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第2話 血の呪い


 ユースティティアの実の父親の名前はタルクィニウス・バルシリクス・アートルムという。

 共和国の歴史上、最強にして最悪の暗黒の魔法使いにして、独裁者、差別主義者である。


 彼は共和国の政界からの、非貴族階級出身者の魔法使い、非魔法使いから生まれた魔法使いの追放を行い、逆らう者を弾圧した。


 その弾圧は徹底的であり、少しでも逆らえば親兄弟のみならず幼子ですらも殺され……

 「反逆者」と親しかった者は疑われ、些細なことで罪を被せられて処刑された。


 タルクィニウス・アートルムは終身独裁官(ディクタトル)に就任し、病死するまでその権力を掌握し続けた。


 


 もっとも……ユースティティアは実の父親、タルクィニウス・アートルムの顔など見たことが無い。

 ユースティティアにとって最古の記憶は孤児院だ。

 そして父親は分かっているが、母親は誰なのか分かっていない。


 だがまあ、しかし周囲の人間にとって大事なのはユースティティアがそのタルクィニウス・アートルムの娘であるという事実である。


 タルクィニウス・アートルムに恨みを持つ者たちは大勢いる。

 彼らはタルクィニウス・アートルムに復讐したいと願ってはいるが、しかしもうすでにタルクィニウス・アートルムは死んでいる。


 故にその代わりにユースティティアにその復讐の矛を向けようとするのは、ある種の自明である。


 幸い、殺されることはなかったが……

 孤児院に預けられたのは、その復讐の一環と言える。


 魔法使いの孤児は、同じ魔法使いの家庭か、それとも共和国政府が管理・運営している裕福な保護施設で過ごすのが一般的だ。


 加えて……アートルム家は四大貴族家の一角を占める、共和国有数の有力貴族であり、ユースティティアは本来ならば蝶よ花よと育てられるべきほどの、高貴な血筋の姫なのだ。


 それを食糧事情すらも覚束ないような、粗末な孤児院に放り込む時点で、復讐の一環であることは間違いない。


 無論、それだけでタルクィニウス・アートルムを恨む者たちへの復讐が終わるはずはない。

 これからの人生、ユースティティアは延々とアートルム家の娘という血の呪いを受けて、過ごさなければならないのだ。


 故にユースティティアはルルテリア家に引き取られ、ある程度生活に慣れてきた後に、ルキウスに頼み込んだ。


 「お父様、私に身を守る方法を教えてください。魔法を、魔術を習いたいのです」

 「いやいや、ユースティティア。お前はまだ六歳だろ? 早くないか?」


 まだ早い。

 と、言われて引き下がるわけにはいかなかった。


 (弱い奴は、奪われる……)


 弱い、強いのは必ずしも暴力だけではない。

 財力や政治力なども当然含まれるだろう。


 しかし……代表的なのは暴力であり、そしてこの先ユースティティアに待ち受けているのは暴力だ。


 ユースティティアは幼い六歳の語彙で、必死にルキウスを説得する。

 最終的にルキウスはどうにか、条件付きで戦い方を教えてくれることを約束してくれた。


 また、ユースティティアにはもう一つやらなければならないことがあった。

 それは魔眼の制御である。


 今のユースティティアは眼鏡を外すと、五分も経たず目を開けていられなくなってしまう。

 魔眼を使うことへの耐性ができておらず、また出力の調整もできないからだ。


 しかしこのままでは眼鏡を外されれば一気に弱体化してしまう。

 

 魔眼という弱点を克服するために。

 そして弱点をむしろプラスに生かすために、ユースティティアは魔眼の訓練を行った。



 そして必死に努力を続け……

 四年が経過した。



  「『捕縛せよ!』」


 ユースティティアは杖を振り、呪文を唱える。 

 ユースティティアの放った魔法は真っ直ぐルキウスへと向かい、その瞬間ルキウスの体が見えないロープか何かに捕まったように動かなくなった。


 「『来い 杖よ!』」


 ユースティティアは呪文を唱えて、ルキウスの杖を奪う。

 ……これでユースティティアの勝利だ。


 「大丈夫ですか、お父様」


 ユースティティアは魔法を解除して、ルキウスの手を取った。

 ルキウスは泥を払ってから、笑みを浮かべた。


 「さすが、ユースティティアだ……もう私に教えられることはない」

 「そんな大袈裟な……」

 「大袈裟ではないさ。実際、私は手も足も出ずに、君にやられてしまった。……私はこれでも、それなりに名の通った魔法戦士だ。ユースティティア、君の実力はもう普通の魔法戦士の実力を超えている。……ごく普通の、成人した魔法使い程度など、言うまでもない」


 そう言ってルキウスはユースティティアの頭を撫でた。

 ユースティティアはほんの少しだけ、頬を赤らめたが……しかしすぐに引き締まった表情へと戻る。


 「成人した魔法使いでも、省略詠唱は難しい。それを十歳でできるようになったんだ。同年代にお前よりも優秀な魔法使いはいないだろう」

 

 「まあ、頑張りましたから」


 捕縛魔法の本当の呪文は、『不可視の縄よ 我が敵を 捕縛せよ』の三小節だが、ユースティティアはそれを一小節に省略しても放つことができる。


 詠唱省略は非常に高度な技術。

 ユースティティアと同い年で、同じことができる魔法使いはいないだろう。

 

 ……もっとも詠唱省略は魔法ではなく、正確には魔術の領域なのだが。

 

 閑話休題。


 「でも、取り敢えず……これで安心して大学に行けそうです」


 予知夢の世界では、入学した当初、ユースティティアは酷いイジメにあった。

 予知夢のユースティティアは幸せいっぱいだったのか、まともに戦い方を学ぶことはしなかったため、良いようにやられたが……


 (私は違う)


