべた。

 ユースティティアは物への執着心が強い。

 ここでいう「物」は自分の私物だけでなく、他者の私物、大切な物も含まれる。


 それは孤児院での生活ではまともに私物を持つことが許されなかったからであり、また他人の物を盗んで困らせることが、唯一の反撃方法だったからである。


 そしてその、一種の窃盗癖ともいえるその癖は治っているとは言い難かった。


 「つ、杖を?」


 男子生徒は困惑の表情を浮かべる。

 杖は魔法使いにとって誇りだ。これを奪われることは、魔法使いとしての社会的な意味での死が待っている。

  

 「何ですか? 怖気づきましたか? 怖いんですか? やめてあげても、良いですよ?」


 ニヤリとユースティティアは笑う。

 そんなことを言われてしまえば、頷くしかない。


 「問題無い。では、俺が勝ったら在学中は俺に絶対服従の奴隷になって貰う。それで良いな?」


 無論、大学に在籍している間はパシリとして使うという意味である。

 もっとも……年齢が上がれば、その命令がエスカレートしていく可能性はあり、文字通りの意味での奴隷(・・)として扱われる可能性もある。

 そうなれば今後の大学生活は地獄になるだろう。


 男子生徒の意図としては、ユースティティアが怖がって「やっぱりやめる」と言いだしてくれるのがベストだ。

 しかし……


 「構いませんよ」


 ユースティティアが宣言する。

 見物しに来た野次馬たちがヤジを飛ばした。


 二割がユースティティアの応援、三割が四年生の応援、残りの五割が中立という具合だ。

 嫌われているはずのユースティティアを応援する者が多少なりともいるのは、判官贔屓だ。

 

 幼い、小柄な十歳の少女が十三または十四歳の大柄な男子生徒に挑むという構図は、弱い者イジメにしか見えない。


 「俺の立会人は……俺の友達がやる。お前はどうする? ……友達なんて、いるのか?」

 

 ニヤニヤと笑う四年生。

 ユースティティアは眉を顰める。


 当然、ユースティティアには友達などいない。


 「……誰か、私の立会人をやってくれる人はいませんか?」


 ユースティティアは野次馬を見回して言った。 

 しかし誰も名乗りを上げることはしない。


 観戦し、ヤジを飛ばすだけならともかく、立会人として深く関わるのは皆嫌なのだ。


 焦るユースティティアに、ゲラゲラと大笑いをする四年生。


 「立会人がいないんじゃあ、しょうがないな。今回は無しにしてやっても……」

 「じゃあ、俺がやるよ」


 そう言って進み出てきたのは(顔立ちに対して)背の高い少年だった。


 「アウルス・ドラコウス・アルゲントゥム。二年生(十一歳、または十二歳)……不足はないだろう?」

 

 ドラコウス・アルゲントゥム家。

 四大貴族家の一角を占めている名門貴族である。

 なぜ、そのような名門貴族が自分に味方をしてくれようとしてくれているのか、ユースティティアは少し困惑した。

 


 「構わないだろう? ……平民」


 ニヤリ、とアウルス・アルゲントゥムは笑った。

 すると四年生は顔を真っ赤にした。


 「この家柄だけが取り柄の、差別主義者が……」

 「俺は良いか、悪いかを聞いているんだが? 都合が悪いのか?」 

 「……好きにしろ!」


 四年生はそう叫んだ。

 そしてアウルス・アルゲントゥムはユースティティアに向き直る。


 「問題無いかな? ルルテリア」

 「大丈夫です……お願いします、先輩」

 「アウルスで構わない」


 アウルス・アルゲントゥムはそう言うと、四年生たちの方を向いた。


 「ルールは先に参ったと言った方が負け、または決闘者の立会人が戦闘不能と判断した方が負け、ということで構わないな?」

 

 もっともオーソドックスな決闘のルールである。

 ユースティティアも四年生も異存はなく、小さく頷いた。


 「使うのは杖、もしくは場合によっては拳のみ。お互い、殺傷能力のある武器や魔法は使わない。それで良いな?」


 四年生の立会人が言った。 

 決闘のルールが決まり、ユースティティアと四年生が向き合う。

 双方一礼してから、一定の距離を取り……

 腰の杖に手を添える。


 握らないのは、決闘の作法だ。


 「「三、二、一……開始!!」」


 双方の立会人が開始の合図を口にする。

 ユースティティアと四年生は即座に杖を引き抜いた。


 「『吹き飛べ!』」

 「『意識を 奪え しっ』ぐはぁ!!」


 『意識を 奪え 失神せよ!』と、失神魔法を最後まで唱えるよりも先に、ユースティティアが詠唱省略&改変で放った吹き飛ばし魔術(・・)が当たった。


 ちなみに吹き飛ばし魔法の正しいスペルは『不可視の槌よ 我が敵を 吹き飛ばせ』である。


 腹部に魔法を受けた四年生は、ボールのように吹き飛んでいく。

 床に倒れ込んだ四年生へ、ユースティティアは更なる追撃を加える。


 「『縛れ!』」


 詠唱省略&詠唱改変で短くした捕縛魔術で、ユースティティアは四年生の自由を奪う。

 

