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第24話 積年の恨み

 三日が経過したが……

 それでもアルミニアは見つかっていない。


 あの時、一緒に行けば……とユースティティアは後悔する。


 ルキウス・ルルテリアとルーナ・ルルテリアは伝手を使って、探してくれている。


 アウルス・アルゲントゥムやプロセルピナ・ウィオラケウム、アウローラ・フラーウム、そしてお菓子同好会の会員にもユースティティアは捜索を頼んでいたが……見つかっていない。


 「どうしよう……人攫いにあって、どこかに売られたりでもしたら……」


 アルミニアは容姿の良い奴隷だ。

 買い手は……大勢いるだろう。


 (酷い娼館にでも売られでもしたら……)


 ユースティティアが頭を悩ませている。


 窓ガラスをコツコツと、何かが叩いた。

 そこには……小さな竜がいた。


 窓を開けて、竜の足に括りつけられた手紙を外す。

 広がると……




 『貴様の奴隷は預かった。深夜、誰にもこのことを言わず、一人で地図で示した場所に来い。さもなければお前の奴隷は、想像も絶する苦しみの中で死ぬことになる』


 それはユースティティアの良く知る、アルミニアの筆跡だった。


 「アルミニア……」


 ユースティティアは手紙を握り締めた。


 「……このことは、大人に伝えた方が良いか」


 ユースティティアは、たった一人で誘拐犯に挑みに行くほど馬鹿ではなかった。

 わざわざ誘拐犯の命令に従ってやる義理などない。


 それにいくら強いとはいえ、ユースティティアは子供だ。

 専門の、戦い慣れた魔法戦士に任せた方が良いに決まっている。


 ルクレティウスはそう判断し、アルミニアを捜索中の両親を探しに行った。

 そしてルキウス・ルルテリアとルーナ・ルルテリアに手紙を見せる。


 二人はユースティティアの頭を撫でた。


 「よく伝えてくれた、ユースティティア。……我が家の奴隷を盗むような盗人を放置しておくのは、ルルテリア家の沽券に係わる。必ず、捕まえて血祭にあげてやる」


 「……お願いします、お父様。必ず、アルミニアを……」


 「分かっているわ、ユースティティア。大丈夫、お父さんとお母さんを信じて。あなたはお家で待っていなさい」


 もう日も暮れかかっていたため、ユースティティアは帰宅した。

 それからルキウス・ルルテリアとルーナ・ルルテリアは伝手を使い、複数人の成人の魔法使いと戦闘奴隷たちを率いて、深夜、その地図で示された場所へと向かった。


 「お体に障ります。少しでも寝た方が……」

 「……アルミニアが帰ってくるまで、私は寝ない」


 召使奴隷の言葉に首を振り、ユースティティアは待ち続けた。

 そして明け方になって、ルキウス・ルルテリアとルーナ・ルルテリアは帰ってきた。


 「お父様、お母様! アルミニアは……」

 

 ユースティティアは立ち尽くした。

 ルキウス・ルルテリアはぐったりと、動かないアルミニアを抱えていた。

 

 ルキウス・ルルテリアは酷く強張った表情を浮かべている。


 「……ユースティティア、すまない」










 そしてユースティティアは目を覚ました。


 「っつ!!」


 ベッドからユースティティアは跳び起きる。

 寝汗でぐっちょりと服が濡れていた。


 「……夢? 現実?」


 ユースティティアは日めくりカレンダーを確認する。

 そこにはアルミニアが失踪してから、二日後の数字が記されている。


 ユースティティアは震える手でカレンダーを捲る。

 三日後の数字になった。


 「つまり、丁度翌日の予知夢を見たということ、か」


 成長してから、あまりユースティティアは予知夢を見なくなっていた。

 能力が衰えた……のではなく、魔力を制御できるようになったからである。

 つまり無意識に魔力を暴走させることがなくなったため、予知夢を見ることが減ったのだ。


 「警告夢、か。できればアルミニアが誘拐される前に見せて欲しかったな」


 ユースティティアは額の汗を拭う。

 正直なところ、理屈は分からない。

 予知夢、未来予知や占いは感覚的な技術だからだ。


 だから直感に頼るしかない。

 

 そしてユースティティアの直感が正しければ……


 「……一人で行こう」


 ユースティティアは決意した。

 








 「ほう、本当に一人で来るとは。この間抜けめ」

 