 愛情を一身に受けて良くも悪くも普通の女の子だった予知夢のユースティティアと違い、今のユースティティアは人間を信用しておらず、淀んだ目をしている。

 

 能力は無論、精神性も根本から異なる。


 「ああ。私も安心して送り出せる……だけどね、ユースティティア」


 ルキウスはユースティティアに言い聞かせるように言った。


 「やられてやり返すのは構わないけど、やり過ぎちゃダメだ。分かっているね?」

 「無論です、お父様。……私は、違いますから」


 タルクィニウス・アートルムとはね。

 と、ユースティティアは小さく呟いた。







 レムラ国立大学はレムラ共和国の首都、レムラ市の中枢に存在する。

 レムラ共和国唯一にして、最大の教育機関である。


 入学するのは九月までに十歳を迎えた魔法使いの少年少女。


 途中で進路が別れたりはするが……順調に最後まで在学すれば十八歳で卒業することになる。

 つまり八年生まで存在する。


 大学が始まるのは九月からである。

 それから九、十、十一、十二と通い、それから十二月中旬から一月初旬までの冬休みの後、二月……そして六月末まで通い、七月、八月の夏休みを経て、また九月から新たに新学期が始まる。


 さて入学してから一月が経過したユースティティアの様子は……


 「はぁ……」


 ユースティティアは教室で一人、小さく溜息をついた。

 顔色はあまり良いとは言えず、疲弊しているようにも見えた。

 

 勉強は楽しい。

 ユースティティアは父親の才能を色濃く受け継いでいたため、どんな分野の魔法にもその才能を示した。

 才能に溢れ……そして貪欲に力を求めるユースティティアは授業をしっかりと聞き、好成績を取り続けている。

 

 首席は間違いなく取れるだろうと、ユースティティアは確信していた。

 しかし……


 「……寂しい」


 思わずユースティティアは呟いた。

 人間不信とはいえ、ユースティティアも結局のところは十歳の少女に過ぎない。

 誰からも無視され、話をすることもできないというのはとても辛いことだった。


 人間なんか信用できない。無視されてもどうということはない。

 とまで、割り切れるほどユースティティアの心は強くなかった。


 またルキウスとルーナの二人から、四年間愛情を注がれたことで……

 孤児院の時に身に着けた孤独への耐性が弱まっているということもあった。


 ユースティティアが孤立している理由は単純で、タルクィニウス・アートルムの娘であることが大学中に広まっているからである。

 

 どうやら、今年入学してくる、ユースティティア・ルクレティウス・ルルテリアという少女はあのタルクィニウス・アートルムの娘らしい。

 という注意喚起的なものがすでに各家庭に出ていたため、友達を作ろうと名前を名乗ると……それだけで相手から距離を取られてしまう。


 避けられるのはまだマシな方で、正面から罵倒されることも少なくなかった。


 (……どうして、私が)


 自分が一体、何をしたというのか。

 覚悟していたとはいえ、あまりの理不尽にユースティティアは少し泣きそうになっていた。


 ユースティティア自身に何か原因があって、イジメられているのであればまだ納得ができる。

 しかし悪いのはユースティティアではなく、ユースティティアの父親――それも顔すら見たことが無い――なのだ。


 ユースティティアは視線だけを動かし、休み時間に友達と楽しそうに談笑している生徒たちを見る。

 大学は単位制なので全員が同学年とは限らないが、年齢の幅は精々プラス二、三年程度だ。


 自分とほぼ同じ年齢の子供たちが、楽しそうに笑っている。 

 そして……時折こちらを見て、別種の笑みを浮かべる。


 ――ズルい。


 ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい、ズルい。


 自分と彼彼女らの間に何の差があるというのか。

 

 自分が孤児院で寒さと飢えに苦しみ、殴られ、蹴られ、理不尽な体罰を受け、あまりの辛さに枕を涙で濡らしている頃…… 


 彼彼女らは両親や家族からは一身に愛情を受けて、暖かい食事やベッドにありつくことができ、そして時には玩具すらも買い与えられていたのだ。


 そして今でも、まるで見せつけるように幸せそうな笑みを浮かべている。

 

 ――不公平だ。


 ユースティティアは唇を噛みしめた。

 自分の抱いている感情が、ある種の八つ当たりであることを分かってはいたが、それでも嫉妬を抱かずにはいられなかった。


 (……考えるな。妬んだって、現状は変わらない)


 ユースティティアは図書館で借りた本を開く。

 ユースティティアは本が好きだ。


 本を読めば新しい知識が入ってくる。それはユースティティア自身の強さに繋がる。

 そして何より、本はユースティティアを差別するようなことはしない。


 ユースティティアが意識を本へと傾けていると……


 「おっと!」

 

 背後からわざとらしい声が聞こえた。

 ユースティティアの頭から、オレンジ色の液体が掛かった。


 服にオレンジ色の染みが広がる。


 「……」

 「おっと、ごめんな」


 ユースティティアの頭にジュースを掛けた男子生徒は、ニヤニヤと笑いながら言った。

 ユースティティアは静かに杖を引き抜いた。


 瞬間、教室に緊張が走る。


 「『水よ 洗い流せ』」


 魔術で水を作り出し、ジュースを洗い落とす。

 その後、水を消してから、さらに魔術を使って服と髪を乾かす。


 幸い、本は無事だったのでそのまま読書を続ける。


 「……あいつ、本当に抵抗しないのか」

 「親とは違って、臆病者だな」

 「魔法使いの風上にも置けない」

 「勉強だけのガリ勉女だな」

 「次は何をしようか?」

 「面白いよねー」


 耐えろ。

 耐えろ……


 ユースティティアは歯を食いしばった。

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