 「『来い 杖よ!』」


 そして引き寄せ魔術で杖を奪う。

 四年生は気合いで杖を握り締めて、奪われないようにしたが……


 常人の数十倍の魔力量を持つユースティティアが全力で注ぎ込んだ引き寄せ魔術に逆らえるはずもない。

 抵抗できたのは二秒足らずで、四年生の杖がユースティティアのところへ飛んできた。


 「どうします、先輩。拳で戦いますか? 私は……見ての通り、か弱いので、拳に対しても魔法を使わせて貰いますけど」


 ユースティティアがそう言うと、四年生は悔しそうに拳を握り締めた。

 その拳をユースティティアへと叩きつけようとしたところで……それよりも早く、ユースティティアの魔法が襲い掛かってくるのは目に見えている。

 これ以上、醜態を晒すことはできない。


 「……参った」


 ユースティティアは捕縛魔法を解除した。

 自由の身になった四年生は立ち上がり、ユースティティアを睨みつける。


 「……さあ、杖を返せ。もう決闘は終わった」

 「何言ってるんですか、これは私の物ですよ? 決闘の前に事前に決めたじゃないですか」


 ユースティティアは四年生の杖を左手で、挑発するように立てた。

 ニヤニヤと、笑みを浮かべる。


 魔法使いの杖は一度契約すると、原則契約者しか使えない。

 無論、使おうと思えば使えるが……自分自身の実力を出し切ることはできない。

 そのため他者の杖を奪ったところでそれを使うことは不可能であり……実際のところ、嫌がらせ以外の意味はない。


 もっとも……ユースティティアはその嫌がらせをしたいのだ。

 