 満月の夜、ユースティティアは一人でレムラ市郊外の廃墟に訪れた。

 そこには五人ほどの魔法使いたちがいた。


 白い仮面を被っている。


 「アルミニアは無事ですか?」

 「当たり前よ。傷一つ、付けていない。ほら……」


 リーダー格の男が合図をすると……

 廃墟の奥から、二人組の男が出てきた。


 両脇に引きずるようにアルミニアを抱えている。

 アルミニアは縄で縛られ、猿轡をされていた。


 「ん!! んぐ、ん、っく、ぁ、ぐ!!」


 アルミニアはユースティティアを見て、目を見開き……

 何かを叫んでいる。


 ……どうして来たんですか、とか、逃げてください、とか。

 そういうことを言っているのだろう、ということだけはユースティティアも分かった。


 しかし……アルミニアはユースティティアにとってただの奴隷ではない。

 大切な人だ。


 そして……大切な、()でもあった。

 つまりユースティティアの私物である。

 それを奪うなど……ユースティティアには許せなかった。


 「アルミニアを返しなさい」

 「ああ、奴隷には興味がない。俺たちが興味があるのは……お前だからな。独裁者の、差別主義者の娘!!」

 

 白仮面のリーダーが叫んだ。

 ユースティティアの表情が歪む。

 そして……彼らが何者なのか、ユースティティアは察した。


 つまりユースティティアに対して、正確にはユースティティアの父親に対して恨みを持っている人間である。


 「私はあなたたちのことなど、知りません」

 「お前は知らなくてもな、俺たちは知っている! 俺たちの友人が、恋人が、兄弟姉妹が、両親が、奴隷が! お前の親のせいで、殺されたんだ!! 俺の婚約者なんて……っく、忌々しい!!」


 白仮面のリーダーはそう叫び、呪文を唱えて杖を振った。

 ユースティティアも呪文を唱えて、これを防ぐ。


 「魔法の腕も、父親譲りか? 腹立たしい……まあ、良い。妙な真似をしてみろ……お前の奴隷は死ぬぞ?」

 「……っち」

 

 ユースティティアは杖を降ろした。

 しかしそれでも白仮面たちを睨みつける。


 隙を見つけて、アルミニアを助けなければならない。


 「……反抗的な目だ。良いだろう……『見悶え 狂え 永遠に 永劫に 骸になるまで 笑い死ね!』」

 「その呪文は!!」


 白仮面のリーダーがアルミニアに向かって魔法を掛けた。

 途端、アルミニアは体をビクビクと震わせ、呻き声を上げる。


 あの魔法の辛さは身を持って知っている。


 「知っているのか? さすが、最悪の魔法使いの娘だな。黒魔法の知識があるのか。やはりゴミクズの娘もゴミクズだ。さて……解呪して欲しければ、杖を捨てろ」


 「……どの口が言うんだ、この犯罪者め」


 ユースティティアは杖を床に落とした。

 すると白仮面の一人が魔法を唱え、ユースティティアの杖を自分の手元に引き寄せ……


 バキッ!


 圧し折った。


 「これでお前はただの小娘だな」

 「……アルミニアを解放しろ」

 「良いだろう。だがその前に……ローブを脱げ」

 「……」


 ユースティティアは大人しくローブを脱いだ。

 地面にローブが落ちる。


 「服もだ」

 「……ゲスめ」

 「黙れ……俺の婚約者と、同じ目に合わせてやる。良いから脱ぐんだ、全部な」


 ニヤニヤと白仮面たちがユースティティアを見る。

 ……腹立たしい視線だ。


 しかし命令に逆らうわけにはいかない。

 ユースティティアは服をゆっくりと脱いでいく。


 服を脱ぐと……やつらの視線が、私の胸や下半身に集中した。

 

 その隙に服の中に隠しておいた、煙幕薬を地面に叩き落とす。

 容器が割れて、中の二つの薬品が地面の上で混ざり合い、煙が発生した。


 「っつ! 小賢しい真似を! しかし杖無しで……」

 「黙れ……『失神せよ!』」


 ユースティティアは下着の中に隠しておいた小さな予備の杖を引き抜き、呪文を唱える。

 煙の中で視界は封じられている。

 が、ユースティティアには魔眼がある。


 眼鏡を外し、真紅の瞳で煙の中を探す。


 どんな人間も魔力を持っている。

 煙の中でも、人間の居場所はこの魔眼を使えば一目で分かる。


 一方的にユースティティアは五人を失神魔法で昏倒させた。

 それからアルミニアに駆け寄る。


 「『強制解呪!』」


 呪文を唱え、アルミニアに掛かっていた魔法を解除した。

 縄を切り裂き、猿轡を外す。


 「アルミニア! 良かった!!」

 「ご主人様(ドミナ)!! どうして、どうして来たんですか! 奴隷なんかのために、命を危険に晒すなんて……」

 「なんかではありません!……お姉ちゃん」


 ユースティティアがそう言うと……アルミニアは目を見開いた。

 そして泣きながら言った。


 「ご主人様、あなたは……大バカです」

 「……知ってる」

 「……きっと、旦那様と奥様にお叱りを受けますよ。私も、ですけど」

 「……一緒に叱られよう」


 ユースティティアはそう言って笑い、アルミニアを立たせた。

 とにかく、今はこの場を後にしよう。


 そう思い、立ち去ろうとして……

 