 「それと私の眼鏡の弁償もして貰わないと困ります」


 ユースティティアはそう言ってレンズにヒビが入り、縁が曲がってしまった黒縁の眼鏡を出した。

 この眼鏡は視力を上げるためのものではない。

 むしろ逆、瞳の働きを抑えるものだ。


 レンズに使用されているのは魔力を遮断する性質のある魔法石、それも透明度の高いモノ。

 それを薄く削っているのだ。

 そうすることで、ユースティティアの魔眼に「目隠し」をして、瞳を保護している。


 この四年間で魔眼に対する耐性もつき、出力のコントロールもある程度できるようになったユースティティアだが……それでも辛いのは変わりない。


 「この眼鏡、貴重なものなので。額はおそらく……」


 ユースティティアは自分の養父母が教えてくれた価格を口にした。

 すると四年生たちは顔を真っ青にする。


 「ふ、ふざけるな! そんな額、払えるはずもないだろ! こ、こんなお遊びみたいな決闘で、そんな大金支払う気はない!」


 四年生たちは一方的にそう宣言すると、野次馬たちの罵倒から耳を塞ぎながら、逃げ出した。


 「あいつら、謝罪をせずに逃げたな……まあ後で履行させればいいんじゃないか? 決闘以前の問題として、人の私物を破壊したんだ。請求する権利はあるさ」


 アウルス・アルゲントゥムはやれやれと、肩を竦めた。


 「ところでルルテリア……アートルムと呼んだ方が良いか?」

 「ユースティティアで良いです。アートルムはやめてください」


 アートルム、と呼ばれると周囲からの反感を買う恐れがある。


 「そうか。別に恥じる必要はないと思うが……まあ、いい。眼鏡、壊されたのか?」

 「はい、踏み潰されまして」

 「同じ四大貴族家に連なる者同士だ。……眼鏡がなくても、大丈夫なのか? その眼鏡は……お前の目を保護するためのものだろう?」


 どうやらアウルス・アルゲントゥムは魔眼について、ある程度の知識を有しているようだ。

 当然と言えば、当然である。

 アルゲントゥム家の今の家長は、かつてタルクィニウス・アートルムの側近の一人だったのだから。


 もっとも古くからある名家なので、アートルム家に代々遺伝する魔眼についての知識を持っていてもおかしくはないが。


 「いや、あまり大丈夫じゃないです。正直、今もちょっとキツイ。今日は早退しないと」


 本来は可視できないはずの魔力を可視化する魔眼。

 当然リスクは高く、長時間使用すれば視神経や脳に負担を掛ける。

 最悪、死ぬこともあり得る。


 死ななくても失明の可能性がある。


 「ふむ……見せてくれ」

 「別に良いですけど」


 ユースティティアは壊れた眼鏡をアウルス・アルゲントゥムに見せる。


 「……このくらいのヒビなら、直せるかもしれないぞ」

 「本当に?」

 「知り合いに凄腕の修復術師がいる。俺も早退しよう。善は急げだ」


 急な展開にユースティティアは目を見開いた。







 「ありがとうございます。……縁まで買って貰って、申し訳ないです」


 その日の夕方、ユースティティアはアウルス・アルゲントゥムと一緒にレムラ市を歩いていた。

 あの後すぐに早退し、その知り合いの修復術師に眼鏡のレンズを直して貰ったのだ。


 ついでに縁も歪んでいたので、変えて貰った。

 以前の眼鏡の縁は黒だったが、今はお洒落な赤色だ。


 幸い、修復料はお得意様価格で安く抑えて貰ったが……それでもそれなりに高い。

 お金はアウルス・アルゲントゥムに借りた形になっている。


 「後でお返しします」

 「いや、構わない。大した金額じゃないしな」


 アウルス・アルゲントゥムは飄々と言った。 

 ユースティティアを引き取ってくれたルルテリア家はお世辞にも裕福な貴族家とは言えない。

 

 そのため「大した金額じゃない」とはユースティティアは思えない。


 「……随分と御親切ですね。どうして、助けてくださったんですか?」

 「助けるのに理由がいるのか?」


 キメ顔で言ったアウルス・アルゲントゥムを、ユースティティアは無表情で見つめる。

 青い瞳の、射貫くような視線がアウルス・アルゲントゥムに突き刺さる。


 「聞き方を変えましょうか? どうして今になって助けてくれましたか? より率直に言いますと、どうして今まで私のことを無視していましたか?」


 イジメを見て見ぬ振りをするのも、同じイジメである。

 と、言われることがある。


 まあユースティティアはそこまで思わないが……しかし助けるならば、もっと前の段階で助けてくれよ、と思うのは当然のことだ。


 「やっぱりお前、鋭いな。そういうのは嫌いじゃない」

 「良いから、早く理由を言ってください。私はあなたが私のことを、好きになろうが嫌いになろうが、どうでもいいので」


 ユースティティアのアウルス・アルゲントゥムへの印象は良いとは言えない。

 というのもアルゲントゥム家はアートルム時代、タルクィニウス・アートルムの側近として権勢を振るったのにも関わらず、タルクィニウス・アートルム病死後は一転して立場を変え、裁判では言い逃れをして、その罪から逃れたからである。


 タルクィニウス・アートルムの、自分の上司の、盟友の唯一の娘が、劣悪な環境の孤児院に放り込まれるのを見て見ぬふりをしたのだ。


 これで好印象など、抱くはずもない。


 「簡単だよ」


 アウルス・アルゲントゥムはニヤリと笑みを浮かべた。


 「イジメられて、理不尽な暴力を受け、侮辱され……何の反撃もしないようなやつは貴族じゃない。そんな腑抜けを助ける気にはならない」


 アウルス・アルゲントゥムはユースティティアの肩を軽く叩いた。


 「だがお前は勇気を示した。お前みたいなチビが四年生に立ち向かおうとしているのに、傍観しているのは貴族の行いじゃない。だから助け船を出した……もっとも、まさか勝つとは思わなかったけどな」


 アウルス・アルゲントゥムは愉快そうに笑った。


 「強い奴とは仲良くなるのが得策だ。そう思わないか? 恩を売ってるんだよ、ユースティティア」

 「……そうですか。なるほど、腑に落ちました」


 孤児院で幼少期を過ごしたユースティティアには、貴族の誇りが何なのかよく分からない。

 だが……しかし「恩を売っている」という打算的な考えは、少なくとも愛だの友情だのという不確かなものよりははるかに信用できた。


 「これから、よろしくな? ユースティティア。どうせ、友達もいないんだろ?」

 「……そうですね、まあ、挨拶くらいはしましょう」


 そう言うユースティティアは、以前よりは穏やかな表情を浮かべていた。


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