 「『防げ!』」


 背後から放たれた魔法を防ぐ。

 そしてアルミニアを後ろに下がらせ、杖を構える。


 「誰だ!」

 「いやはや、今のを防ぎますか。さすがですなぁーユースティティアお嬢様。拙者、お嬢様のご成長に感動しておりますぞぉ」


 ゾクリと、鳥肌が立つ。

 この生理的嫌悪感のする声は……


 「セクストゥス・リュープス・ルベルム……」

 「ぐふふふ、拙者の名前を覚えていてくださるとは……感無量でござるよ。しかし……できればブタとお呼びして欲しかったですなぁ……」

 「死ね、このキモデブタ」

 「うほぉー! ゾクゾクします……もっと煽っていただけませんか?」

 

 セクストゥス・ルベルムは身をくねらせた。

 ユースティティアはあまりの気持ち悪さから、表情を歪める。

 それから眼鏡をアルミニアに握らせてから言った。


 「アルミニア、あなたは先に逃げて」

 「そ、そんな! ご主人様を置いて何て……」

 「足手纏いだから。……それに、助けを呼んで欲しい」

 

 ユースティティアが強くそう言うと……アルミニアは静かに頷いた。


 「分かり、ました。助けを呼んできます。それまで、どうかご無事で!!」


 アルミニアが走り去っていく音が聞こえる。

 それを聞きながら……ユースティティアはセクストゥス・ルベルムに問いかけた。


 「……何のようですか、ルベルム財務官。なぜ、あなたがこんなところにいる」

 「オウフフ、愚問でござるよ、ユースティティアお嬢様。この能無しの汚い平民生まれの負け犬魔法使い共を嗾けたのは、拙者ですからなぁ」


 それはユースティティアも、状況的に分かる。

 問題はなぜ自分を襲ったのかである。

 しかしユースティティアが再度尋ねるよりも前に、セクストゥス・ルベルムはニチャリとした笑みを浮かべて言った・


 「それにしても、ユースティティアお嬢様……とっても、エッチな恰好をしておりますなぁ。ぐふふふふ」

 「ひぃ……気持ち悪!」


 ねっとりとした視線を感じ……

 思わずユースティティアは、両手で体を隠した。


 気持ち悪すぎる。

 

 「拙者、可愛い子が大好きなのですよぉ……しかもそれが、尊敬する我らが偉大なるアートルム様の娘、高貴なる血族の姫君、アートルム家の最後の生き残り」


 ニヤニヤとセクストゥス・ルベルムは笑った。


 「そんな、か弱い十歳の女の子を……拙者の体液で滅茶苦茶に汚したら、さぞや気持ち良い……」

 「『失神せよ!』」


 これ以上、こいつの気持ち悪い言葉を聞きたくない。

 ユースティティアはセクストゥス・ルベルムの言葉を待たずして、魔法を放った。


 しかし……


 「オウフフフ、その程度ですかぁ? ユースティティアお嬢様?」

 「な、何で? あ、当たったのに……」

 「我が脂肪は鉄壁の守りなのですぞぉ?」


 そんなバカな。

 ユースティティアは目を見開いた。

 そしてもう一度、魔法を放つ。


 「『失神せよ!』」


 ユースティティアはもう一度魔法を放つ。

 魔力反応光が真っ直ぐ、セクストゥス・ルベルムに届き、体に当たる。


 (何という……魔力耐性!)


 確かにユースティティアの魔法はセクストゥス・ルベルムの体に当たっていたが……

 しかし魔法が脳に到達するよりも先に、衰え、消滅してしまっていた。

 脂肪に阻まれてしまっている。


 もっとも……普通の脂肪にそんな効果は無い。

 間違いなく、セクストゥス・ルベルムの脂肪には何らかのからくりがあるように見える。


 「ユースティティアお嬢様、魔法は……こうして放つのですぞぉ?」


 そう言ってルベルムは杖を振った。

 何かが、ユースティティアの右肩の近くを通り過ぎた。


 「っ!!」

 

 下着の右肩紐が切れた。

 ぺろりと、下着がズレそうになるのを左手で押さえる。


 (無言詠唱!)


 省略詠唱のさらに上の高等技術。

 呪文を唱えず、杖の動きだけで魔法を成立させる手法だ。


 ユースティティアでさえも、習得できていない。

 それをセクストゥス・ルベルムはあっさりと使ってみせたのだ。


 「さあさあ、ユースティティアお嬢様……早く逃げないと……」


 ニヤリ、とセクストゥス・ルベルムは笑った。


 「恥ずかしい姿になってしまいますぞぉ?」


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